会社を悩ます問題社員の対応

会社を悩ます問題社員の対応,訴訟リスクを回避する労務管理

有期契約労働者を契約期間満了前に普通解雇することはできますか?

2014年12月31日 | 労務管理

有期契約労働者を契約期間満了前に普通解雇することはできますか?

 民法628条は,「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても,やむを得ない事由があるときは,各当事者は,直ちに契約の解除をすることができる。この場合において,その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは,相手方に対して損害賠償の責任を負う。」と規定しています。
 したがって,「やむを得ない事由」があれば,有期契約労働者を契約期間満了前に普通解雇 することができます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

試用期間満了前に本採用拒否(解雇)することはできますか?

2014年12月31日 | 労務管理

試用期間満了前に本採用拒否(解雇)することはできますか?

 試用期間 満了前であっても,社員として不適格であることが判明し,解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合であれば,本採用拒否(解雇 )することができます。
 試用期間中に社員として不適格と判断された社員が,試用期間満了時までに社員としての適格性を有するようになることは稀ですから,使用者としては早々に見切りをつけたいところかもしれません。
 しかし,試用期間満了前に本採用拒否(解雇)することを正当化するだけの客観的に合理的な理由を立証することができるかどうかについての判断が甘いケースが目立ちますので,客観的合理性の有無については,証拠に照らして慎重に判断する必要がありますし,本採用拒否(解雇)を試用期間満了前に行うことが社会通念上相当として是認されるかどうかについてもよく検討する必要があります。
 また,試用期間中の社員の中には,少なくとも試用期間中は雇用を継続してもらえると期待している者も多く,試用期間満了前の本採用拒否(解雇)には紛争を誘発しやすいという事実上の問題もあります。
 したがって,試用期間満了前の本採用拒否(解雇)は慎重に行うべきであり,十分に話し合って退職届を提出してもらえるよう努力するか,試用期間満了日での本採用拒否(解雇)とすることをお勧めします。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

応募者にチャンスを与える意味で採用することについてどう思いますか?

2014年12月31日 | 労務管理

採用面接時に能力が低い応募者だということが判明した場合であっても,雇用確保に貢献し,就職できない応募者にチャンスを与える意味で採用し,試用期間中の勤務状況から役に立つ人材と判断できたら本採用拒否せずに雇い続けるというやり方をどう思いますか?

 「能力が低いのは分かっていたけど,就職できなくて困っているようだし,もしかしたら会社に貢献できる点も見つかるかもしれないから,チャンスを与えるために採用してあげた。」という発想は,雇用主の責任の重さを考えると,極めて危険な考え方です。
 緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否(解雇)は,「当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否(解雇 )に限られますから,新たに本採用拒否に値する事実が判明しない限り,本採用拒否はおそらく無効と判断されることでしょう。
 採用されて試用期間中に本採用拒否(解雇)された労働者からは,全く感謝されず,それどころか「中途半端に採用されなければ,他社で正社員として就職することができたのに,人を物のように扱うブラック企業によって人生を狂わされた。」と非難されることも珍しくありません。
 使用者は,その応募者に魅力があって雇いたいと考える場合に初めて雇うべきであり,魅力がないと判断したら不採用とする必要があります。
 「雇ってあげる。」といった発想で社員を雇った場合,会社経営者は「いいことをしたのだから,感謝されないまでも,悪くは思われることはないだろう。」と思い込んだり,自分が面倒見のいい親分になったような気分に浸ったりして脇が甘くなりやすく,トラブルになるリスクが極めて高くなりますので,そうはならないよう,気持ちを引き締めて採用活動に当たって下さい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

有期契約労働者が正社員と同じ待遇を要求する。

2014年12月26日 | 労務管理

有期契約労働者が正社員と同じ待遇を要求する。

1 問題の所在
 有期契約労働者の労働条件は個別労働契約又は就業規則等により決定されるものであり,正社員と同じ待遇を要求することは認められないのが原則です。しかし,有期契約労働者が正社員と同じ仕事に従事し,同じ責任を負担しているにもかかわらず,単に有期契約というだけの理由で労働条件が低くなっているような場合には,「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」を定めた労契法20条に違反,正社員と同じ待遇を要求することができるのではないかが問題となります。
(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
 労契法20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない。

