アイディ『英文教室』 柴田耕太郎 翻訳批評

『英文教室』主任講師 柴田耕太郎による翻訳批評

誤訳に学ぶ英文法9 『女主人』の気になる表現

2009年06月23日 17時23分49秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『女主人』の気になる表現

前回、『ビクスビー夫人と大佐のコート』に見る表現上の誤りを指摘したが、見直してみると他の短編にも結構ある。今回は第1回、第2回『女主人』の、表現として気になる部分を取り上げる。

女主人 The Land Lady
[ストーリー]
バー スの町に赴任した青年ビリイは、ちょっとかわった中年婦人の家に下宿する。ほかにも二人下宿人がいるはずなのに、その気配がない。女主人との会話の中で、 何年か前に失踪した学生たちとこの二人に共通項があるのに気づく。女主人を問い詰めようとすると、飲んだばかりの紅茶のせいか、意識が朦朧としてきた…。

●言い回し
He was wearing a new navy-blue overcoat,
「…、まあたらしい茶色のフェルト帽を一着に及び、…」

[解説]
「一着に及び」は、「衣服を着用すること」の意味だが、ちょっと古い。読者にわかるだろうか。
「かぶって」

●ひらがな
He went right up and peered through the glass into the room, and the first thing he saw was a bright fire burning in the hearth.
「彼はまぢかまで近寄って、…」

[解説]
漢字にしたほうが読みやすい。
「間近まで」

●意味の重複
He was in the act of stepping back and turning away from the window when all once his eye was caught and held in the most peculiar manner by the small notice that was there.
「彼がちょうどくびすをかえし、窓からふりむこうとした時、彼の眼はそこにある注意書きに釘づけになってしまったのだ。」

[解説]
「窓からふりむく」では、室内にいて窓辺から室内に目を移したかのようだ。これに眼をつぶるにしても、「くびすをかえす」と「窓からふりむく」は、意味が重複しており、おかしい。
ここは、外から窓辺を見ていたのを止め、後戻りし(stepping back)、窓辺から向きを逆に変え立ち去ろう(turning away from the window)としていた、のである。
「後戻りし、くびすをかえし窓辺から去ろうとしたその時、彼の目は何ともおかしなことだが、そこにある小さな張り紙に釘付けになってしまった。」

●不自然な表現
Each word was like a large black eye staring at him through the glass, holding him, compelling him, forcing him to stay where he was and not to walk away from that house, and the next thing he knew, he was actually moving across from the window to the front door of the house, climbing the steps that led up to it, and reaching for the bell.
「そして、あっと思うまに、彼は本当に窓を横切ると、その家の玄関の方へ行き、…」

[解説]
「窓を横切る」では、「窓から侵入したのか」と思われかねない。「外の窓辺に沿って玄関に移動した」のである。
「そして、気づいてみると、実際に窓辺をたどって玄関の下までゆき、階段をのぼり…」

●原文と意味の誤差を生じる表現
‘I should like very much to stay here.’
「ぼく、よろこんでここへ泊らしてもらいますよ」

[解説]
very much を訳したのだろうが「よろこんで」では、相手の誘いに答えたかのようだ。should like to(…したい)の強調。
「ぼく、ぜひここへ泊まらせてもらいたいです」

●コロケーション
Billy took off his hat, and stepped over the thresh-old.
「ビリイは帽子をぬぎ、敷居をまたいだ。」

[解説]
「帽子」は「ぬぐ」とは、あまりいわない。
「帽子をとり」

●誤字
It’s such a comfort to have a hot water-bottle in a strange bed with clean sheets, don’t you agree?
「清潔なシーツを敷いた始めてのベッドに、暖かい湯たんぽが入っているのは気持ちがいいものよ。」

[解説]
誤字「始めての」→「初めての」

●表現の強さ
Now, the fact that his landlady appeared to be slightly off her rocker didn’t worry Billy in the least.
「さて、この女主人がいささか常規をいっした所があることも、別にビリイの心をなやますほどのことはなかった。」

[解説]
off one’s rocker は、「ばかな」「気の狂った」だから、「常軌をいっした」でもだめではないが、訳としてはちょっと表現がきつい(そこまで狂っていそうにない)。またその場合「いっした」を「逸した」と漢字にしないと、収まり具合が悪い。
「すこし変なところがあるにしても」

●展開が面白くなくなる
Such charming boys’ a voice behind him answered, and he turned and saw his landlady sailing into the room with a large silver tea-tray in her hands.
みんな、すばらしいひとたちでしたわ

[解説]
過去形でいっているが、ここではまだこの青年たちは下宿にいることになっている(殺されたのは伏せられている)。体言止にしておく。
「ステキなひとたちよ」

●並列が不自然
The back was hard and cold, and when he pushed the hair to one side with his fingers, he could see the skin underneath, grayish-black and dry and perfectly preserved.
「灰色を帯びた黒で、乾燥し、完全に保存されている。」

[解説]
grayish-black を「灰色を帯びた黒」とするのは、よくない。黒も灰色も無彩色で同類だからだ。この preserved は「保存加工されて」の意味。三つの並列がうまくされていない。
「濃い灰色で、すっかり乾いて、保存加工が施されている」

*続きは『英文教室』ウェブサイト左下の[誤訳に学ぶ英文法]よりご覧ください。
http://www.wayaku.jp/

*翻訳者、社会人、難関校受験生、大学生を対象に、名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)をテキストとした新講座を『英文教室』にて開講します。詳細 は『英文解釈教室』精読講義をご覧ください。

