アイディ『英文教室』 柴田耕太郎 翻訳批評

『英文教室』主任講師 柴田耕太郎による翻訳批評

翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法16 『南から来た男』(1) 誤訳編

2011年03月24日 11時18分19秒 | 誤訳に学ぶ英文法

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007 は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10 ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルをとく気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、『あなたに似た人』(早川書房、田村隆一・訳)のなかの『南から来た男』(MAN FROM THE SOUTH)。

誤訳度:
*** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)
南から来た男
[ストーリー]
ジャマイカの避暑地のホテル。プール脇でくつろぐ私の席の隣に小柄な老人とアメリカ海軍兵学校の練習生が腰掛ける。練習生自慢のライターを巡って、十回続けてライターが点くかどうかの賭けを老人が提案する。自分が負ければロールスロイスを渡す、でも練習生が負けたらその小指をいただく、と。ホテルの部屋でのこの賭けの最中、ひとりの中年女性が飛び込んできて、ロールスロイスは自分の持ち物、この男からは自分がすべてを賭けで取り上げたのだ、と言う。車の鍵を受け取るその女の手を見やると、指が一本しか付いていない…。

●to 不定詞:*
It was very pleasant sitting there in the sunshine with beer and cigarette. It was pleasant to sit and watch the bathers splashing about in the green water.
こうしてビールと煙草を手にしながら、陽にあたって坐っているのは、なかなか捨てがたいものだな。それに、グリーンの水の中で、水遊びしている人たちを眺めているのも、こころよいものだ。
[解説]
it ― to ~は、現在から未来のことを示し、it ― ~ing は、過去から現在のことを示す。
この原則をあてはめれば、文頭は「坐っているのは」でよいが、下線部を直訳すれば「坐って眺めるということは」で、上記訳とは時制が異なる。
修正訳:眺めるのも

●形容詞:**
'No, no. I make you a very good bet. I am rich man and I am sporting man also. Listen to me. Outside de hotel iss my car. Iss very fine car. American car from your country.
Cadillac ― '
「イヤイヤ、そうじゃない。ワタシはアンタに、タイヘンイイ賭をしてあげたい。ワタシは金持ちです。おまけにワタシはなかなか話せる男だ。マア、オキキ、このホテルのオモテに、ワタシの車が駐めてある。とても立派な自動車ですよ。アンタのお国から来た車。アメリカの車、キャデラック―」
[解説]
sporting は(1)スポーツ好きの (2)正々堂々とした (3)賭博的な。文脈から判断せねばならない。「結構な額の賭(キャデラック)」を提案する、「金持ち」でsporting man なのだから、(3)ととるのが順当ではないか。
修正訳:賭けも嫌いじゃない。

●名詞:**
The little man leaned back, spread out his hands palms upwards and gave a tiny contemptuous shrug of the shoulders, 'Well, well, well,' he said. 'I do not understand.
You say it lights but you will not bet. Den we forget it, yes?'
ちいさな老人は、からだをうしろにそらせると、両手をヤシの木の方にひろげて、さも軽蔑したように肩をすくめてみせた。
[解説]
palm は(1)椰子 (2)手のひら。ここはhands palms をupwards にspread out する(両手の
手のひらを上向きに広げた)、と読む。
修正訳:両の手のひらを上向きに広げ、

●名詞:**
He had pale, almost colourless eyes with tiny bright black pupils.
この男の眼ときたら、ほとんど無色といっていい白眼と、キラキラ輝く、ちいさな黒い瞳だった。
[解説]
eye は(1)広義で「眼の部分全体」 (2)中義で「瞳」 (3)狭義で「瞳孔」、のうちここでは(2)。
pupil は「瞳孔」。日本語の「白目(眼)」は「眼の部分全体から瞳を除いたところ」。瞳が薄い色をしているが、その真ん中の瞳孔は黒く輝いているのだ。
修正訳:この男の瞳の色は薄いくせに、真ん中がなにやら黒く輝いているのだ。

●代名詞:**
The little man handed round the Martinis. We stood there and sipped them, the boy with the long freckled face and the pointed nose, bare-bodied except for a pair of faded brown bathing shorts; the English girl a large-boned fair-haired girl wearing a pale blue bathing suit, who watched the boy over the top of her glass all the time; the little man with the colourless eyes standing there in his immaculate white suit drinking his Martini and looking at the girl in her pale blue bathing dress. I didn't know what to do make of it all.
ちいさい男は、私たちにマルティニをくばった。私たちは立ったまま、マルティニをすこしずつ飲んでいた。とがった鼻と、ソバカスだらけの長い顔の青年は、色あせた茶色の海水パンツをはいているだけだった。体格のいい、金髪のイギリス人のお嬢さんは、うすい水色の水着のまま、マルティニのグラスごしに、青年の顔からかたときも目をはなさない。
純白の、見事なスーツを身につけて立っている、ちいさな男は、マルティニをすすりながら、あの無色にちかい眼で、水色の水着のままのお嬢さんをジロジロと見ているのだ。これはいったい、どういうことになるものか、私にはさっぱり見当もつかない。
[解説]
make A of B は「B からA をつくる」→「B をA のように思う」。what to make of it allの主語はI(what I am to make of it all)。直訳すれば「私はそれ(it)をいったいどう考えるべきか(分らなかった)」。例:What are we to make of these figures?(こういう数字を我々はどう考えたらいいのか)。itは「いま文中で問題になっていること」だから、ふたつのセミコロンで結ばれた前文全体(皆が黙ってマティニーをちょびちょびやっている、なんともい
えない情景、のこと)。意訳するしかないが、「どうなるものか」とは違うだろう。
修正訳:これはどうしたものか、思い及ばなかった。

