アイディ『英文教室』 柴田耕太郎 翻訳批評

『英文教室』主任講師 柴田耕太郎による翻訳批評

誤訳に学ぶ英文法14 『ローヤル・ジェリイ』

2009年07月27日 14時57分15秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『ローヤル・ジェリイ』 by 柴田耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小 説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は 二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

誤訳度:     
***     致命的誤訳(原文を台無しにする)
**       欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*           愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

ローヤル・ジェリイ
[ストーリー]
ア ルバート・テイラーは若き養蜂家。子宝に恵まれたばかりだが、その乳飲み児の娘の食が細くて、妻ともどもとても心配している。アルバートの案じた一計で、 目出度く娘の食欲を回復させることができた。ローヤル・ジェリイを大量に飲ませたのだ。これで一安心と喜んだのも束の間、よくよく見ると、乳児であるはず の娘は、女王蜂さながらに変身中!?…。

●比較級:***
‘You can’t tell me it’s natural for a six-week-old child to weigh less, less by more than two whole pounds than she did when she was born! Just look at those legs! They’re nothing but skin and bone!’
「もう六週間もたっているのに、二ポンドにも充たないなんて、生まれた時より目方がへってるなんて、あたりまえじゃないじゃありませんか!あの足をごらんなさいな!まるで骨と皮だわ!」

[解説]
比較級については、次の視点をつねに持つことが大切。
何と何を、何の点で比較しているか。
ここでは、赤ん坊について、その産まれたときと六週間たった現在の体重を、増減の点で比較している。
該当部分だけ抜き出して一文にすると、She(the six-week-old child) weighs less (by more than two whole pounds) than she did when she was born.
つまり、「生後6週間の赤ん坊」について(she)、その生まれたときの体重(did [=weighed] when she was born)と、現在の体重(weighs)を、増減(less than )の点で比較。
by more than two whole pounds が挿入的に入って(前の less に掛かる副詞句)、わかりにくくしているが、ここの by は単位を示す前置詞で「…分」、more than two whole pounds は「まるまる2ポンド以上」で、by 以下の全体は「まるまる2ポンド以上分」が直訳。

修正訳     「2ポンド以上も」。

●間投詞:*
‘Yes?’
「そうかな?」
[解説]
これは、相手の呼びかけについて、それを受けるあいづち。日本語でも同じ。
「はい?」

●助動詞(まがい):*
He picked up the magazine that was still lying on his lap and glanced idly down the list of contents to see what it had to offer this week.
彼はひざの上においたままになっている雑誌をとりあげ、今週眼を通しておかねばならないものを探すために、目次をぼんやりと眺めた。
[解説]
had to を「…しなければならない」と取ったのだろうが、「…おかなければならない」ことを「ぼんやりと」するのはおかしい。ここは、had と to の間は区切りがあると考えるべき。what の中に含まれる先行詞を the thing で置換え、it had the thing to offer this week(雑誌は今週提供すべきものを有する)と読む。

直訳     「雑誌に今週載っているものに目を通すために」。
修正訳     「今週の内容を見ておこうと」。

●名詞:**
Regurgitations
『修復論』

[解説]
じ つはこの前後に The Healing Power of Propolis, British Beekeepers Annual Dinner とあって、いかにも養蜂家雑誌の目次を思わせる。そこに突然「修復論」が出てくるものだから、読んでいるほうは面食らう。なるほど、辞書によっては「修 復」の訳語を載せたものもあるが、ここはミツバチが「吐くこと」「もどすこと」ととりたい。

修正訳     「反芻」

●名詞:***
He never had to use smoke when there was work to do inside a hive and he never wore gloves on his hands or a net over his head.
彼は巣箱の中での仕事があるときには、決して煙草を吸おうとはしなかったし、手袋もはめず、頭にネットをかぶるようなことも、決してなかった。

[解説]
何で、やぶからに「煙草を吸う」ことに焦点が当てられるのだろう。刺されないよう用心して、煙をたいて燻すことを意味しているのだ。

修正訳     「煙を焚こうとは」

●動詞:***
He doubted very much whether there would be anything in this that he didn’t know already:
彼がまだ未知のこの分野に何か意義があるのか、彼は大いに疑問だった

