クオリティー・オブ・ライフ QOL

医院・クリニック開業コンサルタント 佐藤 徹

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シュカブラ ・・・ 雪 紋

2020-04-09 16:47:11 | 日記

 

    昨夜は小雪混じりの季節風が吹き荒れて、氷点下10度の外気はテントの中にも侵入し、早朝目を覚ますと、インナーが水蒸気でバリバリに凍り付いて固くなっている。九州の人間にとっては、この気温は稀であり、起き上がろうにも体が動かせない。シュラフカバーをまとった厳冬期用羽毛シュラフの中は、抜け出せない程とても温かいのだ。

 冬の連休を利用し、緒方町尾平鉱山跡地から、ソロで祖母山(1756m)の主稜線上である宮原(標高1402m)まで、標高差800mをゆっくりと十数キロのザックを担いで時間をかけて登り終えると、直ぐに居を構える(冬用軽量テントの設営)。日が暮れるまでの間、簡易ストーブに火を付け、ソローを読んだりジャズを聴いたり、風の音に揺られながら『自身の仕事の質』を問うて見る。『仕事に愛はあるのか、正統性は主張出来るか、俺は間違っていないか』などと。

 翌朝テントをたたみ祖母山へと、標高差350mの縦走に出発する。雲一つない紺碧の晴天である。歩き始めてふと立ち止まり頭上を見あげると、すっかり落葉した支枝に凍り付いた霧氷が陽光に照らされて、風に舞いキラキラと、眼の前を舞い落ちていく。その光景は、冬山に登った者にしか味わえない至福な光景である。

 四季を通して見慣れた風景も、後ろを振り返ると、雪と風が作り出す幻想的な造形美『シュカブラ』と、うっすらと積もった雪の上に、私のトレイルのみが刻まれていた。

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久し振りの九重連山

2019-04-25 18:01:44 | 日記

 

  過日の4月中旬、久し振りに久住山南登山口から15年振りに久住山を目指して入山をしてきた。
  春の陽光はとても眩しく、ソメイヨシノの桜の花も、標高の高さからか、街とは違ってまだ満開で、久しぶりの来客を喜んでくれている様子だ。
  「・・・九重は高し雲を生みつつ」の北原白秋の石碑を詠み、今日のスタート地点に到着する。
  阿蘇国立公園に位置する総称を九重山群といい、その主峰の事を久住山(1787M)といわれている。コンクリート道を時々後ろを振り返りながら、広大な飯田高原と、祖母・傾山や阿蘇山の山々を眺めながらゆっくりと登っていくと、やがて森林帯に入る。旧猪鹿狼寺本堂跡の石祠を見ると清流を渡っていよいよ七曲の急登の始まりだ。
  登り始めて約3時間半、標準的なコースタイムと比較して随分と遅いのは、途中で鉱山植物の観察や、新緑の開花などの撮影などで、春の山登りとはとても誘惑が多いからだ。
  やがてコースは稲星山と九重山のコル(鞍部)に到着すると「神命水」といって、汗をかいて登ってきた者のみが恩恵を受けられるこの上ない贈り物の水場がある。そこでしっかりと汗を洗い流し、すぐに目の前に迫る久しぶりの久住山を目指す。
  20分ほどで頂上である。東方面に目を向けると、登るときに勇壮な姿を見せてくれていた稲星山(1774M)が屹立している。北西方面に目を向けると東千里ヶ浜、その間に白口岳、九州本土の山で最高峰の中岳(1791M)が聳える。天狗ヶ城(1780M)北方面に三俣山(1745M)硫黄山(1550M)、星生山(1762M)その手前に北千里ヶ浜を俯瞰できる。牧ノ戸方面へと下山していく登山者が、何パーティーも見える。やはり久住山は、九重連山の中の主峰の位置づけの意味が久し振りに登ってみて解る。 
  ほとんどの九重連山の山々を望むことが出来るのが、主峰久住山の魅力である。
 山頂で遅い食事を済ませ、たっぷりとした遠望と、西側に切れ落ちた高度感を堪能して下山することにする。さすがに南登山口からの登山者は手強い相手なので、休日にも関わらず、昇り降りで二組のパーティーとすれ違っただけであった。
 頂上出発が少し遅くなったので、下山は途中暗くなってしまったが、慣れた登山道なので昔では考えられない位明るいLEDライトの明りでゆっくりと下山である。
 久し振りの九重連山本峰「久住山」は、相変わらず女性的で、変わらぬ表情を見せてくれた。白秋が詠んだ「草深野ここに仰げば国の秀や九重は高し雲をうみつつ」を体感できた久し振りの山行であった。

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メディカルタウン構想に対する考察

2017-07-25 18:15:21 | 日記

  その昔、今から25年以上も前に、診療科の違う複数のドクター同志が集まって、同じ敷地の中に共同出資で戸建の建物を建て、検査機器などを共有する「グループクリニック構想」なるものが、流行り始めた時がありました。お互いに資金を捻出しあい、同じ建物の中で共同経営を行うという構想です。その後この構想は、利害と目的にアンバランスが生じ、最終的にはもつれあい、上手くいかなかったケースが見受けられました。

  上記のように、利害は絡み合わないとはいえ、同一敷地内に違う診療科の医療施設がワンストップで建ち並ぶ、メディカルタウン構想も一見考えると集積性があり、患者にとっても便利なようで、開業を目指すドクターにとっても、飛びつきたくなるような魅力を感じることは、無理のないことのように思えます。しかし、余程用心深く判断をして頂きたいと思うのです。旨そうな話には裏があることを考慮し、開業を希望する医師自身が地域の実態をくまなく調べ、納得がいく(患者様が絶対に来る)場所であるかを理論的に検証してみることをお勧めしたいのです。