●副詞:*
The boy said, 'Will you please count aloud the number of times I light it.'
青年が言った、「あの―ぼくが火をつけた回数を、大声でカウントしていただけませんか」
[解説]
「大声で」はloud。aloud は「声に出して」。
修正訳:聞こえるよう

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翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法15『兵隊 』(2) 悪訳編

2011年03月22日 09時42分00秒 | 誤訳に学ぶ英文法

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007 は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10 ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルをとく気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、原書THE COLLECTED SHORT STORIES of Roald Dahl(Penguin)に所収のThe Soldier。俎上に載せる訳文は、早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)『あなたに似た人』(田村隆一訳)所載の『兵隊』。

悪訳度:
*** 致命的悪訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的悪訳(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲)

兵隊
[ストーリー]
夜だ。すべてが憩える夜。だが俺はイヌを連れて散歩に出ている。頭の中を、いろいろな思い出が駆け巡り、現実と夢幻の境も定かでなくなってくる。足の裏にとげがいつの間に刺さったのはいつのことだったろうか。そんな嫌な思い出より幼い日の海辺での楽しい日々を思い起こそうか。家へ帰ってみると、さっきと様子が違う。玄関の鍵の位置が逆、二階に上がると妻でなさそうな女が寝ている。確かめるためぐっと近づくと、女はいきなり平手を俺に食らわせて、階下にいそぎ警察に電話し始めた…。

●論理:**
It must be nearly midnight, he thought. That meant that soon it would be tomorrow.
Tomorrow was worse than today. Tomorrow was the worst of all because it was going to become today---and today was now.
そろそろ真夜中だな、と彼は思った。もうすぐ明日になってしまうのだ。明日は今日よりも悪い。明日が今日になるだけに、いちばん悪いぞ---いまは今日だが
[解説]
この訳文では、発話者の意識の流れが読めない。言葉を補足する。
修正訳:明日は最悪だ。だって今日になってしまうからだ…また、このひどい今日
に。

●ニュアンス:*
But how could that splinter have got into the sole of his foot without him feeling it?
It is not important. Do you remember hunting …
それはそうと、どうしてあの破片が、知らないうちに自分の足の裏に入ってしまったのか。
いや、そんなことは大したことじゃないよ。ほら、波打ち際で、…
[解説]
前を読まないとわからないが、辛い今日のことをつい思い出してしまうのを、必死で止めようとしている箇所。それが分かるように、訳す。
修正訳:いや、そんなのどうでもいいことだった。

●名詞:*
celery
オランダミツバ
[解説]
この訳書が出た当時(1976 年)は、西洋野菜は珍しかったのだろうか?
修正訳:セロリ

●代名詞:*
'All right,' he called. 'You don't have to answer if you don't want to. But remember I know you're there.'
Someone trying to be clever.
「いや、結構です」と彼は言った、「気がむかなければ、返事をするにはおよびませんよ。
でも、これだけはおぼえていてくださいよ、ぼくは、あなたがそこにいることを、ちゃん
と知っているんですからね」
誰かがおれをだまそうとしてるんだ。
[解説]
このclever、どう訳していいか、私も自信がないが、「だまそうと」はまずいだろう。この
あと、someone に対する言及は全くないのだから。
修正訳:小利口そうな奴め。

●誤用:**
He stood on the porch, feeling around for the door-knob in the dark.
ポーチでたたずむと、暗がりのなかで、彼はドアのハンドルを手さぐった。
[解説]
「手さぐり」「手でさぐる」とはいっても「手さぐる」とはいうまい。
修正訳:まさぐった

●名詞:*
the tiny bits of emerald glass
翠緑玉の小玉
[解説]
海岸で子供が見つけて遊ぶ「宝物」を列挙している箇所。翠緑玉は「すいりょくぎょく」と読み、エメラルドのことだが、一般の読者には難解。the tiny bits は小玉でなく、ガラスの破片だろう。
修正訳:エメラルド色のガラスの破片

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翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法14『兵隊 』(1)誤訳編

2011年03月15日 17時18分36秒 | 誤訳に学ぶ英文法

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007 は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10 ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルをとく気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

今回取り上げるのは、原書THE COLLECTED SHORT STORIES of Roald Dahl(Penguin)に所収のThe Soldier。俎上に載せる訳文は、早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)『あなたに似た人』(田村隆一訳)所載の『兵隊』。

誤訳度:
*** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

兵隊
[ストーリー]
夜だ。すべてが憩える夜。だが俺はイヌを連れて散歩に出ている。頭の中を、いろいろな思い出が駆け巡り、現実と夢幻の境も定かでなくなってくる。足の裏にとげがいつの間に刺さったのはいつのことだったろうか。そんな嫌な思い出より幼い日の海辺での楽しい日々を思い起こそうか。家へ帰ってみると、さっきと様子が違う。玄関の鍵の位置が逆、二階に上がると妻でなさそうな女が寝ている。確かめるためぐっと近づくと、女はいきなり平手を俺に食らわせて、階下にいそぎ警察に電話し始めた…。

田村隆一の訳文は、以前例証したことがあるように、誤訳・悪訳が多い。田村と親しかった宮田昇が書いているが(『戦後翻訳風雲録』)「田村は英語が得意でなかった」から、下訳者を使い、自分はそのリライトをして訳書を出していたようだが、この『兵隊』の下訳者は、相当な実力の持ち主だ。幻想的でわかりにくい原文なのに、誤訳、悪訳ともに少ない。
かつ読みやすい。
そういうわけで、あまり文句をつけるところもないのだが、あえて意地悪く見てゆくことにする。

