アイディ『英文教室』 柴田耕太郎 翻訳批評

『英文教室』主任講師 柴田耕太郎による翻訳批評

翻訳コラム-続・誤訳に学ぶ英文法2『味』その2

2011年01月31日 09時36分12秒 | 誤訳に学ぶ英文法
イディオム **
 ‘I’m telling you I can. Though I say it myself, I understand quite a bit about this wine business, you know. And anyway, heavens alive, girl, I’m your father and you don’t think I’d let you in for---for something you didn’t want, do you? I’m trying to make you some money.’
「はっきり言えるさ。自分が言うのもなんだが、葡萄酒のことにかけては、私もすこしは知っているつもりだ。そうだろう。とにかく、神かけて言うが、私はおまえの父親なんだし、それにおまえをだます---おまえのいやがることを私がごまかそうとしているなんて考えちゃいけないよ。私はおまえのためにお金を儲けてやろうと思っているんだよ」

[解説]
let one in forはイディオムで「人を面倒に巻き込む」

修正訳(当該部分):
「…。とにかく、神かけて言うが、私はおまえの父親なんだし、---おまえをいやがることに巻き込もうとしているなんて考えちゃいけないよ。私はおまえのためにお金を儲けてやろうと思っているんだよ」


副詞 ***
‘I’m sorry, my dear,’ Pratt said, ‘but I simply cannot have smoking at table.’
「失礼、どうも私は、食卓でタバコが喫えないのでね」とプラット。

[解説]
外 的事情で自分がタバコを喫えないみたいに感じられる。simply cannot「絶対にできない」。canは能力・可能性。haveは(1)心に持つ (2)身体に持つ (3)周辺に持つ (4)状況として持つ、のうち(3)。「自分が喫えない」のでなく「人が喫うのが許せない」のだ。

修正訳:「失礼、どうあっても食卓でのタバコはダメです」とプラット。


副詞 **
He held the breath, blew it out through his nose, and finally began to roll the wine around under the tongue, and chewed it, actually chewed it with his teeth as though it were bread.
それから息をとめて、鼻から吐き出した。そしていよいよ舌で酒をころがして、それを噛んだ。まるでパンみたいに、ほんとに歯で噛んだのだ。

[解説]
①    ワインを転がす(行為:動詞)→あちこちに(大まかな位置:副詞)→舌の下で(具体的な場所:前置詞句)。
②    ワインを転がす(移動:他動詞+副詞)→舌の下に(方向:前置詞句)
二つにとれると思う。本当に前置詞はやっかいだ。この点、助詞が位置・方向をはっきりさせてくれる日本語はよいものだ。流れから、②をとりたい。
修正訳:それから息をとめて、鼻から吐き出した。そしていよいよ舌の下にワインを転がし、それから噛んだ。まるでパンみたいに、ほんとに歯で噛んだのだ。

イディオム *  **
 ‘Now we can start to eliminate,’ he said. ‘You will pardon me for doing this carefully, but there is much at stake. Normally I would perhaps take a bit of a chance, leaping forward quickly and landing right in the middle of the vineyard of my choice.
「では、消去にとりかかるかな。念入りにやらせていただきますよ。おまけに賭ときている。ふだんなら、ちょっとしたチャンスをきっかけに、思いきってとびこんでいって、こうとにらんだ葡萄園のどまんなかをピシッとおさえられるんだが。」

[解説]
at stakeは「問題となって」
take a chanceは「危険を冒す」

修正訳:「では、消去にとりかかるかな。念入りにやらせていただきますよ。でも問題点は多い。ふだんなら、チョッピリ危険を冒して、思いきってとびこんでいって、こうとにらんだ葡萄園のどまんなかをピシッとおさえられるんだが。」

