アイディ『英文教室』 柴田耕太郎 翻訳批評

『英文教室』主任講師 柴田耕太郎による翻訳批評

翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法1『味』その1

2010年02月26日 17時16分05秒 | 誤訳に学ぶ英文法

『味』その1 誤訳編 by柴田耕太郎

 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人気小 説の翻訳書にみる誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画 『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競っ てみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
 今回取り上げるのは、『あなたに似た人』(早川文庫、田村隆一・訳)のなかの『味』(Taste)。
 
誤訳度:
*** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
**   欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*     愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

(ストーリ)
マ イク・スコウフィールド家の晩餐会。当主のマイクと来賓のリチャード・プラットがワインの銘柄当ての賭けをすることになった。プラットは自宅と別荘を、マ イクは何と自分の娘を賭けた。わかるはずがないと、高を括っていたマイクだが、プラットはボルドー、メドック、サン・ジュリアンと正しく地域を狭めてゆ き、ついに「シャトー・ブラネール・デュクリュー」と言い当てた。勝ち誇るプラットは青ざめるマイクに約束の履行を迫った。と、その時、静かに控えていた 老婆のメイドが、マイクのインチキを暴露する。

並列 *
…, and each month he circulated privately to its members a pamphlet on food and wines.
(リチャード・プラットは)料理とワイン・リストを、会員のためだけに配っていた。

[解説]
food(料理)とwines(ワイン)が並列。

修正訳:そして毎月、彼は料理とワインに関する小冊子を、会員のためだけに配っていた。



時制 *** イディオム *
I had been to dinner at Mike’s twice before when Richard Pratt was there, and on each occasion Mike and his wife had gone out of their way to produce a special meal for the famous gourmet.
私は二度、マイク家の晩餐会で、居合わせたリチャード・プラットと会ったことがあるが、そのたんびにマイク夫妻は、この有名な美食家のために、特別料理をさかんにつくったものだ

[解説]
元訳では「何回もマイク家に行っていて、そのうち2回プラットと会った」と読める。正しくは「2回マイク家に行っていて、2回ともプラットに会った」。out of one’s wayは「わざわざ…」。goは「(出費などを)惜しまない」の意味だろう。

修正訳:私は二度、マイク家の晩餐会に出かけたが、二度ともリチャード・プラットに会った。マイク夫妻はいつも、この有名な美食家のために、わざわざ特別料理を出すべく奮闘した

形容詞 *  名詞 *  名詞 ***  形容詞 ** 動詞 **
Mike Schofield was an amiable, middle-aged man. but he was a stockbroker. To be precise, he was a jobber in the stock market, and like a number of his kind, he seemed to be somewhat embarrassed, almost ashamed to find that he had made so much money with so slight a talent.
マイク・スコウフィールドは、おとなしい中年の男だった。だが、彼は株式仲買人で、正確にいうと、取引所の株式売買商だった。ちょっとした才覚で、小金をためこんだのを人にさとられるのが---これはいかにも彼の気性にふさわしいのだが、なんかきまりのわるさを感じもし、はずかしいようにも思われるのだ

[解説]
「優 しい」との訳語から「おとなしい」を導いたか?amiableはpleasantとかfriendlyの意味「人のよい中年男」。jobberを「取引所 の株式売買商」としては「正確に」言った感じを受けない。それらしく「場内仲買人」としてはどうか。like a number of his kindは「彼の(ような)種類の(人の)多くに似て」→「その種の人間にありがちなのだが」。「はずかしいようにも思われるのだ」は主体があいまい。 「かなり恥じているようでもあった」to find that ~ は「人にさとられる」のではなく「自分でわかって、悟って」。

修正訳:マイク・スコウフィールドは、人のよい中年男だった。だが、彼は株式仲買人で、正確にいうと、場内仲買人だった。この種の人間にありがちなことだが、ちょっとした才覚で小金をためこんだのを、何か決まり悪く思い恥じ入ってさえいるようであった