●助動詞:** ●動詞:**
And when he had looked down, the pin was sticking into the flesh all by itself behind the anklebone, almost half of it buried.
'Take it out' he had said. 'You can poison someone like that.'
見てみると、ピンは足の骨のうしろに突きささり、半分ぐらいはいっている。
「抜いてくれ」と彼は言った、「こんなことをしては、おまえは人をだめにしちゃうんだよ
[解説]
can は(1)一般的能力 (2)論理的可能性 (3)反復 (4)許可・命令、の四つが主な意味。上記の訳は(1)または(2)ととっているようだが、ここは(3)例:Winter in New York can be very cold.(ニューヨークの冬は非常に《ときどき寒い》→《寒いことがある》→《寒くなりかね
ない》)。poison は「害する」「蝕む」。you は一般人称ととったほうがよいだろう。相手が自分の足にピンを突き刺したことに対して、恨み言を言っているのである。
修正訳:「こんなことしたら、身体がだめになっちゃうじゃないか」

●イディオム:***
A strange and difficult woman, that's what she was. Mind you, she used not to be, but there's no doubt at all that right now she was as strange and difficult as they come. Especially at night.
あの女ときたら、とにかく変わっていて、あつかいにくいんだ。まあ以前はそれほどじゃなかったんだが、いまとなったら、ほかの連中と同じように、なんだか変になってきて、扱いにくくなったんだよ。とくに夜はね。
[解説]
気づきにくいが、as ~ as they come はイディオムで「とても…」。
修正訳:いまはとても変で気難しくなってしまっている、のは間違いない。

●名詞:**
He paused awhile then, listening, and he wasn't sure, but he thought he could hear the guns starting up again far away down the valley, heavy stuff mostly, seventy-fives and maybe a couple of mortars somewhere in the background.
ちょっと立ちどまって、彼はきき耳をたてた。そう、はっきりとはいえないが、遠くはなれた谷間の方から大半が重火器の射撃音だが、七十五ミリ砲や、その後方のどこからか二挺の機関銃の発射音などがきこえてきたように思った。
[解説]
a couple of は(1)二つの (2)いくつかの、のうち(2)のほうがここはよいだろう。mortarは「迫撃砲」。「機関銃」では、迫力が乏しくなってしまう。
修正訳:何台かの迫撃砲

●副詞:***
And a long silence now, the man standing errect, motionless, the woman sitting motionless in the bed, and it was so quiet suddenly that through the open window they could hear the water in the millstream going over the dam far down the valley on the next farm.
ながい沈黙がやってきた。男は直立不動の姿勢で立っている、女も身動きひとつしないで、ベッドに坐ったままだ。急に静かになったものだから、水車堰の水がダムをこえて、農場につづく谷へと流れおちてゆくのが、ひらいた窓から聞こえてくるのだった
[解説]
「ダムをこえて、…谷へと流れおちる」と読むには、going (over the dam) far down the valley などと、over the dam をカンマかカッコかダッシュで括らなければならない。それがないのに、掛かり方の順番を勝手に変えて読むことは許されない。over は(1)「こっちから向こうへ」(2)「向こうからこっちへ」のうち、go と結びつき(1)。far down the valleyはthe damに掛かり、副詞far で大まかな位置(離れている)、前置詞句down the valley(谷を下ったところ)で具体的な場所を示す。on は、接触を示す前置詞。
正しい読み方:水車用導水路の流れが、向こうにあるダムに行く→そのダムははるか離れた谷間の底にある→その谷は隣の農場に隣接している。
修正訳:水車用水路の水が、隣の農場の先にある谷間のダムに流れてゆく音が、開いた窓から聞こえてきた。

2011年度[翻訳ジム]受講生募集中です。


翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法13『ああ、甘美なる生命の神秘よ』(2)

2011年03月09日 10時09分28秒 | 誤訳に学ぶ英文法

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解 説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競っ てみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルをとく気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

今 回取り上げるのは、原書THE COLLECTED SHORT STORIES of Roald Dahl(Penguin)に所収のAh, Sweet Mystery of Life『ああ、甘美なる生命の神秘よ』。これは邦訳が出ていないようなので、優秀な翻訳志望者Wさんの訳文をたたき台とする。

誤訳度:
*** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

悪訳度:
*** 致命的悪訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的悪訳(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲)

ああ、甘美なる生命の神秘よ
[ストーリー]
ウ チの雌牛に種付けするために、俺はルミンズさんちへ向かった。俺が乳搾り用の雌牛を欲しがっているのを知ったルミンズさんは、太陽に牛の顔を向け、交尾を 指導した。これで、百発百中、生まれるのは雌だという。半信半疑の俺に、ルミンズさんは、この20 年ほぼ百パーセントの確率で雌牛を生産し続けてきた自分の出産ノートをみせてくれた。感心する俺に、ルミンズさんは、単純にして深遠な、精子と卵子の秘密 を明かしてくれた。

この何年か、本コラムにてロアルド・ダールの短編の諸翻訳家による訳文を検討してきたが、どれも満足できる出来とはいいかねる。どの業界でもプロとアマの差は歴然としてあるはずだが、翻訳業界はどうなのか。若い翻訳志望者Wさんの訳文を検討する。
先回は初めと終わりの部分につき、原文とWさんの訳文を掲げたが、今回はその訳文の誤訳部分に    、悪訳部分に   のしるしをつけ、コメントしてゆく。