  過去にある大手デベロッパーが、新しく出来たばかりの大型団地の入り口に「クリニック開業最適地!3区画!」という、大きな看板を掲げ、開業希望医を募集していました。私にも、どなたか居ませんかという相談を持ちかけられたことがありますが、お断りしたのです。

  理由はというと、いくら数百区画の団地といえども、団地購入者のほとんどは、30代40代が多く、若い年代の傷病率はとても低いのです。ましてや働き盛りのこの年代は、昼間ほとんど働きに出ており、昼間人口が極めて減少する場所だったのです。(結局売れなかったので良かったのですが)

  このように、不動産絡みで、基本的な基礎調査を行わず、「販売ありき」のみで誘致を乞おうとする業者には、執拗なほどの用心が必要だと思うのです。

  ひいては後々に苦労するのはドクター自身なのですから 。    

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山へのいざない

2014-05-27 12:03:22 | インポート

 

  25年間勤めたサラリーマン生活の間、若い頃にストレス解消にと始めた山登りも、6年前に独立起業してからは、あえて遠慮して山歩きをかなり封じこめていました。

 しかし今年のゴールデンウィーク、知己の友人に誘われて、久し振りに九州ではとても奥深い山「夏木山」を訪ねてみました。


 この季節、九州の傾山山系「夏木山」には、まるで貴婦人のような、アケボノツツジやミツバツツジ、シャクナゲなどの高山植物が、華やかに競い合って群生しており、清楚な威厳を漂わせ、登った一部の登山者にだけ、その艶やかさを楽しませてくれます。

 

 3人の子供がまだ幼い頃、家族5人で九重山系や、山深い清流でキャンプをしたり、春・夏・秋に高原に咲く花を山野草の図鑑を見ながら花の名前を覚えたり、昆虫を子供たちと追いかけたりしたものです。


 その子供たちも今では全員家庭を持ち、またいつか自分の子供たちを里山に連れて行ってくれることでしょう。子供たちには、本当の自然に触れさせられたことが、何よりもよかったなあと、今になっては思っています。

 山に登るということは、有酸素運動にもなりますし、標高が100メートルが上がるごとに体感温度は
0.6℃下がりますので、クーラーばかりにあたっているよりも、だんぜん体に良い事は明らかです。


 最近は山ガールなどと、若い女性がおしゃれをして、自然に触れることが話題になっているようですが、美容と健康のためにも大変喜ばしいことだと思っています。


 山はよく人生に譬えられますが、数多く登っている経験からも、全くその通りだと思います。ずっと続く急登はありませんし、必ず尾根があり谷があります。何度も繰り返して山頂を極めます。しかし、何も山頂だけが目標でなくても良いのです。帰りの体力を十分残し、無理をせずに途中で下山しても「今日の自分の
ピークはここまでだったのだ。明日も頑張ろう!」と言うような楽観的な精神要素も大切です。Img_1143_3

 

里山や、皆が登るメジャーな山であれば、一定のルールと法則を守って登れば、けして危険ではないし、次の日からの生活の充実感を、自然は必ず約束してくれるのです。




秘境で静かに咲くアケボノツツジ 5月4日夏木山にて 

 

 

 

 

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感 謝

2012-08-24 13:49:53 | インポート

某住宅メーカーに就職して間もない頃、「石の上にも3年だぞ!」と叔父に言われて、その後約25年間、色々なことがあったが、転職することもなく頑張ることができた。今となってみれば、本当に有難いアドバイスであったと、叔父に感謝である。その叔父も早くに他界してしまったが、「人生の目的とは何か」を考えさせられた25年間であった。

医療とは無縁の職場に就職したのだが、仕事をしていく中で、勤務医の方々との縁に学び、「地域医療に貢献されるドクターのサポートがしたい」との思いから、医業経営のノウハウを学ばせていただいた。  今も、地域医療に貢献して頂いている、数多くの先生方のクリニックの開業をお手伝いさせていただけたことは、私にとりまして生涯の財産です。

私が子供の頃に亡くした母に次ぎ、昨年父までも、とうとう他界してしまった。

私がまだ若い頃、父とは良く酒を酌み交わしながら、「生と死論」なるものを酒の肴にしてしまい(親父だから許されたのだ)勢いで父と語らっていくうちに、よく「生老病死」についての議論にまで発展したものです。

Fa067_4 私が、『俺にとって人の死とは、永遠に自身の滅であり、忌み嫌うものである』と告げると、一方父は、『今や宇宙の星が超新星となって生まれ変わることが、科学的に検証できるような時代だ。人間も生命を謳歌し、やがて新しい星が生まれるように、長遠な時空を経て、新しい生命として生まれ変われるのではないか。お前も今の人生を充実させ、生きているうちに他者を思いやる生き方をするんだぞ!』と。 そしていつも必ず最後に『俺の死に様生き様をしっかりとみておけよ!』と付け加えるのであった。理解できたようで出来ないような・・・、父とのこんな議論はいつも深夜まで続いたのである。厳しい父であったが、こんな話に夜中まで付き合ってくれる親父が大好きであったのだ。

いま私は、沢山の仲間達に支えられて生きていることを実感し、感謝の思いを胸に毎日を過ごしている。  ドクターが地域医療の為に、独立開業を成功されて、これからの高齢社会の中で、生きていかれるご高齢者や患者様が、傷病や疾患を少しでも早期に発見・治療され、満足した人生を送られるためにも、私は心を込めて裏方に徹し、開業を目指されるドクターと地域の方たちとのマッチングを成功させるために、精一杯支援させて頂きたいと思っている。

父は、言葉通りに見事な人生の終焉をとげた。

「親父、見事だったね!ありがとう!」と、私はそっと最後の耳元に 囁いた。

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