副詞 **
As far as I could gather, some story about a chef in a Paris restaurant. As he spoke, he leaned closer and closer to her, seeming in his eagerness almost to impinge upon her, and the poor girl leaned as far as she could away from him nodding politely, rather desperately, and looking not at his face but at the topmost button of his dinner jacket.
私の耳にしたかぎりでは、パリのレストランのコック長の話のようだったが。喋っているうちに、彼は娘のそばにますますよっていって、熱心さのあまり、いまにも彼女にぶつかりそうだった。で、この可哀想な娘は、上品に相槌をうっているものの、むしろそれは身の毛のよだつような感じで、彼のディナー・ジャケットの第一ボタンに眼をやったまま、彼の顔を見ようともせずに、できるだけプラットからはなれようとしていた。

[解説]
「むしろそれは身の毛のよだつような感じで」は主体があいまい。「かなり必死になって」。

修正訳(当該部分):で、この可哀想な娘は、上品に相槌をうっているものの、相手のディナー・ジャケットの第一ボタンに目をやったまま、顔を見ようともせずに、必死になって身をそらせていた。


合成語 **  名詞 **
‘On top of the green filing cabinet in my study,’Mike said. ‘That’s the place we chose. A good draught-free spot in a room with an even temperature. Excuse me now, will you, while I fetch it.’
 The thought of another wine to play with had restored his humour, (and he …)
「書斎の、グリーンの書類棚のいちばん上においてあるんです。私たちが選んだのはそこですよ。一定の温度をたもっている室内で、そこがとても換気がいいのです。じゃ、ちょっと失礼して、もってまいりましょう」
 別の葡萄酒で愉しもうという考えが、彼にユーモアをとりもどさせたのだ

[解説]
draughtは「通風、通気」。-freeは「…がない」。つまり「換気がいい」のでなく「空気の移動がない」で、むしろ「換気は悪い」のだ。his humourはこの場合「ユーモア」でなく「気分、機嫌」の意味。

修正訳:「書斎の、グリーンの書類棚のいちばん上においてあるんです。私たちが選んだのはそこですよ。一定の温度を保っている室内で、そこは空気の移動がないのです。じゃ、ちょっと失礼して、もってまいりましょう」
 別の葡萄酒で愉しもうという考えが、彼の気分をもとに戻した。


形容詞 **
Mike stood very still behind his chair at the head of the table, carefully holding the bottle in its ridiculous wicker basket.
マイクは、あのおかしなヤナギ細工のバスケットに入っている瓶を、注意深くもちながら、テーブルの上席にある自分の椅子のうしろに、じっと立っていた。

[解説]
バスケットが「おかしい」わけではない。バスケットに入ったワインが賭けの対象としてエスカレートしそうになっている、おかしな雲行き。バスケットに象徴される事態をridiculousと言っているわけで、一種の転移修辞。

修正訳:マイクはヤナギ細工のバスケットに入っている問題の瓶を、注意深くもちながら、テーブルの上席にある自分の椅子のうしろに、じっと立っていた。


現在分詞形の形容詞 **
 And again I saw, or thought I saw, something distinctly disturbing about the man’s face, that shadow of intentness between the eyes, and in the eyes themselves, right in their centres where it was black, a small slow spark of shrewdness, hiding.
そしてまた私は見たのだ、いや、見たと思ったのかもしれない---この男の顔をありありとかきみだすなにものかを、両の眼のあたりにただよう熱っぽい影を、その眼のなかに、まさしくその黒い中心のなかに秘められたかすかなきらめきを、ぬけ目のないひらめきを。

[解説]
ここ並列と掛かり方が複雑。元訳はほぼ正しく読み解いている。文の骨格を示すと、I saw something, that shadow between the eyes, and in the eyes, right in their centres, a small slow spark, hiding.
だがdisturbingの訳「この男の顔をありありとかきみだすなにものかを」がいただけない。disturbingは、他動詞disturbの現在分詞形の形容詞で「ひとの心をかき乱す」

修正訳:そしてまた私は見たのだ、いや、見たと思ったのかもしれない---この男の顔の辺りにある、人を強く不安にさせる何ものかを、両の眼のあたりにただよう熱っぽい影を、その眼のなかに、まさしくその黒い中心のなかに秘められたかすかなきらめきを、ぬけ眼のないひらめきを。


