BLOG 思い遥か

日々新たなり/日本語学2020

オンライン授業15回

2021-01-14 | オンライン授業

試験をオンラインで実施して、対面授業と変わらない実効であったと、対面がいいとばかり言えないが、オンラインで15回の授業が実行できたのは受講生の皆の努力があったから、協力というべきか、それでとにかくここまでを進めることができたと、いろいろと言いながら講義を閉じるべく、結びののこととして、言葉を探した。
この時世で、オンデマンドなどと、いつ聞いてもいいような、あるいはフルタイムでしているのかどうか、講義をするために話す方が大変なことであるから、それをやり遂げてのこととして、その反応をメディアがとやかくいうことはない。それはそれでプロフェッショナルとして当たり前だからであるが、15回をフルタイムで90分、毎朝、ネットに接続して授業を実現した。
講義の質とその達成をどうであったかと、一人かみしめている。あちこちで同様のことをやっている、学校現場でそうなり、その実態はということであるが、これは教室の生きた授業をする教師の仕事からすれば、通信をしてカメラとインタフェイス画面相手という、その日常がどんなものになるか、知れたものではない。
リモートを推進すると言って、デスクワークが実現できる、会議ができる、そのミーティングで毎日が過ぎるとなると、そのホームオフィスのさまざまな負担は、つまり会社ごとわがやにひきもむのであるから、想像してしかるべきで、それが当たり前であるためには、相当のオペレーション、コンピュータリテラシーができないと、気軽に続けることができるというものではない。
そこに起こるトラブルを解決できるのが誰であるかというようなことで、通信不安定が画面に出て、しゃべりながらどうしたかと目をやると、LANケーブルが抜けているではないか、それでも接続できているのは、そういうときのWi-Fiを自動接続になるようにしてあるからで、すぐにもを差し込みをして、こういう初歩的なところでのことが、結構、ことを大きくしていくのが電子であって、電気のゴキゲンである。放送事故を起こさないようにして、これが、ビジネスであるなら、ちょっと待ってね、ということになるか、ならないし、やはり細心の注意があって、何とか、コミュニケーションが保てる。
ちょっともらったコメントで、達成感をもって、どうと疲れたしまったから、生身のスタイルよりも3倍ほどの疲労感を続けてきたわけである。
コメントから、すべてを載せるのははばかられるので、次のようなもの、「約、四か月間」というのと、同様に、15回の実感か、受講がいかにも大変であったことを示している。
>この授業では自分の言葉で説明をすることや自分で読んで考えることをしており、ほかの授業とは違い与えられるばかりの
授業ではないことがとてもよかったです。約、四か月間授業をしてくださりありがとうございました。
>今後外国人に日本語を教えていく上でももちろんですが、私自身が日本人として日本語を話す際に言葉の本来の意味をしっかり理解して使っていきたいと思います。オンラインでの授業でしたが、15回の間ありがとうございました。
>語彙や意味の成り立ちや変遷について学習し、自分たちが普段使用している日本語がいかに難解なものであるかが分かった。日本人として生き、日常会話で日本語を使用していても、自分自身が誤った用法をしていたり誤った認識をしていることが多くあると感じたため、日本語学2の授業は大変貴重な知識として身に着けることができたと感じた。



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