翻訳のご相談は翻訳会社アイディからどうぞ。

誤訳に学ぶ英文法8 『ビクスビー夫人と大佐のコート』

2009年06月11日 17時03分43秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『ビクスビー夫人と大佐のコート』

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳 書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死 ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

誤訳度:     
***     致命的誤訳(原文を台無しにする)
**        欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*           愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

ビクスビー夫人と大佐のコート
[ストーリー]
ビ クスビー夫人はニューヨーク在住の歯科医の妻。月に一度、伯母の介護という名目でボルチモアに出かけ、そこで「大佐」と呼ばれる渋い中年男と逢瀬を楽しん でいた。やがて別れがやってきてが、手切れ金代わりに高価なミンクの毛皮をもらったビクスビー夫人は、質札を拾ったことにして夫への説明を切り抜けようと する。ところが、夫のほうが一枚上手だった…。

●動詞:*
Divorce has become a lucrative process, simple to arrange and easy to forget;
離婚は儲かる事業になって、かんたんに成立し、あっさり忘れ去ることができる商売になった。

[解説]
lucrative は「儲けを生む」process は「ある特定の結果にたどりつくためになされる一連の事柄」。arrange は「何かの段取りをつける」 simple は、 to arrange にかかる副詞。 simple to arrange 以下全体は、前の本文に対する修飾語。カンマがあるのでいったん意識が切れ情報を補足する感じ(文法的には、前の process に掛かる不定詞の形容詞的用法)。

直訳     「離婚は儲けを生むための手段となり、簡単に仕掛けられ、さっさと忘れられる。」
意訳     「離婚は金儲けの手段と化し、仕組むのもた易く、後腐れもない。」

●動詞:*
; and ambitious females can repeat it as often as they please and parlay their winnings to astronomical figures.
そして、野心的な女性たちは、好きなだけ離婚をくり返し、天文学的な数字の賞金を獲得できる

[解説]
parlay A to Bは「Aを元金として、Bへとまた掛けに出る」Bを到達点として訳し→「Aを元手にBに至る」。 their winnings は、離婚による慰謝料の例え。 can は、理論的可能性(…しうる)。「慰謝料を元手に、莫大な財産を築く」

●形容詞:*
They know that the waiting period will not be unduly protracted, for overwork and hypertension are bound to get the poor devil before long, and he will die at his desk with a bottle of benzedrines in one hand and a packet of tranquillizers in the other.
彼女たちは、待つ期間が途方もなくのびはしないことを承知しているのだ。過労と高血圧が遠からず、確実に、哀れな亭主を捕えるはずなので、彼は、片手にベンゼドリンの瓶を、もう一方に精神安定剤の包みを持って、デスクで昇天する運命にある。

[解説]
心情をあらわす形容詞は副詞化するとよい。「可哀想に亭主を」

●名詞:*
Young men marry like mice, almost before they have reached the age of puberty, and a large proportion of them have at least two ex-wives on the payroll by the time they are thirty-six years old.
彼らは、ほとんど思春期の年齢に達しもしないうちに、さながらネズミのように妻をめとり、三十六歳になったころには、すくなくも二人の先妻を雇っているのが大部分である。

[解説]
養育費を払い続ける比喩であるのがわかるように訳す。

直訳     「給与支払い名簿に少なくとも二人の先妻を持っている。」
意訳     「先妻二人分の生活費も見る羽目になる。」

●関係詞:***
To support these ladies in the manner to which they are accustomed, the men must work like slaves, which is of course precisely what they are.
かねがねやりつけているやりかたでこれらのご婦人連を養っていくために、男性どもは奴隷のごとく働かねばならないのだが、むろん正確にいえば、彼らはけっして奴隷ではない

[解説]
ここ先行詞と、 what の中身(the thing which)の指すものが分裂している(こういうことは、ママある)。先行詞は、 like slaves。 the thing にあたるのは slaves 。

直訳     「これらの婦人を彼女たちが慣れ親しんでいるやり方で扶養するために、男たちは奴隷のように働かねばならないのだが、奴隷状態こそ当然彼らがまさしくそうであるところのものなのだ。」
意訳     「結婚していたときと同じ生活レベルを維持してやるため、男たちは女のために奴隷のように働かねばならない、いや実際男たちは奴隷そのものなのだ。」

●形容詞:**
These are many of these stories going around, these wonderful wishful thinking dreamworld inventions of the unhappy male, but most of them are too fatuous to be worth repeating, and far too fruity to be put down on paper.
これらは、不幸な男性が生む希望的観測にあふれたすばらしい夢の世界であるが、その大部分があまりにも空虚すぎて、くり返して語るほどの値打ちもなく、また、あまりにも話がうますぎて、とても書きしるせるものではない。

[解説]
この fruity は「(性について)あけすけな」の意。「あまりにきわどすぎて」

●イディオム:*
So far so good.
それでいままでのところは、うまくいったのである。

[解説]
これはイディオム「ここまではよかった」

●接続詞:**
As it turned out, however, the aunt was little more than a convenient alibi for Mrs Bixby.
しかし、やがて、伯母さんはビクスビー夫人に都合のいいアリバイだということがわかった

