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因縁の地・ドーハ決戦!

2008年11月20日 | サッカー日本代表
1993年10月28日「ドーハの悲劇」。
今から15年前、W杯アメリカ大会・アジア最終予選の日本対イラク戦。
当時同じ日、私の祖母が亡くなり、お通夜を抜け出してTVで観戦。
日本が土壇場でイラクに引き分け、当時2枠しかなかったアジア代表の出場権を目前で逃し、何がなんだか分からなく呆然とし、TVの前で涙を流した。
祖母が亡くなった悲しさよりもW杯出場を逃したことの方が私にとっても「悲劇」だった。

そのドーハで今年最後のW杯アジア最終予選のカタール戦が行なわれる。
しかしドーハ決戦といっても、TVや新聞が伝えるほど今の若い選手達にその記憶は無い。
「(「ドーハ」のときは)中学生でした。生で見ていなかったと思いますが、寂しい気持ちになりましたね。(今回の)ドーハでは、いい思い出になるようにしたいです」(玉田圭司選手)
「自分は小学生でしたから、あまり覚えていないですね。関係ないです」(田中達也選手)
あの試合のキックオフは日本時間の22時15分だった。
サッカーをやっている小・中学生なら、とっくに床に就いている時間帯だ。
チーム最年長の川口能活選手と寺田周平選手でさえ、当時18歳で覚えているだろうが、香川真司選手や内田篤人選手や安田理大選手は4、5歳の未就学児なのである。
一番良く覚えているのは岡田武史監督自身だろう。監督はあの日、NHK-BSで解説をしていた。試合終了後、画面がスタジオに切り替わった時の能面のようにこわばった表情は、今でも鮮明に覚えている。

■W杯アジア最終予選・グループA
       前0-1 
       後0-2
  カタール 0-3 日本

終わってみれば3-0の快勝。
前半「ドーハの悲劇」を知らない田中達也選手の先制!
そして後半開始早々にやはり「ドーハの悲劇」を知らない玉田選手の2点目!
これで完全に日本のペースになった。さらにダメ押しの3点目をショートコーナーから、中村俊輔選手がクロスを上げ田中マルクス闘莉王選手のヘディングシュート!
残念だったのが試合終了後のTVインタビューのアナウンサーの質問が陳腐だったこと。。。そして、ゴール(得点)を決めた選手しか登場させないTV局の単純な人選が残念。遠藤保仁選手や長谷部誠選手に話してもらいたかった。
ともあれ、勝利おめでとう!!


■グループA
         試合 勝 分 負 得点 失点 勝点
オーストラリア  3  3 0  0  6  0  9
日本        3  2 1  0  7  3  7
カタール      4  1 1  2  4  8  4
バーレーン    3  0 1  2  3  5  1
ウズベキスタン  3  0 1  2  1  5  1


■グループB
         試合 勝 分 負 得点 失点 勝点
韓国        3 2  1  0  7  2  7
イラン       3 1  2  0  4  3  5
北朝鮮       3 1  1  1  4  4  4
サウジアラビア  3 1  1  1  3  4  4
UAE        4 0  1  3  4  9  1

※各グループ上位2チーム(計4チーム)が本大会出場権を獲得。
 3位の2チームはアジア・プレーオフへ進出。