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Neser ty vole!

韓国生活あれこれ

2008 ヨーロッパ旅行記(14) 美女との遭遇

2008-09-08 23:17:59 | ヨーロッパ旅行記


8月9日(土)

いよいよ最終回です。 思い出すだけでも疲れてしまう6時間の列車の旅でした。何といっても、スロバキアのジリナからチェコのプラハまで、ず~っと立ちっぱなしでしたからね。飛行機でいえば、成田からバンコクくらい?

この時期、ヨーロッパは夏のバカンスシーズンで、電車はプラハへ向かう観光客で超満員。座席はおろか、最初はデッキのトイレの前で突っ立っていましたからね!どれだけ込んでいたか、想像してもらえると思います。

あまりにも込んでいて、あまりにも疲れてしまって、この間の写真は一枚も撮っていません!

プラハに着くころには、もうクタクタだったんですが、そうは言ってもこの日が最後の夜。おまけに、ヤルダと一緒に飲むことになっていたのですから、ベッドに倒れこんでいるヒマはありません!ホテルに荷物を置いて少し休んでから、疲れた足を引きずりながら旧市街広場に向かいました。

ヤルダとは旧市庁舎の下で待ち合わせ。この日は弟やその友だちといっしょにバーベキューパーティをしていたそうなんですが、それをわざわざ抜け出して来てくれました。で、向かった先は、もちろんズラテーホ・ティグラ!

正直、行く前は疲れていて、あんまり飲めないんだろうなぁ、と思っていたんですが、やっぱりここのビールは違います!ジョッキが次々と空いていきます。

ここは観光客もよく訪れるんですが、ヤルダが言うには、店にとって観光客はあまりうれしいお客ではないそうです(といって、歓迎されていないわけではありませんので、ご心配なく!)。というのも、観光客は「ここが有名なズラテーホ・ティグラか」といって店内の写真をパシパシ撮り、実際にビールを飲むのは1~2杯。長居して会話に夢中になりながらも、ジョッキを空ける速度を決して緩めることのない、地元チェコ人のお馴染みさんのほうが、店としてもビールの出し甲斐があるんでしょうね!

ところで、この日も大混雑で、相席で飲んでいたんですが、僕たちの席に、警察官(もちろん勤務後なので私服です)とその女友だち2人がやってきました。女性ふたりは、典型的なスラブ美人!特に片方は、「チェコの千堂あきほ」といった顔立ちで、まさにど真ん中のストライク!最後の最後で、女神が微笑んでくれました(笑)。

で、この警察官。僕がかぶっていたHCスパルタプラハのキャップを見て、「スパルタ、ノー、ノー」と親指を下にしてブーイング。彼はHCクラドノというチームのファンで、スパルタは大嫌いなんだとか。そのとき、スパルタの選手だったヤルダは席を外していたんですが、やれクラドノだ、スパルタだと話しているとき、彼がトイレから戻ってきました。

そのとき、ヤルダの顔を見たときの、警察官クンの表情は、いま思い出しても笑ってしまいます。苦笑いしながらヤルダに握手を求める彼。場の雰囲気も一気に打ち解け、本当に楽しい時間を過ごしました。

というわけで、2008 ヨーロッパ旅行記はこれでおしまい。
何だかんだと1か月近くもかかってしまいましたね~。

さて、次の旅行は、どこに行こうかな???


2008 ヨーロッパ旅行記(13) さりげなく光るセンス

2008-09-07 20:00:12 | ヨーロッパ旅行記


In Prague(プラハ市内に出掛けています)
=「Please clean my room(部屋を掃除してください)

 

Dreaming of Andel's(アンジェルスの夢を見ています)
=「Please do not disturb(起こさないでください)

 

プラハで宿泊したアンジェルス・ホテルにて。

表現が、何気にオシャレですよね。

こんなところにも、プラハの人たちのセンスを感じます。

 


2008 ヨーロッパ旅行記(12) 飲んだくれ@スロバキア

2008-08-31 21:31:27 | ヨーロッパ旅行記


8月8日(金)

この日はオロモウツを経ち、スロバキアのヴルートゥキー(Vrútky)という町に向かいます。スロバキアの工業都市・ジリナ近郊にある小さな町。これといったものがあるわけでもなく、当然観光客なんてまずいません。

そんな町も、僕にとっては3度目の訪問。ここでの滞在も延べ1週間にはなるんじゃないか、というくらいよく行っています。ヨーロッパで一番長く滞在したのは、実はこの町かもしれません。

その理由は、「友だちが住んでいる」こと。それだけです、ハイ。

そんなわけでジリナ行きの列車でオロモウツを経ったわけですが、途中で事故が起きた関係で、列車がフラヴィツェ・ナ・モラヴェ駅で2時間近く停車。脱線列車と崩壊した橋が線路を塞いでしまったため、急きょ別のルートでスロバキアに向かうことに。