[解説]
力 点が異なる。時制を現在にずらせて考えるとよくわかる。As it turns out, however, the aunt is little more than a convenient alibi for Mrs Bixby. (しかしながら、判明するように、伯母というのはビクスビー夫人にとってのほとんど都合のよいアリバイなのである。)
「アリバイ」が重要なのであって、「わかった」ことが重要なのではない。
「あとでわかるのだが(…アリバイ)なのであった」、「結局のところ(…アリバイ)なのであった」

*続きは『英文教室』ウェブサイト左下の[誤訳に学ぶ英文法]よりご覧ください。
http://www.wayaku.jp/

*翻訳者、社会人、難関校受験生、大学生を対象に、名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)をテキストとした新講座を『英文教室』にて開講します。詳細 は『英文解釈教室』精読講義をご覧ください。

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誤訳に学ぶ英文法7 『牧師のたのしみ』その2

2009年06月08日 17時14分29秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『牧師のたのしみ』その2 by 柴田耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気 小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

誤訳度:
***    致命的誤訳(原文を台無しにする)
**      欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*        愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

牧師のたのしみ
[ストーリー]
ロ ンドンの古物商であるボギス氏は、掘り出し物を見つけるため、いかにも公的に聞こえそうな「骨董家具保存協会会長」を名乗り、田舎の旧家を巡っている。今 回はすごいカモが引っかかった。相手の持ちものは、名人チッペンデール作の衣装戸棚だ。大金持ちになり、業界での名声も得られると有頂天だったが、安く買 い叩こうと「脚だけがほしいのだが…」とケチをつけたのが運のつき。車を取りに行っている間に、売主は親切心から、戸棚の躯体部分を解体してしまう…。

●イディオム:***
‘Oh dear,’ Mr Boggis said, clasping his hands. ‘There I go again. I should never have started this in the first place.’
いや、私は帰ります。はじめからこんなことをするべきではなかった」

[解説]
これは、嬉しくないことが、言ったとおり、または懸念したとおりに実現してしまったときにいう紋切り型表現「ほら見たことか」、「だから言ったでしょう」、「やっぱりね」、「こんなことになると思ってた」など。

●イディオム:***
What wouldn’t a newspaperman give to get a picture of that!
新聞記者はただで、この写真をとるだろうなあ!

[解説]
これはイディオム「…を手に入れるためには(人は)どんなことでもしたい」
意訳     「新聞記者はさぞかしこの写真をとりたがるだろうな」


今回は誤訳が少ないので、表現で検討したい部分をいくつかとりあげます。

●表現:
◆コロケーション    
Just the right amount for a leisurely afternoon’s work.
悠長な午後の仕事にはちょうどいい数だ。

[解説]
「悠長な午後」または「悠長な仕事」(「悠長な仕事振り」ならよい)とはいわない。「悠長」ときたら「に構える」とか、「なことを言う」といったコロケーションになる。
元訳を生かすなら「ゆったりした」。
語順を並べ替えるなら「午後ゆったりと仕事をするには」
    
    
◆誤用
He could become grave and charming for the aged, obsequious for the rich, sober for the godly, masterful for the weak, mischievous for the widow, arch and saucy for the spinster.
老人には勿体らしく気に入られるように、金持にはさからわずに追従し、信心深い者には落ち着きはらい、弱い者には横柄に、未亡人には胸にいちもつありげに、オールドミスにはずるく、厚かましくといった具合になれる男なのだ。

[解説]
「勿体らしい」は「重々しげに見える」という形容詞。「勿体らしく」は副詞になるが、「気に入られる」とはつながらない(勿体らしく振舞う、というように使う)。
語順を変えて「老人には気に入られるように重々しく」としてはどうか。
    
    
◆表現が大げさ
The idea behind Mr Boggs’s little secret was a simple one, and it had come to him as a result of something that had happened on a certain Sunday afternoon nearly nine years before, while he was driving in the country.
ボギス氏のささやかな秘密の鍵は簡単なものだった。九年ほど前のある日曜日の午後、田舎をドライヴしていたときに、たまたまあったある事件の結果、思いついたのだった。

[解説]
「ある事件」とは、このあと出てくるのだが、車のラジエターがこわれ、水をもらいに立ち寄った旧家で珍品家具をたまたま眼にしたこと。
「たまたまのめぐり合わせから」

◆意味のズレ
Each of these squares covered an actual area of five miles by five, which was about as much territory, he estimated, as he could cope with on a single Sunday, were he to comb it thoroughly.
それらの正方形はそれぞれ、実際には、五平方マイルの面積にあてはまり、彼の計算では、日曜日一日でくまなく歩きまわれるくらいの地域だったから、徹底的に探して歩くことも可能だった。

[解説]
「その面積にはめ込まれる」と読めてしまうが、「面積相当」ということ。「五平方マイルほどの面積であり」

◆並列が不自然
It was the comparatively isolated places, the large farmhouses and the rather dilapidated country mansions, that he was looking for;
比較的に人里離れた地方や、大きな農家、かなり荒れ果てた田舎屋敷といったところこそ彼が求めているものだった。

[解説]
1, 2 and 3の並列。「地方」という抽象的なものと建物のように具体的なものは並列できない。するとこの places は、farmhouses、mansions と同義語の「屋敷」ととるべき。また isolated は「人里離れた」でなく「孤立した」。comparatively は「比較的」との訳がつくが、比較の対象がみられぬときは「割と」の感じになる(ここもそう)。
「ぽつんとある邸宅」
    