[解説]
主人公のアルバートは、少年時代からの天才的養蜂家なのだ。「未知」とか「疑問」とかは無縁だという自負があるはず。
doubt whether は「半信半疑」だが very much で修飾され「whether 以下のことはない」に可能性が移動する。that 以下は anything に掛かる。this は、ここだけでは分からないが、いま読もうとしている雑誌記事を指す。
修正訳     「この記事のなかに、自分がまだ知らないことなんて出ているわけがあるまい、と彼は思った。

●名詞:***
Albert Taylor took the pipe out of his mouth and examined the grain on the bowl.
アルバート・テイラーはパイフを口から離すと、鉢の中に入っている穀物を調べた。

[解説]
この bowl は「パイプの鉢」。the grain はここでは「木目」の意味。
修正訳     「鉢の木目模様に目をやった」。

●動詞:**
‘Will you come in and watch the next one and see if she does it again, Albert?’
He told her he wouldn’t miss it for anything, and she hugged him again, then turned and ran back to the house, skipping over the grass and singing all the way.
ぼくのやること間違いなんかあるものかと、彼はいってきかし、彼女はもう一度彼を抱きしめると、身をひるがえしてスキップをふみ、ずっと歌を唄いながら家の方へ走っていった。

[解説]
直訳すると「絶対にそれを逃しはしない」といっている。it は「二人の愛児がちゃんと食事をとること」。for anything は否定形と結び「少しも…ない」の意。miss は「…しそこなう」→この場合「見損なう」。

修正訳     「ぜったい見逃すものか」または意訳して「何があっても家に戻るさ」

●イディオム:*
‘Albert, stop pulling my leg.’
「アルバート、ごまかさないでよ

[解説]
pull one’s leg は、イディオムで「からかう」。
修正訳     「からかわないで」。

●イディオム:*、●動詞:*
They mix a tiny pinch of it into a big jar of face cream and it’s selling like hot cakes for absolutely enormous prices.
連中は大きな美顔クリームのカンの中に、ほんのちょっぴりこいつを混ぜ合わせて、とんでもなく馬鹿高い値段のホット・ケーキみたいに売るのさ

[解説]
like hot cakes はイディオムで「飛ぶように」。
修正訳     「馬鹿高い値段で飛ぶように」

この sell は自動詞で「売れる」。
修正訳     「売れているのさ」

●動詞:*
‘and quite apart from that, we had a shocking honey corp last year, and if you go fooling around with those hives now, there’s no telling what might not happen.’
「それに、その話はともかくとして、去年の蜜の収穫量はぜんぜんひどかったわ。だから、あなたがあの巣箱をいいかげんにしておくつもりなら、どうなったって知らないわよ」

[解説]
fool around は「バカな真似をする」。
修正訳     「あの巣箱にへんなことをするなら」

●名詞:*
‘What the hell are you talking about, Mabel?’
‘Albert,’ Mrs Taylor said. ‘Your language.’
「なにをばかみたいなことをいってるんだ、メイベル?」
「アルバート」と彼女はいった。「なんてことを

[解説]
the hell などと品のない言葉を夫が口にしたので、とがめたのだ。
修正訳     「その言い方って」。

●名詞:***
Three times the normal amount! Isn’t that amazing!’
三回も定量だけ飲んだんだ!こいつはおどろきじゃないか!」

[解説]
この times は「…回、倍」
修正訳     「定量の三倍飲んだんだ」

●名詞:***
She weighs a ton.’
一トンもふえてるぞ!

