この2月17日で娘は4歳になった。
ちょうど、四年前の今頃、娘はこの世に降り立ったのであった。
娘が生まれた日の晩、眠っているといきなり破水(胎児をくるむ卵膜が破
れて羊水が流れ出ること)し、私の下半身はざーっとびしょぬれになり、そ
れから激しい陣痛がはじまった。
慌てて主人に通っていた産婦人科に連れていってもらったのが、
ちょうど午後9時すぎ。
はじめ、助産師さんがわたしの子宮口の様子を見て、
「この分だと明け方くらいに生まれますかね。」
とのんびりしながら言った。
鼻歌まじりで出産の準備をしていた助産師さんだったが、産道を見て
「あれーっ」
と驚いた。
もう娘の頭が出てきて、出産が間近にせまっていたのだ。
あわてて助産師さんは担当医師に連絡し、急遽お医者さんが飛んでき
た。
想像を絶する痛みの中で、なるだけ労力を消費しないように、
私は医師の指示通り、視線をまっすぐに見据え、必要な時にいきみ必要
な時に息を吐き、一刻も早く娘を産道から外に送り出そうとした。
妊娠の過酷さとは裏腹に、出産にかかった時間はわずか二時間
で午後11時12分に私は娘を産み落とした。
産まれるとすぐに、助産師さんは娘を抱かせてくれたが、生まれたば
かりの赤ん坊というのはしわくちゃのサルのようでそれほど可愛いもので
はない。
立会い出産をした主人は感涙にむせんでいたが、私はしばらく異星人
を見るように娘をぼーっと眺めた。
しかし、数分後いとおしいという感情ががばっとこみあげてきて、その後
は無事に娘を産み終えたことに、今まで味わったことのない感動と興奮を
覚えた。
私の妊娠前の体重は42キロであったが、出産前は39キロと本来なら
10キロほど太るはずが逆に減少するほど、過酷を極めた妊娠生活
を送った。
私は枯れ木のようにやせ細り、トイレに行くのも全力を振り絞らなければ
ならないほど弱りはて憔悴しきっていた。
しかも、私には早産の傾向があったため、それを抑制するために入院し
て点滴をうち絶対安静状態を保って、予定より早く陣痛が起こらないよう
に治療が施されていた。
しかし、あまりの苦しさと体力の限界から、私は医師に何度も
「もう早く産ませて欲しい。」
と懇願した。
点滴をはずせばいつでも生まれてくる状態だったから。
「それはいけません。早産にはたくさんのリスクが伴います。」
と担当医師は断固として受け付けてくれなかった。
早産で生まれてきた場合、産後、赤ん坊に肉体的にも知的にも様々な障
害が引き起こされる可能性があるからだ。
妊娠36週を超えると予定日より早くても正規産となり、早産ではなくな
る。
晴れて私は点滴生活から解放され、一日も早い出産を待ち望んだが、
意外にも娘はさらに私のお腹の中で一週間ねばり、37週で自然分娩
で生まれてきた。
点滴をはずした後、娘が私のお腹のなかでまだねばっているときに、私
はあまりにも苦しいので、陣痛促進剤をつけて早く産みたいと医師に申し
出ていたが、その陣痛促進剤を投与する予定だった一日前に娘は自力
で自然にうまれてきたのであった。
何度も入院した患者とあって、担当の医師は私にそれ相応の思い入れ
があったらしく、何度も早く産みたいと懇願していたがそれを冷たく突っぱ
ねてきたのでそのことについて
「いつ治療を放棄して病院を抜け出すかもしれないと内心はらはらしてい
ました。」
と出産後、本音をしみじみと語っていた。
担当の医師が
「早く産ませて欲しい」
という私の哀願を突っぱねてきたからこそ、娘は私の胎内で十分に成長
し、産後も元気にいっぱいに健やかに育つことができている。
娘の元気の姿を見るにつれ、あの時は非情に感じた医師の判断も
本当に正しかったのだなあと思わずにいられない。
さて、少し話しは変わるは、日本の有名な心理療法家・精神科の医師に
神田橋條治先生という方がおられる。
その先生がある本の冒頭で、先生のお父さまが死に際し、
「條治へ」と息子へ別れの手紙を残しており、その内容についてあ
るエピソードを書かれていた。
お父さまの手紙の中で
「億万といる人の中で、父と呼び、子と呼ばれる不思議な縁で結ばれた
我々であった。」
という言葉が残されていたのをみて、父が自分を単なる子供とい
う以上に一人の存在として尊重し慈しんでくれたのだと思うと、
改めて父の深い愛情というものを感じたというように書かれていた。
私もこの神田橋先生のお父様の気持ちはとてもよく分かる気がする。
私と夫が結ばれ、その当然の結果として娘が生まれたのではなく、
娘は特別に私を母と選び、そして夫を父と選び、わざわざ私たちのもとに
降り立って生まれてくれたのだとつくづく感じるのである。
今世で、親子として出会い、これから様々な苦楽を共にする
ことができるのである。
彼女の四年目の誕生の日を迎えて、特別な縁でせっかく出会った娘との
これからの時間を限りなくいとおしく感じ、大切に過ごしていきたいとつく
づく思うしだいである。