◆時制
From now on, it was all farmhouses, and the nearest was about half a mile up the road.
こんどからは、農家という農家にみんなあたってみよう。いちばん近い農家は、ほぼ半マイルも行ったところにあった。

[解説]
「こんどから」では「次回から」と読めてしまう。実はここ、中間話法になっていて、主人公の今の意志を示す心のつぶやき。「このあとは」。ついでながら、「農家に片端から当る」のではなく、「訪ねる先は全部、農家に定めよう」ということで、この部分は訳にズレがある。

◆誤用
When the men caught sight of Mr Boggis walking forward in his black suit and parson’s collar, they stopped talking and seemed suddenly to stiffen and freeze, becoming absolutely still, motionless, three faces turned towards him, watching him suspiciously as he approached.
三人の男は、黒い僧服に牧師のカラーをつけたボギス氏がやって来るのを見つけると、話を止めて、急によそよそしい、凍りついたような表情になり、身じろぎもせず、一様にボギス氏に顔をむけて、近づいてくる彼を胡散な眼で見た。

[解説]
「胡乱な眼」の間違い。

◆正確さ
‘Oh dear me, no. It’s just my heart. I’m so sorry. It happens every now and then....’
「とんでもないことです。私の心臓ですよ。どうも申し訳ありません。ときどきかかる病気でしてな。…」

[解説]
「心臓病にときどきかかる」と読めてしまう。会話ではこうしたカジュアルな表現をすることもあるが、書き物としては正確な表現を心がけたい。持病の発作がときどき起こるのだと、わかるように訳さねばならない。「ときどき、こうなるんです」

◆カタカナ語
He knew their history backwards---that the first was ‘discovered’ in 1920, in a house at Moreton in Marsh, and was sold at Sotheby’s the same year;
彼は三つの家具の、その後の歴史についても知っていた---最初のものは、モアトン・オン・ザ・マーシュのある家で、一九二〇年に発見されて、同じ年に、サズビィの競売で売りに出された。

[解説]
定訳で「サザビーズ」。また、 their history backwards を「その後の歴史」では、方向が逆になる。「さかのぼった歴史」

◆意味不明
The serpentine front was magnificently ornamented along the top and sides and bottom, and also vertically between each set of drawers, with intricate carvings of festoons and scrolls and clusters.
箪笥のねじれたようなフロントは、上下左右、抽斗のあいだの垂直のあきと、花づなや渦巻や花の房の精緻な彫刻で、目もあやな装飾が施してある。

[解説]
「垂 直のあき」とはどこに対する訳語だろう?この原文もあいまいだと思う。以下、私の解釈。and が前置詞句 along ~と between-を並列させている。with 以下は、直前にカンマがあること、~と-の両方に掛けて不自然でないこと、から両方に掛かるとするのがよいだろう。between の前に動詞(過去分詞)がないのは嬉しくないが、前と同じ ornamented が省略されたととる。

直訳     「花綱装飾と渦巻装飾と総房装飾の複雑な彫刻でもって、曲線を描く前面は、天辺・各面・底部に沿って素晴らしく飾られ、かつまた引出し相互の間は垂直に飾られていた」
意訳     「優美な曲線を描く前面には上下脇に渡って美しい装飾が、そしてまた引出しと引出しの間には縦飾りが施されていた。花綱、渦巻、総房などの文様が浮き出ていた」

◆語義選択
I’ve got a rather curious table in my own little home, one of those low things that people put in front of the sofa, sort of a coffee-table, and last Michaelmas, when I moved houses, the foolish movers damaged the legs in the most shocking way....
私の家にはたいへん不思議なテーブルがありましてね、ソファの前に置いたりする、高さの低いやつで、コーヒー・テーブルみたいなものですが、去年のミカエル祭に引越しをしました時、頓馬な運送屋がテーブルの脚をすっかりめちゃくちゃにしてしまった。

[解説]
「不思議」と curious はちょっとズレる。curious は
(1)それについて強く知りたいという興味を人に起こさせる
(2)尋常でなく一風変わった、

のうち、ここでは(2)。rather の幅は広い(「とても」「かなり」「わりと」などの訳語がつくが、思いのほか、とか、強いて言えば、といった気分がこもっている)。大げさに聞こえぬような訳をつけるのがよい。
「ちょっと面白い」

◆俗表現
‘Take a look at that. Notice the exact evenness of the spiral? See it?...’
「これを見なさい。螺線がぜんぜん一様なことに気がつきましたか?

[解説]
俗な表現では「ぜんぜん」が「とても」の意味で使われるが、小説のなかの会話としては、正しい言葉遣いをさせたい(牧師のふりをしているボギス氏は多少のインテリなのだろうし)。「きちっと均一」
    
◆誤用
In ten minutes it’s worth fifteen or twenty thousand! The Boggis Commode! In ten minutes it’ll be loaded into your car---it’ll go in easy---and you’ll be driving back to London and singing all the way!
そうしたら、お前は途中のべつに歌を歌って、ロンドンにお帰りあそばすわけだ!