(初めの部分、原文)
My COW STARTED bulling at dawn and (1) the noise can drive you crazy if the cowshed is right under your window. So I got (2)dressed early and phoned Claud at the filling-station to ask if he'd give me a hand to lead her down the steep hill and across the road over to Rummins's farm to have her serviced by Rummins's famous bull.
Claud arrive five minutes later and we tied a rope around the cow's neck and set off down the lane on this cool September morning. There were high hedges on either side of the lane and the hazel bushes had clusters of big ripe nuts all over them.
'You ever seen Rummins do a mating?' Claud asked me.
I told him I had never seen anyone do an official mating between a bull and a cow.
'Rummins does it special,' Claud said. 'There's nobody in the world does a mating the way Rummins does it.'
'What's so special about it?'
(3) 'You got a treat coming to you,' Claud said.
(3) 'So has the cow,' I said.
'If the rest of the world knew about what Rummins does at a mating,' Claud said, 'he'd
be world famous. It would change the whole science of dairy-farming all over the world.'
'Why doesn't he tell them then?' I asked.
'I doubt he's ever even thought about it,' Claud said. 'Rummins isn't one to bother his head about things like that. He's got the best dairy-herd for miles around and that's all he cares about. He doesn't want the newspapers swarming all over his place asking questions, which is exactly what would happen if it ever got out.'
'Why don't you tell me about it,' I said.
We walked on in silence for a while, the cow pulling ahead.
'I'm surprised Rummins said yes to lending you his bull,' Claud said.
'I've never known him do that before.'
At the bottom of the lane we (4) crossed the Aylesbury road and climbed up the hill on the other side of the valley towards the farm.
(5)The cow knew there was a bull up there somewhere and she was pulling harder than ever on the rope. We had to trot to keep up with her.
夜明け頃、盛りのついた雌牛が騒ぎだした。(1)窓のすぐそばに牛舎が建っていたら、誰だってうんざりするほどのうるささだった。だから私は(2)朝早くから着替えをし、クロードの手を借りようとガソリンスタンドに電話をかけた。急勾配の丘を通り、道の向こう側にあるルミンズの牧場に雌牛を連れて行く手伝いを頼むのだ。そこで評判の雄牛に種を仕込んでもらう手はずになっている。
五分後クロードがやってきた。二人で雌牛の首にロープをかけ、九月の爽やかな朝の小道を下っていった。道の両側には背の高い生垣がつづき、ハシバミには身のつまった木の実がぎっしりとなっていた。
「ルミンズが牛を交尾させているのを見たことがあるか」クロードが聞いてきた。ルミンズであろうと誰であろうと、牛をきちんと交尾させるのを見るのは初めてだと答えた。
「ルミンズのやり方は特別だ」クロードが言った。「世界中探したって、ルミンズのようにできるやつはいないさ」
「何がそんなにすごいんだ」
(3)「とにかく首尾よく行くから大丈夫」
(3)「雌牛も満足してくれるといいんだが」
「世間がルミンズの交配の仕方を知ったら、彼は一躍有名人になるぞ。酪農のすべてが変わる」
「なんでルミンズはみんなに話さないんだ?」
「そ んなの考えたこともないんじゃないか。ルミンズはそういったことで頭を悩ますやつじゃないからな。あいつはここら辺一帯で一番の酪農家だ。頭の中は酪農の ことでいっぱいなのさ。新聞記者に牧場をうろつかれて質問されるのが嫌なんだろ。この話が広まったら、騒ぎになることは目に見えている」
「ルミンズはどんなことをするんだ?教えてくれ」
二人は牛に引っ張られながら、しばらくの間無言で歩きつづけた。
「ルミンズが雄牛を使わせてくれると言ったときは、俺だってびっくりした。そんなことは一度もなかったんだ」クロードが言った。小道を下りきったところで(4)エイルズベリ通りを渡り、今度は牧場に向かって丘を登り始めた。(5) さっきよりもロープを引く雄牛の力が強くなった。ついていくには、小走りにならなければならなかった。

[コメント]
●悪訳:**
「牛 舎が建っているのか、いないのか」が不明。原文はif 節内の動詞が現在形、帰結節内の動詞が現在形で、仮定法でなく単なる仮定。それが分かるよう訳すのが、読者に対する親切というもの(読み返しが必要だった り、複数の意味にとれたり、曖昧だったりしてはいけない)。crazy は「うんざり」では弱すぎる。
修正訳:牛舎が部屋の側にでもあったら、きっと頭がおかしくなるすさまじさだ。

●誤訳:*
このearly は「予定より早く」の意味。「朝早く」は、early in the morning か early morning。
修正訳:早めに着替えて

●誤訳:**
got は、教養のない人達の言葉遣いで、have got と同義。ここ、「ルミンズの交尾法のどこに秘密があるんだ」と聞いた自分に、「お前にとてもいいものがやってきたよ」とクロードが思わせぶりを言ったのに 対し、「ウチの雌牛だってそうさ」(雄牛と交尾できるから)と応じている。そのままでは、会話文が流れないから、意をとって訳す。
修正訳:「お楽しみはこれからだ」クロードが言った。
「ウチの牛もな」と俺は言葉を返した。

●悪訳:*
the Aylesbury road。the で限定され、(エイルズベリという)都市の名+Road(R の大文字が固有名詞化を示す)ときたら、まず疑いなく「…街道」。だがここはr が小文字なので、「…への道」。「通り」では市街地を連想してしまう。
修正訳:「エイルズベリへとつづく道を突っ切った」

