文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場の秘密』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007 は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10 ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
*誤訳・悪訳とも量が少なく、前回まとめて取り上げたので、翻訳する際、結構悩む「並列」について、ポイントを記す。
●並列の処理
並列の規則
(1)抽象的にいえば、
同一の①品詞 ②時制 ③機能(文型内での役割) ④要素(文の構成要素の程度) ⑤格(分類上の上下) ⑥範疇(分類上の項目) を等位で結ぶ。
(2)具体的にいえば、
- 品詞が同じ:名詞と名詞、副詞と副詞、形容詞と形容詞、…
- 時制が同じ:現在と現在、過去と過去、未来と未来、…
- 機能が同じ:主語と主語、述語と述語、目的語と目的語、…
- 要素が同じ:単語と単語、句と句、節と節、…
- 格が同じ:上位概念と上位概念、中位概念と中位概念、下位概念と下位概念、…
- 範疇が同じ:抽象名詞と抽象名詞、具象名詞と具象名詞、同じ観点、同じ偉さ、…
(3)易しい文例
1. The film starred Jean Pia and Jane Fonda.
(映画の主演はジャン・ピアとジェーン・フォンダだった)
名詞と名詞、目的語と目的語、単語と単語、人名と人名、の並列
2. I found her intelligent and friendly.
(彼女が聡明で親切なのがわかった)
形容詞と形容詞、補語と補語、単語と単語、人間の性質と人間の性質、の並列
これらのようにand の前後のバランスがとれているのが、由緒正しい並列。
だが、実際にはこのバランスが崩れている場合も、結構ある。以下に、その例を示す。
(4)並列の破格
1. One has only to look at their methods of town-planning and water-supply, their obstinate clinging to every thing that is out of date and a nuisance, …
(彼らの水利計画と都市設計のやり方、時代遅れでわずらわしいばかりのものへの執着、
…などを見さえすればよい)
[コメント]
副詞句と名詞が並列されている。共に、形容詞的に用いられている、と考えるべきか。
2. For the rest there were gondolas (with the lady trailing her hand in the water), clouds, sky, and chiaroscuro in plenty.
[コメント]
1, 2, 3,and 4 の並列だが、1、2、3 は視覚化できるのに対し、4 はできない(チアロスクロ画法:明暗を対比させる描法)。このまま訳すと、おかしな日本語になる。工夫が必要。
(副詞的に)
ほかに、明と暗のくっきりしたタッチでゴンドラ(水に手を浸す婦人がいる)、雲、空が描き込まれていた。
(独立文に)
そのほかは、行き交うゴンドラ(指先を水に浸す女性が描き込まれている)と空と雲。光と影が明暗を際立たせていた。
さて、これはどうだろう。
3. Considering our present advanced state of culture, and how the Torch of Science has now been brandished and borne about, with more or less effect, for five thousand years and upwards; how, in these times especially, not only the Torch still burns, and perhaps more fiercely than ever, but innumerable Rush-lights, and Sulphur-matches, kindled thereat, are also glancing in every direction, so that not the smallest cranny or doghole in Nature or Art can remain unilluminated, ― it might strike the reflective mind with some surprise that hitherto little or nothing of a fundamental character, whether in the way of Philosophy or History, has been written on the subject of Clothes.
[コメント]
短い名詞句と異様に長い副詞節の並列。しかも、その二つが頭でっかちで―のあとの本文に掛かっている。句と節、名詞と副詞、短い叙述と長い叙述、と三重に破格がるため、きわめて読み取りにくい。
how が先行詞the way を内包する(「…である事の次第」との訳がつく)、と考えれば、how 以下は名詞節となり、少しはこの悪文への、解釈へのとっかかりが得られるかも知れない。
実はこの文章、『通訳・翻訳キャリアガイド2009』(ジャパンタイムズ)に筆者が寄稿した「翻訳者の基礎力 英語を精確に読む」の一部。細かく、細かく読むことでしか、英文は正しく読めるようにはならない、ことを力説しています。知的レジャーとして、訳読に挑戦してみてください。