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こころの宇宙

あるカウンセラーのほっこり日記

ココロ辞典・・「ペルソナ(仮面)・本当の私は?」part2

2005-10-27 19:52:17 | ココロの辞典

   ココロ辞典 No.1 「ペルソナ(仮面)」続き

(昨日の「ペルソナ(仮面)・本当の私は?」part1の続き)

  自分の気持ちをなるだけ表現しようと決意した私は、
当時とても仲良かった友人にちょうど悩んでいることもあったので、愚痴などもよく言うようになった。
 
  その友人は、とても気配りがあり、言いたいことを多少我慢するタイプだったがある時私に向かって
「もう!そんなに私に甘えないで!と叫んだのだった。

 ガーン、ガーン、ガーン。
 落ち込む私。 

 所詮良い子の私が好きなのか。
 心を開いてつきあっていこうなんてむなしい夢だったのだろか。

 何ともいえずショックな私だったが、その後彼女は面白いことを言った。
「そっちがそんなにどんどん言ってくるなら、私もあんたに本音をぶつけるわ~!」
と宣言してきたのだ。

  私の本音トークは相手の
「もっと本当の気持ちを伝えたい!」
という気持ちをてとても刺激したらしかった。

  落ち込んだり、驚いたりと忙しい気持ちの私だったが、とりあえず、
なぜ愚痴を言ったり甘えるようになったのか自分の気持ちの経緯を彼女に伝えた。

 カウンセラー的になるのではなく、もっと自然体の自分を出したかった。

 気持ちを率直に出して、お互い心を開いた関係を築きたかった。

  彼女は
「なーるほど。そこんとこ言ってくれないと分からないじゃない。
あんなにしっかりしてたのに最近ぐずぐず言い出したり、
何か感情的にもの言ったりするから、わけが分からなくなったのよ。」
と彼女も胸のうちを語ってくれた。

 本音トークは本音トークをどんどん引き出し、
お互いに「ふーん。そうだったのか~。」という感じになった。

 私は自分を素直に出そう!と力むあまり、いきなり極端にやりすぎたのだ。

 それに、気持ちの表し方。

「感情を表すことと、感情的になることは違います。
感情的になることは、自分の感情に振り回されて相手に感情をぶつけること。
それをすると、相手はびっくりしちゃいます。
落ち着いて、穏やかに感情を使えることもできますよ。」

などと講座では、受講生に立派なこと言っていたのに
自分は感情まる出しになってしまっていたのだ。

 だから彼女は困惑したし、ひいてしまった。

  なるほどな~。あーあ。勉強になったわ。
 
  などとつくづく思い、
「自分がいつもみんなにいっている通りにやっていたらうまくいってたんだろうな~。
やっぱり心理学って役に立つわ。でも、失敗したからこそ分かることってあるなあ。」
反省したり、感心したり、いろんな気持ちが私の中で交錯したが 、

 ひとつ言えるのは
「普段はカウンセラー仮面をつけない。」
と心の底から決めたことだった。

 カウンセラーのスイッチをON、OFFときっちりしてこそ、
本当のカウンセリングではカウンセラーとしてなすべきことに没頭できると思うのだ。

  この一連の体験の後、新たに友達になった人からは、
私のとても「ちゃっかり」して、「かなりぼけぼけ」で、寂しがりやの甘えた性格を見て
「ぷ。本当に木村さんカウンセラーやってんの。」
と言ったのだった。

 私は内心
「嬉しいな。」と思った。

 前は、
「え。やっぱり普段からもっときちんとしてなくちゃ駄目かしら。」
と内心あわてたかもしれないけど。

 これからも知らず知らず、また何かの仮面を四六時中つけてしまうこともあるだろう。
でも、何となく息苦しくなって、窮屈に感じて、辛くなったら、
素顔の私が
「何とかして!」
って叫んでいるサインだからその時はまた仮面をはずせばいいだけだけど。

 家の中で夫の面倒を見、子供の世話に追われている女性で
「あー。独りの時間が欲しい」
とつぶやいてしまう人は仮面をはずしたい、って心がいってるんじゃないかと思う。

  いつも周囲に気を配ってニコニコしていて、そんな自分に疲れてしまうのは、
ペルソナにがっちり覆われた素の自分が新鮮な空気を吸いたがってると思う。
 
 ペルソナをはずすために、いつも自分の気持ちを誰かに伝えなければならない、ということはない。

  心から自分が楽しい、ほっとする、という時間をちょっとでも作るだけでも良い。

 とっても美しい、感動する、というもの(映画や絵画や本)みるのもいいだろう。 
 
 かけがえのない自然体の自分を、他の誰でもなく自分自身が一番大事にしてあげて欲しいと思う。


ココロ辞典・・・「ペルソナ(仮面)・本当の私は?」 Part1  

2005-10-26 18:49:55 | ココロの辞典

  ココロ辞典 No.1 「ペルソナ(仮面)」

● 演じる自分 ● 

 
ペルソナ(仮面)という心理学用語がある。
文字通り、仮面という意味。
本来の自分ではなく「演じている自分」である。

 もう少し分かりやすく言うと、役割、職業、社会性といえる。
誰かのお母さんだったり妻だったりする女性は、子供の前では「母親」として、
夫の前では「妻」として振舞うが、それはこのペルソナにあてはまる。