[解説]
この weigh は自動詞「…の重さがある」。赤ん坊の目方を計っているのだ、一トンにもなるわけがあるまい。a ton は口語で「たくさん」。
修正訳     「すごく増えてる」

●イディオム:**
I thought that might surprise you a bit. And I’ve been making it ever since right under your very nose.’ His small eyes were glinting at her, and a slow sly smile was creeping around the corners of his mouth.
きみにはちょっとおどろきだったかもしれんが、きみの反対は予想の上で、つくってみたんだ」彼の小さなひとみは、きらきらしながら彼女をみつめ、かすかな微笑みが口の端から、ゆっくりと顔にひろがってゆく。

[解説]
might は may の過去形で可能性を示している。ever since は副詞句で「以来」。right は強調の副詞「まさに」
直訳     「君を驚かすかもしれなと思ったんだ。それで以来、君の目と鼻の先でそれを作ってきた」
意訳     「驚かすといけないと思って、なにも言わずに作ってきたんだ」


*『英文教室』では2009年夏季セミナーを開催します。「一点の曇りなく英文を明晰に読み解く」柴田メソッドを是非体験してください。

*続きは『英文教室』ウェブサイト左下の[誤訳に学ぶ英文法]よりご覧ください。
http://www.wayaku.jp/

*翻訳のご相談は翻訳会社アイディからどうぞ。

誤訳に学ぶ英文法13 『ビクスビー夫人と大佐のコート』表現編

2009年07月23日 11時06分29秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『ビクスビー夫人と大佐のコート』
表現編

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、 人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画 「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

今回は『ビクスビー夫人と大佐のコート』の表現があやしい部分を取り上げる。

ビクスビー夫人と大佐のコート
[ストーリー]
ビ クスビー夫人はニューヨーク在住の歯科医の妻。月に一度、伯母の介護という名目でボルチモアに出かけ、そこで「大佐」と呼ばれる渋い中年男と逢瀬を楽しん でいた。やがて別れがやってきてが、手切れ金代わりに高価なミンクの毛皮をもらったビクスビー夫人は、質札を拾ったことにして夫への説明を切り抜けようと する。ところが、夫のほうが一枚上手だった…。

●言葉の幅
There is one, however, that seems to be superior to the rest, particularly as it has the merit of being true.
けれどもひとつだけ、とくに真実という長所があるので、ほかの物語よりもすぐれているように思われる話がある。

[解説]
パブロフの犬みたいに true とくると「真実」と訳すのが、プロ・アマを問わずよく見られる。
だが true の幅は広い。「ありのまま」「…そのまま」とするとピタッとくることが結構ある(true to life ありのままの人生、人生そのまま)。
ここは「真実」とすると、あいまい、あるいは大げさに響くところ。「事実」「本当」の語を当てるとよさそう。
修正訳     「事実であるという長所」「実話だという取り柄」。

●難字
---that there was little or no chance of their growing bored with one another. On the contrary, the long wait between meetings only made the heart grow fonder, and each separate occasion became an exciting reunion.
それどころか、尾生の辛さがひたすら恋しい気持をつのらせ、おたがい、はなれて暮らしていることが、心ときめく再会とはなった。

[解説]
「尾生」を「びせい」と読める人がどれくらいいるだろうか。まして、言葉の意味を知っている人は。とくにこれはエンタテイメントなのだ、一般人の教養の程度に訳文もあわせねばならない。
修正訳     「会う約束」それでは情緒がないというなら「またの逢瀬」。

*参考:尾生の信(広辞苑より)
荘子(尾生が女と橋の下で会う約束をしたが女は来ず、大雨で増水してきたのに待ちつづけ、ついに溺死したという故事に基づく)固く約束を守ること。愚直なこと。

●他動詞
I’d almost forgotten how ravishing you looked. Let’s go on earth.
「わたしはきみのうっとりするような姿を忘れかけていた。さあ、夢からさめよう」

[解説]
このままだと、「君自身がうっとりする」ようにとられかねない。他動詞の現在分詞形の形容詞は「ひとを…させる」の意味だから、「ひとをうっとりさせる」
修正訳     「魅力あふれる姿」。

●語義、●掛かり方
; and even a man like Cyril, dwelling as he did in a dark phlegmy world of root canals, bicuspids, and caries, would start asking a few questions if his wife suddenly waltzed in from a week-end wearing a six-thousand-dollar mink coat.
根管、二頭歯、虫歯といった暗い、無気力な世界住んでいるとはいっても、たとえシリルのような男でも、自分の妻が六千ドルもするミンクのコートを着て週末の旅行から踊るような足どり帰宅したとすれば、あれこれと質問してくるだろう。

