アイディ『英文教室』 柴田耕太郎 翻訳批評

『英文教室』主任講師 柴田耕太郎による翻訳批評

翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法9 『昨日は美しかった』(2) 悪訳編

2011年02月28日 11時43分46秒 | 誤訳に学ぶ英文法

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場の秘密』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007 は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10 ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
*誤訳・悪訳とも量が少なく、前回まとめて取り上げたので、翻訳する際、結構悩む「並列」について、ポイントを記す。


●並列の処理

並列の規則
(1)抽象的にいえば、
同一の①品詞 ②時制 ③機能(文型内での役割) ④要素(文の構成要素の程度) ⑤格(分類上の上下) ⑥範疇(分類上の項目) を等位で結ぶ。

(2)具体的にいえば、

  1. 品詞が同じ:名詞と名詞、副詞と副詞、形容詞と形容詞、…
  2. 時制が同じ:現在と現在、過去と過去、未来と未来、…
  3. 機能が同じ:主語と主語、述語と述語、目的語と目的語、…
  4. 要素が同じ:単語と単語、句と句、節と節、…
  5. 格が同じ:上位概念と上位概念、中位概念と中位概念、下位概念と下位概念、…
  6. 範疇が同じ:抽象名詞と抽象名詞、具象名詞と具象名詞、同じ観点、同じ偉さ、…

(3)易しい文例
1. The film starred Jean Pia and Jane Fonda.
(映画の主演はジャン・ピアとジェーン・フォンダだった)
名詞と名詞、目的語と目的語、単語と単語、人名と人名、の並列
2. I found her intelligent and friendly.
(彼女が聡明で親切なのがわかった)
形容詞と形容詞、補語と補語、単語と単語、人間の性質と人間の性質、の並列

これらのようにand の前後のバランスがとれているのが、由緒正しい並列。
だが、実際にはこのバランスが崩れている場合も、結構ある。以下に、その例を示す。

(4)並列の破格
1. One has only to look at their methods of town-planning and water-supply, their obstinate clinging to every thing that is out of date and a nuisance, …
(彼らの水利計画と都市設計のやり方、時代遅れでわずらわしいばかりのものへの執着、
…などを見さえすればよい)
[コメント]
副詞句と名詞が並列されている。共に、形容詞的に用いられている、と考えるべきか。

2. For the rest there were gondolas (with the lady trailing her hand in the water), clouds, sky, and chiaroscuro in plenty.
[コメント]
1, 2, 3,and 4 の並列だが、1、2、3 は視覚化できるのに対し、4 はできない(チアロスクロ画法:明暗を対比させる描法)。このまま訳すと、おかしな日本語になる。工夫が必要。
(副詞的に)
ほかに、明と暗のくっきりしたタッチでゴンドラ(水に手を浸す婦人がいる)、雲、空が描き込まれていた。
(独立文に)
そのほかは、行き交うゴンドラ(指先を水に浸す女性が描き込まれている)と空と雲。光と影が明暗を際立たせていた。

さて、これはどうだろう。
3. Considering our present advanced state of culture, and how the Torch of Science has now been brandished and borne about, with more or less effect, for five thousand years and upwards; how, in these times especially, not only the Torch still burns, and perhaps more fiercely than ever, but innumerable Rush-lights, and Sulphur-matches, kindled thereat, are also glancing in every direction, so that not the smallest cranny or doghole in Nature or Art can remain unilluminated, ― it might strike the reflective mind with some surprise that hitherto little or nothing of a fundamental character, whether in the way of Philosophy or History, has been written on the subject of Clothes.
[コメント]
短い名詞句と異様に長い副詞節の並列。しかも、その二つが頭でっかちで―のあとの本文に掛かっている。句と節、名詞と副詞、短い叙述と長い叙述、と三重に破格がるため、きわめて読み取りにくい。
how が先行詞the way を内包する(「…である事の次第」との訳がつく)、と考えれば、how 以下は名詞節となり、少しはこの悪文への、解釈へのとっかかりが得られるかも知れない。

実はこの文章、『通訳・翻訳キャリアガイド2009』(ジャパンタイムズ)に筆者が寄稿した「翻訳者の基礎力 英語を精確に読む」の一部。細かく、細かく読むことでしか、英文は正しく読めるようにはならない、ことを力説しています。知的レジャーとして、訳読に挑戦してみてください。


