彷徨う普代村民

普代村の一村民、
彷徨う村からの貧民の呻き声

映画 「ブタがいた教室」

2013年02月05日 | Weblog
ある小学校の6年生の新任の先生が、命の大切さを教えようと校長先生に豚の飼育を学校でやっていいか許可を請う。 飼育を許可され、6年生には豚を育てて、卒業までに食べるのが目的だと告げてスタート。 卒業まで1ヶ月、そして7日と迫って子どもたちの議論が激突する。

卒業まであと4カ月となり、「Pちゃん」と命名しかわいがって育ててきたが決断の時が迫ってくる。
担任の先生も、職員会議で引き受ける学級をお願いする。
校長先生は、「判断は子どもたちに任せるべきではないですか?」と言う中で、会議中に校内放送が聞こえてくる。
6年生たちは、話し合いの結果引き継いでくれるクラスを校内放送で呼び掛けていた。
そして、3年生が引き継ぎたいと申し出てくる。
そこからまたドラマが展開する。

<Pちゃんを食べるか食べないか>

「最初は食べることだったけども、自分たちの責任を3年生たち押しつけていいのか。」
「最後まで自分たちが世話するべきだ。」
「じゃあ、Pちゃんはどうやって最後自分たちが責任をとれるのか?」
「食べてあげることが、自分たちの責任じゃないのか。」
「食べるっって殺すことだよ? よくそんなことが言えるね。」
「殺すというのはただ命を奪うことで、食べることはその命を引き継ぐことだ。ただ殺すのと意味が違う。」

うあ~。 深い言葉。ちなみに、食堂の息子の言葉。

「3年生に引き継ぐということは、問題を先延ばしすることで、今度は今の3年たちが私たちのように悩んでしまう。先延ばししないで、自分たちで終わりにしよう。一緒に卒業するって考えればいいじゃん。」


 教室で子どもたちも泣きじゃくりながら議論しあう。
それをじっと見守る担任の先生。
議論するっていうのはこういうことか。
真剣に問題に向き合って、本音をぶつけあうことなんだよなぁ。と感動と内容にメッツルしながら。。。。

相手も見ず、ぶつけ合わない意見。 自己主張のためだけの発言。
進歩のない感想発言。迎合発言。 
本音のぶつけ方、議論の仕方を子どもに教わったほうがいいのかもしれない。 

この若い先生の勇気の素晴らしさにも感動した。
子どもたちの、リアルな、映画とは思えない議論の展開に涙しながら見てしまいました。

今の問題を先延ばしすれば、他のだれかが引き受けざるを得ない・・・・
責任の先延ばしになる・・・・
考えさせられました・・・・


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