[解説]
phledgmy は、本来慌てるような時でも変わらずにいること、だから「無気力な」ではまずい。人間なら「冷静な」だが、ここは世界をいっているので訳語を工夫する。
修正訳     「無感動な世界」

つ づく箇所、日本語の掛かり方がわかりにくい。「…ても」「…でも」のように両方が強調される場合は、並列が自然に読めるものでなくてはならない。例:雨が 降っても、休みの日でも、彼は会社に出かける。ここがおかしいのは、「…ても」の部分はシリルの状況、「…でも」の部分はシリル自身をあげており、並列さ れるべきものが適当でないことから起こっている。

修正訳     「(無感動の世界)に住んでいるシリルのような男でも」。

●言葉のつづき具合
But the thought of parting with it now was more than Mrs Bixby could bear.
しかし、これを手離すかと思うと、ビクスビー夫人には到底耐えられなかった

[解説]
「には」を生かすなら、「ビクスビー夫人には苦痛しか浮かばなかった」のようにする。
直訳は「だが、それを手離すという考えは、ビクスビー夫人が耐えることのできる以上のものだった」。
修正訳     「だがこれを手離すのかと思うと、ビクスビー夫人は耐えがたかった」

●イディオム
‘I’ve got to have this coat!’ she said aloud.
「ぜがひでもこのコートを持っていなければ!」と彼女は思わず大声が出た

[解説]
これは誤訳に分類した方がよいかもしれない。say aloud は「声に出して言う」。 say loud が「大声でいう」。
修正訳     「思わず声が出た」または「夫人は思わず口にした」


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誤訳に学ぶ英文法12 『ビクスビー夫人と大佐のコート』その2

2009年07月22日 14時13分28秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『ビクスビー夫人と大佐のコート』その2 by 柴田耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者 のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になっ た映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。

誤訳度:
***     致命的誤訳(原文を台無しにする)
**        欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*           愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

ビクスビー夫人と大佐のコート
[ストーリー]
ビ クスビー夫人はニューヨーク在住の歯科医の妻。月に一度、伯母の介護という名目でボルチモアに出かけ、そこで「大佐」と呼ばれる渋い中年男と逢瀬を楽しん でいた。やがて別れがやってきてが、手切れ金代わりに高価なミンクの毛皮をもらったビクスビー夫人は、質札を拾ったことにして夫への説明を切り抜けようと する。ところが、夫のほうが一枚上手だった…。

●前置詞:***
‘Tally-ho!’ the Colonel would cry each time he met her at the station in the big car.
「タリホウ!」大佐は駅に彼女を出迎えるたびに大型の自動車から叫ぶのだった。

[解説]
「…から」なら、from か out of を使うはず。この in は、「…に乗って」の意味。交通手段としての乗り物はおおまかに言って、立っていられる大きなものなら on を、座ってすっぽり収まるものなら in を使う。
大型車に乗って、駅で彼女を出迎える、そのたび毎に、大佐は「タリホウ!」と叫ぶのを常とした、ということ。
    「タリホウ!」大佐は大型車に乗ってきて、駅に彼女を出迎えるたび、こう叫ぶのだった。

●名詞:***
But then the Colonel’s company always did that to her these days. The man had a way of making her feel that she was altogether a rather remarkable woman, a person of subtle and exotic talents, fascinating beyond measure;
しかし、最近は、大佐の仲間がいつも彼女をそんな気持にしてくれるのだ。その男は、彼女に、自分は人眼を惹く女で、繊細な、異国風の魅力に恵まれた、はかり知れないほど魅惑的な女性だという気持にさせてくれる。

