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きらきらてげてげみぬーとぅく

身の回りのことをぼちぼち

恋愛の誕生

2007-02-28 21:33:01 | 家族
水野尚『恋愛の誕生―12世紀フランス文学散歩』京都大学学術出版会、2006


「私たちは好きな人に会えると思っただけでドキドキしたり、
 うきうきした気分になります。
 しかし時には相手のちょっとした仕草が気になり、
 なにも手につかなくなったりもします。

 恋愛は人の心に大きな力をおよぼし、私たちを一喜一憂させる不思議な感情です。

 こうした感じ方はあたかも人間のDNAに組み込まれているかのように、
 古今東西にわたって普遍的なもののように思われるかもしれません。

 しかし実際には、人の心を一喜一憂させるこの感情こそが「恋愛」であるという見方は、
 十二世紀のフランスで発明された感受性だと考えられています。」

「それ以前の時代に「恋愛」または「愛」と呼ばれていたものは、
 男性が女性にいだく欲望でしかなく、愛を得るとは女性を肉体的に手に入れるという意味でした。

 そうしたなかで、十二世紀に突然、変革が起こります。
 女性が男性よりも上位に置かれ、崇拝の対象となったのです。

 そしてその時、恋愛は肉体を超えた心の問題になりました。」


母性禍

2007-01-27 13:26:15 | 家族
藤原新也『渋谷』東京書籍、2006

188
「「母はわたしのことを熱心に見つめてくれたけど、
  わたしそのものを見てはいなかった。

 ……

  母が見つめれば見つめるほど
  わたしはぬいぐるみだけの自分になってしまう。
  それは子供の存在に関心がないネグレクトと
  いったいどこが違うのでしょうか」」

193
「「見られたかった。本当のわたしを。
  街に飛び出せばたくさんの目があって
  その中の誰かが私を見つけてくれるんじゃないかって」」



定年塾と大人の自立

2007-01-15 13:32:07 | 家族
ラジオで聞いた話を基にメモ。

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定年後、家にいる夫を邪魔だと思う妻。
会社の上司-部下関係を家庭に持ち込む夫。

「何もすることがなくて、一日が過ぎるのが長い」
と、インタビューされたある男性が言った。

西田小夜子氏は著書『定年漂流』の中で、
架空の「定年塾」を書いた。
「定年夫を持つ主婦3人が、料理や法律知識に
関する塾を開き、夫たちが定年後の生活を楽
しめるよう導いていく」というその架空の塾を
実在のものと勘違いして、問い合わせてくる
読者がいたという。

2006年には、その読者の声に応え、
西田氏は実際に定年塾を立ち上げた。

これに限らず「定年離婚」をはじめとした
定年にまつわる話は、団塊大量退職(=2007年問題)
が近づいてきた2~3年前から大量に出回っている。

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こうした状況を昨今の自立論議(若者や障害者)や
家族論議(家族の崩壊等々)と合わせて考えると、
日本の家族はとうの昔に壊れていたのだと改めて思う。

あるいは、「家族」という言葉で想像している
一般的な家族像は、端(はな)から成立することなく、
像(イメージ)としてだけ存続し続けてきたのではないか。
そして、そのイメージと自分の現在を比較し、
“あれがない、これがない”と思い続けて来たのではないか。
イメージどおりの家族など実在しないのに。

加えて、“仕事・家事・育児等を包括した生活者”
という視点から、この世代を見たとき、自立した大人など、
ほとんどいなかったのでは、とも。


【参考】
※読売新聞連載記事
「さあ、セカンドライフ (3)夫婦の再スタート導く(2006/01/04)」
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyotama/kikaku/079/4.htm
『定年漂流』
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/484310079X.html

16世紀の日本

2007-01-10 23:56:42 | 家族
ルイス・フロイス『ヨーロッパ文化と日本文化』1585
(岡田章雄訳注、岩波文庫、1991)

33
「われわれは衣服を手で擦って洗う。
 日本では足で蹴るようにして洗う。」

48
「ヨーロッパでは夫が前、妻が後になって歩く。
 日本では夫が後、妻が前を歩く。」

50
「ヨーロッパでは妻は夫の許可が無くては、家から外へ出ない。
 日本の女性は夫に知らせず好きな所に行く自由をもっている。」

56
「ヨーロッパでは普通女性が食事を作る。
 日本では男性がそれを作る。
 そして貴人たちは料理を作るため厨房に行くことを立派なことだと思っている。」

64
「われわれの間では普通鞭で打って息子を懲罰する。
 日本ではそういうことは滅多におこなわれない。
 ただ〔言葉?〕によって譴責するだけである。」

66
「ヨーロッパの子供は多大の寵愛と温情、美食と美衣によって養育される。
 日本の子供は半裸で、ほとんど何らの寵愛も快楽もなく育てられる。」