12月23日
接待の一日は、やけに早く過ぎていった。朝は重役連中を迎えに行き、プレー中には表彰式の準備、ついで休む間もなく宴会、二次会はお約束のカラオケだ。おじさんたちだけで、よくあんなに盛り上がれるもんだと毎度感心するのだが、これもまた、ビジネスには欠かせないコミュニケーションということらしい。
12月24日
いよいよクリスマス・イブの日がやってきた。終業後のドラマが気になるせいか、朝からの会議はいつになく長く感じた。途中で3回、発言しなくてはならない場面がめぐってきた。口を開くたび、大きな堪忍袋こそ持っていないが、布袋様そっくりの本部長に同じせりふを言われた。
「梶山、お前、頭の中が渋滞してないか?ルート検索からやり直せや」
本部長だって、昨日は得意先の十八番を先に歌っちゃったのはNGでしたよねというツッコミを3回飲み込んだ。上司には、いつも寛容に接するのが部下の務めである。
会議は奇跡的に予定通り終わった。机の上には、おととい発注したものが置かれていた。周りを見回すと、奈々子は僕など気にも留めない様子でパソコンの画面を見つめている。口うるさい小姑が見ていないうちに、さっさと会社を飛び出すことにした。
東口はとても混雑していた。街ゆく人たちがみんなカップルに見えるのは、一人者のひがみだろうか?駅を出た後、道路を横断してアルタの真ん前に立った。近すぎて大画面は見えないが、逆にここから見える範囲に、「綾香さん」がいるはずだ。「目的地周辺です。交通規制に従って走行して下さい」という案内の声が、頭の中に響いていた。
信号が変わるたび、巨大な人の流れが、交わるように新宿駅とアルタの間を行き来していた。目をこらして見ると、新宿駅側の植え込みの前に一人、さっきから動かない人影があるのに気付いた。黒いコートを着た彼女は、白い紙袋を提げ、うつむいて立っていた。僕は意を決すると、道を渡って彼女に近づいた。案の定、紙袋からは、数本の白いバラが顔をのぞかせている。距離が3メートルまで縮まったとき、彼女はスイッチが入ったように顔をあげて僕と目を合わせた。清楚な顔立ちに澄んだ目、そして彼女は左手でアルミ製の杖をついていた。
「綾香さん、ですよね。俊介、梶山俊介です、はじめまして」
一言も発しないまま、彼女はこくりとうなずいた。強い緊張が僕にもびんびん伝わってきた。
「大丈夫、変なことはしませんから、安心して下さい。これでも上場会社の社員ですから」
我ながら、ずい分と間抜けな台詞を口走っていた。これじゃ、ラブ・ストーリーは無理かもしれない。
「辻本綾香です。その節は…失礼しました。ずっと片思いだった人がいて、うら覚えの番号にメールしたら、間違えてしまいました」
言い終わると彼女は、耳まで赤くなっていた。ここじゃ寒いからと、僕は彼女を高野の喫茶へ引っ張っていった。きっとはたから見ていたら、まだ付き合って間もない初々しい二人連れに見えたかもしれない。彼女はグリップと肘当てがついた杖を左手に持ち、右足を踏み出すたびに身体を支えるようにして歩いていた。
接待の一日は、やけに早く過ぎていった。朝は重役連中を迎えに行き、プレー中には表彰式の準備、ついで休む間もなく宴会、二次会はお約束のカラオケだ。おじさんたちだけで、よくあんなに盛り上がれるもんだと毎度感心するのだが、これもまた、ビジネスには欠かせないコミュニケーションということらしい。
12月24日
いよいよクリスマス・イブの日がやってきた。終業後のドラマが気になるせいか、朝からの会議はいつになく長く感じた。途中で3回、発言しなくてはならない場面がめぐってきた。口を開くたび、大きな堪忍袋こそ持っていないが、布袋様そっくりの本部長に同じせりふを言われた。
「梶山、お前、頭の中が渋滞してないか?ルート検索からやり直せや」
本部長だって、昨日は得意先の十八番を先に歌っちゃったのはNGでしたよねというツッコミを3回飲み込んだ。上司には、いつも寛容に接するのが部下の務めである。
会議は奇跡的に予定通り終わった。机の上には、おととい発注したものが置かれていた。周りを見回すと、奈々子は僕など気にも留めない様子でパソコンの画面を見つめている。口うるさい小姑が見ていないうちに、さっさと会社を飛び出すことにした。
東口はとても混雑していた。街ゆく人たちがみんなカップルに見えるのは、一人者のひがみだろうか?駅を出た後、道路を横断してアルタの真ん前に立った。近すぎて大画面は見えないが、逆にここから見える範囲に、「綾香さん」がいるはずだ。「目的地周辺です。交通規制に従って走行して下さい」という案内の声が、頭の中に響いていた。
信号が変わるたび、巨大な人の流れが、交わるように新宿駅とアルタの間を行き来していた。目をこらして見ると、新宿駅側の植え込みの前に一人、さっきから動かない人影があるのに気付いた。黒いコートを着た彼女は、白い紙袋を提げ、うつむいて立っていた。僕は意を決すると、道を渡って彼女に近づいた。案の定、紙袋からは、数本の白いバラが顔をのぞかせている。距離が3メートルまで縮まったとき、彼女はスイッチが入ったように顔をあげて僕と目を合わせた。清楚な顔立ちに澄んだ目、そして彼女は左手でアルミ製の杖をついていた。
「綾香さん、ですよね。俊介、梶山俊介です、はじめまして」
一言も発しないまま、彼女はこくりとうなずいた。強い緊張が僕にもびんびん伝わってきた。
「大丈夫、変なことはしませんから、安心して下さい。これでも上場会社の社員ですから」
我ながら、ずい分と間抜けな台詞を口走っていた。これじゃ、ラブ・ストーリーは無理かもしれない。
「辻本綾香です。その節は…失礼しました。ずっと片思いだった人がいて、うら覚えの番号にメールしたら、間違えてしまいました」
言い終わると彼女は、耳まで赤くなっていた。ここじゃ寒いからと、僕は彼女を高野の喫茶へ引っ張っていった。きっとはたから見ていたら、まだ付き合って間もない初々しい二人連れに見えたかもしれない。彼女はグリップと肘当てがついた杖を左手に持ち、右足を踏み出すたびに身体を支えるようにして歩いていた。
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