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翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法8 『昨日は美しかった』① 誤訳編

2011年02月25日 10時15分31秒 | 誤訳に学ぶ英文法

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007 は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルをとく気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、『飛行士たちの話』(早川書房、永井淳・訳)のなかの『昨日は美しかった』(YESTERDAY WAS BEAUTIFUL)。

誤訳度(悪訳度):
*** 致命的誤訳(悪訳)(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(悪訳)(原文の理解を損なう)
* 愛嬌的誤訳(悪訳)(誤差で許される範囲)


昨日は美しかった
[ストーリー]
ドイツ軍との空中戦で撃墜され、ギリシアの小島にパラシュートで降りた飛行士は、本土への船便を求め、集落に向かう。集落もドイツ軍の爆撃で、家屋の多くが崩れてしまっている。途中、ひとりの老人に出会い、村で唯ひとり船を所有する男の仮住まいを教えられる。その住まいには男の妻がいて、ドイツ軍の爆撃で娘を失った悲しみを語る。男の居場所を問う飛行士に、妻は集落のはずれにたたずむ老人(さっき会った老人)を指差す。

*永井淳は、ロアルド・ダールの幾人かいる訳者のうちでも、一番誤訳が少ない人だ。おまけに、ここで取り上げている短編はわずか3ページ半だから、誤訳も悪訳もじつは見当たらない。そこで、重箱の隅をほじくる類の批評を、思い切ってさせてもらうことにする。


HE BENT DOWN and rubbed his ankle where it had been sprained with the walking so that he couldn’t see the ankle bone.
彼は腰をかがめて、挫いた足の、歩きすぎでくるぶしの見分けがつかないほど腫れあがったところを、両手でマッサージした。

[解説]
二文に分解してみる。
He bent down and rubbed his ankle.
彼はかがんで、自分の足首(くるぶし)をさすった。
It had been sprained with the walking so that he couldn’t see the ankle bone in his ankle.
彼のくるぶしにおいては彼がくるぶしの骨が見られないほど、歩行によってそれはくじかれていた
it(それ)は何をさすのだろう。it は「文中で問題になっていること」をさす、という規則に従えば、「(くるぶしの)痛む部分」ということになろう。
永井の訳は、これでよろしいということになろう。


‘Dammit, there must be someone here,’ he said aloud, and he felt better when he heard the sound of his voice.
「くそっ、だれかいるはずだがな」と独りごとをいい、自分の声を聞いてやや気が晴れた。

[解説]
say aloud は「声に出していう」だから、独り言とは限らない。独り言をいうは、talk to oneself またはthink aloud 例:My mother often talks to herself.(母はよく独り言をいう)とはいえ、翻訳の誤差として充分許される範囲だ。


He walked on, limping, walking on the toe of his injured foot, and when he turned the next corner he saw the sea and the way the road curved around between the ruined houses and went on down the hill to the edge of the water.
びっこを引き引き、捻挫したほうの足を爪先立てて歩き続けた。つぎの角を曲がると、海と、カーブした道が崩れた家々のあいだを抜けて、海岸へと丘を下ってゆく方角へ眼を向けた。

[解説]
誤訳があるわけではないが、悪訳っぽい。「海」と並列する「カーブした道が崩れた家々のあいだを抜けて、海岸へと丘を下ってゆく方角」が長すぎてバランスが悪く、読むのが疲れる。
way は「方角」でなく、「道筋」だろう。これだけ長さのバランスが悪いと並列で処理するのはつらい。二文に分解するか、長いほうを短いほうに形容詞的にかけてやるとよい。

意訳例: つぎの角を曲がると、崩れた家々の間を道が回りこんで丘を下り汀につづく道筋が眼に入り、その先には広々とした海があった。


He had learned Greek from the people up around Larissa and Yanina.
彼はラリサやヤニナあたりの住民からギリシャ語を習っていた。

[解説]
「習っていた」では進行形にとれるが、learn は動的動詞。動的動詞の完了形は継続を含意せず、経験か完了ととるのが普通。またlearn は「学んで、習得する」で「習得」に力点がある。ゆえに、「地元の人から教わり、身につけていた」の意味となる。また、日本語では二つのものしか念頭になくとも「…や」とし、含みあるいは和らげを示すことがあるので、and を「や」として不可としないが、正しくは「…と」。

