未来の少女 キラシャの恋の物語

みなさんはどんな未来を創造しますか?

第8章 生きるために

2021-08-16 16:48:37 | 未来記

2007-03-18

1.タケルの錯乱

 

火星へと向かう宇宙船の中。

 

マギィがよこしたメールのおかげで、完璧に切れてしまったタケルは、いくら待っても来ないキラシャのメールにイライラし始めた。

 

タケルは、何のために火星に行くのか、何のためにひとりぼっちでいるのか、繰り返し自分に問いかけた。

 

『オレは、耳が聞こえないのが怖いのか?

 

別に耳が聞こえなくても、いいじゃないか。オレはパスボーがやりたいだけなンだ。

 

でも、耳が聞こえないまま、パスボーはできるか?

 

いやできるさ。もっと反射神経をきたえて、人より早くボールをキャッチすればいいンだ。

 

そうだよ。周りが何て言ったって、かまわない。

 

キラシャが無理だって、怒ったって、オレは絶対に夢をあきらめないぞ!

 

スクールじゃ、ケンカだって負けなかったンだ!

 

人に嫌われたって、知るもンか!

 

ケンカだってパスボーだって、絶対オレは負けないンだ!!』

 

それからというもの、タケルはあたりかまわず人にぶつかっては、生意気な口をきき、わざと相手を怒らせては、ケンカを始めた。

 

しかも、殴りかかろうとする相手をあざけるように、タケルは身軽にその攻撃をかわした。

 

 

タケルの突然の豹変と、周りからの苦情にあわてふためいたタケルの両親。

 

逃げ回るタケルを船内中追いかけ回したが、身の軽いタケルはなかなか捕まらない。

 

大勢の人に協力してもらって、逃げる場所がなくなったタケルがトイレに籠った状態で、睡眠剤のスプレーを部屋に注入し、タケルを眠らせてこの騒動が終結した。

 

しかし、目覚めたタケルは、トオルがどんなにやさしく話かけても、暴言を繰り返し、あげくに暴力を振い始めた。

 

トオルは、精神分野の医療技師に相談し、タケルの治療をお願いしたが、先生の言うことをまったく聞こうとしない。

 

最終手段として、しばらく睡眠状態にして、カプセルにタケルを閉じ込めることにした。

 

MFiエリアでは、ケンカの回数が多くて、ずいぶん手を焼いていたタケルも、宇宙船では、実に優等生だった。

 

それが、正常な大人への成長だと、どうも勘違いしてしまったようだ。

 

思い起こせば、トオルにも急に耳が聞こえなくなった時があったのだ。

 

まるで自分だけが別の世界に取り残されたような、不安といらだちに、気が狂いそうになったことがある。

 

きっと、タケルもさびしくてたまらなかったのだ。

 

どうして、そんなことに、今まで気づいてやれなかったんだろう。

 

「タケルは、このまま火星に行くより、地球へ戻った方が良いのかもしれない」

 

トオルにとっても、これは重い決断だ。家族みんなで励まし合って、参加を決めた火星行き。

 

もし、これを断念して、地球へ帰るとなると、また別の費用がかかる。

 

火星の医療研究員という仕事もやめるとなると、新たに医療技師を雇ってくれる宇宙ステーションを探さなくてはならない。

 

Mフォンで情報を手探りしながら、今後のことをミリと2人で話し合い始めた。

 

2007-05-20

2.ホームステイ

 

キラシャは、検査が終わった日に、担当の医療技師から外出許可をもらい、久しぶりに両親のもとでのんびりと過ごした。

 

じっとしていても退屈なので、キラシャは気晴らしに動物園へ。

 

そこでは、“おしゃべりするゾウ”をはじめ、いろんな動物が首を長くしてキラシャを待っていた。

 

「元気?」とあいさつするキラシャに、「まぁまぁだよ」とか、「どうも、このごろねぇ」と動物たちから返事が返って来る。

 

動物園のアプリが入ったMフォンをかざすと、動物はしゃべらなくても、言いたいことが言葉になって聞こえて来るのだ。

 

“おしゃべりするゾウ”は、どこでやり方を身につけたのか、舌を器用に動かして、息を口から吐き出しながら、しゃべっている。

 

だいぶん年なので、動きものっそりだ。キラシャがそばによると、ゆっくりと座りなおし、キラシャに背中に乗るように鼻で合図した。

 

「キラシャを乗せるの、久しぶりだゾウ!