[解説]
「のべつ歌を歌う」とはいっても、「のべつに歌を歌う」とはいわないだろう。
「途中のべつ歌をうたって」

*翻訳者、社会人、難関校受験生、大学生を対象に、名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)をテキストとした新講座を『英文教室』にて開講します。詳細は伊藤和夫著 『英文解釈教室』 精読講座 をご覧ください。

誤訳に学ぶ英文法6 『牧師のたのしみ』その1

2009年06月05日 11時45分58秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『牧師のたのしみ』その1 by 柴田耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気 小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

誤訳度:
***    致命的誤訳(原文を台無しにする)
**       欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*          愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

牧師のたのしみ
[ストーリー]
ロ ンドンの古物商であるボギス氏は、掘り出し物を見つけるため、いかにも公的に聞こえそうな「骨董家具保存協会会長」を名乗り、田舎の旧家を巡っている。今 回はすごいカモが引っかかった。相手の持ちものは、名人チッペンデール作の衣装戸棚だ。大金持ちになり、業界での名声も得られると有頂天だったが、安く買 い叩こうと「脚だけがほしいのだが…」とケチをつけたのが運のつき。車を取りに行っている間に、売主は親切心から、戸棚の躯体部分を解体してしまう…。

●①前置詞:*、 ②副詞:**
The hawthorn was exploding white and pink and red ①along the hedges and the primroses were growing ②underneath in little clumps, and it was beautiful.
山査子は生け垣にそって、白い花、桃色の花、赤い花、が咲き乱れ、桜草は小さな茂みの下で伸びてきて、それがまたなんともいえない。

[解説]
山査子の生け垣なのだから「そって」はおかしい。このalongは
(1)…の側を
    例:There are trees all along the banks.(両岸に沿って並木がある) 
(2)…(の中)を(ずっと)
    例:sail along the river(川を航行する)、
のうち(2)。「生け垣の山査子にはずっと」
「下で伸びてきて」は underneath、in を共に前置詞ととったためのあやふやな訳(特例を除き、前置詞が重なることはない)。
自動詞+副詞+前置詞+名詞の形は、副詞で大まかな位置、前置詞句以下で具体的な場所を示すのが通例。「下のほうに」具体的には「小さな塊で」。

「茂みとなって、(生け垣の)下に生えてきている」

●前置詞:***
Not many of his Sunday sections had a nice elevation like that to work from.
日曜日に出かけるところで、こんなに見事な眺めの土地はざらにない。

[解説]
二文に分解してみる。
Not many of his Sunday sections had a nice elevation like that. He is to work from the nice elevation.

直訳     「彼の日曜の区域の多くが、その場所から始めるべきこのようなよい高度をもっているわけではない」
意訳     「いつもやる日曜の仕事が、こんなにすばらしい眺めのところから始められることはめったにない」

●副詞:**
He drove up the hill and stopped the car just short of the summit.
彼は丘を登りきると、村のはずれにある頂上の手前で車を停めた。

[解説]
このupは副詞で「上へ」。「すっかり」とはとれない。
例:     He climbed the mountain.(登山した《頂上まで登った》)
He climbed up the mountain.(山を登った《上に登っていった》)。
「丘を登ってゆき」

●イディオム:**
The people there could probably do with some money.
住んでいる人間はおそらく、なにがしかの金でも欲しいのだろう

[解説]
do with は「…で満足する」。could は仮定法。
「なにがしかの金をやれば満足するだろう」

●相関詞:***
; and often, at the end of an unusually good performance, it was as much as he could do to prevent himself from turning aside and taking a bow or two as the thundering applause of the audience went rolling through the theatre.
そして、われながら稀にみる名演技にこたえて、思わず傍らを向いて、一、二度頭を下げる役者みたいな苦労を味わった

[解説]
全体的にちょっとずれている。as much as ~ can は「…の最大限」の意味。
it は to 以下。
直訳     「そしてしばしば、いつになくうまくいった演技の最後には、観客の歓呼の轟きが劇場中をゆるがす時、脇にのいて一、二度お辞儀することから自らを阻むことが、彼ができうる最大限であった」
意訳     「そしてうまくいった時などは、劇場の万呼の声に応え脇により頭を下げる役者よろしくあいさつをしたい、そんな衝動を抑えるので精一杯だった」

●名詞:***
He spent two minites delivering an impassioned eulogy on the extreme Right Wing of the Conservative Party, then two more denouncing the Socialists.
彼は熱狂的な極右保守党礼賛を二分ばかりまくしたてると、こんどはまた二分間ほど労働党をこきおろしにかかった。

[解説]
「極右保守党」というものがあるのでなく、「保守党」の「極右派」。
「保守党の極右派」

●①名詞:**、 ②形容詞:**
It was a favourite test of his, and it was always an intriguing sight to see him lowering himself delicately into the seat, waiting for the 'give', expertly gauging the precise but infinitesimal degree of shrinkage that the years had caused in the mortice and dovetail joints.
それは彼得意の試験法であったし、①結果を待ちながら、上品な座り方をして、年代もののためにほぞ継ぎにできた、②正確な、ごく微小の収縮具合まで玄人らしく測る彼を見るのは、興味をそそられる光景だった。

[解説]
give は名詞で「たわみ」。「たわむがままに」
この precise は、限定用法で「はっきりした、明瞭な」の意味。次の infinitesimal と対比され「ごくわずかだがはっきりとわかる縮みぐあい」といっている。「明らかにある」

●接続詞:*
They had seen him stop and gasp and stare, and they must have seen his face turning red, or maybe it was white, but in any event they had seen enough to spoil the whole goddamn business if he didn’t do something about it quick.
三人はボギス氏が立ちどまって、喘ぎ、眼を丸くするのをその眼で見たし、ボギス氏の顔が赤くなるか、あるいは、まっさおになるところをきっと見たにちがいない。が、いずれにしろ、はやくこちらがなにか手を打たなければ、折角のぼろ儲けをふいにするほどの光景を、三人に見られてしまったのだ。