原文に沿った訳例: 彼はラリサとヤニナの住民からギリシア語を学んだ


‘Joannis is the one here who has a boat.’
「ここで船を持っているのはイオアンニスだよ」

[解説]
人名の読みかたは難しいが、これと同じ綴りの知り合いのギリシア人がかっていて、「ヤニス」と皆呼んでいた。そっちのほうが正しいのではないか。


‘Joannis has had a boat. His boat is white with a blue line around the top,’
「イオアンニスは船を持っておった。白い船で、へりに青い線の入ったやつだった」

[解説]
the top が多義でわかりにくい。「てっぺん」なら船の操縦室の上の部分。「表面」なら船の外側。「屋根」なら屋根の端。「最初」なら船の先端部。悔しいがわからない。どなたか教えてください。


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翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法7『おとなしい兇器』 その2

2011年02月24日 11時32分30秒 | 誤訳に学ぶ英文法
[続・誤訳に学ぶ英文法]

『おとなしい兇器』 その2 by柴田 耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。

『おとなしい兇器』は、このシリーズにしては珍しく誤訳・悪訳が少ない。この作品が載っている短編集『あなたに似たひと』は田村隆一の訳。他の短編は(すでに取り上げた『味』のように(実はそれでも誤りが少ない方)あやしい箇所がたくさんあるから、不思議だ。
以前、他のところにも書いたのだが、下訳の出来がよかったのではないか。田村のやり方は、下訳を和文和訳する体のもの(関係者の証言)だったというから、下訳恐るべし、だ。
田村訳の各短編の出来を比べてみたい(望むべくもないが、下訳者を明らかにした上で)が、それには当分時間が掛かるので、去年取り上げた開高健訳『キス・キス』の誤訳・悪訳数(基準を変えたので、本連載での指摘数とは若干異なる)を作品ごとに並べてみる。

明らかな誤訳:語法の無視/ 構文の取り違え/ 語義解釈の誤り、と
悪訳:原文と和文で理解の誤差が生ずるもの/ 日本語として不適切な表現/ 用語等の間違い、に分けて、『キス・キス』内の各短編を調べてみたところ、どうしても許せない誤訳・悪訳箇所---この判断は中野好夫のことば*に従う---だけで以下に記した通り。
*「この問題ではたしか中島健蔵が名言を吐いたことがあり、たしかそれは、『とにかく引用して恥をかかないだけの翻訳でありたい』というのであったように思う。すこぶる謙虚な、人間の限界を心得た名言だと思う」(『酸っぱい葡萄』みすず書房)

        誤訳     悪訳
「女主人」(全9ページ)             7        7
「ウィリアムとメアリイ」(25)          7       3
「天国への登り道」(12)             3       4
「牧師のたのしみ」(21)            6       21
「ビクスビイ夫人と大佐のコート」(15)    11      15
「ローヤル・ジェリイ」(24)            14       5
「ジョージ・ポーギイ」(21)               21        7
「誕生と破局」(7)                      4          2
「暴君エドワード」(17)                 26        12
「豚」(17)                              9        1
「ほしぶどう作戦」(18)                 10        4

誤訳の最悪は『暴君エドワード』
1ページ当りの誤訳が1, 5(最良は『天国への登り道』で0,25)
悪訳の最悪は『牧師の楽しみ』
1ページ当りの悪訳が1,0(最良は『豚』で0,06)

作品ごとの難易度は同じ作者のエンターテインメント作品だからたいしてないと思われるから、この作品による出来のばらつきを下訳の質に帰したい気がするが、読者の判断はどうだろうか。


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翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法6『おとなしい兇器』

2011年02月14日 10時52分36秒 | 誤訳に学ぶ英文法

続・誤訳に学ぶ英文法6『おとなしい兇器』 by柴田 耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度(または悪訳度)を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、『あなたに似た人』(早川文庫、田村隆一・訳)のなかの『おとなしい兇器』(LAMB TO THE SLAUGHTER)

誤訳度(悪訳度):
*** 致命的誤訳(悪訳) 原文を台無しにする
**   欠陥的誤訳(悪訳) 原文の理解を損なう
*     愛嬌的誤訳(悪訳) 誤差で許される範囲

