切れ切れ爺さんの徒然撮影&日記

主に寺院や神社等を中心に、文化財の撮影と紹介。
時に世の中の不条理への思いを発言していく。

正月気分? ほとんど感じられなかったな

2019-01-06 23:16:49 | 日記


新年になって明日で1週間。歳をとると月日の流れは本当に早い。無常観すら感じられないほどのスピードで過ぎていく。

年末年始、大昔は家族で貧乏ながらも、年越しそばや母親が用意した手作りのおせち料理が出たものだ。その母も認知症を患い、ある日突然誤嚥を起こして亡くなった。父親は長生きこそしたが、体調の衰えとは言え、最後はだらしない形で入院。その深夜に誰にも看取られず亡くなった。
こうして1人の生活になって、今度は自分自身がいつ死ぬのか、と考える日々が増えていった。
そのような状況で年越しそばとか、「NHK紅白歌合戦」あるいは新春の特別番組などといったことを考える前に、興味すらなくなっていく。独居老人なんていうのは大概そんなもんだろう。
それでもテレビのニュースやドキュメンタリーを見ていると、最底辺の生活にまで落ち込んだ身寄りのない老人たちが、せめてもの年越しそばなどを食べている姿を見ると、世の中の流れに対する未練と言うものが、どこか心に染み付いているんだろうと思う。それはそれでその人の人生がなせるものと言うことで、十分納得できるし、いいものだとは思う。
でも自分にはそういう心境にはどうしてもなれない実態があると言うのが事実だ。

元旦の日に、若者が東京原宿で車を暴走させ、多くの人をはねて怪我をさせたと言う事件があった。今のところ死者は出てないものの、意識不明の重体の学生がいる。犯人は供述の中で「オウムの犯人たちを死刑にしたのが許せない」などと、死刑反対の意思を示すために事件を引き起こしたなどと言っているようだ。

もちろんこれが本心なのか、自分を納得させるために思いついた言い訳に過ぎないのかわからないが、全く以て許せない事は事実だ。
第一、死刑制度反対などと言うのはどこに向かって言うべきなのか、主張すべきなのか。なんでその思いが新宿にいる一般の人たちに向かうのか。脈絡が全くデタラメだ。このような事は本来、路上で自分の主張を垂れ幕持って訴えればいいし、署名活動でもしたらいいし、それを法務省なりに届けてもいい。
特にこの事件だけに限らず、あちこちで起こっている事件なり、あるいはパワハラ、セクハラ、モラハラ、マタハラ、アカハラといったものは、それを行う人物のすぐ周辺にいる、少なくとも自分より弱い立場の者に向かってなされている。全部心意気の弱い愚劣な精神の持ち主でしかない。弱い立場の者に対して、自分が偉いことを見せつけ、それでストレスを発散して優越感に浸っている。
とまぁ、こんな小さな小さなどうでもいいようなことに、今の日本社会の組織の中で暮らす人間たちは邁進しているのだ。ネットニュース見てても、正月早々からそのような「小さいけつの穴しか持ってない」よなくだらないニュースが、山のように出てくる。
背景には平和ぼけ日本の、自分はあいつらよりはマシだとの、これまたどうでもいいような、器の小さなところで満足している情けない姿の日本人集団がいるとしか見えない。
結局は日本政府の、あるいは官公庁の連中が様々な法案や制度を次々に施行する中で、日本人全体が、「日本は満足できる国」だとの幻想を植え付けられ、いわば「1億総腑抜け」状態に貶められた結果なんだろう。

だから年末年始のおめでたい毎日のテレビや新聞などを見ていても、何の感慨もわかないし、評論家や識者と言われるような人々も一部を除いては、鋭い発言や発信が出てこない。このような状態に対して、凄い時代としての閉塞感、そして危機感を覚える。
要するに政治的な内容に対して、大半の公的立場にいる人たちが何も言わず、能天気にテレビに出たりしている。日本が置かれた現状は少子高齢化を筆頭に極めて厳しい将来が予測されているにもかかわらず、毎日毎日テレビでは、同じような顔ぶれの低俗芸人たちが低俗な中身を、遊ぶような形で出演して法外な所得を得ている。こんなことでいいんだろうか。

そんな中モデルでタレントのローラが、「沖縄の米軍基地辺野古移設反対の署名をしよう」と訴えたことが少し話題になっていた。日本では芸人やタレントが政治に関わる発言は強く止められている。そのため誰も何も言わない。そのうちにそれが当たり前になって、こういう連中は揃いも揃って政治的無関心状態に転落していく。そんな中、ローラの勇気は自分でも非常に関心を持ってニュースを読んでいた。

彼女は多くのCMに登場しているが、それがどうなるのかと言う心配もあったが、今も変わらずにCMに登場している。しかし1本だけ降ろされた。テレビで派手に宣伝をしている「高須美容クリニック」のCMだ。あの高須院長と言うのは、れっきとした右翼だ。政府のやってることに反対する奴は許せないと言うことなんだろう。
こういうけつの穴の小さい奴らが今の日本を牛耳っている。それはテレビや新聞など、マスメディアの世界でも明白になりつつある。テレビには右翼、右派、保守系人物は評論家でもタレントでも芸人でも普通に出演している。しかし、リベラルあるいは左派の人たちはほとんど出演の機会はない。明確な政治的圧力が働いてるとしか思えない。
毎日のようにテレビに登場するばかタレントどもが、本当に馬鹿にしか見えない。しかもその中にはCMのほうも含めて、明確な右翼の連中も毎日のように顔を出している。こんな奴等が出ているテレビなど、自分にとってはテレビの堕落としか思えないし、見る気もしない。
とまぁこんな愚痴を心の中で呟きながら、正月も普段の日も何も変わらずに過ごしている毎日だ。まぁこんなことを心の中だけで留めておくと「切れる老人」になるので、せめてこのブログで吐き出しておくというのが、今自分ができる精一杯のことだ。

正月早々こんな文章を読まされる方も気の毒だとは思うが、やはり独居老人になってみると、あるいはまた少ない友人とほんのたまにしか会わないような状況に置かれると、こんな心境にもなってしまうもんだと言うわけで、今日のブログの内容は、愚痴を少しだけ晒さしていただいた。
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