こんな複合遊具もある。大きな車輪のように見える部分が印象的な遊具。しかし3番目の写真を見ればわかるように板が破損している。こんなに分かりやすい場所の破損なのに何もされていない。いちいち目くじらをたてて怒りたくないが、みんな自分の仕事がちゃんと出来ていないのだ。それなのにスキルだとか、なんだとかに踊らされ、自分のやるべきことすらやれていないのが今の社会なのだ。監視されたらする、命令されたらする、脅されたらする、金のためならす、オンナのためならする・・・それでもいいからやればいいのだが、それでも手抜きをしたり、だらだらとしかやらない。そして嘘をつきデタラメを言う。本当に嫌になるぜ!!
このタイプの健康遊具は一時の流行を完全に過ぎた。見た目は健康そうなのだが、不健康な生活をしている人々が楽しむと、足の底が痛くてたまらないし、健康な人は初めからこんな遊びはしない。それに裸足になるのも抵抗がある。大人が公園で裸足になることなんて、基本的にありえないのだ。そんな人の行動様式を無視しているので、これからの上がり目はまずないだろう。
この複合遊具のあった公園にはブランコやスプリング遊具や砂場もあった。小さな子どもと一緒に来ている家族は三組あった。子どもは計4人。しかし誰一人としてこの複合遊具では遊ばない。一人は持ち込んだ三輪車で園内をグルグルし、二人は砂場に、そしてもう一人はスプリング遊具に。現状とはそんなものなのだ。
しかし、公園関係者の諸君、そんなにがっかりすることはない。これはたったその時の状況でしかない・・・。日々はもっと・・・かもしれないのだ。
しかし、公園関係者の諸君、そんなにがっかりすることはない。これはたったその時の状況でしかない・・・。日々はもっと・・・かもしれないのだ。
水飲みもない粗末で小さな公園のほぼど真ん中に設置されていた小さな砂場。これ見よがしにネットが掛けられている。一年ぐらいネットが開けられていない様子がある。だいたい砂場だけを設置する公園とは何なのか。一つしかないぼろぼろのベンチに座っていろいろ考えたが、何もはっきりしない。ただ、こんな公園は誰も欲しがっていないことだけは確かなようだ。
わざわざ木に模しているいるのが健気と言うか、可愛いというか・・・。これでいっぱい売れるとでも考えたのかもしれない。素材はコンクリート。中が骨組みだけか、がらんどうだったら切なくなる。しかし原価を考えれば、そうしてもおかしくない。商売とは人にいろいろな苦労と苦難と哲学を与える。それに白い木と言うのも何とも言えない。元々そうだったのかどうかは分からない。施設管理者はある日突然豹変するのだ。