医者は医者らしく、教師は先生らしく。
もちろんカウンセラーもそう。

 みんながちゃんと自分の役割をこなすから世の中はまわる。

 人前で振舞う性格もペルソナである。
私たちは、誰かのことを「しっかりしている」「前向きだね」「責任感がある」
「いつも明るい」と言ったりするが、それはある意味その人の演じている部分だ。
本人は「演じている」なんていう意識すらない場合も多い。

 でも、しょせんは仮面だからずっと演じ続けると、知らないうちにココロは疲れてくる。
「本当は何がしたいのだろう。本当の自分って何だろう?」
という問いが湧く。
これがいわゆる自分探しのはじまりとなることもある。

● 必要なもの ●

 でも、社会を生きる上でペルソナは必要なものだ。
そして、多くの人は、それらをちゃんと使いわける。

 ある女性は家では、母の顔、妻の顔、その人が会社に勤めていたら、会社では
働く女性の顔、上司の前では部下の顔、実家に帰れば娘の顔になる。
会社ではきりっとクールな女性が、夫の前では甘えていたり、子供の前ではおっとりと優しかったりする。
多様なペルソナはその人の魅力となる
逆にうまく演じ分けられない場合は「不適応」というレッテルを貼られかねない。

 ペルソナは便利であり、生きる上で必要なものだが、ひとつのペルソナに固着すると、いろいろと問題が生じてくる。
教師が自分の家庭でも「先生」のように振舞うと、子供は息がつまるし、奥さんはうんざりするだろう。
本人も「教師・先生」の視点ばかりで物事を考えるクセがしみつくと「素(す)」の
自分は一体どう感じているのか、分からなくなる。

● 問題点 ●
 
 ペルソナの問題点は、ずっとつけているとはずせなくなることだ

 その分かりやすい例がある。
 
 『ある人がいろんな面をかぶって楽しんでいるうちに道化の仮面をかぶると取れなくなった』
という話を外国の大道芸人がパントマイムでおこなっているのをテレビで見たことがある。
 からだはその仮面を何とかとろうともがき苦しんでいるが、お面は道化の顔で笑い顔である。
体は苦しそうだが、顔ははりついた笑顔のままである。
 このパントマイムはペルソナを取りきれない、苦痛や悲しみをよくあらわしている。

 だから、皆さんどんなペルソナを今つけているか自覚しておきましょう。
 そして、素の自分は「一体何を感じているのか」大切にしましょうね!

 などと、私はカウンセリング講座では言った気がする。 

● 最初はうれしかった ●
 その自分が、いつのまにか、カウンセラーの仮面をはずせなくなっていた。

 カウンセラーになってから、プライベートな時間でも人の相談によくのるようになった。
もともと悩んでる人の力になることが好きだから、当初はとりたてて苦にはならなかった。

 このように書くととても良い人のようだが、特に私の性格が良いわけではない。
困った人の相談にのるのが「好き」というのは読書が好き、という「好き」と変わらないからだ。
要するに趣味、みたいなものかもしれない。

 で、話はもとにもどるが、友人の相談にのったりアドバイスをしていたわけだが、そうしていると、とても感謝された。
 仮にもカウンセラーなわけだから、アドバイスもそれなりに的確なはずだし、相談にのる姿勢も真摯だったから、カウンセラーになる前より友人からは頼られるようになり、
以前よりなんとなく
「さやか(私の名前)ってすごいかも」
みたいな感じで見られることが増えた。
 
 友人に
「さやかのお陰で元気になった。」
なんて言われるとくすぐったい気持ちだが、悪い気はしなかった。

● 素顔の私 ●

 でも、私の素顔はそんな立派なものじゃない。人に甘えたいし、愚痴もいいたいし、
いらいらしているときもある。
とにかくせこくて、ちっちゃい部分が私にはいっぱいあるのだ。

 みんな、カウンセラー的な私が好きで、素顔の私はだめなのかしら?
そう感じることが増えて、何だか疲れてきた。
 
 クライエントさんや受講生さんには
「自分らしさを大切にね。人の期待に応えようなんてがんばることはないわよ。」
と言いつつ、私自身が人の期待にこたえようともがいていたのである。
これじゃ、
「落とし穴がここにあるからはまっちゃだめよ~。」
といいながら自分が穴にすっぽりはまっているようなものだ。

お笑いである。

 もっと自然体でいようと、当時仲の良かった彼女に私自身のことをもっと分かってもらおうとなるだけ素直な自分の気持ちを伝えるようにした。
そうすると、彼女の反応は意外なものだった。

続きは明日の「ペルソナ(仮面)・本当の私は?」 Part2で・・。