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リートリンの覚書

古事記 上つ巻 現代語訳 二十九 八雲立つ


古事記 上つ巻 現代語訳 二十九


古事記 上つ巻

八雲立つ


書き下し文


 故是を以ち其の速須佐之男命、宮を造作るべき地を出雲国に求ぎたまふ。尓して須賀の地に至り坐して詔りたまはく、「吾此地に来、我が御心須賀須賀斯」とのりたまひて、其地に宮を作りて坐す。故、其地は今に須賀を云ふ。この大神、初めて須賀の宮を作らしし時に、其地より雲立ち騰る。尓して御歌を作みたまふ。其の歌に曰く、 
八雲立つ 出雲八重垣
妻籠みに 八重垣作る 
その八重垣を 
 是に其の足名椎神を喚して、告言りたまはく、「汝は我が宮の首任けむ」とのりたまふ。また名を負ほせて、稲田宮主須賀之八耳神と号けたまふ。


現代語訳

 
 故に、これをもって、その須佐之男命(すさのおのみこと)は、宮を造作るべき地を出雲国に求めました。しかして、須賀の地に至りまして詔りして、「吾は此地(このち)に来て、我が御心須賀須賀斯(すがすがし)」とおっしゃられて、その地に宮を作りすまわれました。故に、その地は、今に須賀(すが)と云います。この大神が、初めて須賀の宮を作られた時に、その地より雲立ち騰りました。しかして御歌を作りになられました。その歌に曰く、 
八雲(やくも)立つ 出雲(いずも)八重垣(やへがき)
妻籠(つまご)みに 八重垣作る 
その八重垣を 
 ここに、その足名椎神(あしなづちのかみ)を喚(め)して、告言(のりごと)して、「お前は、我が宮の首(おびと)を任せる」とおっしゃりました。また名を負わせて、稲田宮主須賀之八耳神(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ)となづけました。


現代語訳(ゆる~っと訳)


 こういう訳で、
須佐之男命は、
宮を造作るべき地を出雲国に求めました。

そして、須賀の地に到着すると、
「この地に来て、我が心はすがすがしい」
といい、

その地に宮を作り住みました。

こういうわけで、
その地を、今、須賀と言います。

この須佐之男大神が、
初めて須賀の宮を作られた時に、
その地から雲が立ちあがりました。

そこで、御歌を作りました。

その歌は、
 
八雲立つ 出雲八重垣
妻籠みに 八重垣作る 
その八重垣を 

八重の雲が沸き起こる
出雲の地に 
幾重にも廻らせた立派な垣を築き
妻を住まわせる 
八重垣を作る
その八重垣を

 ここに、その足名椎神を召して、
「お前を、
我が宮の首(おびと)に任命する」
といいました。

また名を命名して、
稲田宮主須賀之八耳神となづけました。



続きます。

読んでいただき
ありがとうございました。







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