会社を悩ます問題社員の対応

会社を悩ます問題社員の対応,訴訟リスクを回避する労務管理

精神疾患を発症してまともに働けないのに休職や退職の効力を争う。

2014年12月03日 | 労務管理

精神疾患を発症してまともに働けないのに休職や退職の効力を争う。

1 精神疾患発症が疑われる社員の基本的対応
 使用者は,社員の健康に対して安全配慮義務を負っていますので(労契法5条),遅刻や欠勤が急に増えたり,集中力や判断力が低下して単純ミスが増えたりするなど,精神疾患発症が疑われる社員については,上司から具体的問題点を指摘した上で,医療機関での受診や産業医への面談を勧めるなどする必要があります。
 また,使用者は,必ずしも社員からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っていますので,社員にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,メンタルヘルスに関する情報については社員本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど社員の心身の健康への配慮に努める必要があります(東芝(うつ病・解雇)事件最高裁平成26年3月24日第二小法廷判決参照)。
 所定労働時間内の通常業務であれば問題なく行える程度の症状である場合は,時間外労働や出張等,負担の重い業務を免除する等して対処します。長期間にわたって所定労働時間の勤務さえできない場合は,原則として,私傷病に関する休職制度がある場合は休職を検討し,私傷病に関する休職制度がない場合は普通解雇を検討することになります。
 私傷病に関する休職制度は普通解雇を猶予する趣旨の制度であり,必ずしも就業規則に規定しなければならない制度ではありません。休職制度を設けずに,精神疾患を発症して働けなくなった社員にはいったん退職してもらい,精神疾患が治癒して債務の本旨に従った(当該労働契約で予定されている)労務提供ができるようになったら再就職を認めるといった制度設計も考えられます。

2 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず精神疾患の発症を否定する社員の対応
 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず社員本人が精神疾患の発症を否定して就労を希望した場合,漫然と就労を認めてはいけません。就労を認めた結果,精神疾患の症状が悪化した場合,安全配慮義務違反を問われて損害賠償義務を負うことになりかねません。
 精神疾患の発症が強く疑われる社員が出社してきたものの,当該労働契約で予定されている労務提供ができない場合は,就労を拒絶して帰宅させ,欠勤扱いにするのが原則です。
 職種や業務内容を特定して労働契約が締結された場合は,当該労働契約で予定されている労務提供ができるかどうかは,当該職種等について検討します。
 職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も,基本的には現に就業を命じた業務について当該労働契約で予定されている労務提供ができるかどうかを判断することになりますが,現に就業を命じた業務について労務の提供が十分にできないとしても,当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ,かつ,本人がその労務の提供を申し出ているのであれば,債務の本旨に従った履行の提供があると評価されるため(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決),当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について本人が労務の提供を申し出ているのであれば,当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務についても債務の本旨に従った(当該労働契約で予定されている)労務の提供ができるかどうかを検討する必要があります。
 当該労働契約で予定されている労務提供があるかどうかを判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にします。本人が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認する必要があります。
 精神疾患の発症が疑われるため,会社が医師を指定して受診を命じたところ,本人が指定医への受診を拒絶した場合は,当該労働契約で予定されている労務提供がないものとして労務の受領を拒絶し,欠勤扱いとすることができることもあります。
 社員本人が精神疾患の発症を否定している場合であっても,直ちに精神疾患が発症していないことを前提とした対応を取ることができるわけではありません。精神疾患を原因とした欠勤等を理由とする懲戒処分は,無効と判断される可能性が高いものと思われます(日本ヒューレット・パッカード事件最高裁平成24年4月27日第二小法廷判決参照)。
 精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患の発症を否定して,当該労働契約で予定されている労務提供ができると主張している場合でも,休職命令を出すことができます。ただし,休職事由の存在を立証することができなければ,休職命令は無効となってしまいますので,精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患を発症して当該労働契約で予定されている労務提供ができないことの証拠等,休職事由の存在を立証できるだけの診断書等の証拠をそろえてから休職命令を出す必要があります。
 精神疾患を発症して休職に入った社員が,当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しないまま休職期間が満了すると,退職という重大な法的効果が発生することになりますので,休職命令発令時及び休職期間満了直前の時期に,何年何月何日までに当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しなければ退職扱いとなるのかを通知すべきと考えます。事前に休職期間満了日を明確に通知することは,休職期間満了退職の効力が無効と判断されにくくなる方向に作用する一要素となります。