●悪訳:*
訳抜け。ここは抜けても大事ないが、原文との付け合せは校正時にするべき。
修正訳:ウチの牛はどこか先のほうに、雄牛が待っているのを知っていた。

 (終わりの部分)
'So what you're saying,' I said, 'is that the sun exerts a pull of some sort on the female sperm and makes them swim faster than the male sperm.'
'Exactly!' cried Rummins. 'That's exactly it! It exerts a pull! It drags them forward!
That's why they always win! And if you turn the cow round the other way, it's pulling them backwards and the male sperm wins instead.'
'It's an interesting theory,' I said. 'But it hardly seems likely that the sun, which is millions of miles away, could exert a pull on a bunch of spermatozoa inside a cow.'
'You're talking rubbish! cried Rummins. 'Absolute and utter rubbish! (6) Don't the moon exert a pull on the bloody tides of the ocean to make 'em high and low? Of course it does! So why shouldn't the sun (7) exert a pull on the female sperm?'
'I see your point.'
(8)Suddenly Rummins seemed to have had enough. 'You'll have a heifer calf for sure,' he said, turning away. 'Don't you worry about that.'
'Mr Rummins,' I said.
'What?'
'Is there any reason why this shouldn't work with humans as well?'
'Of course it'll work with humans,' he said. 'Just so long as you remember everything's got to be pointed in the right direction. A cow ain't lying down you know. It's standing on all fours.'
'I see what you mean.'
'And it ain't no good doing it at night either,' he said, 'because the sun is shielded behind the earth and it can't influence anything.'
'That's true,' I said, 'but have you any sort of proof it works with humans?'
Rummins laid his head to one side and gave me another of his long sly, broken-toothed grins. 'I've got four boys of my own, ain't I?' he said.
'So you have.'
'Ruddy girls ain't no use to me around here,' he said. 'Boys is what you want on a farm and I 've got four of 'em, right?'
'Right,' I said, 'you're absolutely right.'
「つまり、太陽にはメスを作る精子を引き寄せ、オスを作る精子よりも早く卵子に到着できるようにする力があるということか?」
「その通り」ルムンズが声を張って言った。「その通りだよ。太陽が引き寄せるんだ。メスを作る精子を。だからいつもオスを作る精子に勝つのさ。太陽に背を向けると、メスを作る精子が後ろへ引っ張られることになるから、それでオスを作る精子が勝つんだ」
「おもしろい仮説だけど、何百マイルも彼方にある太陽が、雌牛の腹の中の精子を引き寄
せるなんて無理じゃないか」
「なにバカなこと言ってるんだ」ルミンズが怒鳴った。「本当に救いようのないバカだな。
(6)潮の満ち干きだって月が引き寄せてるんじゃないのか。そうだろ。なのに、太陽には(7)精子を引き寄せる力がないって言うのか?
「言いたいことはわかるよ」
(8)すると、もう十分だとばかりにルミンズから急にやる気が失せた。「とにかくおまえさんの牛がメスを産むのは確かだ」そう言うとルミンズは踵を返した。「心配はいらん」
「ミスター・ルミンズ」
「何だ?」
「人間にも同じことが言えるのかい?」
「もちろん。人間でも同じさ。正しい方向を向くのを忘れなければな。ただ牛は横になったりしない。四足で立っているんだ」
「言いたいことは分かった」
「それに夜にやっても意味がないぞ。太陽が地球の裏側に隠れちまってるからな。いくらなんでもそれじゃ無理だよ」
「そうだろうな。だけど人間でもうまくいくっていう証拠はあるのか?」
ルミンズは首をかしげ、欠けた歯をのぞかせてずる賢そうにニヤリと笑った。「俺には息子が四人いる」
「知ってる」
「ここでは娘がいても何の役にも立たない。牧場にはやっぱり男だよ。俺には息子が四人いる。違うか?」
「そうだな。まったくあんたの言うとおりだよ」

[コメント]
●悪訳:**
「潮の満ち干きが月を引き寄せる」という日本語はおかしい。「月の引く力が強く行使されれば満ち、逆だと干く」わけだから。
修正訳:潮の満ち干きだって、月に影響されているんじゃないのか。

●悪訳:*
訳抜け。単なる「精子」ではなく、「メスの」。
修正訳:太陽にはメスの精子を引き寄せる力がないって言うのか。

●誤訳:**
このhave enough は(1)十分やった (2)もううんざり、のどちらだろう。
前の''I see your point.' が鍵になる。「あなたの論旨はわかりました」(see the point は「要点が分かる」)→「なるほどね」。元訳では、喧嘩して気まずくなったみたいだ。enoughは「十分な量」という名詞。言うべきことは言ったし、相 手も半信半疑ながら一応は納得した様子なのを良しとし、さあ仕事に戻るから、この件、これにて終了といったところ。意訳が必要だろう。
修正訳:すると、さきほどの怒りは消え、急にやさしく私にこう言った。

如何だろうか。結構上手でしょ。これが20 代前半の人の手になるものだと思ったら、プロの翻訳家諸氏もうかうかしていられないのではありませんか。

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翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法12『ああ、甘美なる生命の神秘よ』(1)

2011年03月04日 14時28分40秒 | 誤訳に学ぶ英文法

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007 は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルをとく気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、原書THE COLLECTED SHORT STORIES of Roald Dahl(Penguin)に所収のAh, Sweet Mystery of Life『ああ、甘美なる生命の神秘よ』。これは邦訳が出ていないようなので、優秀な翻訳志望者Wさんの訳文をたたき台とする。

誤訳度:
*** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

悪訳度:
*** 致命的悪訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的悪訳(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲)

ああ、甘美なる生命の神秘よ
[ストーリー]
ウチの雌牛に種付けするために、俺はルミンズさんちへ向かった。俺が乳搾り用の雌牛を欲しがっているのを知ったルミンズさんは、太陽に牛の顔を向け、交尾を指導した。これで、百発百中、生まれるのは雌だという。半信半疑の俺に、ルミンズさんは、この20年ほぼ百パーセントの確率で雌牛を生産し続けてきた自分の出産ノートをみせてくれた。感心する俺に、ルミンズさんは、単純にして深遠な、精子と卵子の秘密を明かしてくれた。

この何年か、本コラムにてロアルド・ダールの短編の諸翻訳家による訳文を検討してきたが、どれも満足できる出来とはいいかねる。どの業界でもプロとアマの差は歴然としてあるはずだが、翻訳業界はどうなのか。AH, SWEET MYSTERY OF LIFE は邦訳がでていないようなので、若い翻訳志望者Wさんの訳文を検討する。
(誤訳、悪訳については、次回に扱います)