2 労契法20条の趣旨
 労契法20条は,使用者に対し,有期契約労働者と無期契約労働者の間の均等待遇を義務づけるものではありません。また,条文の表題からも明らかなように,労契法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との間で「期間の定めがあることによる」不合理な労働条件の相違を設けることを禁止する趣旨の規定であり,期間の定めを理由としない労働条件の相違については射程の範囲外です。
 基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」でも,「法第20条は,有期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合,その相違は,職務の内容(労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度をいう。以下同じ。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,有期契約労働者にとって不合理と認められるものであってはならないことを明らかにしたものであること。」「したがって,有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件の相違があれば直ちに不合理とされるものではなく,法第20条に列挙されている要素を考慮して『期間の定めがあること』を理由とした不合理な労働条件の相違と認められる場合を禁止するものであること。」とされています。

3 労契法20条の禁止内容
 ア 期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては,
 イ 有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違は,
   ① 労働者の業務の内容
   ② 当該業務に伴う責任の程度
   ③ 当該職務の内容(=①+②)及び配置の変更の範囲
   ④ その他の事情
を考慮して,不合理と認められるものであってはならないとされています。
 有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が期間の定めを理由としている場合に初めて労契法20条違反が問題となりますので,訴訟や労働審判においては,有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理と認められるものかどうかだけでなく,有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が期間の定めを理由としたものかについても問題となります。
 ①労働者の業務の内容,②当該業務に伴う責任の程度,③当該職務の内容及び配置の変更の範囲,④その他の事情は,それぞれ独立した要件ではなく,不合理性を判断する上で考慮される要素です。
 比較の対象となる「無期契約労働者」は正社員とは限らず,正社員以外に無期契約労働者がいる場合は,無期契約労働者が比較の対象となることも考えられます。また,労契法20条は,同一の使用者に雇用されている有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違に関する条文ですから,使用者が異なれば比較の対象にはなりません。
 不合理性の解釈にあたっては,「本条の『不合理と認められるものであってはならない』とは,有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者の労働条件に比して単に低いばかりではなく,法的に否認すべき程度に不公正に低いものであってはならないとの趣旨を表現したものと解される。」(『労働法(第十版)』235頁)との有力な見解があります。

4 労契法20条違反の効果
 労契法20条は,違反の効果について「不合理と認められるものであってはならない。」と規定しており,使用者の行為規範としての性質を有することは明らかであり,使用者と労働組合との間の団体交渉等で活用されることが予想されますが,本条違反の効果について明確に規定されていないこともあり,裁判規範たり得るかについては検討を要します。
 本条が使用者の行為規範として作用する以上,同条に違反した場合に使用者が不法行為法上の義務違反ないしは労働契約上の債務不履行が認められ,他の要件を充たせば損害賠償責任を負う可能性があるとまではいえるものと思われます。問題は,本条に違反した労働条件を無効と解すべきか否か,無効となるとすると,無効とされた労働条件はどのような内容となるのかです。
 この点,平成24年8月10日付け基発0810第2号「労契法の施行について」は,「法第20条は,民事的効力のある規定であること。法第20条により不合理とされた労働条件の定めは無効となり,故意・過失による権利侵害,すなわち不法行為として損害賠償が認められ得ると解されるものであること。法第20条により,無効とされた労働条件については,基本的には,無期契約労働者と同じ労働条件が認められると解されるものであること。」としています。しかし,立法の際参考にされた特許法35条が,まずは3項において従業員等は一定の場合に「相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と定めた上で,同条4項において「契約,勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には,対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況,策定された当該基準の開示の状況,対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して,その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。」と定めているのとは異なり,労契法20条には,特許法35条3項に相当する条項(一定の労働条件を請求する権利を有する旨直接規定した条項)が存在しません。また,本条は,無効となった労働条件をどのように補充するのかについて具体的に規定しておらず,労働協約,就業規則,労働契約の解釈により,無効となった労働条件を補充する労働条件を導き出すことができる事案であれば,有期契約労働者は,当該労働条件の無効及びあるべき労働条件を主張立証していけばよいとも考えられますが,無効となった労働条件を補充する労働条件を導き出すことができない場合は,同条に違反した場合の労働条件を直ちに無効としてしまうと,不合理ながらも存在していた労働条件に関する合意すら効力がなくなってしまい,かえって有期契約労働者にとって不利益となりかねません。正社員等の無期契約労働者の労働条件が職務内容等に照らし高過ぎるような場合には,有期契約労働者の労働条件を引き上げたらかえって不合理に高い労働条件になってしまいますので,有期契約労働者の労働条件を引き上げるのではなく,不合理に高い労働条件となっている無期契約労働者の労働条件を引き下げた方が合理的な場合もあり得ます。
 労契法20条違反の効果に関しては,「労働条件分科会での議論をみれば,本条は,訓示規定にとどまるものではなく,私法上の効力をもつことを想定して構想されたといえる。つまり,『不合理』と認められた労働条件の定め(労働協約,就業規則,労働契約)は無効とされよう。」としつつ,「不合理性の判断に際して比較対象となった無期契約労働者の労働条件を定める就業規則等の基準が存しており,その合理的な解釈によって同基準を有期契約労働者にも適用できるような場合でなければ,無効と損害賠償の法的救済にとどめ,関係労使間の新たな労働条件の設定を待つべきであると考える。」(『労働法(第十版)』238頁~239頁)との有力な見解が存するところですが,本条違反の効果について明確に規定されていない以上,本条は単なる訓示規定に過ぎず,本条違反の労働条件も無効とはならないという解釈も成り立ち得るところです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