3 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員の対応
 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員に対応できるようにするためには,精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返したような場合であっても休職させることができるよう休職事由を定めておく必要があります。例えば,一定期間の欠勤を休職の要件としつつ,「欠勤の中断期間が1か月未満の場合は,前後の欠勤期間を通算し,連続しているものとみなす。」等の通算規定を置いたり,「精神の疾患により,労務の提供が困難なとき。」等を休職事由として,一定期間の欠勤を休職の要件から外し,再度,長期間の欠勤が必要とするような規定にはしないようにしておくことになります。
 精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,欠勤日を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。出社と欠勤を繰り返す社員の対応に困っている会社は,欠勤期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。
 私傷病に関する休職制度があるにもかかわらず,精神疾患を発症したため当該労働契約で予定されている労務提供ができないことを理由としていきなり普通解雇するのは,休職させても休職期間満了までに当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度まで回復する見込みが客観的に乏しい場合でない限り,解雇権を濫用したものとして解雇が無効(労契法16条)と判断されるリスクが高いものと思われます。

4 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合の対応
 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合は,休職申請書を提出させてから,休職命令を出すとよいでしょう。休職申請書を提出させてから休職命令を出すことにより,休職命令の有効性が争われるリスクが低くなります。
 精神疾患を発症した社員が休職申請書を提出したら,休職命令書を交付して,休職期間の開始日や満了日を明確にするようにして下さい。休職申請書を出させて内部決済が済んだだけで安心してしまい,休職命令書を交付せずに何となく休ませていると,何年何月何日までが欠勤で,何年何月何日からが休職期間で,何年何月何日までに当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度に精神疾患が回復しなければ退職扱いになるのかかよく分からなくなることがあります。その結果,いつまでたっても精神疾患が治らないので退職させようとしたところ,休職命令や休職合意の存在,休職期間の開始日や満了日の立証に困難を伴い,休職期間満了退職扱いにすることができなくなる可能性があります。

5 復職の可否の判断基準
 復職の可否は,「休職期間満了日までに,債務の本旨に従った(当該労働契約で予定されている)労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否か」により判断するのが原則です。
 ただし,診断書等の客観的証拠により,間もない時期に当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度に精神疾患が改善していると認定できる場合には,休職期間満了により退職扱いにするかどうかを慎重に判断する必要があります。休職期間満了時までに精神疾患が治癒せず,休職期間満了時には不完全な労務提供しかできなかったとしても,直ちに退職扱いにすることができないとする裁判例もあります。
 職種が限定されている場合は,限定された当該職種について当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討します。
 通常の正社員のように,職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も,現に就業を命じられた特定の業務について,当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討するのが原則ですが,労働者が,現に就業を命じられた特定の業務について,労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供を申し出ているならば,当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務についても,債務の本旨に従った(当該労働契約で予定されている)労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討する必要があります(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決参照)。
 復職の可否を判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にして下さい。精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認して下さい。
 精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断書の内容に疑問がある場合に,会社が医師を指定して受診を命じたところ当該社員が指定医への受診を拒絶した場合は,休職期間満了時までに,当該労働契約で予定されている労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善していないものとして取り扱って復職を認めず,退職扱いとすることができることもあります。
 休職命令の発令,休職期間の延長等に関し,同じような立場にある社員の扱いを異にした場合,紛争になりやすく,敗訴リスクも高まるので,休職制度の運用は公平・平等に行うようにして下さい。同じような状況にある社員の取扱いを異にする場合は,裁判官が納得できるような合理的理由を説明できるようにしておいて下さい。

6 休職と復職を繰り返す社員の対応
 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返すのを防止するためには,復職後間もない時期(復職後6か月以内等)に同一又は類似の事由により欠勤した場合(当該労働契約で予定されている労務提供ができない場合を含む。)には,復職を取り消して直ちに休職させ,休職期間を通算する(休職期間を残存期間とする)等の規定を置いて対処する必要があります。そのような規定がない場合は,普通解雇を検討せざるを得ませんが,有効性が争われるリスクが高まります。
 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,休職期間を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。休職と復職を繰り返す社員の対応に困っている会社は,休職期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。

7 業務に起因する精神疾患の発症と休職期間満了退職
 精神疾患の発症が長時間労働,セクハラ,パワハラ等の業務に起因することが判明した場合,
 ① 私傷病を理由とした休職命令が休職事由を欠き無効となり,その結果,休職期間満了退職の効力が生じなくなったり,
 ② 療養するため休業する期間及びその後30日間であることを理由として,休職期間満了による退職の効果が生じなくなったり(労基法19条1項類推)
します。いずれの法律構成によっても,精神疾患の発症に業務起因性が認められる場合には,原則として休職期間満了退職の効力は生じないことになります。
 後になってから休職期間満了退職の効力が否定されないようにするためには,当該精神疾患の発症が業務に起因するのかどうかを早期に判断できるようにしておく必要があります。精神疾患を発症した社員が労災申請し,労基署による判断がなされれば,当該精神疾患の発症が業務に起因するのかどうかを早期に判断することがしやすくなります。その意味で,早期の労災申請は使用者にとってもメリットがあることになります。