イディオム **
Louise Schofield gave a jump.
ルイズ・スコウフィールドはとびあがった

[解説]
実際に飛び上がるわけではない。「どっきりした」
修正訳:ルイズ・スコウフィールドはびっくりした


イディオム *  皮肉 **
‘Then it’s a pity you didn’t say it. But anyway, if you wish to go back on your offer, that’s quite all right with me.’
‘It’s not a question of going back on my offer, old man. It’s a no-bet any way, because you can’t match the stake. You yourself don’t happen to have a daughter to put up against mine in case you lose. And if you had, I wouldn’t want to marry her.’
 ‘I’m glad of that, dear,’ his wife said.
「残念だけど、そうは言わなかったね。でもまあ、言葉を取り消したというんなら、僕は結構だがね」
「ぼくは言葉を取り消そうな んて言っているんじゃない。いいですか、これはどっちみち賭にならないよ。だって、きみが同じものをぼくに賭けることはできないからね。きみが負けた場 合、ぼくにくれるお嬢さんを、きみ自身持ちあわせていないんだからね。また、お嬢さんがあったとしたって、結婚する気はないよ」
「そうですとも、あなた」

[解説]
go back onはイディオム「約束を破る」。
「そ うですとも、あなた」では、夫人が向きになって、夫とともに相手に反論しているみたいだ。I’m glad of thatの直訳は「それ(夫の発言)を聞いてよろこんでいます」(be glad ofは喜びの持続的心理状態を示す)。話の流れを読めば、くだらない賭けにうつつを抜かす男たちへの皮肉、と取れるはず。

修正訳:「残念だけど、そうは言わなかったね。でもまあ、約束を反故にするというんなら、僕は結構だがね」
約束を破る破らないの問題じゃないよ、君。いいですか、これはどっちみち賭にならないよ。だって、きみが同じものをぼくに賭けることはできないからね。また、お嬢さんがあったとしたって、結婚する気はないよ」
「そうあってほしいものね」


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誤訳に学ぶ英文法25『ほしぶどう作戦』その2

2010年02月24日 17時57分04秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『ほしぶどう作戦』その2 by柴田耕太郎

 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人 気小説の翻訳書に見る誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画 『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編集『キス・キス』(KISS KISS)。全11編を月2回、一年かけて点検してゆく。俎上に載せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
 パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

誤訳度:
*** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
**   欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*     愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

(ストーリー)
  クロードとゴードンはガソリンスタンドの共同経営者。ヘイゼル氏が所有する森で密猟をすることに決めた。ヘイゼル氏は成金で、上流階級に入り込むための手 段として、年に一度、自分の森で、雉の狩猟会を催している。その前に、ほしぶどうを使った新式の狩猟法でごっそり雉をせしめ、ヘイゼルの鼻を明かしてやろ うというわけだ。ことは予定通り進んだはずだったが、思わぬ計算違いが生じた。ほしぶどうに注入した睡眠薬の量が少なく、仮死状態になっていたはずの雉が 隠していたところから大量に飛び出し、二人の目論見は泡と消える始末に。

副詞 ***
The lane ran right up to the wood itself and then skirted the edge of it for about three hundred years with only a little hedge between.
小道は森までまっすぐにのびていて、それから森のへりを三百ヤードばかりつづいているが、そこは道の両側に生垣がまばらにあるだけだ

[解説]
betweenは副詞で「間に」。小道が森のところまでまっすぐに伸び、突き当たったところで300ヤードばかり森の縁を回りこんでいる。一つづきの低い生け垣が、森と小道の間を隔てていることになる。

修正訳:低い生け垣がずっと境目をつくっていた。


動詞 *** 
He kept his head moving all the time, the eyes sweeping slowly from side to side, searching for danger. I tried doing the same, but soon I began to see a keeper behind every tree, so I gave it up.
しじゅう頭を動かして、視線をゆっくり左右にくばりながら、油断を怠らなかった。私もおんなじことをやってみたが、まもなく、どの木立のかげにも番人のいることがわかってきて、途中で諦めてしまった

[解説]
seeは意味範囲がひろく「わかる」「理解する」の訳になることもあるが、ここは「(意識せずとも)自然と目に入る」の意味。恐怖感のため、いもしない番人がいるように見えてしまったのである。