賃金減額に応じない。

2014年12月26日 | 労務管理

賃金減額に応じない。

1 賃金減額の方法
 賃金減額の方法としては,
 ① 労働協約の締結
 ② 就業規則の変更
 ③ 個別合意
によることが考えられます。

2 労働協約の締結による賃金減額
 労働組合との間で賃金に関する労働協約を締結した場合,それが組合員にとって有利であるか不利であるか,当該組合員が賛成したか反対したかを問わず,労働協約で定められた賃金額が労働契約で定められた賃金額に優先して適用されるのが原則です(労組法16条)。したがって,労働者が賃金減額に反対していたとしても,当該労働者が加入している労働組合との間で賃金を減額することを内容とする労働協約を締結すれば,賃金を減額することができます。労働協約の規範的効力が及ぶ範囲は原則として組合員との範囲と一致し,労働協約締結後に組合員となった者にも組合加入時から労働協約の規範的効力が及びますが,労働組合を脱退した場合には離脱の時点から労働協約の規範的効力は及ばなくなります。労働協約が締結されるに至った経緯,当時の会社の経営状態,同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らし,同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものである場合には,その規範的効力を否定され(朝日海上火災保険(石堂・本訴)事件最高裁平成9年3月27日第一小法廷判決),賃金減額の効力が生じません。
 労働協約締結による賃金減額の効力が及ぶのは,原則として労働協約を締結した労働組合の労働組合員に限られることになりますが,労働協約には,労組法17条により,一の工場事業場の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは,当該工場事業場に使用されている他の同種労働者に対しても右労働協約の規範的効力が及ぶ旨の一般的拘束力が認められており,この要件を満たす場合には,賃金減額に反対する未組織の同種労働者に対しても労働協約の効力を及ぼし,賃金を減額することができます。労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容,労働協約が締結されるに至った経緯,当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし,当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは,労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼし,賃金を減額することはできません(朝日海上火災保険(高田)事件最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決)。少数組合に加入している組合員に対しては,労組法17条の一般的拘束力は及びません。
 具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約により処分又は変更することは許されません(香港上海銀行事件最高裁平成元年9月7日第一小法廷判決)。
 労働協約を締結することができない場合や労働協約の効力が及ばない労働者の賃金を減額する方法としては,就業規則変更又は個別同意による賃金減額が考えられます。

3 就業規則の変更による賃金減額
 就業規則の変更により賃金を減額する場合は,就業規則の不利益変更に該当するため,就業規則の変更が有効となるためには,以下のいずれかの場合である必要があります。
 ① 労働者と合意して就業規則を変更したとき(労契法9条反対解釈)
 ② 変更後の就業規則を周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(労契法10条)
 ①に関し,「就業規則の不利益変更は,それに同意した労働者には同法9条によって拘束力が及び,反対した労働者には同法10条によって拘束力が及ぶものとすることを同法は想定し,そして上記の趣旨からして,同法9条の合意があった場合,合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないと解される。」(協愛事件大阪高裁平成22年3月18日判決)との見解が妥当と思われますが,労働者の同意があれば合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないとの見解に立ったとしても,合意の認定は慎重になされるのが通常であるため,労働者が就業規則の変更を提示されて異議を述べなかったといったことだけでは不十分であり,最低限,書面による同意を取る必要があります。また,合理性に乏しい就業規則の規定の変更については,書面による同意を取ったとしても,労働者の同意があったとは認定されないリスクが高いものと思われます。
 ②に関し,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるとされています(大曲市農協事件最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決)。
 具体的に発生した賃金請求権を事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されません(香港上海銀行事件最高裁平成元年9月7日第一小法廷判決)。