[解説]
こ こで初登場の「大佐の仲間」「その男」が、この後まったく出てこないのを、訳者は不思議に思うべきだった。company は、集合名詞的に使われ無冠詞。「だれだれさん」といった具体的な人を指しはしないで、「仲間づきあい(またはその相手)」といった意味合い。did は本動詞で「もたらす」、that は直前に述べられた「今回の密会が楽しかったので、ウキウキしていること」。
下線部の直訳     とはいえ、大佐との仲間づきあいは、このごろ彼女にとっていつも気分のよさをもたらした。この大佐という男は、…
下線部の意訳     とはいえ、大佐といるとこのごろはいつもそうなのだ。この男は、…

●代名詞:***
; and what a very different thing that was from the dentist husband at home who never succeeded in making her feel that she was anything but a sort of eternal patient, someone who dwelt in the waiting-room, silent among the magazines, seldom if ever nowadays to be called in to suffer the finicky precise ministrations of those clean pink hands.
自分はいつまでたっても患者みたいなものだという気持にしかしてくれない歯科医の良人とは、なんと大きな違いだろう。ちかごろは、あの清潔な桃色の手で気むずかしい、几帳面な診察をしてもらう患者もめったに訪れず、待合室で雑誌にかこまれて押し黙っている誰かさんとは、なんと大きな相違だろう。

[解説]
someone が sort of eternal patient の言いかえなのがわかっていないので、訳がおかしくなっている。元訳では、「歯科医の夫」=「誰かさん」と読めてしまう。
全体の直訳     自分はある種の永遠の患者、つまり、雑誌に埋もれ静かに待合室に居住し、あの夫の清潔なピンクの手の難しい繊細な施術を受けるために中に呼ばれること が、最近ではあったにせよめったにない人間でしかない、と彼女に感じさせてしまう、家にいる歯科医の夫とはそれはなんと大きく違ったことであることか。
全体の意訳     家にいる歯科医の夫とはなんと大きな違いだろう。夫といると、自分は待合室で雑誌に埋もれ永遠に順番を待つ患者ではないかと思ってしまう。内に呼ばれあの清潔なピンクの手で施される繊細なご奉仕も受けることも、そういえばこのところとんと無いのだ。

●名詞:**
There was some tissue paper on top;
上にティッシュ・ペイパーがのっている。

[解説]
この場合の tissue paper は「薄葉紙」(高級薄物衣料品を傷つけぬよう覆う紙)。いわゆるティッシュ・ペイパーは tissue (paper)、facial tissue。
修正訳     上に薄紙がのっている。

●名詞:*
And the sense of power that it gave her!
そして、そのコートは彼女に魅力を感じさせたのである!

[解説]
ちょっと、ずれる。

直訳     そしてそのコートが彼女に与えた力の感覚!
意訳     これを着ると、なんと力がみなぎることか!

●イディオム:***
What you lose on the swings you get back on the roundabouts.
ひとがあっさり失うものを、あたしはもってまわったような失いかたをする

[解説]
元訳では、意味がわからない。
これはイディオム「悪いことがあればよいこともある」「苦あれば楽あり」

●形容詞:**
‘It’s purely personal.’
「ほんとうにわたしのものなんだから」

[解説]
ミンクのコートを質入れする際、店主に住所・氏名を求められ、無記名にしてほしいと頼んだあと、ビクスビー夫人がいう台詞。
この personal は、「所有」でなく「かかわりごと」の意味。
修正訳     全く個人的なことですから。

●イディオム:*、●名詞:**
But Mrs Bixby knew better. The plumage was a bluff.
しかし、ビクスビー夫人のほうが一枚うわてだった。羽毛ははったりなのだ。

[解説]
省略された than 以下(夫が自分の身につけるものに腐心すること)に対し、それより知識・経験などが優れている、ということ。
直訳     しかしビクスビー夫人は夫より良く物事を心得ていた。
修正訳     しかし、ビクスビー夫人はお見通しだった。

また、「羽毛」とあるが the plumage は(夫の)「儀式張った服装」のこと。
修正訳     凝った服装ははったりなのだ。

●代名詞:***
‘I think it’s terribly exciting, especially when we don’t even know what it is. It could be anything, isn’t that right, Cyril? Absolutely anything!
It could indeed, although it’s most likely to be either a ring or a watch.’
ほんとうに、品物はあるんでしょうね、シリル? いいえ、ぜったいにあるんだわ!
そりゃあるとも。もっとも指輪か時計らしいけどね