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業務上のミスを繰り返して会社に損害を与える。

2014年12月03日 | 労務管理

業務上のミスを繰り返して会社に損害を与える。

1 採用選考の重要性
 業務上のミスを繰り返す社員を減らす一番の方法は,採用選考を慎重に行い,応募者の適性・能力等を十分に審査して基準を満たした者のみを採用することです。採用選考の段階で手抜きをして,十分な審査をせずに採用したのでは,業務内容が単純でマニュアルや教育制度がよほど整備されているような会社でない限り,業務上のミスを減らすことは困難です。

2 採用後の対応
 採用後の社員による業務上のミスの対策としては,社員の適性に合った配置,人事異動,注意指導,教育,人事考課,自動車保険加入によるリスク管理等が中心であり,退職勧奨解雇は能力不足の程度が甚だしく改善の見込みが低い場合に限定して検討するのが原則です。
 ただし,地位や職種が特定されて採用された社員については,基本的には配置転換する義務はありませんし,賃金額が高い場合には能力を向上させるために教育する必要はないと解釈される傾向にあります。当該地位や職種で要求される能力を欠く場合は,退職勧奨や普通解雇を検討するのが原則となります。
 事業主は労働者を使用することにより得られる利益を享受する以上,損失についても事業主が負担すべきとの考え(報償責任の原則)が一般的であり,過失によるうっかりミスについては損害賠償請求はなかなか認められませんし,損害賠償請求が認められる事案であっても,支払が命じられるのは損害額の一部にとどまることも多く,実際の回収作業にも困難を伴うことは珍しくありません。基本的には,業務上のミスによる損害を当該社員に対する損害賠償請求で填補できるものとは考えるべきではありません。

3 退職勧奨
 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく,十分に注意指導,教育しても改善の見込みが低い場合には,会社を辞めてもらうほかありませんので,退職勧奨や普通解雇を検討することになります。解雇が有効となる見込みが高い程度に業務上のミスの程度・頻度が著しい事案では,解雇するまでもなく,合意退職が成立することも珍しくありません。
 他方,業務上のミスの程度・頻度がそれほどでもなく解雇が有効とはなりそうもない事案,誠実に勤務する意欲や能力が低い等の理由から転職が容易ではない社員の事案,本人の実力に見合わない適正水準を超えた金額の賃金が支給されていて転職すればほぼ間違いなく当該社員の収入が減ることが予想される事案等で退職届を提出させるのは,難易度が高くなります。
 能力不足により引き起こされる業務上のミスを理由として懲戒解雇を行うことは困難ですので,懲戒解雇を示唆して退職届を提出させた場合には,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められて退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いものと思われます。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条)により,退職は無効となることがあります。

4 解雇
 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく改善の見込みが乏しい場合には,退職勧奨と平行して普通解雇を検討します。普通解雇が有効となるかどうかを判断するにあたっては,
 ① 就業規則の普通解雇事由に該当するか
 ② 解雇権濫用(労契法16条)に当たらないか
 ③ 解雇予告義務(労基法20条)を遵守しているか
 ④ 解雇が法律上制限されている場合に該当しないか
等を検討する必要があります。
 解雇が有効となるためには,単に①就業規則の普通解雇事由に該当するだけでなく,②解雇権濫用に当たらないことも必要となります。②解雇権濫用に当たらないというためには,解雇に客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当なものである必要があります。
 解雇に「客観的に」合理的な理由があるというためには,「裁判官」が,労働契約を終了させなければならないほど当該社員の業務上のミスの程度・頻度が甚だしく,業務の遂行や企業秩序の維持に重大な支障が生じているため,労働契約で求められている能力が欠如していると判断するに値する「証拠」が必要です。会社経営者,上司,同僚,部下,取引先などが,主観的に解雇に値すると考えただけでは足りず,単に思ったよりもミスが多く,見込み違いであったというだけでは,解雇は認められません。
 長期雇用を予定した新卒採用者については,社内教育等により社員の能力を向上させていくことが予定されているため,業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えたとしても直ちに労働契約で求められている能力が欠如していることにはならず,解雇は例外的な場合でない限り認められません。一般的には,勤続年数が長い社員,賃金が低い社員は,業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が認められにくい傾向にあります。採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。
 地位や職種が特定されて採用された社員については,当該地位や職種で要求される能力を欠く場合は,労働契約で求められている能力が欠如しているものとして,普通解雇が認められやすくなります。ただし,解雇が比較的緩やかに認められる前提として,地位や職種が特定されて採用された事実や,当該地位や職種に要求される能力を主張立証する必要がありますので,できる限り労働契約書に明示しておくようにしておいて下さい。
 業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が有効と判断されるようにするためには,何月何日にどのような業務ミスがあり,会社にどのような損害を与えたのかを,業務ミスがあった当時の証拠により説明できるようにしておく必要があります。抽象的に「業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えた。」と言ってみてもあまり意味はありませんし,「彼(女)が業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えたことは,周りの社員も,取引先もみんな知っている。」というだけでは足りません。会社関係者の陳述書や法廷での証言は,証拠価値があまり高くないため,紛争が表面化する前の書面等の客観的証拠がないと,何月何日にどのような業務ミスがあり,会社にどのような損害を与えたのかを主張立証するのには困難を伴うことが多くなります。