(初めの部分、原文)
My COW STARTED bulling at dawn and the noise can drive you crazy if the cowshed is right under your window. So I got dressed early and phoned Claud at the filling-station to ask if he'd give me a hand to lead her down the steep hill and across the road over to Rummins's farm to have her serviced by Rummins's famous bull.
Claud arrive five minutes later and we tied a rope around the cow's neck and set off down the lane on this cool September morning. There were high hedges on either side of the lane and the hazel bushes had clusters of big ripe nuts all over them.
'You ever seen Rummins do a mating?' Claud asked me.
I told him I had never seen anyone do an official mating between a bull and a cow.
'Rummins does it special,' Claud said. 'There's nobody in the world does a mating the way Rummins does it.'
'What's so special about it?'
'You got a treat coming to you,' Claud said.
'So has the cow,' I said.
'If the rest of the world knew about what Rummins does at a mating,' Claud said, 'he'd be world famous. It would change the whole science of dairy-farming all over the world.'
'Why doesn't he tell them then?' I asked.
'I doubt he's ever even thought about it,' Claud said. 'Rummins isn't one to bother his head about things like that. He's got the best dairy-herd for miles around and that's all he cares about. He doesn't want the newspapers swarming all over his place asking questions, which is exactly what would happen if it ever got out.'
'Why don't you tell me about it,' I said.
We walked on in silence for a while, the cow pulling ahead.
'I'm surprised Rummins said yes to lending you his bull,' Claud said.
'I've never known him do that before.'
At the bottom of the lane we crossed the Aylesbury road and climbed up the hill on the other side of the valley towards the farm.
The cow knew there was a bull up there somewhere and she was pulling harder than ever on the rope. We had to trot to keep up with her.
夜明け頃、盛りのついた雌牛が騒ぎだした。窓のすぐそばに牛舎が建っていたら、誰だってうんざりするほどのうるささだった。だから私は朝早くから着替えをし、クロードの手を借りようとガソリンスタンドに電話をかけた。急勾配の丘を通り、道の向こう側にあるルミンズの牧場に雌牛を連れて行く手伝いを頼むのだ。そこで評判の雄牛に種を仕込んでもらう手はずになっている。
五分後クロードがやってきた。二人で雌牛の首にロープをかけ、九月の爽やかな朝の小道を下っていった。道の両側には背の高い生垣がつづき、ハシバミには身のつまった木の実がぎっしりとなっていた。
「ルミンズが牛を交尾させているのを見たことがあるか」クロードが聞いてきた。
ルミンズであろうと誰であろうと、牛をきちんと交尾させるのを見るのは初めてだと答えた。
「ルミンズのやり方は特別だ」クロードが言った。「世界中探したって、ルミンズのようにできるやつはいないさ」
「何がそんなにすごいんだ」
「とにかく首尾よく行くから大丈夫」
「雌牛も満足してくれるといいんだが」
「世間がルミンズの交配の仕方を知ったら、彼は一躍有名人になるぞ。酪農のすべてが変わる」
「なんでルミンズはみんなに話さないんだ?」
「そんなの考えたこともないんじゃないか。ルミンズはそういったことで頭を悩ますやつじゃないからな。あいつはここら辺一帯で一番の酪農家だ。頭の中は酪農のことでいっぱいなのさ。新聞記者に牧場をうろつかれて質問されるのが嫌なんだろ。この話が広まったら、騒ぎになることは目に見えている」
「ルミンズはどんなことをするんだ?教えてくれ」
二人は牛に引っ張られながら、しばらくの間無言で歩きつづけた。
「ルミンズが雄牛を使わせてくれると言ったときは、俺だってびっくりした。そんなことは一度もなかったんだ」クロードが言った。
小道を下りきったところでエールズベリー通りを渡り、今度は牧場に向かって丘を登り始めた。さっきよりもロープを引く雄牛の力が強くなった。ついていくには、小走りにならなければならなかった。

(終わりの部分)
'So what you're saying,' I said, 'is that the sun exerts a pull of some sort on the female sperm and makes them swim faster than the male sperm.'
'Exactly!' cried Rummins. 'That's exactly it! It exerts a pull! It drags them forward!
That's why they always win! And if you turn the cow round the other way, it's pulling them backwards and the male sperm wins instead.'
'It's an interesting theory,' I said. 'But it hardly seems likely that the sun, which is millions of miles away, could exert a pull on a bunch of spermatozoa inside a cow.'
'You're talking rubbish! cried Rummins. 'Absolute and utter rubbish! Don't the moon exert a pull on the bloody tides of the ocean to make 'em high and low? Of course it does!
So why shouldn't the sun exert a pull on the female sperm?'
'I see your point.'
Suddenly Rummins seemed to have had enough. 'You'll have a heifer calf for sure,' he said, turning away. 'Don't you worry about that.'
'Mr Rummins,' I said.
'What?'
'Is there any reason why this shouldn't work with humans as well?'
'Of course it'll work with humans,' he said. 'Just so long as you remember everything's got to be pointed in the right direction. A cow ain't lying down you know. It's standing on all fours.'
'I see what you mean.'
'And it ain't no good doing it at night either,' he said, 'because the sun is shielded behind the earth and it can't influence anything.'
'That's true,' I said, 'but have you any sort of proof it works with humans?'
Rummins laid his head to one side and gave me another of his long sly, broken-toothed grins. 'I've got four boys of my own, ain't I?' he said.
'So you have.'
'Ruddy girls ain't no use to me around here,' he said. 'Boys is what you want on a farm and I 've got four of 'em, right?'
'Right,' I said, 'you're absolutely right.'
「つまり、太陽にはメスを作る精子を引き寄せ、オスを作る精子よりも早く卵子に到着で きるようにする力があるということか?」
「その通り」ルムンズが声を張って言った。「その通りだよ。太陽が引き寄せるんだ。メ スを作る精子を。だからいつもオスを作る精子に勝つのさ。太陽に背を向けると、メスを作る精子が後ろへ引っ張られることになるから、それでオスを作る精子が勝つんだ」
「おもしろい仮説だけど、何百マイルも彼方にある太陽が、雌牛の腹の中の精子を引き寄 せるなんて無理じゃないか」「なにバカなこと言ってるんだ」ルミンズが怒鳴った。「本当に救いようのないバカだな。潮の満ち干きだって月が引き寄せてるんじゃないのか。そうだろ。なのに、太陽には精子を引き寄せる力がないって言うのか?」
「言いたいことはわかるよ」
すると、もう十分だとばかりにルミンズから急にやる気が失せた。「とにかくおまえさんの牛がメスを産むのは確かだ」そう言うとルミンズは踵を返した。「心配はいらん」
「ミスター・ルミンズ」
「何だ?」
「人間にも同じことが言えるのかい?」
「もちろん。人間でも同じさ。正しい方向を向くのを忘れなければな。ただ牛は横になったりしない。四足で立っているんだ」
「言いたいことは分かった」
「それに夜にやっても意味がないぞ。太陽が地球の裏側に隠れちまってるからな。いくらなんでもそれじゃ無理だよ」
「そうだろうな。だけど人間でもうまくいくっていう証拠はあるのか?」
ルミンズは首をかしげ、欠けた歯をのぞかせてずる賢そうにニヤリと笑った。「俺には息子が四人いる」
「知ってる」
「ここでは娘がいても何の役にも立たない。牧場にはやっぱり男だよ。俺には息子が四人いる。違うか?」
「そうだな。まったくあんたの言うとおりだよ」