[解説]
この anything は「何でも」が辞書的な意味だが、「何でも」のうち「自分が期待できるもの」の気持ちが入るので、実質的に「たいしたもの」の意味。
直訳     「何でも考えられ得るわね、シリル? 全くどんなものでも!」
「実際、考えられ得るさ、でもたいていは指輪か時計のことが多い」
修正訳     「きっとすごいものよ、そうじゃないシリル?ぜったいにすごいもの!」
「確かにすごいものかもね。でもたいていは指輪か時計のことが多いけど」

●副詞:***
‘Because I’m too busy. You’ll disorganize my whole morning schedule. I’m half an hour behind already.’
「だって、ぼくはすごく忙しいんだ。きみが来れば、ぼくの午前のスケジュールがすっかり狂っちゃう。あと三十分しかないからね」

[解説]
この behind は「(時刻に)遅れて」の意味。
修正訳     今だって30分遅れてるんだから。

●名詞、●前置詞
‘Isn’t it a gorgeous day.’ Miss Pulteney, the secretary-assistant, came sailing past her down the corridor on her way to lunch.
「すばらしい日じゃありません?」バルトニイ嬢はちらりと微笑をうかべながら、そういってすれちがった

[解説]
ここ、名前が重要なわけではないのでこのままでもよいが、正しくは「パルトニー」。
past her の前後の位置関係がわかりにくいが読み解くと、こうだ。(パルトニー嬢が)やってきて、ビクスビー夫人の傍らを颯爽と過ぎ、昼食をとりに出かけるべく廊下を遠ざかってゆく。訳はこのままでよいだろう。


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誤訳に学ぶ英文法11 『天国への登り道』の気になる表現

2009年07月09日 13時37分07秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『天国への登り道』の気になる表現 by 柴田耕太郎

今回は第5回『天国への登り道』の、表現として気になる部分を取り上げる。

天国への登り道 The way up to Heaven
[ストーリー]
フォ スター夫妻はニューヨークに住む富豪。なに不自由ない暮らしに見えるが、夫の底意地の悪さに妻は辟易している。その妻がパリにいる娘に会いに出かける当日 のこと。フライトの時間に間に合わないと焦る妻は、まだぐずぐず屋敷内にいる夫を呼びに玄関まで来た。そこで、夫が乗っているはずの奥のエレベータが中空 で停まっているのに気づく。瞬時ためらったが、知らないそぶりで、そのまま夫を置き去りにして空港へと急いだ。それから3週間。妻が自邸に戻ってみると、 どうやら夫は…。

●ことばの強さ
Mr Foster may possibly have had a right to be irritated by this foolishness of his wife’s, but he could have had no excuse for increasing her misery by keeping her waiting unnecessarily.
フォスター氏が、こういった夫人の馬鹿馬鹿しい仕打ちに腹をすえかねたのは、もっともだとしても、だからといって、必要以上に彼女を待たせ、いっそう夫人にみじめな気持ちを味わせていいというわけのものではあるまい。

[解説]
「腹にすえかねた」なら、何をしてもよいことになってしまいかねない。
「いらだって当然だったにしても」

●正確性
He had disciplined her too well for that.
こういう点については、実に良人はきびしかった

[解説]
訳はこれでよいだろうが、意味は「良人はよくしつけていた」

●誤用
She reached over and pulled out a small paper-wrapped box, and at the same time she couldn’t help noticing that it was wedged down firm and deep, as though with the help of a pushing hand.
と同時に、それが誰かの手で、奥の方へむりやりおしこめられてあったのだということが、夫人の頭にひらめいた