(ストーリ)
メアリ・マローニは警察官の妻。日勤から帰宅した夫に突然、離婚を告げられる。呆然としたまま、食事の支度にとりかかろうとするが、窓際から外を眺める夫を見て、思わず持っていた羊肉の塊で撲殺してしまう。アリバイ作りに食料品店で買い物し、羊肉はオーブンに入れ、刑事たちの到着を待つ。自分に優しくしてくれる刑事たちに、夫が食べるはずだった羊肉を供するが、誰一人、これが当の兇器だったと疑うものはいない…。

*今回は、間違いは少ないので、誤訳と悪訳を一緒に取り上げます。

悪訳 *   誤訳(現在分詞)**   悪訳 *   誤訳(副詞)***
 Mary Maloney was waiting for her husband to come home from work.
 Now and again she would glance up at the clock, but without anxiety, merely to please herself with the thought that each minute gone by made it nearer the time when he would come. There was a slow smiling air about her, and about everything she did. The drop of the head as she bent over her sewing was curiously tranquil. Her skin ---for this was her sixth month with child---had acquired a wonderful translucent quality, the mouth was soft, and the eyes, with their new placid look, seemed larger, darker than before.
ときおり、顔をあげて、彼女はよく時計に目をやったものだが、それは気がかりや心配からじゃなくて、刻一刻と時がすすむにつれて、それだけ夫の帰ってくる時間に近づくのだ、そういった愉しい気持ちからだった。だから、彼女がなにをするのにも、そのまわりには、なにかしら心のあたたまる雰囲気がただよっている。時計を見てから、また縫物をつづけるために、うつむいた彼女の頭のあたりにも、いうにいわれぬ平安さがみちていた。彼女のはだは、これは妊娠六ヶ月のせいなのだが、まるですき透るように白くなっていて口もとはやさしく、いまおだやかな光をみせたばかりの彼女の眼は、まえよりもいっそうおおきく見ひらかれ、深い色をたたえているかのようだ。

「からじゃなくて」悪訳 
叙述の部分なのだから、口語は避けたほうがよい。口語になっているのは、この箇所だけなので、バランス上からもおかしい。

修正訳:「からではなく」



「心のあたたまる雰囲気がただよっている」誤訳 
「心あたたまる」は叙述側の感懐を示す。自動詞の現在分詞形の形容詞smilingは、次の名詞air(可算名詞化して「雰囲気」の意味)の様態を記す。「微笑んでいる(雰囲気)」→「晴れ晴れとした(雰囲気)」。slowはこの場合「のんびり、ゆったりしていること」。

修正訳:「ほのぼのとした明るい雰囲気がただよっている」



「はだ」悪訳 
漢字のほうが読みやすい。

修正訳:「肌」



「いまおだやかな光をみせたばかりの彼女の眼は」誤訳 
このnewは「妊娠することで新たに獲得した」の意味。このあたり直訳すると「口元はすべすべしており、また眼は、それが新たに獲得した落ち着いた様相を持っており、以前より大きく黒いように見えた」

修正訳:「彼女の眼はおだやかさを増し」


悪訳 **
All right then, they would have lamb for supper. She carried it upstairs, holding the thin bone-end of it with both her hands, and as she went through the living-room, she saw him standing over by the window with his back to her, and she stopped.
これでいい、夕食は羊肉にしましょう。骨のはじを両手でさげて一階へ上る、居間を通ろうとすると、夫が背をむけて窓ぎわに立っていた。彼女は立ち止まる。

「骨のはじ」悪訳 *
一つの羊肉の塊のうち、肉がたっぷりついた大腿部の部分と、その先の骨が突き出ている脚の部分ののうち、後者をいっているが、この訳では舌足らず。

修正訳:「ももの先の骨の部分」


誤訳(名詞) **
The violence of the crash, the noise, the small table overturning, helped bring her out of the shock.
はげしい暴力と、そのもの音、ちいさなテーブルがひっくりかえったありさまに、彼女はやっとわれにかえった。

「はげしい暴力と、そのもの音、ちいさなテーブルがひっくりかえったありさまに」誤訳
The violence of A, B, C,全体が主部を構成し、A、B、Cは並列。violenceは「すさまじさ」。crashは「物が倒壊するときに起す轟き」。noiseはこの場合「crashに伴って起こる雑音」。後頭部を殴られた男が、ドスンと倒れるときの音、それに伴う雑音、巻き添えでちいさなテーブルがひっくり返る音、それらが合い俟ってすさまじい物音となり、それが彼女を正気にさせた、のである。