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翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法11『あなたに似たひと』(2) 悪役編

2011年03月02日 11時46分30秒 | 誤訳に学ぶ英文法

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007 は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10 ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルをとく気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、『飛行士たちの話』(早川書房、永井淳・訳)のなかの『あなたに似たひと』(SOMEONE LIKE YOU)。

誤訳度(悪訳度):
*** 致命的悪訳(悪訳)(原文を台無しにする)
** 欠陥的悪訳(悪訳)(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的悪訳(悪訳)(誤差で許される範囲)

あなたに似たひと
[ストーリー]
わたしは、同じ航空隊にいた旧友とカイロの酒場で再会する。度重なる航空戦のせいか、旧友は若いのにめっきりふけた。他愛のない話のなかで、旧友は意識的に爆撃の照準をずらしていると告白する。自分のその行為により、人の運命が変わりうることが恐ろしいのだと。わたしは、世の中は成り行きまかせなのだとなぐさめるが、彼の気持ちはおさまらない。酒場をでて、静かなバーに向かうふたりを街の夜霧が包む。

・前もいったが、永井淳は誤訳も悪訳も少ない、珍しい翻訳家だ。ただ、文章の彫琢のあとが見られず、翻訳の生産量を上げることに腐心しているらしいのが、惜しまれる。
そういうわけで、悪訳がこの短い作品では見当たらない。今回はケチをつけるのをやめ、たまにはよいところを褒めてみよう。

It would just be a gentle pressure with the ball of my foot upon the rudder-bar; a pressure so slight that I would hardly know that I was doing it, and it would throw the bombs on to a different house and on to other people.
方向舵のペダルを足の親指の付け根でほんのわずか押す。自分でもそれと気がつかないぐらいのわずかな力だが、それだけで爆弾は別の家や別の人間の上に落ちてゆく。
[コメント]
訳しすぎ、訳しもらしがなく、簡潔に淡々と原文を写している。the balls(足指のふくらみ)など丹念に辞書を引かないと誤訳しそうな単語も正しく訳している。ご立派。

'Yes,' he said, 'it is a complicated thought. It is very far-reaching;
こいつは難しい問題だ。とりとめがなさすぎる。
[コメント]
complicated もfar-reaching も意味範囲の広い単語だが、一義に収約させることなく、ふんわりなんとなく感じをつかんだ訳語にしている。ぼかすのも翻訳者の腕の見せ所。

You see it is such a gentle pressure with the ball of the foot; just a touch on the rudder-bar and the bomb-aimer wouldn't even notice.
親指の付け根で方向舵のペダルを軽く押すだけだから、爆撃手だって気がつきやしない。
[コメント]
the bomb-aimer はどの辞書にも出ていないが、おそらく他のダールの短編(飛行機もの)をあたって、「爆撃手」の訳語を得たのだろう。こうした、丹念に調べることも、翻訳家の重要な仕事のひとつ。

'Hundreds of times,' I said. 'This is nothing.'
'This is a lousy place.'
「何百回もだ」と、わたしはいった。「この店なんかどうってことはない
「いやな店だ」
[コメント]

this が何を指すのか、わかりにくい。元訳でも意味はつながるが、私には、今まで二人でしてきた「照準ずらしの話題」ではないかと思われる。「何度も人を殺した」という同僚に表面同意し「何百回もだ」と応じた上で、「しょうがないじゃないか、もう切り上げよう」という意味のThis is nothing.でないのか?相手も内心それに同意し、「いやな店だ」と話題を変えてくる。どうだろう?