5 損害賠償請求
 社員の業務上のミスにより会社が損害を被った場合には,社員に対して損害賠償請求(民法415条・709条)することができる可能性がありますが,社員に軽過失しかない場合(故意重過失がない場合)には免責される傾向にあります。
 社員に損害賠償義務が認められる場合であっても,賠償義務を負う損害額は損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度にとどまるため,故意によるものでない限り,社員に対し請求できる損害額は全体の一部にとどまることが多いというのが実情です。
 労働契約の不履行について違約金を定め,損害賠償額を予定する契約をすることは禁止されているため(労基法16条),社員がミスした場合に賠償すべき損害額を予め定めても無効となります。
 損害賠償金負担の合意が成立した場合は,「書面」で支払を約束させ,会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせて下さい。賃金から天引きすると,賃金全額払の原則(労基法24条1項)に違反するものとして,天引き額分の賃金の支払いを余儀なくされる可能性があります。
 損害額が軽微な場合は,賞与額の抑制,昇給の停止等で対処すれば足りる場合もあります。
 月例賃金を減額して実質的に損害賠償金を回収しようとする事案が散見されますが,賃金減額の有効性を争われて差額賃金の請求を受けることが多いですし,退職されてしまった場合には回収が困難となるため,お勧めしません。
 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額がさらに減額される可能性があります。身元保証の最長期間は5年であり(身元保証に関する法律2条1項),自動更新の合意は無効と考えるのが一般的です(同法6条参照)。

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金銭を着服・横領したり出張旅費や通勤手当を不正取得したりする。

2014年12月03日 | 労務管理

金銭を着服・横領したり出張旅費や通勤手当を不正取得したりする。

1 客観的証拠の収集と事情聴取
 金銭の不正取得が疑われる場合,まずは不正行為を裏付ける客観的証拠をできるだけ収集して下さい。不正が疑われる社員から事情聴取する際,客観的証拠と照らし合わせることにより,嘘や矛盾点が見抜きやすくなります。
 もっとも,金銭の不正取得は,本人の説明なしでは実態が分かりにくいことも多いため,客観的証拠を収集する努力をある程度したら,不正が疑われる社員から事情聴取して下さい。事情聴取に当たっては,事情聴取書をまとめてから本人に署名させたり,事情説明書を提出させたりして,証拠を確保します。
 事情説明書等には,何月何日の何時頃にどこで誰が何をしたのかといった問題となる「具体的事実」を記載させることが重要です。本人提出の事情説明書等に「いかなる処分にも従います。」と書いてあったとしても,問題となる具体的事実が記載されておらず,具体的事実を立証できないのであれば,懲戒処分や解雇は無効となるリスクが高くなります。
 本人が提出した事情説明書等に説明が不十分な点や虚偽の事実や不合理な弁解があったとしても,突き返して書き直させようとしたりせずにそのまま受領し,追加の説明を求めるようにして下さい。せっかく提出した書面を突き返したばかりに,必要な証拠が不足して,訴訟活動が不利になることがあります。虚偽の事実や不合理な弁解が記載されている書面を確保することにより,本人の言い分をありのまま聴取していることや,本人が不合理な弁解をしていること等の証明もしやすくなります。