修正訳:「その倒れ方があまりにすさまじく、騒音を撒き散らし、ちいさなテーブルも巻き添えにひっくり返されたので」


誤訳(イディオム) *
 And now, she told herself as she hurried back, all she was doing now, she was returning home to her husband and he was waiting for his supper;
さて---家へ急ぎながら、彼女は心のなかでつぶやく。このわたしは、食事を待っている夫のもとへ帰っていくところなんだわ。

「心のなかでつぶやく」誤訳
tell oneselfは「自分にいいきかせる」。「心のなかで言ってみる」はsay to oneself。つぶやく=ひとりごつ=ひとりごとをいう、はthink aloud。talk to oneself。

修正訳:「自分に言い聞かせた」


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翻訳コラム―続・誤訳に学ぶ英文法5『執事』 悪訳編

2011年02月10日 09時39分21秒 | 誤訳に学ぶ英文法

『執事』その2 悪訳編 by柴田耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場の秘密』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と悪訳度を示したうえ、原文と邦訳、悪訳箇所を掲げます。どう問題なのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、『王女マメーリア』(早川文庫、田口俊樹・訳)のなかの『執事』(Butler)

悪訳度:
*** 致命的悪訳(原文を台無しにする)
**   欠陥的悪訳(原文の理解を損なう)
*     愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲)

(ストーリ)
成金のジョージ・クリーヴァーは、己の上昇志向を満たすため、一流料理と一流ワインで上流階級の人々をもてなしはじめた。主宰の晩餐会では、にわか勉強で、ワインの薀蓄を傾ける。ひょんなことから、晩餐会の席上、ワイン鑑識眼のことで執事を罵倒するが、じつは自分たちが一流ワインだと思って飲んでいたものは、三流ものだったことが分かってしまう。

語感 *
AS SOON AS GEORGE CLEAVER had made his first million, he and Mrs Cleaver moved out of their small suburban villa into an elegant London house.
百万という富を初めて築くとすぐ、ジョージ・クリーヴァーは夫人とともに郊外の小さな家を引き払い、ロンドンの高級住宅街に移り住んだ。

解説:
この表現、何か落ち着かない。millionはイギリスだからポンドだろう。直訳すれば「自分の最初の百万ポンド(をつくるとすぐ)」。「最初の」から「その後もつくり続けた」が含意される。元訳では「初めて築く」に力点があり、その築き方やその時の感動などがこれから述べられるのかなと思ってしまう。また「百万という富」の表現は、書き出しに持ってくるには安定が悪い、「百万」と具体的数値にしたため、その単位は何か考えてしまい「富」の実感が湧かないからである。

修正訳:

初めて百万ポンドの大金を手にすると、ジョージ・クリーヴァーは夫人とともに郊外の小さな家を引き払い、ロンドンの高級住宅街に移り住んだ。


俗語 *
Terrific, ain’t it?
(それがこのワインにこうごうしい渋みを与えているのであります。)すごいじゃねえですか?


解説:
気取ってみても言葉でお里が知れる、というところ。確かにain’tはis notの縮約形で卑俗な言い方だが、もう少し自然なしゃべりにならないか。たとえば、尊敬語と謙譲語の誤用などに変える。
修正訳:
(それがこのワインにこうごうしい渋みを与えているのであります。)私は驚かれました。


形容詞 *
You are very fortunate, sir,’ the butler murmured, backing out of the room.
でしたら旦那様は大変幸運な方なのでございましょう」そうつぶやいて執事は部屋を出ていった。

解説:
元訳では執事の皮肉が伝わらない。ここ、本人の思い込みが強く、周囲からは若干あきれられている様子が見てとれる。

修正訳:

いや旦那様はじつに幸せな方でいらっしゃいますね」そうつぶやいて執事は部屋を出ていった。

説明 *
Hogwash!’ said Mr Cleaver.
そんなものは豚の餌だ(ホッグワッシュ)!」とクリーヴァー氏は言った。

解説:このカッコの説明は何のため(本当はふりがななのだが、打てないためカッコにした:筆者)「豚の餌」の原語は「ホッグワッシュ」なのだよ、といいたいのだろうか。
ろうか。でもそれで読者の理解が進むとは思えない。「豚の餌」というのは「くだらないこと」の意味で使われているのだから、ここは単に意味を訳出すればすむところではないか。