ただでさえタイトなこの日の予定が、これで決定的に狂ってしまいました。本当はジリナの町を少し見物しようと思っていたのですが、結局夕方になってようやくジリナに到着。友だち・ヴラドとの約束時間も迫っていたので、ジリナではユーロをスロバキア・コルナに換金しただけで出発しました。

ヴルートゥキーの駅には、ヴラドのほかに、前回家に泊めてもらったこともあるマヨも出迎えに来てくれていました。彼の家はここから結構離れているはずなのに…。まさか彼がここに来るとは、予想もしませんでした。そうそう、彼とは2~3年前の冬、京都のアイリッシュパブでいっしょに新年を迎えました。

到着してすぐ、今夜泊めてもらう、ヴラドの彼女・ズザナの家に向かいました。駅から車で2~3分。ヴラドの家もたいがい広くて豪華ですが、ズザナの家も地味ではあるけど、なかなか素敵でした。庭にはリンゴの木やビニルハウスがあって、その奥には木のテーブルとベンチ、それに暖炉がありました。

ズザナは相変わらず気だるそうな雰囲気だったけど、結構僕好み☆ まあ会えてうれしかったです♪おっと、こんなこと言ったら、「また人のものをほしがる~」と突っ込まれそうなので、これ以上はやめときます。

荷物を置いて庭に出ると、早速飲み会のスタート!自家製のアルコール度数のキツいお酒で乾杯して、そのあとはビール、自家製リキュール、ビール、自家製リキュールの繰り返し…。当然の結果ではありますが、かなり酔っぱらってしまって、途中から眠り込んでしまいました。

断片的な記憶の中にも、イギリス帰りの男の子(名前は忘れた)や、ピーター&ベアタ夫妻と二世君(彼もまたピーターという)、ズザナの弟(最初ネオナチか何かかと思って、一瞬目が覚めた^^;)、その他、知った顔が数名いたような気がするんだけど、残念ながら記憶は遠く薄れて…。あとで写真をみて、「そうそう、こいつが来てたね」って具合。情けない~。

ま、マヨなんて、僕より先にダウンして、車の中で寝てたから、それよりはマシだったということで(笑)。あ、でも、飲みながらウツラウツラするよりマシ!?

とにもかくにも、懐かしくも楽しい、スロバキアでの夏の夜でした。


2008 ヨーロッパ旅行記(11) あわや大惨事!?

2008-08-28 00:26:42 | ヨーロッパ旅行記


北京オリンピックが開幕したこの日(8月8日)は、オロモウツを出発してスロバキアへ向ったわけですが、この列車は10:57オロモウツ中央駅(Olomouc hl.n)を出発し、11:25にフラニツェ・ナ・モラヴェ(Hranice na Moravě)駅、11:53にオストラバ・スヴィノフ(Osrava-Svinov)駅を経て、最終のジリナ(Žilina)駅には14:13に到着する予定でした。

ところが、列車はフラニツェ・ナ・モラヴェ駅に到着した後、まったく動く気配を見せません。停車から30分くらい経ったころ、チェコ語でアナウンスがあり、乗客が一斉に下車し始めました。前の席に座っていた乗客が「この列車はこれ以上行けないだろうから、降りたほうがいい」と説明してくれたので、とりあえず荷物を持ってホームに出ました。

ほとんどの乗客は振替列車でオストラバ方面へ向かい、残った乗客はホームに取り残されました。状況を確認しようと、駅員や他の乗客に尋ねてみますが、英語ができる人がほとんどおらず、なかなか事態が把握できません。唯一英語ができる宗教家らしき老人が「この先で橋が落ちて人が死んだ」と話しかけてきて、「だから神を信じなければならない」とチラシのようなものを勧めてきたのが、僕らが把握できた情報のすべて。それでも、「どうせ宗教の勧誘か何かだろう」と気に留めませんでした。

そうこうするうち、列車が2時間遅れで再び発車することが判明(上の写真は90分遅れの時点)、列車に乗り込み、何とか旅が継続したわけですが、出発したまさにそのとき、携帯電話にプラハから一足先に日本に戻ったTさんから電話がありました。何でも、オストラバ近郊で列車が脱線し、死傷者が多数出ているとか。何と、あの宗教家(らしき)ご老人の言うことは事実だったわけです!

その状況が下の映像。

 

 

最初はそれほど深刻に考えていなかったのですが、後で考えるとゾッとする大惨事に遭遇するところでした。チェコ東部のオストラバ郊外で8日、クラクフ発プラハ行きのユーロシティ「コメニウス号」が、崩壊した橋に激突して脱線、7名が死亡したとのこと。現場通過時刻はだいたい10:30頃だったとのことですが、ここで注目すべきは、冒頭の僕らの時刻表。

実はこの事故現場、フラニツェ・ナ・モラヴェ駅とオストラバ・スヴィノフ駅の間で起きたんです。ということは、もし事故がなければ、僕らの列車は11:25~11:53のあいだにここを通過していたことになります。逆にいえば、橋の崩壊が1時間遅かったら、運悪く橋の下敷きになっていたかも知れないということ……。

