真・超絶!!きりん返し

俺は何度でも立ち上がるッッッ!!

関西人考察

2006-05-23 04:31:17 | Weblog









関西人はズルい。


奴らはずるい。

ブラジル人FWがJリーグで得点王になった挙句、日本に帰化して代表に選ばれてW杯にでるぐらいずるい。

奴らはもともと我々と持ち合わせているものが違う。すってる空気が違う。考えてることが違う。


とにかく、スペックが違うのである。

関西弁エリア外の人間から笑いを取ろうと思ったら、小生と同年代であれば、


「パーティーいかなあかんねん。」

というだけでいいのだ。まことにずるいことこの上ない。






2006年1月中旬。

「おまえ、来月から三重県な。」

小生の派遣担当者から衝撃的な指令が下される。





小生 : あの、僕に断る権利は・・・。

担当者 : ない。


2005年2月、東京から逃げ帰ってきた小生はとりあえずの職場に選んだ車で30分のパチンコ店。9ヶ月あまり働いてなんと、異例の他店舗への移籍。
しかし、移籍した先の店舗では派遣スタッフの人件費が猛烈に高いことから週休2日の1日7時間労働。はっきり言って金にならない。
そのことを担当者に愚痴るもさしたる対応は見られず、費用は高いが他のスタッフと大して変わらない仕事振りのスタッフとして、店舗側の代表者から軽く煙たがられる日々が続いていた矢先のことである。
しかし、何の相談もなしにいきなり三重県とか言われても・・・。



担当者 : でも、時給1500円だぞ。

小生 : !!





小生の時給が1300円なので、破格の昇給である。





担当者 : しかも、二十歳の女の子と一緒に。

小生 : 行きます。僕に任せてください!





断る理由はなかった。








小生の登録するこのパチンコ店専門の派遣会社は、その業界でもそれなりに大手の会社らしく、TVCMとかも放映しているぐらいである。
しかし、そんな大手の会社でも今回の三重県の案件は特別なものらしい。
内容はというと、クソみたいな接客しかできないパチンコ店がこの大手派遣会社に接客研修を依頼して、どうにかクソスタッフをまともなスタッフにしたいとのことであるのだが、今までも研修自体は行っているのだが、今回の案件は研修後も優秀なスタッフをクライアント店舗に残し、研修で学んだことを浸透させようという魂胆である。

その優秀なスタッフとして小生とその顔も知らぬ二十歳の女の子に白羽の矢刺さったのである。なんとも光栄なことであると正直思う。


そして2006年1月末日、名古屋市内某所にて三重県での案件の説明会を兼ねての初顔合わせが行われる。

そこで小生はこれから3ヶ月ともに働く二十歳の女の子と初対面を果たす。
そこで小生に衝撃が走る。
















かわいい。





いやマジで。





こんな女の子と3ヶ月も一緒に働くことができるなんて。
高鳴る胸、ほとばしるロマンス。

何かを期待せずにはいられない。


2006年はいい年になりそうだと思う、24歳であった。



つづく


====次回予告====

破格の高時給に期待の込められた仕事内容。
加えて美女つきのオファーに二つ返事で快諾した小生。


関西人考察と銘打っての記事に関西人を出せずにいる小生は、果たして次回で関西人を出現させることができるのか!?

そして小生と美女「Cちゃん」が三重県で目の当たりにした惨状とは!?


次回、真・超絶きりん返し

関西人考察シリーズ

第2話『終わりなき工程』


お楽しみに。







コメント
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勝敗は薄氷の上に・・・。

2006-05-21 14:50:14 | Weblog







====前回のあらすじ====
O市内の別の店舗に移籍し、それまでの半分ぐらいしか稼げなくなってしまった小生は、慢性的な金銭不足を解消する手段として、10ヶ月にわたって封印していたパチスロを解禁する。
===============






ていうかね、














半年前のある1日の立ち回りなんて覚えてるわけねーだろ!








というのも、ココ半年間はパチスロやら仕事やらで自宅のPCの前に座ることがあまりなく、ブログの更新もサボりにサボっていたので、前回も次回予告とかやってしまっておいて半年にわたる放置プレイ。

と、いうわけで、ココ半年間の立ち回りをダイジェストでお送りいたします。



□ 2005年11月初旬 □
・復帰初日、700G代の番長を発見し天井まで追いかけ2箱出し、マンクラで1箱飲まれるが、あんまり良くわかってない吉宗に座り10Gぐらいでいきなりチェリー解除。24K勝ちでその日は終了。

・翌日、あっさり2万やられる。

・東京から一時的に帰ってきた友人(弊社代表)につれられ無理やり吉宗を打たされるが、奇跡の80K勝ち。吉宗との蜜月の日々がその日から始まる。

・勤務先のパチンコ店にて、閉店作業時に1Gだけ回したら松解除を引く。

□ 2005年 11月下旬 □

・午前中はパチスロ(というか吉宗)、夕方からパチンコ店にて仕事という、1日中パチンコ店にいる生活を繰り返し、収支は順調に上がっていくが身体は限界に。

・実戦での松解除は未だにない。

・彼女も未だつくれず。

□ 2005年 12月上旬 □

・朝一3kで午後2時には8000枚出す。もちろん吉宗で。仕事をサボってやろうかと考える。

・このころ、吉宗以外で勝てる気がしなくなる。

・仕事を終えて家に帰らずそのまま朝一で吉宗を打って勝つ。家に帰ってないが、歯を磨きたいがために風俗店に行きそのまま出勤するという豪気な生活を送るも身体は限界を超える。

□ 2005年 大晦日 □

・朝一で吉宗。しかし、天井→REGを2セット。こっぴどく負ける。

・別の店でやっぱり吉宗。そこで初の実戦での松解除をし奇跡を起こす。でもその日はトータルー50k。

・24時間営業の三重県に人手として駆り出される。2006年をパチンコ店で、スタッフとして迎える。


□ 2006年 1月上旬 □

・勤務先の連中とノリ打ちチームを作る。が、収支はあまりあがらず。

・勤務中にホールで何度も意識が遠のく。

・設定6の吉宗で30k負ける。

・彼女は未だにできる気配すらない。

□ 2006年 1月下旬 □

・2月から三重県に移籍することが上層部に勝手に決められる。

□ 2006年 2月 □

・三重県の吉宗に100k負ける。

□ 2006年 3月 □

・三重県の吉宗に50k負ける。

□ 2006年 4月 □

・三重県の吉宗に50k負ける。

□ 2006年 5月 □

・愛知に戻ってくる。

・愛知県の吉宗に30k負ける。

・ゲームセンターの吉宗で、100円で松解除をするもREG4連。

・彼女を作ってはいけないと思いはじめる。





と、ブログをさぼっていた半年はほとんど吉宗ばっか打ってましたが、ココ最近は彼も自分の寿命が短いことを悟っているのか、小生に対してそっぽを向き続けており、当初負債を軽くするために解禁したパチスロも、いまやその負債が徐々に大きくなりつつあるので、再び引退の2文字が頭をよぎるのである。

久々に書いたらなんかオチもつけられませんが、パチスロは少し自粛して、更新に精を出すことにします。


以上










コメント
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