修正訳:
そんなのはたわごとだ!」とクリーヴァー氏は言った。


動詞 *
I don’t believe him!’ Mr Cleaver cried out to his guests. ‘The man’s gone mad.’
あいつの言うことを聞いちゃいかん!」とクリーヴァー氏は客たちに向かって叫んだ。
「あいつは狂ってしまった」

解説:
日本語だけ読んでも、賓客に向かってこんな言い方はしない、と思うはずだ。believe+人は、「人のいうことを信ずる」の意。ちょっと、訳しすぎではないか。

修正訳:
こいつの言うことなぞ信じませんぞ」とクリーヴァー氏は客たちに向かって叫んだ。「こいつは狂ってしまった」


イディオム **
‘Great wines,’ the butler said, ‘should be treated with reverence. It is bad enough to destroy the palate with three or four cocktails before dinner, as you people do, but when you slosh vinegar over your food into the bargain, then you might just as well be drinking dishwater.’
「一級のワインというものは」と執事は言った。「敬意をもってしかるべく取り扱われなければなりません。みなさんがおやりになっているように、ディナーのまえにカクテルを三杯も四杯も飲めば、それだけで味覚を殺してしまうのに充分なのに、さらになんでもかんでも酢を振りかける。もうそうなってしまえば、皿をあらったあとのよごれ水でも飲んでいればいいんです


解説:
might(may) as well do (as ~)は「(~するぐらいなら)…したほうがよい」。ここは「酢をじゃんじゃん振り掛けるくらいなら、洗い水でも飲んでいたほうがまし」といっている。何も元訳のようにひねくり回す必要はあるまい。

修正訳:
「一級のワインというものは」と執事は言った。「敬意をもってしかるべく取り扱われなければなりません。みなさんがおやりになっているように、ディナーのまえにカクテルを三杯も四杯も飲めば、それだけで味覚を殺してしまうのに充分なのに、さらになんでもかんでも酢を振りかける。それじゃせっかくのワインが洗濯水を飲んでいるのと変りなくなってしまいます

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翻訳コラム-続・誤訳に学ぶ英文法4『執事』その1 誤訳編

2011年02月03日 10時17分43秒 | 誤訳に学ぶ英文法
続・誤訳に学ぶ英文法『執事』その1誤訳編

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、『王女マメーリア』(早川文庫、田口俊樹・訳)のなかの『執事』(Butler)
*原文3頁の短いものなので、指摘が細かくなること、承知ください。

誤訳度:
*** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
**   欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
*         愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)

(ストーリ)
成金のジョージ・クリーヴァーは、己の上昇志向を満たすため、一流料理と一流ワインで上流階級の人々をもてなしはじめた。主宰の晩餐会では、にわか勉強で、ワインの薀蓄を傾ける。ひょんなことから、晩餐会の席上、ワイン鑑識眼のことで執事を罵倒するが、じつは自分たちが一流ワインだと思って飲んでいたものは、三流ものだったことが分かってしまう。

名詞 **   イディオム ** 
With the help of these two experts, the Cleavers set out to climb the social ladder and began to give dinner parties several times a week on a lavish scale.
が、このふたりのエキスパートの助けを得て、クリーヴァー夫妻は社交界の階段を昇りはじめ、週に数回豪勢なディナー・パーティーを開くようになった。

解説:
the social ladderは「社会階層」。イギリスは上流、中流、下流の階層社会であるとよく言われるが、それぞれの階層の中がさらに細かく分かれている。「社交界の階段」では、すでにそこに入っていて、より高く昇ろうとしている、と読めてしまう。ここは、例えば中流の中であったクリーヴァー夫妻が、中流の上、上流の下、さらに…、と社会階層を上げてゆくことを言っている。またset out to doは「…しようと試みる」の意。

修正訳:
が、このふたりのエキスパートの助けを得て、クリーヴァー夫妻は上の階級に入ろうとし、週に数回豪勢なディナー・パーティーを開くようになった。

イディオム ** 
They were in fact so huge that even Mr Cleaver began to sit up and take notice.
で、クリーヴァー氏は急にワインに関心を示しはじめた

解説:
執事に命じて購入したワインの値段が法外なのを思い知ったクリーヴァー氏の態度を叙した箇所。sit up and take noticeは「ぎょっとする」。直訳すれば「それらのワインの価値は実際にあまりに途方もないのでクリーヴァー氏でさえ驚きはじめた」
修正訳:
それで、さすがのクリーヴァー氏でさえ、思わず眼を剥いた