4 個別合意による賃金減額
 個別合意よりも社員に有利な労働条件を定めた労働協約,就業規則が存在する場合には,それらの効力が個別合意に優先するため(労組法16条,労契法12条),個別合意だけでは賃金減額の効力は生じず,労働協約,就業規則を変更して初めて賃金減額の効力が生じることになります。
 個別合意よりも社員に有利な労働条件を定めた労働協約,就業規則が存在しない場合は,個別合意により賃金減額の効力が生じることになりますが,賃金減額に対する社員の同意の認定は慎重になされることが多いため「口頭」での同意では同意なしと認定されるリスクが高いものと思われます。賃金減額に対する社員の同意は「書面」で取るようにして下さい。
 「既発生の」賃金債権の減額に対する同意の意思表示は,既発生の賃金債権の一部を放棄することにほかなりません(北海道国際空港事件最高裁平成15年12月18日第一小法廷判決参照)。労基法24条1項に定める賃金全額払の原則の趣旨に照らせば,既発生の賃金債権を放棄する意思表示の効力を肯定するには,それが社員の自由な意思に基づいてされたものであることが明確でなければなりません(シンガーソーイングメシーン事件最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決参照)。既発生の賃金債権を放棄する意思表示が,社員の自由な意思に基づいてされたものであることが明確なものではなく,社員の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したということができない場合には,既発生の賃金債権を放棄する意思表示としての効力を肯定することはできません。
 「未発生の」賃金債権の減額に対する同意についても「賃金債権の放棄と同視すべきものである」とする下級審裁判例もありますが,「未発生の」賃金債権の減額に対する同意は,労働者と使用者が合意により将来の賃金額を変更した(労契法8条参照)に過ぎず,賃金債権の放棄と同視することはできないのですから,通常の同意で足りると考えるべきであり,それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであることが明確であることまでは要件とされないものと考えます。
 北海道国際空港事件最高裁平成15年12月18日第一小法廷判決が,「原審は,上告人が平成13年7月25日に減額された賃金を受け取り,その後同年11月まで異議を述べずに減額された賃金を受け取っていた事実によれば,同年7月1日にさかのぼって賃金が減額されることも,上告人はやむを得ないものとしてこれに応じたものと認めることができると認定した。すなわち,原審は,上告人が平成13年7月25日に同月1日以降の賃金減額に対する同意の意思表示をしたと認定したのであるが,この意思表示には,同月1日から24日までの既発生の賃金債権のうちその20%相当額を放棄する趣旨と,同月25日以降に発生する賃金債権を上記のとおり減額することに同意する趣旨が含まれることになる。しかしながら,上記のような同意の意思表示は,後者の同月25日以降の減額についてのみ効力を有し,前者の既発生の賃金債権を放棄する効力は有しないものと解するのが相当である。」と判示し,未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定しているのは,既発生の賃金債権の減額(放棄)に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件と未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件を明確に区別し,未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件としては,それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであることが明確でなければならないことを要求していないからであると考えられます。

5 定期昇給凍結
 就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められている場合に定期昇給を凍結するためには,定期昇給を凍結する旨の労働協約を締結するか,定期昇給を凍結する旨就業規則の附則に定める等の就業規則の変更が必要となります。
 労働協約を締結できず,定期昇給を凍結する旨の就業規則の変更に関し同意が得られない場合は,就業規則変更により一方的に労働条件の変更をせざるを得ませんが,その合理性(労契法10条)の有無が問題となります。
 就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められておらず,使用者に定期昇給の努力義務が課せられているに過ぎない場合は,定期昇給をしなくても法的問題はありません。

6 ベースアップ凍結
 ベースアップは労使交渉により特段の決定がなされない限り行う必要がありません。

7 賞与不支給
 個別労働契約,就業規則,労働協約で一定額・割合の賞与を支給する義務が定められていない場合には,使用者には賞与を支給する義務がないため,賞与を支給しなくても法的には問題がありません。
 一定額以上の賞与支給が労使慣行になっているとして賞与請求がなされることがありますが,労使慣行の成立が認められるケースは多くありません。民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには,
 ① 同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと
 ② 労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないこと
 ③ 当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていること
が必要であり,使用者側においては,当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことが必要です(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件最高裁平成7年3月9日第一小法廷判決,同事件大阪高裁平成5年6月25日判決参照)。
 他方,一定額・割合の賞与を支給する義務が定められている場合は,賞与を支給する義務があります。就業規則の定めを変更して賞与不支給とする場合には,就業規則の不利益変更の問題となるため,就業規則変更の高度の合理性の有無が問題となります。

