知っての通りバットエンド。
何故なんだ?なんとかならんのか?!乙女ならそう思わずにいられない。鴻巣友季子さんの解説本を読んだら、著名な評論家たちでさえ結末を描き直すように進言したと書かれている。
しかし、作者のミッチェルはガンとしてバットエンドを主張したそうだ。
それで、今回読み直してみて、いや初めて読了したんだった。で、私も還暦前になって思うのは、これは仕方がないなあ、ということです。
アシュレに夢中だったスカーレットが最後の最後になって「本当はあなたが好きでした!」とバトラーに詰め寄る。ところが、いやいや、もうオレ疲れたから、ってふられてしまうのだ。
えーっ?あれだけお前しかいない。オレのような悪党に合うのはお前だけ!とさんざん言っておきながら、スカーレットが素直に愛をうちあけた途端に、ダメって、レットも酷くない?と最初は思った。
だけど、女王様気質のスカーレット。言い方が、どうも上から目線。この私が好きって言ってるでしょ?わからないの?って感じではどうかな。さらにレットに「悪かったっていえば、長年の過失が許されると思ってるのか?」と怒られ、「もう欧州か故郷にもどり穏やかな生活を送りたい」と言われる。
けれど、彼女は一瞬、激しい苦痛を感じたのち、早くもレットを取り戻そうと考えるのだ!
なにしろ、敗北に直面しても敗北を認めない祖先の血が彼女に流れてるから。( 凄い描写!)「明日、レットを取り戻す方法考えよう。」最後まで、諦めないのだ。この強さ逞しさうらやましい。これが開拓者精神の血か。それはそれとして、
この時、レットバトラーが45歳。そして、スカーレットはまだ28歳。
バトラーは初老で、ゆったりしたい。スカーレットはこれからが一花ニ花咲かせたいでしょうよ。
もしスカーレットが自分を抑えてグッと堪え、バトラーの気持ちを尊重できるようになれば、彼も考え直したかもしれない。けど、人間そんなに簡単には成長しない。鴻巣友季子さんの本によると、作者ミッチェルはラストに簡単に性格が変わるなんてドラマは書きたくない、とお偉方に反論したとあります。
人は簡単に成長しない事実。そりゃ、そうでしょうとも。何百年も闘ってきた祖先の血を受け継いでるんですから。ドラマチックだけど、とてもリアルなシビアな長編小説だと思いました。
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