2 配置転換・降格
 当該業務に従事する適格性が疑われる事情があれば,配置転換を検討します。賃金額が減額されない配置転換であれば,明らかに嫌がらせ目的と評価できるようなものでない限り,無効にはなりにくいところです。
 管理職としての適格性が疑われる場合には,管理職から降格させることも考えられます。「降格」は,懲戒処分として行う場合だけでなく,人事権の行使としても行うことができます。懲戒処分としての降格よりも,人事権の行使としての降格の方が有効になりやすいので,懲戒処分にこだわる理由があまりないのであれば,人事権の行使としての降格を中心に検討することをお勧めします。
 人事権の行使としての降格に伴い賃金額が減額される場合には,降格が人事権の濫用と評価されないよう,金銭の不正取得について十分に調査するなどして,降格の必要性を立証できるようにしておく必要があります。降格に同意する旨の書面を取得できるのであれば取得しておいて下さい。同意書を提出した場合には,懲戒処分の程度を検討する際にプラスの情状として考慮することになります。

3 懲戒処分
 不正があったことが証拠により客観的に認定できる場合は,不正行為の内容・程度・情状に応じた懲戒処分を行います。不正が疑われるだけで,証拠により客観的に不正行為が認定できない場合は,懲戒処分を行うことはできません。
 懲戒処分の程度を決定するに当たっては,故意に金銭を不正取得したのか,単なる計算ミス等の過失に過ぎないのかの区別が重要な考慮要素となります。
 社員が故意に金銭を不正取得したことが判明した場合は,懲戒解雇することも十分検討に値します。ただし,「故意」の不正行為であることを客観的証拠から認定できるかどうかは厳密に検討する必要があります。証拠関係についての検討が甘い事例が多い印象があります。また,不正取得した金銭の額,会社の実質的な損害額,懲戒歴の有無,それまでの会社に対する貢献度,反省の程度等によっては,より軽い処分にとどめるのが適切な場合もあります。
 過失に過ぎない場合は重い処分をすることはできないケースがほとんどですので,注意指導,始末書の提出,軽めの懲戒処分などにより対処することになります。

4 自主退職を申し出られた場合の対応
 本人が自主退職を申し出た場合に,懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う懲戒処分をせずに自主退職を認めるかどうかは,
 ① 重い懲戒処分をして職場秩序を維持回復させる必要性
だけでなく,
 ② 自主退職を認めた方が紛争になりにくいこと
 ③ 懲戒解雇・諭旨解雇等の退職の効力を伴う重い懲戒処分をした場合は紛争になりやすく,訴訟で懲戒処分が有効と判断されるためのハードルが高いこと
 ④ 懲戒解雇に伴い退職金を不支給とした場合は紛争になりやすく,訴訟においては懲戒解雇が有効であっても,退職金の一部の支給が命じられることが多いこと
等も考慮して,冷静に判断して下さい。

5 退職勧奨する際の注意点
 「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。懲戒解雇となれば,再就職にも悪影響があるだろう。退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースは,錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等の主張が認められ,退職が無効となったり,取り消されたりするリスクが高いところです。
 懲戒解雇できる事案でもないのに,懲戒解雇の威嚇の下,不当に自主退職に追い込んだと評価されないようにして下さい。退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多いということにも留意して下して下さい。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条)により,退職は無効となることがあります。

6 不正取得した金銭の返還方法
 不正に取得した出張旅費等の金銭は,「書面」で返還を約束させ,会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせるのが望ましいところです。賃金から天引きすると,賃金全額払いの原則(労基法24条1項)に違反するものとして,天引き額の支払を余儀なくされることがあります。
 月例賃金を減額して実質的に損害賠償金を回収しようとする事案が散見されますが,賃金減額の有効性を争われて差額賃金の請求を受けることが多いですし,退職されてしまった場合には回収が困難となりますので,お勧めしません。

7 身元保証人に対する損害賠償請求
 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても,身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。裁判所は,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無,身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度,社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条),賠償額が減額される可能性があります。身元保証の最長期間は5年であり(身元保証に関する法律2条1項),自動更新の合意は無効と考えるのが一般的です(同法6条参照)。

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注意するとパワハラだと言って指導に従わない。

2014年12月03日 | パワハラ

注意するとパワハラだと言って指導に従わない。

1 パワハラとは
 パワーハラスメントは法律上の用語ではなく,統一的な定義はありません。
 平成22年1月8日付け人事院の通知では,パワーハラスメントは,一般に「職権などのパワーを背景にして,本来の業務の範疇を超えて,継続的に人格と尊厳を侵害する言動を行い,それを受けた就業者の働く環境を悪化させ,あるいは雇用について不安を与えること」を指すとされています。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』(平成24年1月30日)は,「職場のパワーハラスメントとは,同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」としています。