 

会えてうれしいゾウ!

 

またジャングルごっこしたいゾウ!」と、息を荒くして言った。   

 

しかし、年老いたゾウは、キラシャを乗せて立ち上がると、まっすぐには進めず、あっちふらり、こっちふらりして、キラシャをあわてさせた。

 

それに気づいたラコスが、急いでキラシャを降ろし、ゾウをしかりながらゆっくりと元の場所へつれて戻った。

 

キラシャはその日の夜、ラコスにさびしそうに言った。  

 

「…“おしゃべりするゾウ”も、本当に死んじゃうのかな…。

 

あたしのこと、いっぱいかわいがってくれたのに…。

 

あたしがスクールを卒業するまで、生きていて欲しいよ。

 

だって…“おしゃべりするゾウ”がいたから、動物園で楽しく遊べたンだ。

 

となりの植物園にあるジャングルのコーナーで、

 

“おしゃべりするゾウ”がパオーンと鳴いたら、何人驚いて腰を抜かすか当てる遊び…。

 

あンなこと、もうできないンだよネ…」

 

「おいおい、もうこれ以上おまえの苦情を受けるのはゴメンだよ。

 

おかげでパパは、植物園の園長から、何度怒鳴られたか~。

 

あんたはちゃんと娘をしつけたのかってね…」

 

ラコスはため息をついて、

 

『わが娘とは言え、とんでもないおてんばに育ったものだ』と苦笑いした。

 

キラシャの方は、今が一番つらいと感じていた。

 

“おしゃべりするゾウ”も、そして、尊敬するキャップ爺も、いつかは自分をおいて天国へ逝ってしまうのだろうか。

 

タケルは、相変わらずメールを送ってこない。もう、タケルをかまう余裕がキラシャになかった。  

 

それより、自分よりたくさんのことで苦しんでいるパールがいる。

 

戦争のことはよくわからないけど、せめてパールが元気になるよう、何とかしてあげたいなと、キラシャは思った。   

 

次の休日になると、キラシャがホームステイしていることを聞きつけた友達が、かわるがわるキラシャの部屋に押し寄せた。  

 

それほど大きくない部屋が、子供たちに占領されていた。

 

外の海に飛ばされた時の様子が聞きたくて、みんな好奇心いっぱいの顔をして会いにきたのだ。  

 

キラシャは、聞かれるままに救出されるまでの出来事や、パールの様子を話した。

 

パールはきっと良くなるから、みんなも信じてあげて欲しいと伝えた。

 

ダンは、事故の前に会ったおじさんからスクールに、2人のことを心配するメールがあったことをキラシャに教えた。

 

メールを送ると、おじさんも手を尽くして、アフカの平和に努力していると返事があったらしい。

 

「オレ達も、アフカのことだいぶん勉強したよ。

 

おじさんの話では、音信不通状態になっているアフカの人達と、連絡が取れるようになるって」

 

ケンとマイクも、アフカの戦争に反対するための募金活動に協力しているんだと、得意げにキラシャに話した。

 

世話好きなサリーやエミリも、時々街での募金を呼びかけているという。

 

知らない間に、みんなパールのこと考えて行動を起こしている。

 

キラシャは、頼もしい仲間がいてよかったと、ホッと胸をなでおろした。

 

2007-09-02

3.キラシャの悩み

 

ホスピタルに戻る日。キラシャはおじいさんの所へ寄ってみた。

 

キラシャは、どうしてもおじいさんにモビーのことを知らせたかったのだ。

 

でも、おじいさんに会ってもうまく話ができるのか、キラシャは不安な気持ちでいっぱいだった。

 

オールディ・ハウスに入ってゆくと、おじいさんは特別ルームに移されていた。

 