[解説]
or は、言い換え。「、いやたぶん蒼白になったのだろうが、」

●名詞:***
It was a most impressive handsome affair, built in the French rococo style of Chippendale's Directoire period, a kind of large fat chest-of-drawers set upon four carved and fluted legs that raised it about a foot from the ground.
チッペンデールが監督だったころのフランス的なロココ・スタイルでつくられた、うっとりするほどみごとなもので、模様と溝が彫られた四本の脚のついた、一種の大きな、たっぷりした箪笥だが、その脚の長さは約一フィートである。

[解説]
語頭の大文字は固有名詞化のしるし。フランス史でいう総裁政府期(1795-99)のこと。家具・衣装の分野では、新古典主義傾向を指す。
「チッペンデールの新古典主義作風時代」

●掛かり方:***
The men were staring at this queer moon-faced clergyman with the bulging eyes, not quite so suspiciously now because he did seem to know a bit about his subject.
三人の男はこのおかしな、お月さまみたいな顔をした牧師を、だいぶ疑惑の色のうすれた、いまにもとびだしそうな眼で凝視している。というのも、ボギス氏が家具の世界に少々明るいように思われてきたからだ。

[解説]
「いまにもとびだしそうな眼」をしているのは、牧師。with は「…を持った」。
カンマは以下情報を付け加えるしるし(主体は the men)。

全文の意訳
   「三人は、おかしなな奴だなとこの出目で丸顔の牧師を見つめていたが、家具について一家言あるのがわかったので、胡散臭さそうに見る態度は消えていた。」

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誤訳に学ぶ英文法5 『天国への上り道』

2009年06月01日 17時30分53秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『天国への上り道』 by 柴田耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の 翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

誤訳度:
***    致命的誤訳(原文を台無しにする)
**       欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*          愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

天国への登り道
[ストーリー]
フォ スター夫妻はニューヨークに住む富豪。なに不自由ない暮らしに見えるが、夫の底意地の悪さに妻は辟易している。その妻がパリにいる娘に会いに出かける当日 のこと。フライトの時間に間に合わないと焦る妻は、まだぐずぐず屋敷内にいる夫を呼びに玄関まで来た。そこで、夫が乗っているはずの奥のエレベータが中空 で停まっているのに気づく。瞬時ためらったが、知らないそぶりで、そのまま夫を置き去りにして空港へと急いだ。それから3週間。妻が自邸に戻ってみると、 どうやら夫は…。

●①形容詞:**、 ②形容詞:*、 ③形容詞:***
フォスター夫人には奇妙なくせがある。何かの時間に遅れると思った途端、目の隅がピクピクと痙攣するのだ。このくせをよく知っているはずの夫が、わざと遅れようとするかのように見受けられることも時々あった…。という内容に続く記述。
Assuming (though one cannot be sure) that the husband was ①guilty, what made his attitude ②doubly unreasonable was the fact that, with the exception of this one small irrepressible foible, Mrs Foster was and always had been a good and ③loving wife.
本当にフォスター氏が、こんなことを①企んだのだとしたら(これとてはっきり断言できるわけではないが)、②この態度たるや、まさに非難さるべきものだ。というのは、このささいな、不可抗力のやまいが玉にキズで、その他の点では、フォスター夫人はまことに申し分ない、③可愛い奥さんだったからである。

[解説]
assuming that は「…だと仮定して」(= if)。
guilty は、この場合「生じたまずい事に対して責任がある」(→非難されて然るべき)の意。つまり、「本当にわざと意地悪していること」。
doubly は「一層」、unreasonable は「不当な、不合理な」。
loving は、他動詞の現在分詞形の形容詞「人を愛する」(この場合、人とは夫のこと)。さらにそれが形容詞化した「愛情に満ちた」。

全文の直訳
「(確かとは言い切れないが)夫に責任があると仮定して、その夫の態度を一層不当にしたものは、このささいな抑制できない欠点の例外はあるが、フォスター夫人はその時も、それまでもずっと良き愛情あふれる妻であったことだ。」
    
全文の意訳
「どうも夫は確信犯であるように思えるのだが、このささいな欠点を別にすれば、フォスター夫人は申し分ない妻であることが、夫の分をさらに悪くする。」

●間投詞:*
今日は、フォスター夫人がパリにいる娘と孫に会いに行く日。その間、夫はクラブに宿泊するので、召使一同が荷物のまとめに大童となっている。表面はともかく、夫婦の間は決してうまくいっているわけではない。妻が夫に、半分はお愛想で尋ねる。
‘Will you write to me?’ she asked. ‘I’ll see,’ he said. ‘But I doubt it. You know I don’t hold with letter-writing unless there’s something specific to say.’
「お手紙はくださいます?」「そのつもりだが」と彼はいった。「どうかな。なにかよほど重要なことでもないかぎり、わたしが手紙を書かんことぐらい、わかっておるはずだろう」

 [解説]
I’ll see は、即答をさける言い方「考えておこう」

●仮定:***
Be sure’ to miss it now if it goes. We can’t drive fast in this muck.’
飛行機がでるとしたら、間違いなく乗りおくれたろうよ。この霧じゃ、車のスピードをあげるわけにもいくまい。

