兵庫県精神障害者連絡会・代表のブログ

1995年に設立された兵庫県精神障害者連絡会の設立時メンバーであり,20年間代表を務めているメンバーのブログです

精神障害者の解放と統合化

2024-04-28 | YouTube

日本の精神障害者の解放の問題を考える場合、精神科病院における「強制入院や拘束という構造的な問題」を取り除かないと多少の改善はあっても、結局「牧畜業」(1960年日本医師会武見会長)としての精神医療の本質的な解決にはならないと思います。「牧畜業」と日本の精神科病院が言われたのは「家畜のごとく精神障害者を収容してエサ(薬)を与えて金儲けをするシステム」への批判であったと言われています。 

しかし、精神障害者は医療を受けるだけの存在ではありません、生活時間の多くを「社会生活」として送っている精神障害者が多数存在します。そのような600万人を超える精神障害者にとっては、社会全体の「統合化(インクルーシブ)」社会への転換において、精神科病院、精神保健福祉法体制が精神障害者を「人間の価値」がないものと規定していることが「じゃましている」と感じられています。この「人間ではないもの」という規定がグループホーム建設の時に顕在化して可視化されます。しかしそれだけではなくて、精神障害者が日常的に感じている「差別」という感覚です。この矛盾を精神科病院の廃止、精神保健福祉法の廃止の方向にもっていかないと、なかなか本質的な精神障害者の解放にはつながらないと思います。それ抜きには結局、現状の中での「改善」にしかなりません。抜本的な出直しという問題でしょうか。

それは問題の半面だけであって精神障害者の差別問題はそれだけで解決しうるものではありません。統合化=インクルーシブの問題が解決されないと、結局は「ひとつの鎖は解いたが、新たな別の鎖でつなぐ」ことにしかなりません。多くの社会運動家が、学齢期には「統合化(インクルーシブ)」の主張をして養護学校反対の主張をしながら、学齢期が終わると「統合化」の主張を止めてしまい「分離」に何ら批判的ではないことは不思議なことです。

多くの精神障害者が作業所という法律的には「労働」ではない場にいたり(労働とは認められていないから最低賃金が適用されない)、無職であったりして「統合」されてはいない訳です。子どもについては養護学校を「分離だ」と言って批判する人が同時には作業所を批判しないのは矛盾だと思います。片方では「分けるな」と言い、片方では「分けている」ことに批判的ではない。全く矛盾です。

「統合化」を要求することは、「強制入院に反対する」ことと矛盾はしませんが、分離を認めながら「強制入院に反対」しても全く精神障害者の解放にはつながりません。

いまの資本主義的な労働現場では「民主主義は工場の前で立ち止まる」と言われています。「統合化」は工場では実現されていません。知的障害者や身体障害者が「自宅就労」であったり「工場とは別棟」の子会社にまとめられて就労していたりするケースは見受けられます。立派な「分離」の見本のようなことです。精神障害者も「クローズド(病気であることを隠すこと)」であったりして就労しているケースはあるでしょう。しかし、「重度」とされた精神障害者にはその機会は極めて少ない訳です。もちろん、すべてにおいて例外はありえます。

「統合化」が工場では認められないのは、「民主主義が工場に前で立ち止まる」ことと密接に関連しています。僕自身がある時期から職場で排除されて、解雇された訳ですが、ちょうど労働組合の「反マル生闘争」という職場民主化闘争が敗北していく過程と符合しています。戦後直後に左派労働運動が大きな力を持っていた時期から、資本家たちがその力を奪う過程がせめぎ合いながら仕上げに入ったのが、中曽根政権による1982年以降の『国労』解体のための国鉄分割民営化による『総評』の解体であり郵政民営化による『全逓』解体の仕上げでした。しかし体制内左翼も反体制左翼を含めて左翼陣営では物事の本質を把握できず、反撃の決戦を挑むこともできませんでした。とくに、右翼日和見主義党派の革マル派が『動労』本部派として持っていた組織を延命させるために『国労』解体攻撃の先兵化したことは、労働運動を大混乱させました。労働運動は一つの塊として団結することも、決戦を挑むこともできずに敗北しました。「決戦」をしても負けたかもしれませんが、「労働組合の権利」はもう少し守られたでしょうし、今の労働運動の悲惨な情況はもう少しましなものになっていたことでしょう。

ヨーロッパではストライキが頻発して労働者たちの闘いが大規模に存在するのに日本では「ストライキは迷惑」という観念が労働者の中にも広くしみ込んでいます。パリの街がストライキでゴミだらけになり、鉄道はしょっちゅう止まっていても、ヨーロッパの労働者は当然のこととして受け入れています。一方日本ではユニオン系労組の闘いがあるのみです。全日建関西生コン支部に国家権力が襲い掛かり労組壊滅攻撃をしていても、反撃しているのは少数派です。僕の友人があるユニオンの委員長をしていたり、ユニオン系労組も捨てたものではないと思います。反撃の拠点にはなりうると思っています。

学齢期が終わった障害者、精神障害者が「分離するな」と主張する時、労働させろ、「労働現場でも分離するな」と主張することは、重要だと思います。人生の過半である学齢期以降の時期に、「分けるな」「分離するな」と主張することは、「統合化」にとって重要だし、差別するな、解放しろという主張にとって物事の半分以上の意味を持っていると思います。

では、工場に行かせろという主張は、精神障害者に「疎外労働を強制するのか」という議論が成り立ちます。そのことに対する僕の反論は職場支配権を労働組合が持っていた時代があったということです。今では、『国労』・『総評』は解体され郵政は民営化されて労働組合も『連合』という疎外体になり果てています。しかしユニオン系労組が頑張っているので、労働運動はまるでダメという訳でもありません。半面では障害者も頑張り様があると思います。

「疎外労働」とは。一番単純に言えば「つまらない労働」という意味です。

マルクスの「疎外」の意味は、初期のマルクスでは、「資本主義的生産の下で人間的存在や労働の本質が,人間に失われている」と考えていたことを指します。つまり、本来の労働は、自己の存在意義が実現されていく過程と理解され、自己実現の方法であると考えられること。だから働く人には労働に意義があると感じられる訳です。しかし、資本主義的労働では、労働で得られるものは賃金であり、労働の成果物ではありません。働いて作ったものが自分のものではなくて「空々しい」ものになってしまい資本家の所有物になります。労働者が得られるのは賃金のみです。人間本質の実現であったはずの労働成果が自分のものではなくて空々しい他人のものになることが、マルクスの言った労働過程における疎外です。マルクスは、モノを生産する労働を基本に考えていて、エッセンシャルワーカーのようなサービス業を基準に考えていません。

だから僕の精神障害者解放の考えの実現は、「工場に民主主義を実現する」闘いと不可分であると思うし、全日建関生支部とかユニオン系労組の労働運動と不可分だと思っています。そういう意味では精神障害者運動とは少し離れていると感じられるおそれも感じます。しかし、今まで述べてきたように、「統合化」しないで「強制入院反対」の主張だけをしていることは物事の半面に精神障害者を縛り付けてしまうことを縷々述べてきました。ぼくのユーチューブチャンネル『げんの部屋』が労働者的な闘いも範疇にしている根拠もそこにあります。『げんの部屋』は理論構築もしようとしているので少し理屈っぽくなっているなと思っています。一度なぜ理屈っぽいのか説明する回を一回挟んでおくべきだと思っています。

精神障害者解放運動と労働運動の統合的な考えが必要なことは、僕の基本的で日常的な考えです。



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