ドアを開けると、カプセルの中で、おじいさんは穏やかに寝ている。  

 

キラシャが、声をかけようとした時、目をつむったままおじいさんの口が動いた。

   

「キラシャかい。待ってたよ…。

 

わしの耳は、外海を泳ぐ遠くのクジラの声でさえ、聞き分けることができた。

 

わしの大事なキラシャの足音だって、すぐにわかったよ…」  

 

おじいさんはゆっくりと目を開けた。しかし、その視線はうつろだ。

   

「どうも、目はいけないようだ。キラシャ、もう少しそばへ寄っておくれ…」  

 

人一倍元気だったおじいさんの声が弱々しい。

 

キラシャは急に悲しくなって、おじいさんに抱きついて泣いた。  

 

「キャップ爺…。あたし、爺と同じ外海へ行って来たんだよ。

 

爺が話してくれた白いモビーに会ったんだよ。

 

でも、パトロール隊のチーフは、モビーを殺してしまうって…。

 

あたし、どうしていいのかわかんないよ。

 

どうして、知ってることだまってなくちゃいけないの?

 

どうして、外海の動物を殺さなくちゃダメなの?」   

 

「おいおい、キラシャ。わしにもさっぱりわからんよ。

 

キラシャはなぜ、外海に行ったのかい?

 

わしがあれほど危険な所だと言っていたのに…それに、モビーは…。  

 

…そうさなぁ、あのクジラだったら、そうかもしれない。

 

だがな、キラシャ。

 

パトロール隊だろうと、何だろうと、モビーを殺そうとする奴は、モビーが死ぬまでいなくなることはないだろう。

 

…それが外海のルールみたいなものじゃ。  

 

しかし、モビーには知恵だけでなく、何か海の神様のようなものが宿っている。

 

簡単にはしとめることはできん。キラシャ、心配はいらんよ」   

 

しかし、キラシャには、もっともっと不安に思うことがあった。  

 

「キャップ爺」  

 

キラシャは困った時も、おじいさんにこう呼びかけた。  

 

「あたし、将来何になりたいのか、わからなくなっちゃった。

 

…今までさ。ずっと海中ドームで働いてさ…。

 

パパとママのように、好きな人と仲良くなって、一緒に暮らせたらいいなって…。

 

でも今はさ。…大人になった時、パパとママみたいに好きな人ってできるのかな?

 

あたしが海洋ドームで働くことだって、本当にやりたいことなのかな?って…」   

 

「おいおい、キラシャ。おまえのオバァサンもびっくりするだろうよ。

 

おまえはいったい、いくつになったんだね」

 

キラシャは、真っ赤になって答えた。   

 

「そうじゃなくって、あたしはまだ子供だけど…。

 

大人になっても好きな人が見つかりそうにないンだ。

 

キラシャのこと、好きになってくれる人が、いなくなっちゃったの。

 

あぁ~、どう言っていいのかわかンないけど~。

 

何を目標にして、ガンバればいいのか、わからなくなったの。

 

今が一番、最悪なの。…ナントナク、わかってもらえる…? 」

   

おじいさんは、う~んとうなった。

 

  

「…そうさなぁ。海へ出ることが、わしのすべてじゃったからなぁ~。

 

おまえのパパは、わしの知らない所で大きく育って…。

 

自分の好きな仕事や結婚相手を見つけ、キラシャ、おまえが生まれた。

 

バァサンもわしをおいて、あの世に行ってしまった…。

 

もう、わしにはな~んにも、残っておらん…」   

 

「そうだ。キャップ爺、聞いて!