2 パワハラの行為類型
 「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」では,以下のようなものを挙げています。
 ① 暴行・傷害(身体的な攻撃)
 ② 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
 ③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
 ④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害(過大な要求)
 ⑤ 業務上の合理性なく,能力や経験とかけ離れた仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
 ⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

3 パワハラを巡る紛争の実態
 パワハラを不満に思い,公的機関などに相談している労働者の数は多いですが,パワハラを理由とした損害賠償請求がメインの訴訟,労働審判はあまり多くなく,解雇無効を理由とした地位確認請求,残業代請求等に付随して,損害賠償請求がなされるのが通常です。解雇無効を理由とした地位確認請求,残業代請求等に付随して,パワハラを理由とする損害賠償請求がなされた場合は,業務指導に必要のない不合理な言動をしているような場合でない限り請求棄却になりやすく,仮に不法行為責任等が認められたとしても慰謝料の金額は低額になりやすい傾向にあります。

4 適法性と適切性
 パワハラが問題とされる言動には,
 ① 違法な言動
 ② 適法だが不適切な言動
 ③ 適切な言動
の3段階があります。
 ②適法だが不適切な言動は数多く見られますが,①違法な言動とまで評価される言動はごく一部に過ぎません。「パワハラかどうか?」という問題設定がなされることが多いですが,程度の問題として考えた方が実態を正確にイメージすることができます。不適切な言動であっても違法と評価されるとは限りませんが,違法と評価されなかったからといって直ちに適切な言動というわけではありません。

5 違法性の判断基準
 「行為のなされた状況,行為者の意図・目的,行為の態様,侵害された権利・利益の内容,程度,行為者の職務上の地位,権限,両者のそれまでの関係,反復・継続性の有無,程度等の要素を総合考慮し,社会通念上,許容される範囲を超えているかどうか」により,不法行為法上違法と評価されるかどうかを検討するのが通常です。
 単純化して説明すると,
 ① 業務遂行上必要な言動か(目的)
 ② 社会通念上,許容される範囲を超える言動か(程度)
を検討することになります。
 ①指導教育目的等の業務遂行上必要な言動であれば,やり過ぎない限り,②社会通念上,許容される範囲を超えていないと評価されることになります。他方,①業務上必要のない言動の場合は,②社会通念上,許容される範囲を超えると評価されやすくなります。
 セクハラの対象となる性的言動は業務を遂行する上で不要なものであるのに対し,パワハラの対象となる指導教育,業務命令等は業務を遂行する上で必要なものであるため,業務を遂行する上で必要のない性的言動と比較して,違法とまでは評価されにくい傾向にありますが,業務遂行上必要のない言動については,違法と評価されやすくなります。

6 労災認定において心理的負荷が強いとされている言動
 パワハラとの関係では,以下のようなものについて,客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。これらに該当するからといって,直ちに不法行為法上も違法になるわけではありませんが,一般的に強い心理的負荷と考えられている言動がどのようなものなのかを理解する上で参考になります。
 ① 部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた
 ② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた
 ③ 治療を要する程度の暴行を受けた
 ④ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑤ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑥ 業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した
 ⑦ 業務に関連し,重大な違法行為(人の生命に関わる違法行為,発覚した場合に会社の信用を著しく傷つける違法行為)を命じられた
 ⑧ 業務に関連し,反対したにもかかわらず,違法行為を執拗に命じられ,やむなくそれに従った
 ⑨ 業務に関連し,重大な違法行為を命じられ,何度もそれに従った
 ⑩ 業務に関連し,強要された違法行為が発覚し,事後対応に多大な労力を費やした(重いペナルティを課された等を含む)
 ⑪ 客観的に,相当な努力があっても達成困難なノルマが課され,達成できない場合には重いペナルティがあると予告された
 ⑫ 退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず,執拗に退職を求められた
 ⑬ 恐怖感を抱かせる方法を用いて退職勧奨された
 ⑭ 突然解雇の通告を受け,何ら理由が説明されることなく,説明を求めても応じられず,撤回されることもなかった
 ⑮ 非正規社員であるとの理由等により仕事上の差別,不利益取扱いを受け,仕事上の差別,不利益取扱いの程度が著しく大きく,人格を否定するようなものであって,かつこれが継続した