修正訳:どの木のうしろにも番人がいるように見えてきたので、止めた。


イディオム ** 
Poacher’s arse is nothing to the punishment that a female is willing to endure.
密猟者の尻は、女性が嬉々として耐える罰とはくらべものにならないのだ

[解説]
こ の前に、女性は宝石をもらうためならどんなことでもしかねない、といった意味のことが述べられている。密猟者の誇り(後ろから撃たれた名誉の負傷の証しで ある尻の傷)と、女性が貴金属を男からせしめるための(肉体などの)代償とを比べてほしくない、といった皮肉が原文からは窺われる。意訳が必要だろう。

修正訳:女が宝石を男からせしめるのに払う犠牲などと比べものにならないほど、誇り高いものなのだ。


イディオム ***
Claud had told me that the clearing was the place where the young birds were introduced into the woods in early July, where they were fed and watered and guarded by the keepers, and where many of them stayed from force of habit until the shooting began.
「その空地で、ひなは餌を与えられ、水浴びをさせてもらい、番人に守られながら、ひなの多くは狩猟が解禁になるまでに習性からぬけだすのだ

[解説]
from force of habitは「習慣の力で」「習慣の力によって」→「習慣になっているので」。人間にあれこれ世話されるのが習慣になって、そのままシーズンまでその場所に留まる、のだ。

修正訳:そこでそのままぬくぬくするのが習慣となるのだ


代名詞 ***
Both birds turned their heads sharply at the drop of the raisin. Then one of them hopped over and made a quick peck at the ground and that must have been it.
と、一羽が跳んできて、急いで地面をついばんだが、ほしぶどうにちがいなかった

[解説]
that は直前のことを、itは文中で問題になっていることを指す。ここではthatは「一羽が跳んできて、急に地面をついばんだ」こと。itは、上掲部分だけで は分からないだろうが「鳥の密猟に役立つ方法」。直訳すれば、「鳥が一羽跳んできて急いで地面をついばんだことが、自分たちが模索している一番効果的な密 猟法であるにちがいなかった」

修正訳:これこそまさに求めていた密猟法だった


名詞 ** 
His lips were thin and dry, with some sort of a brownish crust over them.
唇がうすく、かわいていて、茶色のパンの皮みたいなものがくっついている。

[解説]
crustには確かに「パンの皮」の意味もあるが、overとある以上「くちびる全体を覆って」いるのだ。withは状態を示す前置詞。「くちびる全体を覆ったある種の茶色っぽい堅い外皮をともなって」くちびるはうすく乾いていた、のだ。
例:A crust had formed on his lips.彼のくちびるはかさかさになっていた。

修正訳(全体):うすい唇は表面が茶色っぽくかさかさに乾いていた。


名詞 *
Claud was in a whirl of ecstasy now, dashing about like a mad ghost under the trees.
クロードは、すっかり有頂天になって、気ちがいの幽霊そこのけに木の下をかけずりまわっている。

[解説]
「有頂天」(in a whirl of ecstasy 直訳は「有頂天の旋回状態」)から「気ちがい」の連想が浮かばない。madは多義だが、ここは「陽気な」「浮かれた」の語義を採るべきだろう。
修正訳:浮かれた幽霊


名詞 ** 
He spoke the name proudly and with a slight proprietary air, as though he were a general referring to his bravest officer.
まるで、勇猛果敢な部下の将校のことを口にした将軍のように、誇らしげに、ちょっと財産家らしい様子をみせて、名前をいった。

[解説]
proprietaryを「所有者の」の原義から「物持ち」ととり、「財産家」の訳をあてたのだろう。だがこの将軍が所有するものは「将校」。つまり「有能な部下」を持っていることを誇りに思っているのだ。

修正訳:有能な手下を抱えている余裕を見せ


動詞 *** 
But they were too dopey still to take any notice of us and within half a minute down they came again and settled themselves like a swarm of locusts all over the front of my filling-station.
しかし、まだ薬が効いているので、私たちにはいっこうに気がつかない。それどころか、三十分としないうちに、雉子どもはまたやってきて、ガソリン・スタンドの前に、バッタの群のように、落ちついてしまった。