名詞 ***  名詞 *** 現在分詞形の形容詞 *** 使役 ***
 He paused again, closing his eyes. ‘I am trying to establish the “growth”,’ he said. ‘If I can do that, it will be half the battle. Now, let me see. This wine is obviously not from a first-growth vineyard---nor even a second.It is not a great wine. The quality, the ---the---what do you call it? ---the radiance, the power, is lacking. But a third growth---that it could be. And yet I doubt it. We know it is a good year---our host has said so---and this is probably flattering it a little bit. I must be careful. I must be very careful here.’
 He picked up his glass and took another small sip.
 ‘Yes,’ he said, sucking his lips, ‘I was right. It is a fourth growth. Now I am sure of it. A fourth growth from a very good year---from a great year, in fact. And that’s what made it taste for a moment like a third---or even a second-growth wine. Good! That’s better! Now we are closing in! What are the fourth-growth vineyards in the commune of St Julien?’
「ではまず、<格付銘柄>の認定からかかる。それができさえすりゃあ、しめたもんだ。さてと、この酒は、あきらかに格付銘柄として第一級ではない、いや、第二級でもないぞ。最上作の年代のものじゃないな、この性質、その、そう、なんといったらいいか、輝き、力、そういったものが欠けている。しかし、第三級、うん、これはありうる。だが、まだ疑わしいぞ。上作だった年代のものだそうだが---これは、さっきご主人が言われたけど、すこしばかりハッタリがある。あぶない、ここがあぶないぞ」
彼はグラスをとりあげ、一口すすってみた。
「よろしい」そういって彼は唇をなめた。「やっぱりよかった。これは第四級。たしかです。絶対に最上作の第四級だ。それがちょっとの間、第三級か第二級のような味さえしてきたのだ。よろしい!ますますよろしい。さ、もうすぐだ。サン・ジュリアン地区にある第四級の葡萄園はどれか?」

[解説]
growthは「等級」
great wineは「有名銘柄ワイン」
flatteringは他動詞の現在分詞形の形容詞「…を実物以上によく見せる」
make it taste ~ は(S)V O Cで「それ(等級の低いワイン)を…のような味がするようにさせる」

修正訳:「ではまず、等級の確定からはじめよう。それさえできれば、半分勝ったようなものだ。さて、いいかな。このワインは明らかに第一等級の葡萄園のものではないし、第二等級でもない。有名銘柄ワインではない。質は、そのなんて言ったっけ---輝き、力、が欠けている。だが第三等級ではありうる。いやいや、違うな。当たり年のものだ---そうご当主はさっき言われた---それで、実際以上にこのワインをよく見せたのだ。注意しなきゃ。ここんところは十分に注意しなければ。」
彼はグラスを上げ、またわずかばかり口に含んだ。
「そうだ」唇をなめながら言った「やっぱりそうだ。これは第四等級。自信をもってそう言える。当たり年---つまり大収穫年の、第四等級。それが、このワインを少しの間第三等級---いや第二等級ともとれるような味に見せかけたんだ。いいぞ。分かってきた。だんだん近づいてきた。サン・ジュリアン地区で第四等級の葡萄園といったら?」

* 人の翻訳にケチをつけたくないが、この箇所の元訳はちょっとひどい。この田村隆一・訳を「名訳」と呼ぶ書評(評者名は失念)を、以前朝日新聞の読書欄で見 かけたが、ちゃんと読んだうえでの批評なのだろうか。また、この作品『味』はワインを題材にした傑作との世評があるが、原文はそうだとしても、元訳で原産 地をあててゆく推理が楽しめるだろうか。

イディオム *
 ‘Ah!’ he cried. ‘I have it! Yes, I think I have it!
「ああわかった!わかったようです

[解説]
I think (that ~)は丁寧表現。第三者的に言っているわけではない。

修正訳:「ああわかった!わかりました。


紋切り表現 *
 For the last time, he sipped the wine. Then, still holding the glass up near his mouth, he turned to Mike and he smiled, a slow, silky smile, and he said, ‘You know what this is? This is the little Chateau branaire-Ducru.’
これを最後と、彼は葡萄酒をすすった。口のあたりに、グラスをもったまま、彼はマイクの方に向くと、いんぎんな微笑をうかべて、
きみにはわかっているんだね、これは、シャトー・ブラネール・デュクリュー」

[解説]
平叙文と疑問文の間の感じ、の表現。
修正訳(当該部分):「お分かりですね。これはシャトー・ブラネール・デュクリュー」

綴りの見間違い **
It took a few moments for the full meaning of her words to penetrate,
彼女の言葉の意味がわかるまでには二、三分かかった。

[解説]
修正訳:彼女の言葉の意味がわかるまでにはしばらくかかった。


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