 [解説]
if 節が現在形、帰結節が現在形なので、仮定法でなく単なる仮定。この if には even の気持ちが入っている。
Be sure to は、You are sure to の略形。
「飛行機が出るにしても、今じゃ間違いなく乗り遅れるさ」

●動詞:**
Other lights, some white and some yellow, kept coming out of the fog toward them, and there was an especially bright one that followed close behind them all the time.
ほかの車の白や黄色のヘッドライトが、霧の中からこちらへと向かってくる。そして、そのずっとうしろには、ひときわ目立つ大きなライトが見えていた。

 [解説]
元訳では、「ひときわ目立つ大きなライト」は何なのだろうかと考えてしまう。
them は other lights でなく車の中のフォスター夫妻のこと。対向車線から次々ヘッドライトが流れてくる一方、後ろから(渋滞のため)ぴったり後続車がついてくる、その灯りがまぶしいのだ。
all the time(四六時中)、close behind (ぴったりうしろに)。
bright one の one は、light。「後ろにはずっとぴったり」

●仮定法:*
‘And what’s wrong with combs, may I ask?’ he said, furious that she should have forgotten herself for once.
「櫛で悪かったな、え」一瞬、夫人がわれを忘れるほど、良人は怒った。

 [解説]
so ~ that の so が略されている。
forget oneself は、この場合「気を失う」「呆然自失する」の意。
should have forgotten は
(1) 過去の反実仮想(《本来であれば》気を失ってしまったことだろうに)
(2) 過去の推量(気を失ったのだろう)、
のうち(1)。
「彼女が意識を失ってしまいかねなかったほど怒って、彼は言った」のだ。
for once は、「一瞬」でなく、「この場限りは(いつもと違って、例外として)」。

意訳     「その言い方があまりに凄かったので、このときばかりは夫人も思わず気を失いかけた」

●イディオム:*
Arriving at Idlewild, Mrs Foster was interested to observe that there was no car to meet her. It is possible that she might even have been a little amused.
空港に着き、フォスター夫人は迎えの車が来ていないのを見て、どきどきした。いや、むしろ、それがうれしい気分だったのかもしれない。

 [解説]
be interested to do(…に興味をもつ)。
observe that は、…ということに気づく。
「来ていないのがわかって、興味がわいた。」

例:
I’m interested to know more about it.(そのことについてもっと詳しく知りたいと思います) 
I was interested to learn the fact.(その事実を知って興味がわいた)
* to 不定詞が「目的」か「結果」かは文脈による。

*翻訳者、社会人、難関校受験生、大学生を対象に、名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)をテキストとした新講座を『英文教室』にて開講します。詳細は『伊藤和夫著 英文解釈教室』精読講義をご覧ください。

誤訳に学ぶ英文法4 『ウィリアムとメアリイ』 その2

2009年06月01日 11時13分23秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『ウィリアムとメアリイ』 その2 by 柴田耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のため に、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

誤訳度:
***    致命的誤訳(原文を台無しにする)
**       欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*          愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

ウィリアムとメアリイ [William and Mary]
[ストーリー]
ウィ リアムはオックスフォードの哲学教授。癌に侵され、余命いくばくもなくなったとき、医師のランディに、脳だけを生かす実験に協力するよう頼まれる。こ れを受け入れる苦衷の決断をして死んでいったウィリアム。遺書で事の次第を読んだ妻のメアリイは、ランディ医師の病院に赴く。そこで彼女が見たものは…。  

●否定:**
For one thing, you'd certainly lose consciousness when you died, and I very much doubt whether you would come to again for quite a long time...if indeed you came to at all.

「まず第一に、きみは死ねば、ぜったいに意識を失う。それに、長い時間がたったあとでも、果たしてきみが意識を回復するかどうか…回復すればの話だがね…もはなはだ疑わしい。」

[解説]
訳文からは「長い時間がたっても、意識は回復しない」と読める(それに「回復すればの話」と挿入があるのは矛盾)が、原文が言っているのは(回復するにしても)「長時間のあいだ、意識は回復しない」ということ。come to は「正気づく」。

直訳     「よしんば元通りになるとしたって、長いこと、元通りになるものかどうか、はなはだ疑わしい」    
意訳     「ともかくも意識が戻るにしたところで、長いこと意識は回復しないのではないかと思う」

●形容詞:*
'Like hell, you wouldn't, ' I said.
'You'd be out cold, I promise you that, William.

「まさかそんな」と私はいった。 「いや、きみは完全に冷たくなっているんだ、ほんとだよ、ウィリアム。…」

[解説]
この cold は形容詞「死んだ」。out は副詞「すっかり」
「完全に死んでいるんだ」

●間投詞:*
'You know, ' he went on, 'it's extraordinary what sometimes happens...'

わかってるだろうが」と彼は話をつづけた。「ときによっては、とんでもないことが起こる。…」

[解説]
You knowは、相手に同意を求めたり、念を押したりする、いわば間投詞として使われることが多い。その場合、重い訳語をつけぬこと。
「あのね」「いいかい」

●比較:***
'Well, Wertheimer has constructed an apparatus somewhat similar to the encephalograph, though far more sensitive, and he maintains that within certain narrow limits it can help him to interpret the actual things that a brain is thinking....

「とにかく、ワァーゼイマーは脳波電位記録器にいくらか似た器械をつくりあげた。もっとも記録器のほうははるかに敏感だがね。そして、その男は狭い範囲内のことなら、脳髄が実際に考えていることがらの解釈に役立つようにつくっている。…」

[解説]
下線部の省略を復元すると、 
, though the apparatus is far more sensitive than the encephalograph,
「似たといってもはるかに感度はよいものだがね」

●名詞:*
Another thing that bothered me was the feeling of helplessness that I was bound to experience once Landy had got me into the basin.