[解説]
half a minuteは「三十秒」。

修正訳:一分と経たないうちに


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誤訳に学ぶ英文法24『ほしぶどう作戦』

2010年02月22日 10時17分32秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『ほしぶどう作戦』 by柴田耕太郎

 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人気小説 の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二 度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編集『キス・キス』(KISS KISS)。全11編を月2回、一年かけて点検してゆく。俎上に載せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
 冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

誤訳度:
*** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
**   欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*     愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)


(ストーリー)
ク ロードとゴードンはガソリンスタンドの共同経営者。ヘイゼル氏が所有する森で密猟をすることに決めた。ヘイゼルは成金で、上流階級に入り込むための手段と して、年に一度、自分の森で、雉の狩猟会を催している。その前に、ほしぶどうを使った新式の狩猟法でごっそり雉をせしめ、ヘイゼルの鼻を明かしてやろうと いうわけだ。ことは予定通り進んだはずだったが、思わぬ計算違いが生じた。ほしぶどうに注入した睡眠薬の量が少なく、仮死状態になっていたはずの雉が隠し ていたところから大量に飛び出し、二人の目論見は泡と消える始末に。

間投詞 **
‘I don’t usually approve of new methods,’ he said. ‘Not on this sort of a job.’
Of course.
‘But by God, Gordon, I think we’re on to a hot one this time.’
「ふつうなら、おれは新しい方法なんて認めないんだがな」と彼はいう。「ことに、こういう仕事のばあいは認めないんだ」
あたり前じゃないか
「しかしだな、ゴードン、こんどというこんどはすげえ名案だと思うんだ」

[解説]
of courseは、(1)もちろん (2)確かに…だが (3)ああ、そうだった(忘れていたことを示唆されて)、のうち(3)。無神経に(1)を機械的に充てると会話の流れがおかしくなることがある。

修正訳:なるほど


イディオム ***
‘Nobody ever shoots pheasants, didn’t you know that? You’ve only got to fire a cap-pistol in Hazel’s woods and the keepers’ll be on you.’
「雉を鉄砲で撃つやつなんかひとりもいないんだよ、そんなこと知らなかったのか?ヘイズルの森で撃てるのは玩具のピストルだけだ。それに番人が見張ってるじゃねえか

[解説]
こ こ、直訳すると「君はおもちゃのピストルを発砲しさえすればよい。すると番人たちが君の側にいるようになる」。have only toはイディオムで「…しさえすればよい」。gotは動きを強調するが、虚字のようなもので特に意味はない(have to = have got to)。andは「そうすれば」。onは、接近を示す前置詞「…の側に」。

修正訳:おもちゃのピストルでも撃ってみろ、すぐさま番人が飛んでくるぞ。


間投詞 **
Do you know,’ he said, ‘my dad used to keep a whole flock of prime cockerels in the back yard purely for experimental purposes.’
知ってるだろうが」と彼はいった。「親父は純粋に実験の目的から、裏庭に雄のひよこを飼っていたものだった」

[解説]
これも、重い意味でないことが多い。「あのね」「でね」「…ね」といった感じ。

修正訳:あのな。


名詞 **
We had been walking steadily for about forty minutes and we were nearing the point where the lane curved round to the right and ran along the crest of the hill towards the big wood where the pheasants lives.
もう四十分も休まずに歩いていたので、小道が右にカーヴして、丘の頂上を、雉子が棲息している大きな森へとつづいているあたりに近づいていた。

[解説]
andはcurved round toとran alongを並列。crestは(1)頂上 (2)尾根、だがran alongするのだ、(2)をとる。
直訳すると「野道が右に回りこみ、雉が生息している大きな森のほうへ丘の尾根沿いに走っている地点、に近づいていた」
修正訳:野道が右に折れて雉のいる森に向かって尾根沿いに進む地点がまもなくだった」

イディオム ***
I don’t suppose by any chance these keepers might be carrying guns?’ I asked.
万が一にも番人どもが銃を持ってないってことがあるかな」と私は訊いた。

[解説]
I don’t suppose (that) ~ は、いらつきや不安、怒りを含意する。例:I don’t suppose she’ll come.(彼女は来ないんじゃないかな)。by any chanceはイディオムで「ひょっとして」「万が一にも」だが、前のnotと結び「どうあっても(…ない)」。平叙文にクエスチョン・マークがあるの は、驚き・不安を含意。例:You are not going yet?(まだ行かないんですか)。
直訳すると「万が一にも、番人たちが鉄砲を携えているなんて思えないよね」