名詞 ***   名詞 ***   動詞*** 
Then you take a mouthful and you open your lips a tiny bit and suck in air, letting the air bubble through the wine.
それから口いっぱいに舌をやや広げまして空気と一緒に吸いこむのでございます。

解説:
ワイン通ぶって、この訳文どおりのことを人に説いたら失笑されてしまうだろう。誤訳恐るべし。
直訳は「少量を含み、口を少し開き、空気を吸い込み、その空気がワインを通して泡立つようにさせる」。mouthfulは「一口;少量」。lipは広義では「口のあたり」だが、「舌」を単独で指すことはない。suckは他動詞と自動詞あるが、ここは他動詞で「…を吸いこむ」、inは副詞で「中に」。

修正訳:
それからワインを一口含んで口をうすく開けてそのまま空気を吸い込んで、口の中のワインと混ざるようにするのです。

副詞 **   名詞 *
‘What’s the matter with the silly twerps? Mr Cleaver said to Tibbs after this had gone on for some time. ‘Don’t none of them appreciate a great wine?’
そういうことがあってからしばらく経って、クリーヴァー氏はティブスに言った。「あの低脳の不愉快な連中はいったいどうしたというんだ?だれひとりこの偉大なワインの味がわからないじゃないか」

解説:
直訳は「こうしたことが或る期間続いてしまったあとに」。thisは「上に述べたような状況」。go onはイディオムで「(事態が)続く」(onは副詞で「ずんずん、どんどん」の意)。「しばらく経って」ではなく、「しばらく続いて」なのだ。「低脳の不愉快な」は言葉の並びが悪いし、だらだらしている。ここは同じような意味を重ねてリズムを出し、悪態の度を高める表現だから、日本語ならどういうか、で訳語を考えたほうがよい。

修正訳:
そういうことがしばらく続いた後、クリーヴァー氏はティブスに言った。「あのくそバカどもはいったいどうしたというんだ?だれひとりこの偉大なワインの味がわからないじゃないか」

形容詞 *** 
‘I believe, sir, that you have instructed Monsieur Estragon to put liberal quantities of vinegar in the salad-dressing.’
「私が思いますに、旦那様、旦那様はムッシュー・エストラゴンに、サラダ・ドレッシングに通常の量の酢を、入れさせておいででございますね?」

解説:
liberalは多義だが、この場合は「たくさんの、豊富な」の意。
修正訳:
「私が思いますに、旦那様、旦那様はムッシュー・エストラゴンに、サラダ・ドレッシングに大量の酢を、入れさせておいででございますね?」


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翻訳コラム-続・誤訳に学ぶ英文法3『味』その3悪訳編

2011年02月02日 10時20分55秒 | 誤訳に学ぶ英文法
『味』その3 悪訳編 by柴田耕太郎

文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と悪訳度を示したうえ、原文と邦訳、悪訳箇所を掲げます。どう問題なのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、『あなたに似た人』(早川文庫、田村隆一・訳)のなかの『味』(Taste)

悪訳度:
*** 致命的悪訳(原文を台無しにする)
**   欠陥的悪訳(原文の理解を損なう)
*        愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲)

(ストーリ)
マイク・スコウフィールド家の晩餐会。当主のマイクと来賓のリチャード・プラットがワインの銘柄当ての賭けをすることになった。プラットは自宅と別荘を、マイクは何と自分の娘を賭けた。わかるはずがないと、高を括っていたマイクだが、プラットはボルドー、メドック、サン・ジュリアンと正しく地域を狭めてゆき、ついに「シャトー・ブランネール・デュクリュー」と言い当てた。勝ち誇るプラットが青ざめるマイクに約束の履行を迫った。と、その時、静かに控えていた老婆のメイドが、マイクのインチキを暴露する。

掛かり方 *
He refused to smoke for fear of harming his palate, and when discussing a wine, he had a curious, rather droll habit of referring to it as though it were a living being.
彼は、味覚のそこなわれるのをなによりも恐れて、タバコはやらなかったし、話が葡萄酒のこととなると、まるで人間のことでも喋っているような奇妙な、いや、私に言わせれば滑稽な癖があった。

[解説]
言葉のつながり(喋っているような…癖)がおかしい。
修正訳:彼は、味覚のそこなわれるのをなによりも恐れて、タバコはやらなかったし、話が葡萄酒のこととなると、それが人間ででもあるかのようにしゃべる、奇妙な、いや、私に言わせれば滑稽な癖があった。