もうひとつのことは、ランディが私を容器に入れたときに、かならず味わうはずの絶望感だった。

[解説]
helpless は「自分の力ではどうしようもないこと」。「絶望感」でも間違いではないが「無力感」のほうがよいだろう。

●間投詞:**
..., and a few minutes later, I might easily get the feeling that my poor bladder... you know me...was so full that if I didn't get to emptying it soon it would burst.

それから二、三分たって、私の膀胱…お前は知っているだろうが…いっぱいになりすぎて、もし膀胱をからっぽにしなければ、爆発してしまいそうだといった感じをかんたんに持つかもしれない。

[解説]
これも、そんなに重い意味ではない。はしたないことを言及するので、緩衝的に入れたあまり意味のない言葉。
「いいかい」「そうだ」「うん」など

●助動詞:***
But really! You would think a widow was entitled to a bit of peace after all these years.

でも、まったくだわ!未亡人ならば、いままで送ってきた生活のあとで、ささやかな平和をたのしむ資格があると、あなたは考える

[解説]
夫 からの細かい戒めが列挙された追伸を読んで、うんざりした気持ちになった描写のあとに続くことば。中間話法になっているが、直接話法なら 'But really! You will think a widow is entitled to a bit of peace after all these years.' となるところ。 亡き夫に対し、自由の身になった妻の気持ちをぶつけたもの。 この would は、義務をあらわす will が、中間話法のため would になったもの。この really は、驚き・失望・不承知などを示す間投詞的な使われかた「まったく、もう!」。but は、発話に勢いをつけるもので、意味はない。 ちなみに will は大きく分けて次のような役割がある。文脈依拠の場合が多く、またどちらともとれそうなこともある。
(1) 確定的未来:     I will be twenty tomorrow.(明日、二十歳になります)…客観的事実
(2) 確信的未来:     He will come tomorrow.(彼は明日来ますよ)…主観的確信
(3) 意志未来:     I will study hard.(これからまじめに勉強しよう)
(4) 義務:     You will leave tomorrow.(明日出発しなさい)
(5) 現在の推測:     He will be upstairs.(彼は上にいるはずだ)
(6) 現在の習慣:     Boys will be boys. (男の子は男の子《やんちゃで当然》)
「考えなさいよ」→「思ってみてほしいものだわ」

●イディオム:*
You know what, she told herself, looking behind the eye now and staring hard at the great grey pulpy walnut that lay so placidly under the water, ...

なんだかわかる気がするわ、と彼女はひとりごちながら、水の中にじっとしている、大きな灰色のどろんとしたくるみをいっしょうけんめいに見た。

[解説]
you know whatは、発話で相手の注意を引くために発する間投詞的なもの。ふつう「いいですか」「あのね」といった具合だが、ここは…以下のセリフを導くもの。 tell oneselfは「自分に言い聞かせる」。ひとりごつ、はtalk to oneself。心の中で考える、はsay to oneself。考えごとを口に出す、はthink aloud。 前の下線部を削除し、あとの下線部を次のように変える。
「見て、彼女は思った。そうね、…」

●イディオム:***
..., I'm not at all sure that I don't prefer him as he is at present. In fact, I believe that I could live very comfortably with this kind of a William. I could cope with this one.
現在の彼のほうが好きかどうか、ちっともわからない。じつをいうと、こんなウィリアムとなら、たいへんたのしく暮してゆけると思う。このウィリアムになら勝てるわ

[解説]
not at all は「全く…でない」。be sure that ~ は「~を確信して」。
~内が否定になっているので、全文は否定の否定→強い肯定になる「全然好まなくない」→「とても好む」。
asは関係代名詞でwhoの役割(非標準:本来なら such he same - as となるところ)「彼が現在の在り様で存在するところの彼自身」→「今の彼」。in fact は前後のつながりで
(1) 「実際に」(前文を肯定強調)
(2) 「実際は」(前文を否定強調)
(3) 「それも」(前文を肯定補強)
(4) 「それどころか」(前文を否定補強)
などの訳語が与えられる。ここは(4)(いやでないどころか…)。a William と不定冠詞がついているのは、William のひとつの面・姿をいっているから。
cope with は「勝てる」でなく「対処する」。折り合いをつけて暮らしてゆける、と言っているのだ。
「今の彼はちっとも嫌じゃない。それどころか気持ちよく一緒に暮らせると思う。このウィリアムとならやってゆける」

●形容詞:**
'Isn't he sweet?' she cried, looking up at Landy with big bright eyes.
'Isn't he heaven? I just can't wait to get him home.'

「かわいいじゃありません?」彼女は、大きな輝く眼でランディを見上げながら、そう叫んだ。「かわいらしいでしょう?あたくし、家へ連れて帰りたくてしょうがありませんわ」

[解説]
heaven が、「すばらしい」とか「しあわせ」といった意味で形容詞として使われている反語( he は、脳髄と目玉だけになっている夫)。この台詞で小説が終るので、オチになるようなことばが欲しい。

意訳      「あの人って、素敵」

*続きは『英文教室』ウェブサイト左下の[誤訳に学ぶ英文法]よりご覧ください。
http://www.wayaku.jp/

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