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取手市の神社と寺院

青柳から和田まで取手市内の神社・寺院・堂宇・石仏などを町名順に巡っていきます。

渋沼 渋沼稲荷神社

2013-09-08 12:20:24 | 神社・寺院
藤代南中学校の南西300mほどの所に境内があります。
左側は渋沼区民会館の建物です。
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鳥居(平成4年、1992)の〆の子は御神酒の手桶です。
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〆の子に近寄って見ると、正宗と書かれています。
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鳥居の前方に幟立ての支柱(昭和57年、1982)が立っています。
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境内の外側、鳥居の右側に金毘羅大権現の石祠(天保3年、1832)と不明石柱があります。
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参道の右側に雷神宮の石祠(慶応3年、1867)があります。
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同じく参道右側の手水鉢(天保5年、1834)です。
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手水鉢の奥に石塔が並んでいます。
これは天満宮の石祠(文政2年、1819)です。
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加波山三社大権現の石祠(文政2年、1819)。
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左から庚申塔(延宝7年、1679)、十六夜塔(寛政7年、1795)。
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左から待道大権現の石祠(弘化2年、1845)、像容不明の石塔(文久元年、1861)。
ところで、右側の台座に女人講中と刻まれていること、台座の形状・大きさの組合せなどからして、この二基の台座が何かの偶発的な事情で入れ替わったのではないかと勝手に推測しています。
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参道の両側に置かれた灯籠と白狐像は何れも再建時(平成4年、1992)に奉納されたものです。
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参道の左側、松に囲まれた場所に高須弘信講の大師堂が建っています。
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内部の大師像。
座り心地良さそうな座布団です。
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社殿(平成4年、1992)の正面。
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向拝部の扁額と鈴。
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社殿の内部です。
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社殿の脇にも小さな鳥居(平成15年、2003)、一対の白狐像(明治17年、1884)、石塔等が奉られています。
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左から稲荷大明神の石祠(明和7年、1770)、稲荷大明神(享和2年、1802)。
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左から大日如来像(寛文10年、1670)、二十三夜塔(寛政12年、1800)。
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紫水 日枝神社

2013-08-05 13:05:56 | 神社・寺院
県道210号谷田部藤代線から久賀駐在所の脇の道を小貝川の方へ50mほど行った所。
敷石を並べた小路の先に集会所と境内があります。
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参道から見た境内の全景。
一見して神社と判る物はありませんが、『ふじしろの石仏』に日枝神社として記載されています。
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参道の左側に四國六十二番と刻まれた札所塔(天保10年、1839)があります。
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同じく参道左側の子育地蔵菩薩像(文政11年、1828)。
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参道の右側に手水鉢(大正15年、1926)があります。
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参道の右側に並んでいる石仏。
左から不明仏、地蔵菩薩像(貞享5年、1688)、箱形地蔵菩薩像(年記不明)。
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祠の正面です。
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祠の中には、不明神像(宝暦3年、1753)とオビシャのものと思われる弓矢が安置されています。
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祠の右側に立つ塔婆型の供養塔(宝永4年、1707)。
破損した笠の部分が後方に置かれていました。
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山王 細井共同墓地

2013-07-21 12:49:30 | 神社・寺院

細井公民館から東へ100mほどの場所に共同墓地があります。
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共同墓地に隣接して地蔵堂が建っています。
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堂宇の扁額には「細井子安山(延命?)地蔵院」と刻まれています。
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堂内には扉を閉ざされた厨子が安置されています。
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天井に鐘が吊られています。
脇の木槌の柄には「復帰奉納平成五年三月吉日」と記されています。
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堂宇の左側。
紫陽花とヤツデの葉で覆われた手水鉢(天保3年、1832)。
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墓地の入口を入ってすぐ右側に六地蔵菩薩像(年記不明)が並んでいます。
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六地蔵の左側、墓地の隅に石塔が並んでいます。
左から阿弥陀如来像(延宝6年、1678)、十五夜塔(元禄4年、1691)、十九夜塔(宝暦5年、1759)。
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山王(細井) 山王神社

2013-07-02 18:11:43 | 神社・寺院
祭神:大山咋神(オオヤマクイノミコト)
『ふじしろの石仏』によると、享保期に本田の山王神社より分祀したとあります。
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県道19号取手つくば線沿い、聖徳学園大附属中高の南東500mほどの所に境内があります。
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境内の入口右側に道祖神の角柱型文字塔(年記不明)が立っています。
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一の鳥居(安永8年、1779)です。
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一の鳥居を潜ると参道の左側に石塔が並んでいます。
左から青面金剛(文化7年、1810)、庚申大神(大正9年、1820)、庚申塔(明治41年)。
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左から庚申(元禄?)大神(明治29年、1896)、庚申塔(文化7年、1810)、不明塔。
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左から待道大権現の石祠(大正6年、1917)、待道大権現の石塔(年記不明)。
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さらにその隣、刻字は判読できませんが、『ふじしろの石仏』には性病神(明和4年、1767)とあります。
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二の鳥居(平成9年、1997)は『ふじしろの石仏』に記述のある慶応元年建立の鳥居を再建したものだと思われます。
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二の鳥居を潜ると参道の左側に稲荷大明神の石祠(宝永7年、1710)と一対の灯籠(宝暦11年、1761)が祀られています。
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参道の左側の手水鉢(明和5年、1768)。
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参道の右側には神社仏閣供養塔(文政9年、1826)。
初秋になると辺りは彼岸花で鮮やかな赤色に彩られます。
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社殿の正面右側に文殊菩薩像(享保3年、1718)。
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社殿の正面です。
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社殿の向拝部。
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社殿の内部。本殿が祀られています。
窓がないため中は暗いです。
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境内の左側、小高い塚の上に御嶽大神の石碑(明治23年、1890)が立っています。
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社殿の左側にも石塔が並んでいます。
左から不明神(『ふじしろの石仏』には子大神とあります)の石祠(寛政4年、1792)、二十三夜塔(宝暦9年、1759)、二十三夜塔(天明3年、1783)。
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左から庚申塔(元禄7年、1694)、青面金剛(享保10年、1725)。
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境内の左奥には天満宮の小さな祠があります。
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祠の中には菅原道真像が祀られています。
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社殿の背後に石神大明神の祠が建っています。
祠の左脇に生い茂っているヤツデの葉の中に、実は青麻岩戸三光宮の石塔(明治30年、1897)と不明石柱が隠れています。
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祠の中には石神大明神の石祠(天保3年、1832)と沢山の男根が祀られています。
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境内の右奥には三峯神社の祠(昭和55年、1980)が建っています。
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祠の中には三峯神社の石塔(年記不明)が祀られています。
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