[解説]
wedge は状態動詞(くさびを入れて状態を保つ)、動的動詞(押し込む)のどちらにもとれるが、「…押し込められてあったのだ」と状態に訳すより「…押し込められ た」と行為に訳すほうが自然ではないか。「ひらめく」は「思いつきが頭に浮かぶ」ことで、cannot help ~ing の意味「《しまいと思っても》どうしても《つい》…してしまう」とはちょっとずれる。
「押し込められたのだと、思わずにはいられなかった」

●比喩の適正さ
The new mood was still with her.
あの新しい興奮はまだ、夫人の内部に息づいている。

[解説]
「内部に」では物みたいだ。「夫人の心(の中)に」

●ことばの古さ
She waited, but there was no answer.
しばらく待ってみたが、何のいらえもない。

[解説]
「いらえ」が「答え」「返事」の意味であることがわかる人がどれだけいるだろうか。
「何の返事もない」

*今回は表現に文句をつける箇所が少なかった。訳者が気合を入れて訳したのか、それとも下訳者が優秀なのか…


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誤訳に学ぶ英文法10 『ウィリアムとメアリイ』の気になる表現 ①

2009年07月06日 17時55分11秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『ウィリアムとメアリイ』の気になる表現 ① by 柴田耕太郎

今回は第3回、第4回『ウィリアムとメアリイ』の、表現として気になる部分を取り上げる。

ウィリアムとメアリイ William and Mary
[ストーリー]
ウィ リアムはオックスフォードの哲学教授。癌に侵され、余命いくばくもなくなったとき、医師のランディに、脳だけを生かす実験に協力するよう頼まれる。これを 受け入れる苦衷の決断をして死んでいったウィリアム。遺書で事の次第を読んだ妻のメアリイは、ランディ医師の病院に赴く。そこで彼女が見たものは…

●誤用
The solicitor was pale and prim, and out of respect for a widow he kept his head on one side as he spoke, looking downward.
顔色の悪いとりすました様子の事務弁護士は、未亡人のご機嫌をうかがうように、伏し目になりながら、小首をかしげて話をした。

[解説]
「小首をかしげる」は「疑問、思案」を想起させるが、原文は「遠慮、ためらい」を含意している。それがわかるように、意訳するしかないだろう。
「未亡人への配慮からか、眼を見ずにうつむき加減で切り出した。」

●意味ない強調
I haven’t even begun and already I’m falling into the trap. So let me get started now;
私はまだ話をはじめてもいないのにすでに罠にかかっているのだ。だから、私もこれからはじめるとしよう。

[解説]
誰に対する「私も」なのかわからない。「だから」も因果が読めない。自分の気持ちを切り替える表現にすると流れがよくなるだろう。
「さあ、さっさと」

●誤用
I am sure he was expecting me to jump when he said this, but for some reason I was ready for it.
そういったとき、彼はきっと、私がとびあがるとでも思ったにちがいないが、どうしたわけか、私はそれを予期していた。

[解説]
「予期」は「前もっての予想」。ここは「ひどいことを言われても取り乱さない覚悟」のこと。
「私の心構えはできていた」

●ことばのズレ
I’m at the stage now where I’m ready to have a go with a man. It’s a big idea, and it may sound a bit far-fetched at first, but from a surgical point of view there doesn’t seem to be any reason why it shouldn’t be more or less practicable.’
いまや、わしは人間に試してもいい段階まで来ている。大した研究だよ、これは。そりゃ、はじめはちょっと無理に思われるかもしれんが、外科の立場からみれば、まだ実行の段階でないという理由は、どこにもないようなのだ。

[解説]
far-fetched は「信じがたい」「荒唐無稽な」。「無理に」と意訳する必要はない。
「最初はちょっと信じがたく思われそうだが」

●色の感覚
There were some blue grapes on a plate beside my bed.
ベッドの横の皿に、青い葡萄がのっている。

[解説]
green と blue、青と緑は、日英語で範囲が微妙にずれる。葡萄の色は、我々日本人にすれば「暗紫色」(blue)または「淡緑色」(green)。
「紺色の葡萄」

●擬人化の是非
“Just lie still. Don’t move, I’m nearly finished.”
‘“So that’s the bastard who’s been giving me all those headaches,” the man said.’
「じっとしずかにねていたまえ。うごかしたりしちゃいかんよ。すぐ終るからね」 「『するとあの野郎のおかげで、頭が痛かったのだな』とその男はいった」

