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『良いトレーニング、悪いトレーニング』

2012年12月29日 23時00分20秒 | 読書日記
 最近は、こんな本を読んでいます。

 良いトレーニング、無駄なトレーニング 科学が教える新常識
 アレックス・ハッチンソン著 2012年2月



 著者のハッチンソン氏は、物理学の博士号を持ちながら、ランナーとしてもカナダ代表の実績を持っているすごい人です。
 そんなハッチンソン氏が、最新の研究結果だけを根拠に、さまざまなトレーニングの定説を検証したり、新説を紹介したりしています。
 もともと経験則を重視して行われている性質が強いトレーニング。世界中で行われているさまざまな研究によって、新事実が次々と明らかになっています。
 では、本書の内容を、自分の備忘録も兼ねてすこし紹介してみましょう。



  乳酸は筋肉疲労の原因なのか

 乳酸。運動をやっている人なら誰もが知っている言葉ですね。疲労物質として名高い乳酸は、その発生によって私たちのパフォーマンスが落ちる厄介な存在として広く知られています。
 しかし、最近の研究では、乳酸は必ずしも疲労の原因物質ではなく、むしろ燃料となりうることが明らかになっています。
 どういうことでしょう。本来、乳酸が疲労物質とされる根拠になる研究は、1907年にカエルを用いて行われた実験です。酸素を与えない状態で筋肉に刺激を与えると乳酸が発生し、酸素を供給して刺激を与えるとその乳酸が消失されるという実験結果から、乳酸が疲労物質であるという仮説が導かれ、しばらく信じ続けられていました。
 
 しかし、乳酸が生産されているのは、酸素が不足している時だけではなく、炭水化物は休息中でも乳酸に換えられているという事実が明らかになったのです。
 この乳酸の半分は、体内のエネルギー通貨といわれるATP(アデノシン三リン酸)に換えられます。しかし、この変換には酸素を必要としません。つまり嫌気的な反応なのですね。だから、酸素が足りない状態(無酸素運動)になると、酸素を使わなくてもATPを生み出せる乳酸を用いてエネルギーを確保しようとするわけです。なお、乳酸の原料となる乳酸塩は生体内にあまねく存在し、プロトン(H+)と結合して乳酸を生じます。
 
 なお、アスリートと一般人は、同じ運動によって同程度の乳酸を生み出しますが、その乳酸をエネルギーに変換する効率が両者で大きく異なります。このため、アスリートの血中乳酸レベルが急激に上昇することはありません。
 ですから、運動能力の指標として、最大酸素摂取量(VO2Max)のみを用いるのではなく、血中乳酸濃度の値を用いた「乳酸性閾値」という指標を用いることは一定有用になります。しかし、これは身体が乳酸を効率よくエネルギーに換えられるようにするためであり、乳酸による疲労を防ぐためではないのです。



  硬い地面を走るとケガをしやすくなる?

 これは、ランナーの間ではよく話されることですよね。コンクリートで舗装された道を走ると反発が強く、膝や足首といった関節に悪影響である。過去にこれらの箇所を痛めた経験のある人はコンクリートのランニングは注意すべし、といった論調です。
 僕のいた部活でも、膝や足首を故障した人はフィットネスメニューで別メニューをこなしていました。すなわち、校舎の周り(コンクリ)を走るメニューではなく、グランドを回るメニューを行うのです。
 これらの根拠は、ひとえに、『硬く強反発の地面は故障を誘発するので避けた方がよい』ということでしたね。
 
 しかし、実際の研究で、地面の硬さが故障の原因となることを証明した例はひとつもないそうです。
 というのも、人は、地面の硬さに応じて筋肉の収縮度合い、ストライド、関節を曲げる角度等をわずかに変えることで、身体への衝撃がどこを走っても等しくなるように無意識に調製していたことが分かってきています。
 具体的には、例えば衝撃を感知する中敷きをいれた靴でさまざまな地面を走る実験でも、コンクリート・芝生・タータンのいずれにおいても、ランナーの足にかかる圧力に有意な差は見られなかったとする研究です。
 もちろん、これを反証するような実験結果も出ているようです。例えば、アスファルトの上を走った場合、芝生のそれに比べてストライド毎に12%も足にかかる圧力が高かったとする実験もあります。しかし、この12%という数字は芝生とコンクリートそのものの硬さの違いを考慮すると、かなり小さな数字といえます。
 
 いずれにせよ言えることは、地面の硬さは故障の原因に大きな寄与があるとは言えないということです。

 では、コンクリートを走ることの何がいけないのか。それは、コンクリートの表面が滑らかであることだとする説があります。
 平坦で、いつも同じような着地面になる道、すなわちコンクリートの道を走ると、着地毎に足の関節や筋肉にかかる負担が毎回毎回同じになります。同じ部位に負担がかかり続けるのです。これにより特定の部位が酷使された結果、オーバートレーニングによる故障につながるとする説です。
 一定の凹凸がある芝生や非舗装道では、着地のたびにわずかに違う刺激が身体に加わるため、特定部位が酷使されることはないというのです。