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翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法10『あなたに似たひと』(1) 誤訳編

2011年03月01日 10時02分11秒 | 誤訳に学ぶ英文法

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007 は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10 ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルをとく気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、『飛行士たちの話』 (早川書房、永井淳・訳)のなかの『あなたに似たひと』(SOMEONE LIKE YOU)。

誤訳度(悪訳度):
*** 致命的誤訳(悪訳)(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(悪訳)(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的誤訳(悪訳)(誤差で許される範囲)

あなたに似たひと
[ストーリー]
わたしは、同じ航空隊にいた旧友とカイロの酒場で再会する。度重なる航空戦のせいか、旧友は若いのにめっきりふけた。他愛のない話のなかで、旧友は意識的に爆撃の照準をずらしていると告白する。自分のその行為により、人の運命が変わりうることが恐ろしいのだと。わたしは、世の中は成り行きまかせなのだとなぐさめるが、彼の気持ちはおさまらない。酒場をでて、静かなバーに向かうふたりを街の夜霧が包む。

●名詞:* ●名詞:*
He had been flying in France in the early days and he was in Britain during the Battle. He was in the Western Desert when we had nothing and he was in Greece and Crete.
彼は緒戦にはフランスで飛んでいたし、ブリテン防衛戦のころは本国にいた。イギリス本土が静かだったころは西アフリカの砂漠にいたし、ギリシャやクレタ島にもいた。

[コメント]
Bが大文字で、固有名詞化している。the Battle は「バトル・オブ・ブリテン」。圧倒的に優位なドイツ空軍のロンドン侵攻を阻止するため、イギリス空軍が背水の陣で挑んだ空中戦のこと。
the Western Desert も語頭の大文字が固有名詞化を示している。the Desert といえば、世界最大の「サハラ砂漠」。その西部一帯ということ。
修正訳:バトル・オブ・ブリテン / 西サハラ砂漠

●接続詞:*
His eyes were bright and dark. They were never still unless they were looking into your own.
目は黒く澄んでいて、相手の目をのぞきこむときのほかはいっときもじっとしていない。

[コメント]
unless は、以下に「例外事項」を導く(「…でもない限り」)。
元訳が間違っているとはいえないが、前後の対比が弱い。「…のほかは」はif not の訳にふさわしい。
修正訳:相手の目をのぞきこんでいる場合でもなければ

●比較:*
Each time I go out, I say to myself, shall it be these or shall it be those? Which ones are the worst?
出撃のたびにおれは自問するんだ。こいつらにしようか、あいつらにしようか。いちばん悪いやつらはどっちだって
[コメント]
ones は、前のthese とthose を指す。the worst は「悪いやつら」でなく「悪い状況」。つまり、どっちみち人を殺さねばならないのだが、どちらが最悪の殺人になってしまうか、思い悩んでいるのである。ちなみに、二者の比較でこのように最上級が使われることは結構ある。
修正訳:どっちがよりまずいだろうか

●イディオム:***
Perhaps if I make a little skid to the left I will get a houseful of lousy women-shooting German soldiers, or perhaps if I make that little skid I will miss getting the soldiers and get an old man in a shelter.
左へちょっとずらせば、一軒の家にたてこもって女を狙い撃ちしている卑怯なドイツ兵どもを殺すことになるかもしれないし、あるいはそのためにドイツ兵を助けて、防空壕の年寄りを殺すことになるかもしれない。

[コメント]
a houseful of は「家いっぱいの」。women-shooting は「女を撃っている」。
修正訳:女を狙い撃ちしているドイツ兵を山ほど殺せる

●固有名詞:**
Stinker had a dog, a great big Alsatian, and he loved that dog as though it was his father and his mother and everything else he had, and the dog loved Stinker.
スティンカーは犬を飼っていた。でっかいアルザシアンで、やつはまるで両親やほかの身
内みたいにその犬を愛していたし、犬のほうもスティンカーになついていた。

[コメント]
Alsatian は、ジャーマン・シェパード、のこと。「アルザシアン」といわないこともないが、一般の読者にわかりやすい訳語を採るのがよい。
修正訳:シェパード

●形容詞:*
We had a waiter who was very quick.
たいそう気のきく給仕が一人いた。
[コメント]
「気がきく」は、気配りがいいこと。ここは「客の需要をみて、さっと動く」のだ。
修正訳:機敏な

●語義:*** ●動詞:***
'Jinking isn't anything,' I said. 'It's like not touching the cracks on the pavement when you're walking along.' 'Balls. That's just personal. Doesn't affect anyone else.'
「方向をずらすなんてどうってことはない」と、わたしはいった。「道を歩いているときに、舗装の割れ目をよけるようなもんさ」
くだらんよ要するに自分だけのことで、他人には関係ないのさ

[コメント]
balls は「ばかげたこと」とか「ナンセンス」の意味。
that は「道を歩いていて割れ目をさけること」。doesn't の主語は省かれているが、thatの内容。元訳では、会話がつながらない。
修正訳:ばかな。そんなのはまったく個人的なものだろ。他人に影響することなんてないじゃないか。

●イディオム:*
'I'll bet I have. Shall we have another drink?'
'Yes, one for the road.'
「いやきっと殺してるさ。もう一杯飲むかい?」
ああ、お別れの一杯だ
[コメント]
one of the road は「帰り(別れ)の前に飲む一杯」のことだが、ふたりはここで分かれるわけではなく、店を代えるだけなのだ。それがわかるように訳す。
修正訳:ああ、ここを出る前に一杯。

●副詞+前置詞句:***
We stood there waiting and we could see the lights of the cars as they came round the bend over to the left, coming towards us with the tyres swishing on the wet surface and going past us up the road to the bridge which goes over the river.

われわれはタクシーを待ちながら立っていた。左手の角を曲がって近づき、タイヤで水しぶきを散らしながら、目の前を通過して、川にかかった橋のほうへ遠ざかって行く車のライトが見えた。
[コメント]
元訳だと、「我々が道路に向かって立っている。その左手の先がカーブしている」と読める。
でもここ、細かく読めば、車がカーブを曲がってやってくる(they came round the bend)、向こうからこっちへ(over)、左方向に(to the left)、だから、「右手先の奥のほうから、車はこちらに向かってくる。右手手前あたりで、カーブを切り、我々の目の前を過ぎ、ずっと左にある橋のほうへと進んでゆく」ととるのが順当。
修正訳:右手の奥から走ってくる車は、手前で大きくカーブを切って私たちに近づき

 

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