7 業務指導の重要性
 近年では,上司の言動が気にくわないと,何でも「パワハラ」だと言い出す社員が増えています。そのような社員は,勤務態度等に問題があることが多く,むしろ,注意,指導,教育の必要性が高いことが多い印象です。部下にとって不快な上司の言動が何でもパワハラに該当するわけではありません。上司の部下に対する注意,指導,教育は必要不可欠なものであり,上司に部下の人材育成を放棄されても困ります。パワハラにならないよう神経質になるあまり,上司が部下に対して何も指導できないようなことがあっては本末転倒です。
 『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告』は,
 「個人の受け取り方によっては,業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも,これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には,パワーハラスメントには当たらないものとなる。」
 「なお,取組を始めるにあたって留意すべきことは,職場のパワーハラスメント対策が上司の適正な指導を妨げるものにならないようにするということである。上司は自らの職位・職能に応じて権限を発揮し,上司としての役割を遂行することが求められる。」
としています。

8 コミュニケーションの重要性
 パワハラ紛争の原因には様々なものがありますが,コミュニケーション不足又はコミュニケーションの取り方が下手なことが主な原因となっているものが多い印象です。コミュニケーションが不足していたり,コミュニケーションの取り方が下手だったりすると,パワハラだと受け取られやすくなります。コミュニケーション能力を向上させるとともに,十分なコミュニケーションを取ることができるよう努力して下さい。
 コミュニケーション能力が不足しているためにパワハラだと言われてしまう場合は,懲戒処分を行うよりも,研修,降職,配置転換等により対処した方が有効な場合もあります。

9 無断録音
 パワハラの状況は,部下により無断録音されて,証拠として提出されることが多いです。訴訟では,無断録音したものが証拠として認められてしまうのが通常です。
 部下が上司をわざと挑発して,不相当な発言を引き出そうとすることもあります。無断録音されていても問題が生じないよう指導の仕方に気をつけて下さい。

10 違法なパワハラと評価されないための心構え
 自分の言動が録音されていて,社長,上司,裁判官等に聞かれても問題ないような言動を心がければ,通常は違法なパワハラと判断されるようなことはしないのが通常です。

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試用期間中なのに本採用拒否(解雇)を争う。

2014年12月03日 | 問題社員

試用期間中なのに本採用拒否(解雇)を争う。

1 試用期間とは
 試用期間には法律上の定義がなく,様々な意味に用いられますが,一般的には,正社員として採用された者の人間性や能力等を調査評価し,正社員としての適格性を判断するための期間をいいます。

2 本採用拒否の法的性格
 三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決は,同事件控訴審判決が「右雇用契約を解約権留保付の雇用契約と認め,右の本採用拒否は雇入れ後における解雇にあたる」と判断したことを「是認し得ないものではない。」とした上で,「被上告人に対する本採用の拒否は留保解約権の行使,すなわち雇入れ後における解雇にあたり,これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。」と判示しています。

3 解約権留保の趣旨
 三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決は,解約権留保の趣旨を「大学卒業者の新規採用にあたり,採否決定の当初においては,その者の資質,性格,能力その他上告人のいわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない,適切な判断資料を十分に蒐集することができないため,後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨」と捉えています。

4 本採用拒否(解雇)の有効性の判断基準
 試用期間中の社員の本採用拒否は,本採用後の解雇と比べて,使用者が持つ裁量の範囲は広いと考えられています。三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決も,試用期間における留保解約権に基づく解雇(本採用拒否)は,通常の解雇と全く同一に論じることはできず,通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものと判示しています。
 もっとも,同最高裁大法廷判決は,試用者の本採用拒否は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」と判示しており,本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由があることを証拠により立証できなければ本採用拒否(解雇)することができないことは,通常の解雇と変わりありません。
 本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由が必要ということは,使用者が主観的に本採用するに値する人物ではないと判断したというだけでは足りず,裁判官の目から見ても本採用拒否(解雇)を正当化できるだけの事情が存在することを証拠により証明することができるようにしておく必要があることを意味します。
  本採用拒否(解雇)の有効性が緩やかに判断される
 ≠本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由が不要
 ≠本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由があることを証明するための客観的証拠が不要
 抽象的に勤務態度が悪いとか,能力が低いとか言ってみたところで,あまり意味がなく,具体的に,何月何日に,どこで,誰が,どのように,何をしたのかといった事実を客観的証拠により認定できるようにしておく必要があります。客観的証拠確保の方法としては,例えば,試用期間中の社員は,毎日,日報に反省点等を記載させることとし,指導担当者がコメントする等といった方法も考えられます。

