ある日の土曜日のこと。
得意先での打ち合わせを終えた私は外に停めた駐車場に向かって歩いていた。
ふと腕に目をやると時計の針は12時5分前を差している。
『ああもう昼か。あまり腹は減ってないけどコンビニで何か買っていくか。
けど何にしようかなあ・・・。』
なんて考えながらとぼとぼとした足取りで進んでいる時の話なのだ。
別に何も食べなくても問題ないし、基礎代謝が落ちてきてる実感もあるのに
何故か昼ご飯を食べなきゃなんて思ってしまうのは根が卑しいからかなあ。
食べなきゃ無理のないダイエットで本当はベストなのだけど。
あっ、遅くなっちゃったけど今回は一切車ネタじゃないのでご承知おきを。
前回までの続きはまたぼちぼちとそのうちに・・・。
敷地の広い客先から外来駐車場までは300メートル程度の市道になっていて、
道路幅は約6メートル。
その片側に2mの歩道があってそちら側は畑や田んぼが点在する中に
一般の住宅がパラパラ並ぶどこにでもある郊外の風景である。
駐車場までほぼ半分くらいの距離まで来た時に
ハイツの前で一人の少年が歩道に立っているのが見えた。
ジーパンの上に黒のジャンパー姿でごく普通の服装だ。
背丈はもう十分大人並みだが華奢な体の線の細さがまだ子供だと判る。
そうか今日は学校は休みだったか。
だが段々と少年に近づくにつれ何となく妙な雰囲気がする。
そのハイツの中を覗くようなそぶりは少しばかり挙動不審。
何か変だという以外、特に問題行動でもないしさっさと行き過ごすとしよう。
その少年との距離が10メートルに迫ろうかというその時、
こちらを振り返った少年と目が合ったその瞬間、
猛然とこちらに向かってダッシュしてきたのだ。
おっ、な、なんだなんだ!
私の目の前で突然ジャンパーのチャックを降ろし、
下のセーターの肩を突き出してきたのだ。
そうあの遠山の金さんが白州で見せるキメポーズのような形で。
江戸町奉行・遠山金四郎景元なら当然
「おぅおう!この背中の桜吹雪が手前等の悪事を見通しだぜい!」とかになるのだけど、
少年のセリフは違っていた。
「スリスリして下さい!」
はぁ?それ何?
ラッスンゴレライどころでないのは間違いない。
更に自分の肩口を私に見せつけるように続けてまた
「スリスリしてくださいっ!!」
彼の肩を見ても何か不具合があるようには思えない。
というよりこの通常あり得ない状況にどう対処すべきかを考えるのが先決だな。
どう考えても普通でない精神状態なのだろうが、
幸い何か武器を持っているようでもない。
決して腕力には自信はないがこの相手なら最悪強行突破は出来そうだなんてことも
頭の片隅に入れながら
『一体どうしたの?どういうことなの?』
と問いかけてみると、
素直に聞き入れてもらえなかったからか
少年は顔を真っ赤にしながら両手を握りしめブルブル震えるようになったきたのだ。
そして震える声で絞り出すように再度
「すりぃしゅりぃしてきゅださぁ~い~!」
このまま押し問答をして更なる変化を待つ余裕は流石にもうない。
赤ん坊のひきつけにも似た状態を見れば意味は全く理解できないまま、
『判った判った。ほらこれで良いだろう?』
彼の肩を何度か擦ってやったのさ。
すると不思議なことにさっきまでの興奮状態は収まり、
私に何を言うでもなくクルリと背を向けてまたハイツの方向に歩き出したのだった。
敵わんなあ、おいおい私もそっち方向に行くんだけどね。
ふらふらとした足取りの少年を一気に抜き去り
駐車場に向かったのは書くまでもない。
離れた車中からしばらく様子を伺っているとブツブツと何か独り言を呟きながら
やはり何処に行くでもなく徘徊するように少しづつ歩いて駐車場横を通り過ぎて行った。
実のところ最初の台詞を彼が発した瞬間は新興宗教の新手の勧誘かなんて思ったくらい。
冷静になって改めて考えてみれば彼は知的障碍を抱えた少年だったのかも知れない。
家族や身内にそういう者がいる人たちにとっては私が思うより遥かに辛くて大変なことだろうとも思う。
各家庭で管理監督する義務の必要性はいまさら言うことでもないだろう。
しかし認知症や介護の例を出すまでもなく個人で出来る範疇には限界があるのも事実。
では私を含めた殆どの者にとってどういう対処が一番良いのだろう。
今回はたまたま事なきを得ただけで自分自身も必ずしもベストだったとは思ってはいない。
但し私が今日体験したことは特別珍しいことではなく、
誰にも起こり得る日常の一場面ではないかと思うのである。
少なくとも一瞥するレベルでは健常者との差異を見出すのも困難だろうと思う。
また知的障碍者と精神異常者とはどう違うのか?
見た目や外観でそれを判別できるのか?
最近新聞の社会面を賑わせる事件や事故。
そういった者達が関わるものも少なくはない。
さて他人事ではない当たり前の出来事とするならば我々はどう考えてどう行動すべきなのだろうか。
そんなことを考えさせられてしまうある一日だった。
簡単にこれが正解なんて言えないのかも知れない。
だけど何か考えなければならないのは間違いない現実で
自分には関係ないと目を逸らすのが一番いけないような気がするのだ。
現代社会で「無関心」というのは最早それ自体が罪ではないのか・・・。