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リートリンの覚書

東京史跡巡り 日本橋


東京橋巡り

日本橋
(にほんばし)


日本橋



 日本橋(にほんばし)は、東京都中央区にある、日本橋川に架かる橋です。

徳川家康が江戸大普請で江戸の町割を新たに行った際、新しく架橋され、その後何代にもわたり架け替えられ、現在に至っています。

慶長9年(1604年)までに、日本橋を基点として、五畿七道が整備され一里塚が築かれました。

現在のものは、1911年に架けられたもので、設計は米元普一、装飾は妻木頼黄が担当しました。

石造りの2連アーチ橋で、橋長49メートル、橋幅28メートル、アーチ径間が21メートル。装飾用材は青銅で、橋の中央及び橋台部の4隅に「花形ランプ付方錘柱」を建て、各柱座に麒麟の像を配置しています。

花形ランプ付方錘柱


麒麟像






重要文化財
日本橋 附 東京市道路元標(一基)
所在地 中央区日本橋室町一丁目~日本橋一丁目(日本橋川)
 日本橋の創架は、徳川家康が幕府を開いた慶長八年(一六〇三)と伝えられています。翌年、日本橋が幕府直轄の主要な五つの陸上交通路(東海道・中山道・奥州道中・日光道中・甲州道中)の起点として定められました。江戸市街の中心に位置した日本橋は、橋のたもとの日本橋川沿いに活気ある魚市場が立ち並び、周辺に諸問屋が軒を連ねるなど、江戸随一の繁華な場所でした。
 現在の日本橋は、明治四十四年(一九一一)に架橋されたルネサンス様式の石造二連アーチ橋で、都内では数少ない明治期の石造道路橋です。橋長四九・五メートル、幅員二七・五メートルの橋には、照明灯のある鋳銅製装飾柱を中心に和漢洋折衷の装飾が施されています。中でも建築家・妻木頼黄の考案に基づく麒麟や東京市章を抱えた獅子のブロンズ像(原型製作・渡辺長男、鋳造・岡崎雪声)は、意匠的完成度の高い芸術作品と英ます。なお、親柱に記された橋名の揮毫は、第十五代将軍・徳川慶喜の筆によるものです。
 また附指定を受けた「東京市道路元標」は、昭和四十二年(一九六七)まで都電の架線支持柱を兼ねて日本橋の中央に設置されていましたが、現在は日本橋北西の橋詰広場に移設されています。なお、橋の中央には当時の内閣総理大臣・佐藤栄作の筆による「日本国道路元標」のプレート(複製は北西橋詰)が埋め込まれています。
 平成三十一年三月
中央区教育委員会
掲示板より引用

東京市道路元標


所在地

東京都中央区


最後に

日本橋。美しい橋なのですが。

花形ランプ付方錘柱を見るたびに、ポケモンのシャンデラが思い浮かびます。

また、麒麟像は、ガーゴイルにしか見えない…

どちらも、夜な夜な動き出していそう。


参考
Wikipedia

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