23年7月17日軽井沢レイクガーデンに行って来ました。そこは4つのローズガーデンより分かれていますが今回はフレンチローズガーデンを撮影しました。フレンチローズガーデンとエコルド・パリとは何の因果関係はありませんが、最初の1枚目撮影したのがモーリスユトリロでした、彼は後期印象派の後のエコルド・パリ派と呼ばれています。そこでエコルド・パリとフレンチローズを掲載・解説してみたいと思います。
「エコルド・パリ」とは~
1928年、パリのある画廊で開催された「エコール・ド・パリ展」が語源だといわれています。印象派のようにグループ展を開いたり、キュビスムのようにある芸術理論を掲げて制作したわけではなく、「パリ派」とはいっても、一般に言う「流派」「画派」ではありません。ピカソとマティスは、パリ派の双子のリーダーと形容されました。キース・ヴァン・ドンゲン、マリー・ローランサン、モーリス・ユトリロ、アメデオ・モディリアーニ、レオナール・フジタ、マルク・シャガール等がいます。
「レオナール・フジタ」1886年~1968年
藤田はパリのモンパルナスに住み、そこに集まった若手芸術家たちと交流し、刺激受ける中で自分独自の作品を模索していきました。はじめはパリの風景や、ピカソらのキュビズム絵画に影響を受けた作品、アンリ・ルソーの素朴で新鮮な画風に影響を受けた作品を描いていました。そして1920年ごろに、「乳白色の下地」の技法と、日本画で用いる面相筆や真書と呼ばれる、書道で用いる筆を使った細い輪郭線で裸婦を描くスタイルを確立しました。これが絶賛され、「乳白色の下地」を使って描く裸婦像は藤田の代名詞に。この乳白色の下地の特性を生かせるように、その作品のほとんどを藤田はキャンバスから手作りしていて、支持体には目の細かい麻布を使っていました。細く、長い輪郭線を引くためには下地が重要な役目を果たしていたからです。
「レオナール・フジタ」
「裸婦像は乳白色の肌と呼ばれ 細く流れる線描の技術」
「カフェにて」1949年
参照
https://omochi-art.com/wp/leonard-tsugouharu-foujita/
23年7月17日撮影
フレンチローズ「ジュネラシオン・ジャルダン」
鮮やかなローズピンクの大輪花。花芯を優しく包み込みながら盃状に開くエレガントシェイプ。花弁が丈夫で花の傷みが少なく花もちが良い。切花にしても長く楽しめます。樹は耐病性が強く生育強健で非常に育てやすいです。秋までには背丈ほどの樹高になるため、アーチやオベリスクなどに絡め、ショートクライマーとしても楽しめます。花名の「ガーデン世代」は同名のガーデニングの振興協会に捧げられました。
品種名 ジュネラシオンジャルダン
咲き方 四季咲き
花色 ローズピンク
香り 中香・ティ
作出年 2009年
作出者 Dellbard
作出国 フランス
参照
https://www.delbard-japon.com/2018/03/15/1530/
※8月5日(土)6日(日)はお休みです。
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