8 諸手当の廃止,支給停止
 賃金規程で定められた諸手当を廃止したり支給を停止したりする場合は,賃金規程を変更したり附則に支給を停止する旨定めたりする必要があり,就業規則の不利益変更の問題となります。

9 年俸額の引下げ
 年俸制を採用した場合に,年度途中で年俸額を一方的に引き下げることができるか,次年度の年俸額引下げを求めたところ合意が成立しない場合における次年度の年俸額がどうなるかは,当該労働契約の解釈の問題です。トラブルを予防するためにも,労働契約上明確にしておくべきでしょう。
 一般的には,年度途中で年俸額を一方的に引き下げることはできないケースが多いものと思われます。
 次年度の年俸額引下げを求めたところ合意が成立しない場合における次年度の年俸額については,使用者の提示額を超えては請求できないとされた裁判例,前年度実績の年俸額を支給すべきものとされた裁判例等があり,事案により結論が別れています。

10 休業時の賃金カット
 会社の業績が悪いことを理由とした休業がなされた場合は,通常は使用者の責めに帰すべき事由があると言わざるを得ないため,平均賃金の60%以上の休業手当を支払う必要があります(労基法26条)。
 労基法は労働協約,就業規則,個別合意に優先して適用されますので(労契法13条,労基法13条・92条),使用者の責めに帰すべき事由による休業がなされた場合における休業手当(労基法26条)の支払義務は,労働協約,就業規則,個別合意により排除することはできません。
 民法536条2項は任意規定であり特約で排除することができますので,民法536条2項の適用を排除し平均賃金の60%の休業手当のみを支払う旨の労働協約が締結された場合には,当該労働組合の組合員については,平均賃金の60%の休業手当を支払えば足ります。
 民法536条2項は任意規定であり特約で排除することができますので,民法536条2項の適用を排除し平均賃金の60%の休業手当のみを支払う旨就業規則や労働契約に定めた場合には,理論的には平均賃金の60%の休業手当を支払えば足りるはずですが,裁判所は,就業規則等による民法536条2項の適用除外について慎重に判断する傾向にあります。
 例えば,いすゞ自動車(雇止め)事件東京地裁平成24年4月16日判決は,休業手当に関し,就業規則に「臨時従業員が,会社の責に帰すべき事由により休業した場合には,会社は,休業期間中その平均賃金の6割を休業手当として支給する。」と定められている事案において,「被告は,本件休業に係る休業手当額を平均賃金の6割にすることについては,第1グループ原告らとの間の労働契約及び臨時従業員就業規則43条により,その旨の個別合意が存在し,この合意は本件休業の合理性を基礎付ける旨主張する。しかし,上記の規定は,労働基準法26条に規定する休業手当について定めたものと解すべきであって,民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」による労務提供の受領拒絶がある場合の賃金額について定めたものとは解されないから,被告の上記主張は,その前提を欠くというべきである。」 と判示しており,民法536条2項の適用除外を認めていません。
 就業規則や労働契約により民法536条2項の適用を排除するためには,単に休業期間中は平均賃金の60%の休業手当を支払うとだけ就業規則や労働契約に規定するのではなく,民法536条2項の適用を排除する旨明確に規定しておくべきでしょう。もっとも,就業規則や労働契約に民法536条2項の適用を排除する旨明確に規定したとしても,就業規則の合理性や合意の効力が問題とされる可能性は残されています。
 少数組合の組合員など労働協約の効力が及ばない社員に対し平均賃金の60%の休業手当を超えて賃金を支払う必要があるかどうかについては,従来,民法536条2項の「使用者の責めに帰すべき事由」の存否の問題として争われてきました。
 例えば,いすゞ自動車事件宇都宮地裁栃木支部平成21年5月12日決定は,使用者が労働者の正当な(労働契約上の債務の本旨に従った)労務の提供の受領を明確に拒絶した場合(受領遅滞に当たる場合)に,その危険負担による反対給付債権を免れるためには,その受領拒絶に「合理的な理由がある」など正当な事由があることを主張立証すべきであり,その合理性の有無は,具体的には,使用者による休業によって労働者が被る不利益の内容・程度,使用者側の休業の実施の必要性の内容・程度,他の労働者や同一職場の就労者との均衡の有無・程度,労働組合等との事前・事後の説明・交渉の有無・内容,交渉の経緯,他の労働組合又は他の労働者の対応等を総合考慮して判断すべきものとしています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする