ここ最近、P爺がずっと眠りっぱなしで、ひどい時は夜に寝てから夕方まで…なんて事も。なかなか起きてくれません。
いやまぁ、多少ふやけても美味しく食べられるうどんでまだよかったよ。ラーメンやそばだった日にゃそりゃ悲惨で…(´д⊂)
老犬の認知症が進むと夜中に吠え回ったりするので、できるだけ日中は起こして運動をさせる方がいい。
という話をよく聞くけど、幸いな事にP爺は今のところ、日中どんなに寝ていても、夜中に起きて騒ぐ事はありません。
その点はありがたいのですが。P爺の老いが日ごとに進んで行くのが目に見えてわかり、私の労苦も増す日々。
今日なんてさ。お昼に辛くてあったか〜いカップうどんを食べて体を温めようと「いただきまーす♪」を言った矢先に…ガサガサっ。
目も耳もほとんど見え聞こえしてないくせに、鼻だけは健在やから、うどんの匂いでP爺が目覚めて動き出したのよ(-_-;
しゃーないんで2口だけ食べてから、P爺を散歩に連れ出して。帰って体を拭いたりゴハンをあげたりして。
全部終わらせてから「さっ、うどんの続き♪」って開けたら、もうブヨブヨやわヒエヒエやわ…(´д⊂)
いやまぁ、多少ふやけても美味しく食べられるうどんでまだよかったよ。ラーメンやそばだった日にゃそりゃ悲惨で…(´д⊂)
P爺には何度となく安らぎのランチタイムを邪魔されてきたので、もう慣れたけど。今日は久々に泣きたくなった(´д⊂)
ランチを食べ終わるまで放置して、食べてから散歩に連れ出せばいいか、という対策を講じた日もあったけど。
いざ散歩に行こうとしてオムツを取って見たら、ダブダブに溢れたオシッコと、モリモリに盛られたウンコがお目見え(´д⊂)
そんな時は散歩を諦めて、そのままドッグバスで体を洗って乾かして。何にしても私の労苦が増す事に変わりはない(>_<)
だもんで、できるだけ目覚めた瞬間を見計らって即、外に連れ出して足腰の衰えを防ぐべく散歩をさせるんだけど。
老体なのと、雪や凍結で歩きづらいのとで、日に日に散歩で歩く距離が減り。そのくせ家の中では徘徊しまくるのよな(-_-;
幼少期から排便を外でして育ってきたけど、最近は散歩に出ても排便を済ませきれないまま家に入ってしまい。
結果、家の中で徘徊しながらオシッコやらウンコやらをオムツキャッチする始末。
オシッコはいいけどウンコの処理って大変なんだぜ(´д⊂) 上手にオムツキャッチされず尻にベッタリの時なんてもう…。
そして先日も記事にしたとおり、ウンコキャッチ用のオムツをせっせと作って。一度に10枚作らんと追いつかんようになった。
なんだかなぁ。こんな事を続けて一日が終わると、私の貴重な人生がP爺の介護に費やされていく気しかしなくて(T_T)
P爺を押しつけられてから、早いもので2年ちょい。慣れたとはいえ、いまだに精神が崩壊しそうになる時がある(-_-)
P爺が来た当初はまだ元気で、シュナMと黒プーAと3頭まとめて散歩に行ってたけど、今は完全に別行動。
朝も夕方も、シュナMと黒プーAの散歩とゴハンを済ませてから、P爺を単独で散歩に連れ出し、ゴハンを食べさせる。
都合、朝夕で4回ワンコの散歩と食事に時間を費やし、空き時間で掃除だ洗濯だ炊事だ食事だ、で一日が終わる。
よく「3頭も面倒みて大変だね〜」と言われるたびに「あははっ、もう1頭も3頭も一緒です〜」って笑って答えるけど。
んなわけない。私の労苦は、黒プーAが来てから2倍になり、P爺が来てからは3倍どころか4倍5倍になってるのよ( ̄▽ ̄;)
近所の人たちがワンコ1頭とマンツーマン(←マン?)な生活をしているのを見ると、正直なところ羨ましい。
私だって昔はシュナMとマンツーマンで集中的に愛情を注いできたんだ。それが黒プーAの登場ですっかり様変わり。