修正訳:番人が鉄砲を持ってるなんてこと、絶対にないよね。


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誤訳に学ぶ英文法23『豚』

2010年02月10日 18時58分34秒 | 誤訳に学ぶ英文法
誤訳に学ぶ英文法23 『豚』 by柴田耕太郎

 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のため に、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画 『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編集『キス・キス』(KISS KISS)。全11編を月2回、一年かけて点検してゆく。俎上に載せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
 パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

(ストーリー)
  レキシントンは生後2ヶ月で孤児となり、大叔母のグロスパンに育てられた。菜食主義者のグロスパンの手ほどきで料理を習い、腕前をめきめき上げた。その叔 母が死ぬと、遺言に従いレキシントンはニューヨークに出かけた。この地で遺産を相続し、さらに料理修行に励むつもりだった。ところが、菜食しかしていない レキシントンは、はじめて食べた豚肉の旨さにとりつかれる。豚肉の仕入先を求めて、場に赴くが、どうしたことか豚を絞め殺すためのベルトコンベアーに 乗せられてしまう。哀れなレキシントンの運命は…。

・今回は気になる表現を取り上げます

接続詞の訳
So that evening they both dressed themselves up in fancy clothes, and leaving little Lexington in the care of a trained infant’s nurse who was costing them twenty dollars a day and was Scottish into the bargain, they went out to the finest and most expensive restaurant in town.
そこで、その夜二人はすっかりおめかしすると、一日に二十ドルも給料をとり、おまけに、スコットランド人の乳児専門の看護婦にレキシントンをまかせて、町中で一番豪華なレストランへ出かけていった。

[解説]
この訳では、何で「おまけに」なのかがわからない。Scottishには、俗語で「けちな」の意味がある。二十ドルもの日当(作品が書かれた数十年前としては高額)と、締まり屋のスコットランド人の対照をandが示している。多少の説明訳にする必要があるだろう。

修正訳:…日給二十ドルもとるくせに、締り屋で有名なスコットランド人の乳児専門看護婦に…


語義選択
What a fabulous place this is!’ he cried as he stood at the corner of Fifty-seventh Street and Fifth Avenue, staring around him.
わあ、ここは、なんてすばらしい所なんだろう!」五番街と五十七丁目の角に立って、あたりを見まわしながら、彼はこう叫んだ。

[解説]
fabulousには二義あり(1)とてもよい→すばらしい (2)壮大→ものすごい。このあと「どこにも牝牛や鶏なんかいない」との台詞が続くことからも、(2)ととるのが順当だろう。

修正訳:何て凄いとこなんだろう!


一般人称  語義選択
In fact, the whole business affected him profoundly, almost as profoundly, one might say, as the birth of Christ affected the shopkeeper.
実際すべてのビジネスは彼に深い感動をあたかも、ある人がいったように、クリスト誕生が小売商人に与えるような、深い感動を与えるのであった。

[解説]
affect は(1)[SVOの形で]…に影響する。例:A damp, cold day affects his health.(じめじめした寒い日は彼の健康に悪い) (2)[通例be ~edで]…で感動する。例:I was much affected by her excellent performance.(私は彼女のすばらしい演奏に深く感動した)。ここは(1)。
one might sayのoneは一般人称(人間全般を指す)であって、特定の誰かを指すものではない。
「ク リスト誕生が小売商人に与える」ものは「感動」でなく「影響」。ここ、皮肉っぽく言っている。キリストが生まれ、クリスマス・プレゼントで小売商が潤い嬉 しい悲鳴をあげる、のと同じ効果を、生命ビジネスはザッカーマン氏にもたらしている(人が死ねば葬儀で儲かる)、ということ。

修正訳(全文):それどころか、ザッカーマン氏の関わる葬式ビジネス全体は、氏に深い影響を及ぼした。キリストの生誕記念日で小売商が大いに潤いうれしい悲鳴をあげるのとほとんど同じ深い影響を氏にもたらした、といえるかも知れない。


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