後で考えると、かなりゾッとしてしまいます。

ちなみに、すべての死者が先頭車両だったとのことですが、時速145キロで激突したこの列車の運転士は生存しているとのこと。人の運命とは、いつどこでどうなるか、わかったものではありません。

何となく、西村京太郎のサスペンスみたいになりましたが、次回はいよいよスロバキアに入国です(ん?これは「世界の車窓から」みたい!?)。


2008 ヨーロッパ旅行記(10) 偶然

2008-08-26 00:36:27 | ヨーロッパ旅行記


8月7日(木)

この日は午前中にオストラバからオロモウツに移動したわけですが、どういうわけか乗る列車を間違えてしまい、ふつうなら1時間で到着するところを、なんと3時間以上もかけてたどり着きました。前回のポストでも書きましたが、これこそまさに「世界の車窓から」です。

オロモウツに着いたのは結局昼過ぎ。お腹も空いていたし、米好きのO氏に元気を出してもらおうと、ホテル2階にある中華料理屋に入ることに。ヨーロッパで中華料理を食べるのは、今回が初めて。どんな代物が出てくるのか、期待半分、怖さ半分。

O氏はチャーハン、僕は麺を頼みました。麺のほうは思っていたのとちょっと違うのが出てきましたが、味のほうは「まぁヨーロッパで食べるわけだから、贅沢は言えないでしょう」というレベル。それよりも、ウェイトレスさんが注文を正確に取ってくれないので、そちらのほうが問題といえば、問題でした。

そしていよいよオロモウツ市内の見物です。あんまり予習をしてきていなかったのですが、とりあえずユネスコ世界文化遺産に登録されている聖三位一体柱を目指すことに。最初にそれらしき柱を見つけたので写真を撮っていたんですが、世界遺産にしては、周りにあまりにも人がいなさすぎる…。写真を撮っている人も皆無…。どうもおかしいなと思ったら、これは別のものでした(汗)。これはこれで、立派だったんですけどね。

「本物」の聖三位一体柱は、さすが世界遺産というだけあって、さっきのやつとはやっぱり違いました。周りに人もたくさんいるし、写真を撮っている人もたくさんいます(笑)。おまけに、そのすぐ近くには、ハマーのものすごいリムジンが止まっていました。旧市庁舎の前では、何かのコンテストなのか、有名人のコンサートなのか、たくさんの人が特設ステージの前に群がっていました。

オロモウツのもうひとつの見どころは、市庁舎の仕掛け時計。プラハの旧市庁舎にも同じようなものがありますが、オロモウツにあるものは、何と聖人ではなく、社会主義時代のプロレタリアートの人形が動き、壁面に描かれているのも聖人ではなく、プロレタリアートの人たち。こんなところにも、社会主義時代の面影が残っています。

とりあえずひととおり見物を済ませてブラブラ歩いていたら、O氏がアイスホッケーの選手らしい人を発見。そちらのほうに向かってみると、何とアイスリンクが!それも、何かの試合前らしく、かなり興奮した人たちがチケット売り場に列を作っています。

思わぬところでチェコのアイスホッケーを見るチャンスが!乗り気でないO氏を説得し、早速チケットを買ってリンクに入ることに。観客に聞いたところ、この日は地元HCオロモウツとHCズリーンの練習試合。HCオロモウツは2部リーグですが、HCズリーンはエクストラリーグのチームで、昨シーズンまでハルラに在籍したパトリック・フチコ選手も活躍したチーム。

ゲームのほうは、地元オロモウツがエクストラリーグのズリーン4-2で破りました。ソウルに戻ってきてパトリックに聞いたんですが、ズリーンはプレシーズン戦はまったくいいところがないみたいです。この日の試合を見ても、オロモウツのほうが断然押していました。

それにしても、です。オロモウツのファンは熱い!他の地域ではもっとすごいところもあるんでしょうが、まるでアイスバックスの応援(いや、それ以上!?)を見ているようです。公式戦でもないのに、たくさんの人がゲームを見にきて、ラジオ片手に、新聞片手に、そしてビール片手に、思い思いに楽しんでいました。

次はぜひ公式戦を見てみたいものです。

ところが、楽しかったのもここまで。ホテルの近くに戻って夕食を取ろうと思ったら、何と近くにレストランは見えず。バーが数軒。しかもそのほとんどがヘルナ・バーといって、スロットマシーンが置いてあるような飲み屋。どう考えてもまともな食事はできそうにありません。

ホテルの中の食堂も、もう営業を終えています。あちこちウロウロしてみたんですが、やっぱりそれらしきものはなし…。仕方なしに、昼間にいったあの冴えない中華料理屋でもう一食とることに。メニューもパッとしないので、昼とほとんど同じような麺を食べました。ここでも、何か思ったように注文できなかったし。

なんとなく気分がスッキリしない夜になってしまい、O氏には少し申し訳なかったです(--;)

さて、次回はいよいよ「あわや大惨事!?」です。いや、危機一髪、九死に一生(ちょっとオーバー?)といったほうがむしろ近いかも。だって、大惨事は実際に起きてしまったんですから…。