シュナMと仲良くしてると、黒プーAがヤキモチを妬いて騒ぐし。黒プーAと仲良くしてると、シュナMが静かに拗ねるし。
2頭に分け隔てなく愛情を注いでるつもりでも、天秤が傾くのよな。毎日楽しいけどなかなか苦労してるんだぜ(>_<)
そこにP爺の登場で…なんていうかもう、私の人生はワンコに捧げてしまったと言っても過言ではない。
黒プーAを迎え入れた時も大変だったのよな。もう何度泣いてわめいて怒鳴り散らして、自己嫌悪に陥った事か。
ゴハンは食べない、そこら中に粗相をする、シュナMにはケンカを売ってばかりでちっとも仲良くなれない…。
そんな黒プーAに「なんでできへんのよ〜!(泣)」と当たり散らした事、数知れず。毎日ツラかったよ(´д⊂)
でもさ。そんなツラい日々もあったな〜って笑って思い出せるようになったのよ。黒プーAが可愛く育ってくれたから(*^▽^*)
粗相の回数も激減したし、去勢してからはゴハンをしっかり食べるようになって、シュナMとも仲良くなった。
「できなかった事ができるようになる」のが育児の喜びだけど。「できていた事ができなくなる」のが介護の悲しみなのよな。
P爺も若い頃は、元気にピョンピョン跳ね回って私の顔をベロベロ舐め回したりしていた事があったのよ。
でもここに来た頃には既に腰が曲がっていて。それでもみんなで一緒に散歩できたし、ソファやベッドに跳び乗っていた。
それがだんだん、足腰が弱って跳び乗る事ができなくなって。耳が聞こえなくなって、目も見えなくなって。
今までできていた事が日に日にできなくなっていくのを、毎日ずっと見せつけられるんだぜ、老犬の介護って。
去年の秋、P爺が三途の川を渡りかけた時、不安で悲しかったのと同時に、正直「やっと解放される」って思ったよ。
P爺に費やしてきた分が全部、これからは自分の時間になる。ブランクは長いけど勤めにも出られるかも。
ゴハンを食べられなくなったり、コロンと転んだりする、弱ったP爺を見ながら、そんな事を考えてたんだよ私。
結局、そんな私の汚れた目論見を嘲笑うかのように、P爺は復活の狼煙を上げたわけだが(^^;)
P爺の世話をするたびに、「いいよな〜、P爺の元気な頃しか知らんお気楽サンは。」と、元飼い主に届かぬ文句を垂れる日々。
そりゃもうたまの気晴らしで、エクレアのドカ食いでもせにゃ、こんな毎日やってられまへん。
いいの、競馬やポイ活で貯めたなけなしの小遣いで美味しいモノを買って食べるのが、ささやかな幸せだもの。
私が望んでP爺を受け容れたわけでもなければ、P爺が望んでここに来たわけでもなく。2年経っても互いの溝に愛情は埋まらない(^^;)
付かず離れずで2年ちょい過ごしてきたけど。P爺が旅立つ時に私、泣くかな?それとも解放感にひたってるかな?
老犬の介護って、綺麗事じゃ済まされないモノです。少なくとも私の精神はドロドロに汚れてるよ。
アイヌのウウェペケレだと「精神の悪い女」に区分されて、カムイからものすごい罰を下される事に違いない。
でもこれがさ。シュナMや黒プーAの介護ならなおの事、「昔はできたのに…」ってばかりになるんだろうね(´д⊂)
赤ちゃんの頃から育て上げてきて(シュナMは亭主ドノが育て上げたんだけど)、愛情たっぷりな日々を過ごしているだけに。
この2頭が将来、歩けなくなった、聞こえなくなった、食べなくなった…って姿を目にするたびに、泣くと思います、私(T_T)
育児も介護もツラい。でも育児の先には喜びがあるけど、介護の先には悲しみや苦しみしかない。と思う私。
P爺の姿を見て、シュナMと黒プーAの姿を見て、ワンコたちに囲まれながら、支離滅裂な記事を書く今日でした。