5 「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」
 三菱樹脂事件最高裁大法廷判決は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」を以下のように言い換えて説明しています。
 「換言すれば,企業者が,採用決定後における調査の結果により,または試用中の勤務状態等により,当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において,そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが,上記解約権留保の趣旨,目的に徴して,客観的に相当であると認められる場合には,さきに留保した解約権を行使することができるが,その程度に至らない場合には,これを行使することはできないと解すべきである。」
 緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否(解雇)は,「当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否に限られます。採用当初から知り得た事実を理由とする解雇は,解約権留保の趣旨,目的の範囲外なので,留保された解約権の行使としては認められません。採用面接時に知り得た事実を理由とする本採用拒否は緩やかな基準では判断されず,通常の解雇の基準で判断されることになります。

6 解雇予告義務(労基法20条)
 解雇予告義務(労基法20条)の適用がないのは,就労開始から14日目までであり,14日を超えて就労した場合は,試用期間中であっても,解雇予告又は解雇予告手当の支払が必要となります(労基法21条但書)。
 試用期間の残存期間が30日を切ってから本採用拒否(解雇)を通知する場合は,所定の解雇予告手当を支払う等する必要があります。試用期間満了ぎりぎりで本採用拒否(解雇)し,解雇予告手当も支払わないでいると,解雇の効力が生じるのはその30日後になってしまうため,試用期間中の解雇(本採用拒否)ではなく,試用期間経過後の通常の解雇と評価されるリスクが生じることになります。
 なお,就労開始から14日目までなら自由に解雇できると誤解されていることがありますが,就労開始から14日以内の試用期間中の者に解雇予告義務の適用がないこと(労基法21条)を誤解したのが原因ではないかと思われます。むしろ,勤務開始間もない時期の本採用拒否(解雇)は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」であることを証明するに足りるだけの証拠が不十分なことが多いため,解雇権を濫用したものとして無効となる事例が多いところです。

7 能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)
 長期雇用を予定した新卒社員については,採用後に教育していくことが予定されていますので,労働契約で求められている能力が欠如していると評価されるケースは多くはなく,一般的には能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)は難しい傾向にあります。
 賃金が高額でない場合は,高い能力を有していることを要求することはできませんので,賃金額相応の能力が欠如していることを立証できない場合には,本採用拒否が認められない可能性が高くなります。
 地位や職種が特定され高給で採用された社員の場合は,当該地位や職種に要求される能力が欠如していることを立証できれば,労働契約で求められている能力が欠如しているものとして,通常は本採用拒否が認められます。ただし,その前提として,地位や職種が特定されて採用された事実や,当該地位や職種に要求される能力を主張立証する必要がありますので,できる限り労働契約書に明示しておくようにして下さい。
 採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。

8 試用期間満了前(試用期間途中)の本採用拒否
 試用期間満了前(試用期間途中)であっても,社員として不適格であることが判明し,解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合であれば,本採用拒否することができます。
 ただし,試用期間満了を待たずに試用期間途中で本採用拒否(解雇)することを正当化するだけの客観的に合理的な理由を立証することができるのか,社会通念上相当として是認されるのかについてはよく検討する必要があります。

9 有期契約労働者の試用期間
 有期労働契約の中途解除を規定した民法628条は「やむを得ない事由」があるときに契約期間中の解除を認めていますが,労契法17条1項は,使用者は,有期労働契約について,やむを得ない事由がある場合でなければ,使用者は契約期間満了までの間に労働者を解雇できない旨規定しています。労契法17条1項は強行法規なので,有期労働契約の当事者が民法628条の「やむを得ない事由」がない場合であっても契約期間満了までの間に労働者を解雇できる旨合意したり,就業規則に規定して周知させたとしても,同条項に違反するため無効となり,使用者は民法628条の「やむを得ない事由」がなければ契約期間中に解雇することができません。
 このため,例えば,契約期間1年の有期労働契約者について3か月の試用期間を設けた場合,試用期間中であっても「やむを得ない事由」がなければ本採用拒否(解雇)できないものと考えられます。3か月の試用期間を設けることにより,「やむを得ない事由」の解釈がやや緩やかになる可能性はないわけではありませんが,大幅に緩やかに解釈してもらうことは期待できないものと思われます。有期契約労働者についても試用期間を設けることはできるものの,その法的効果は極めて限定されると考えるべきでしょう。
 では,どうすればいいのかという話になりますが,有期契約労働者には試用期間を設けず,例えば,最初の契約期間を3か月に設定するなどして対処すれば足ります。正社員とは明確に区別された雇用管理を行うという観点からも,有期契約労働者にまで試用期間を設けることはお勧めしません。

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