 そもそも、「硬さ」や「滑らかさ」の議論をする前に、トレーニングをする地面とケガの発生率にはっきりとした相関は今のところ観測されていないようです。ただし、これはこの両者に因果関係がないとするのではなく、予想されている以上にこの問題が複雑な構造をしていることを示唆しています。
 また、トレーニング全般に認められる「特異性の原則」に基づき、どこを走るにせよ、常に同じような路面を走ることは避けた方がよいと言われています。コンクリ道だけでなく、芝生、タータンなどを組み合わせることによって、身体の特定部位にのみ負担がかかることを避けることができるのは事実です。

※なお、「ランニングが膝を痛める」という従来の常識も否定されています。非ランナーよりもランナーの方が、関節炎の発症率は低いことが分かっています。



  運動 vs 食事制限

 ダイエットには、運動と食事制限どちらのほうが効果的なのでしょうか?
 一定カロリーを運動で消費して食事はそのまま vs 一定カロリーを食事制限で減らして運動量はそのまま。
 これを実際に行った実験があります。太り気味の被験者をグループに分け、一方は食事制限のみで一定カロリーを減らし、もう一方は食事制限と運動を併用して一定カロリーを減らした生活を半年送ってもらいます。

 その結果、体重の減少・体脂肪率低下などのダイエット成果はほとんど違いが見られませんでした。(しかも、体重は10%減、体脂肪量は25%減という素晴らしい結果)
 しかし、決定的な違いがみられた値がありました。
 それは、インスリン感受性(糖尿病に関するもの)、LDLコレステロール、最低血圧といった病気と健康にかかわる値です。これらの値は、運動と食事制限を併用して減量したグループでのみ、改善がみられました。

 もちろん、双方のグループに違いのみられない指標もあります。HDLコレステロール、収縮期血圧などがそうです。これらの値は双方のグループで等しく改善がみられたので、つまり体重に依存していた値だったと言えます。

 結論、ダイエットには運動と食事制限の双方を組み合わせることが正しい方法であるといえます。誰もが健康のためにダイエットをする訳ですから、こうした指標も改善されるに越したことはないのです。



 などなど。
 興味深い知識がたくさん載っていました。
 主に、従来信じられていた学説や常識が次々と否定されているといった性質の強いトピックが並んでいた訳ですが。
 こうした生物学・運動生理学・栄養学といった分野への造詣は皆無な僕の、率直な感想としては、

 ●人間やマウスといった動物に対して行う実験で、実験条件を全て等しくして行うことが非常に難しく、サンプルによって変化させた実験条件意外の要因が複雑に関わっているのではないか。

 つまり、簡単に因果関係をいえないということです。植物の種の発芽条件を調べる小学生の実験だったら、水・光の条件を全く同じにして、空気の有無だけを変えて発芽をみるという条件設定が容易にできます。植物の種というサンプルも限りなく同じような環境で生まれたものを用いることができます。だから、「発芽には空気が必要である」といった因果関係を結論付けることができる訳ですよね。
 でも人間はそうはいかないですよね。24時間全く同じ行動を取らせる訳にも行かないですし、同じトレッドミルでのランニングだってフォームや体組成の違いによって無視できない誤差が生まれるでしょう。食事だって咀嚼の度合いによって…などと言い出したら、誤った因果関係を生む要素はいくらでもあると思われます。カロリー計算だって結局はアバウトですよね。(アメリカで、被験者の食事を全て流動食にすることで正確なカロリー計算を実現するという過激な実験も行われているようですが…

 ●人間に対する実験は、実験者・被験者の思い込みによる影響が想像以上に強いのでは。

 ある実験で、コンプレッションウエアによるパフォーマンスの向上を見込めるか確かめるために、コンプレッションウエアを着用する場合としない場合でさまざまな運動のスコアを記録しました。
 着用による効果があったグループとなかったグループにみられる違いは、実験前のアンケートへの回答内容でした。
 「ウエア着用によってパフォーマンスは向上すると思うか?」という質問に対して、すなわち、「向上すると思う」と答えた人たちのパフォーマンスが向上していたというのです。
 もう、こうなってしまっては正確にウエアの効果を測ることなんてできないですよね。
 すると例えば、ある薬に血圧を下げる効果があるかどうか調べる実験で、被験者に
 「この薬には血圧を下げる効果が期待されていましてね。ラットやチンプではもう実証済みなのです。人間への効果もほぼ確実で、あとは商品化のための追実験です。」
 といって説明するか、
 「長いこと血圧を下げる効果があると信じられてきた薬なのですが、最新の研究によってその根拠が総崩れしてしまいかなり疑わしい状況なのですね。そこで実験を一からやり直しているのです。」
 と説明するか、この違いだけでも、実験結果に有意な差が生まれるのではないでしょうか。

 ●試験管の中の化学反応を、そのまま生体内で起きている反応であると簡単に仮定しすぎなのではないか。

 まぁ、生体の環境を試験管や実験室で再現すること自体不可能で、それを言い出したらキリがないんですが。

 ●実験結果から因果関係ありなしを結論付けるのが早すぎるのでは。

 とりあえずnが少なくないですか?被験者20人とかで結論付けるのはちょっとムリがあるのでは…追ってその結果を証明する研究がでてくるまで、因果関係をはっきりということは尚早では。特に、この本にのっている新規性のある研究などはなおさら。

 まぁ…こうした課題を解決しなければならないところも、実験・研究を組み立てる難しさであると思うのですが。。。。



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