言葉の誤用 *
Mike had then bet him a case of the wine in question that he could not do it.
で、マイクは、彼にあてられそうもないやつにワインを一函賭けた。

[解説]
in questionは「当該の」(ワイン)。do itは「名前を当てる」。bet O1 O2 that ~ で「きっと…だとO1に(対し)O2を賭ける」。「やつ」はまずいだろう。
修正訳:で、マイクは、相手が当てられない方に当のワインを一箱賭けた。

訳語選択 *
‘Come on, then,’ Mike said, rather reckless. ‘I don’t give a damn what it is ---you’re on.’
「さあいいよ、どんなものでもかまわない」とマイクは無鉄砲な調子で言った。

[解説]
「無鉄砲な奴」「無鉄砲な行動」はよいが、「無鉄砲」と「調子」はコロケーションが悪い。
修正訳:「さあいいよ、どんなものでもかまわない」とマイクは無頓着な感じで言った。

副詞 *
‘You ought to be ashamed of yourself, Michael, even suggesting such a thing! Your own daughter, too!’
「あなた、よくも恥ずかしくないわね、そんなことを言い出したりなんかして!おまけに自分の娘だというのに」

[解説]
「そんなこと(結婚を賭けの対象にすること)を言い出すことさえ、恥じ入るべきなのに、おまけにその対象が自分の娘だなんてとんでもない」という意味。このtooは、evenと対で「しかも」の意味。
修正訳:「あなた、よくも恥ずかしくないわね、そんなことを言い出したりなんかして!しかも自分の娘よ」

訳語 *
‘Good!’ Mike cried. ‘That’s fine! Then it’s a bet!’
‘Yes,’ Richard Pratt said, looking at the girl. ‘It’s a bet.’
「えらい!」マイクは叫んだ、「よし、さあ、賭だ!」
「そう、賭だね」リチャード・プラットは娘を見守りながら言った。

[解説]
娘が承諾したので、賭けが成立したと、マイクが叫ぶ。それに応じてリチャードが、娘をじろじろ見たまま、同じ文句を繰り返すところ。プラットにはさもしい心があるのだから、「娘を見守る」はまずい。前のa betは「賭」だが、後のa betは「賭の対象物、すなわち娘」と読むべきところ(訳に出すのは難しいが)。
修正訳:「えらい!」マイクは叫んだ、「よし、さあ、賭だ!」
リチャード・プラットは娘を嘗め回すように見ながら、言った「賭だよ」

訳し過ぎ *
He swirled the wine gently around in the glass to receive the bouquet.
芳香をとらえようとして、グラスをゆすりながら、葡萄酒をしずかに泡立たせていた。

[解説]
bouquetはワインの三要素(英語でfragrance。他の二つはbody、color)の一つ。原文からは「泡立たせる」の訳語が出てこないが?そもそもそんなにかき回しては、bouquetがわからなくなる。
修正訳:芳香をとらえようとして、グラスのなかでゆっくりとワインをころがした。


訳語選択 *
‘Now---from which commune in Medoc does it come?
それではと、メドックのどの自治区の産か?

[解説]
communeはフランスの最小行政区(日本の小ぶりの市、町、村)。「自治区」では「パリ・コミューン」か「多民族国家」みたいだ。ワインの話だからオシャレにそのままカタカナで「コミューン」でどうか。または「村」「地区」。
修正訳:それではと、メドックのどのコミューンの産か?

主体 **
But the maid didn’t go away. She remained standing beside and slightly behind Richard Pratt, and there was something so unusual in her manner and in the way she stood there, small, motionless and erect, that I for one found myself watching her with a sudden apprehension.
だが、メイドはそこをはなれなかった。リチャード・プラットのすぐ後ろに、じっと立っていた。彼女の態度と、じっと身動きもせずに直立している姿に、なにか異常なものがあったので、私は、ハッとするような感じで、思わず彼女を見つめていた。

[解説]
sudden apprehensionは「ハットするような感じ」はあいまい。直訳すると「突然の懸念」。何の懸念かというと、リチャードが何か悪いことをしたのではないか、という疑い。
修正訳(当該部分):彼女の態度と、じっと身動きもせず直立している姿に、なにか異常なものがあったので、ひょっとしたら、という思いが急にこみ上げてきた。


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