[解説]
the bastard は、この文の前にある「血のかたまり」を指す。擬人化するのはどうだろう。
「それのせいで」「そいつのおかげで」

●多義の形容詞の語義選択
The whole thing was just too awful to think about. Beastly and awful. It gave her the shudders.
一切のことがただただ、あまりのおそろしさに、考えることもできなかった。獣じみている上に、おぞましいことだ。

[解説]
亡き夫が脳だけを生かす実験に身を提供したことを知った妻の内面描写。
beastly は(1)獣のような(2)野蛮な、下品な(3)嫌な、など多義。ここでは(2)。
「下劣な」

●慣用表現
‘I want to speak to Mr Landy, please.’
‘Who is calling?’
‘Mrs Pearl. Mrs William Pearl.’
「ランディ先生にお話があるのですけれど」
「どなたですか?」
「パール夫人です。ウィリアム・パール夫人ですわ」

[解説]
たとえば山田太郎・花子夫妻の細君のほうを正式に呼ぶには英語では Mrs Taro Yamada とするので、訳は間違っていないが、ふつうの日本人に抵抗ない呼びかたにしたほうが、翻訳としてはよいだろう。
「ウィリアム・パールの妻です」

●リズム
What a queer little woman this was, he thought with her large eyes and her sullen, resentful air.
なんておかしな、小さな女なのだろう、と彼は思った。眼がでかくて、ぶあいそうな、怒りっぽい様子をして。

[解説]
訳語が長すぎて、意味が重くなってしまう。littleは意味範囲が広いが、ここは軽蔑的に 「けちな、チンケな、つまらない」に力点がある(queer を強調)ので「小ささ」をいいたいわけではない。
「変なばあさんだ」「変な女だ」といった所。

●語義選択
She was studying the eye closely, trying to discover what there was about it that gave it such an unusual appearance.
彼女は眼をしげしげと見ながら、このように異常な印象を眼に与えている原因を探ろうとした。

[解説]
夫 が脳髄と目玉だけになって生きながらえている様を見ての、夫人の感懐を叙した部分。what(the thing which)以下が、二重制限の節(the thing which ~ that -:~でいて-であるもの)になっている。 直訳すると「彼女は二つの眼を細かく調べた。眼のまわりに存在しているもので、眼にこのような尋常でない様子を与えるものを、発見しようとしながら。」 「異常な印象」では、強すぎる。語義を広げて、訳語をつける。
「なんともおかしな感じ」

●ことば足らず
‘And he can see me?’
‘Perfectly.’
‘Isn’t that marvelous? I expect he’s wondering what happened.’
「では、あたしが見えますの?」
「そりゃもう」
すてきじゃありません?どんなことになったのか、不思議に思っているんじゃないかしら

[解説]
間違いではないが、和文和訳しないと頭に入ってこない。
「すごいことね。彼、なにが起こったんだろうって、きっと思っているわ」

●訳のズレ
‘It’s my husband, you know.’ There was no anger in her voice. She spoke quietly, as though merely reminding him of a simple fact. ‘That’s rather a tricky point,’ Landy said, wetting his lips.
「あたしの良人ですのよ」その声に怒りはこもっていなかった。まるで、ひたすら彼に単純な事実を思い出さようとするかのように、静かにいうのだ。
そこが、どちらかといえば、まぎらわしいところですね」とランディはいって、唇をしめした。

[解説]
rather は通例、(1)あまりよくないことに関し(2)強いて選べといわれれば、の感じで(3)ふつうに思われるより意外と程度が高い、を示し、「かなり」「わり と」「むしろ」などの訳語を得る。tricky は「したり、扱ったりするのが、厄介である」こと。訳文は、少しズレている。
「そこがちょっと微妙なんですが」

*続きは『英文教室』ウェブサイト左下の[誤訳に学ぶ英文法]よりご覧ください。
http://www.wayaku.jp/

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