 

あたし、もう一度モビーに会ってみたいんだ。もう一度、海に行ってみたい。

 

キャップ爺に力になって欲しいの。

   

モビーは、あたしをどこかにつれて行こうとしたの。

 

それが知りたい。どうすればいいのか、教えてほしい。

 

だから、お願いだから、キャップ爺に長生きして欲しいンだ! 」

 

おじいさんは、力なく答えた。  

 

「キラシャや…。このごろ、バァサンの夢ばかり見ているんじゃよ。

 

わしのわがままで、離れて暮らしてばかりいたが…

 

もうすぐ、会える気がしてなぁ。

 

わしは、今が一番幸せかもしれない…」

  

「そんなこと、言わないで!」   

 

「…そうさなぁ。キラシャの幸せは、わしの幸せでもあったなぁ…。  

 

よし。わしが死んだら、おまえのために働こう。

 

おまえを愛し、守ってくれる相手に会うまで、わしは魂になって、全力で守ってやろう。  

 

バァサンに会って、ゆっくり話をするのは、それからでも遅くはない…。  

 

キラシャ…。わしは死んでも、おまえの味方じゃ。

 

それを忘れないでいておくれ」

 

「キャップ爺…」   

 

「もう、お帰り。

 

爺はしゃべりすぎて、疲れてしまった…。

 

パパとママによろしくな」

 

おじいさんは、すぐに深い眠りに入っていった。

 

2007-10-07

4.生きる気持ち

 

キラシャは、不安な気持ちで、パールの待つホスピタルに戻った。

 

パールの病室をのぞくと、オパールおばさんが、キラシャを見てほほえみかけた。

 

「キラシャ、元気そうね。パールの熱がようやく下がったの。今はぐっすりと眠っているけどね。

 

パールが良くなってから、一緒に姉の所へ送り届けるのが楽しみ…」

 

そのとき、パールの目がパチっと開いた。キラシャがいることに気づいたようだ。

 

「キラシャ…。ゲンキ?」

 

「う~ン、何とかね。パールが元気になったら、あたしもやっていけそうな気がする」

 

「ワタシ ウミデ シヌ オモッタ。

 

…デモ チャッピ ト キラシャ アエテ ヨカッタ」

 

パールの顔をジッとのぞいていたキラシャの目が、ジワッとうるんできた。

 

そばで、おばさんがパールに話しかけた。

 

「パール。ごめんなさい。あなたが苦しんでるのは、おばさんの細胞が…」

 

「ウウン。オバサンノ オカゲ ワタシ タスカッタ…」

 

「ねぇ、パール。あたし、本当のパールを見たの。みんなにだまってた方が、いい?」

 

パールは、返事をせず、静かにゆっくりと答えた。

 

「モシ オバサン イナイト ワタシ シンデタ。

 

ホントノ ワタシ モウ ナイ」

 

「早く良くなって、元気な姿をママや家族に見せてあげなくちゃ。

 

ママだって、パールを見て、きっと喜んでくれるわ!」

 

おばさんもパールを励ました。

 

それを聞いたパールは、弱々しく答えた。

 

「ミンナト アソンデ タノシカッタ…。

 

デモ …アフカ カエレナイ カモ…」

 

キラシャは、パールに怒鳴った。

 

「そンな弱気じゃだめだヨ! うちのクラス知ってる?

 

みんなパールのこと聞きたくって、あたしの部屋まで押しかけて来たンだヨ。

 

ほら、海洋牧場のボートでイッショだったおじさんも、アフカの戦争が早く終わるように、ガンバってるんだって!

 

それを聞いて、みんなも募金活動を始めたらしいよ。

 

あたしも、部屋に戻ったら、募金活動手伝うよ!

 

それに、パールが戻ったら、きっと大歓迎だと思うよ。

 

だって、みんなパールのためにやってるンだもン。

 

だから、パールは自分だけじゃなくって、みんなのためにも良くならなくちゃ。

 

パール、約束だよ。必ずスクールに戻ろうよ。

 

パールがこんな風になったの、ひょっとしたら、あたしのせいかもしれない。

 

だってさ、もし、潜水艦の中であたしがケンカしてなかったら、

 

…パールがあたしにつかまってなかったら、外海に放り出されなかったかもしれないじゃない。

 

あたしは、外海に行ってみたかったンだ。ずっとね。だから、事故だって何だってかまわなかったよ。だけど…。

 

みんな、パールに何かあったら、きっとあたしのせいにするよ。

 

マギィとかジョディとか特にね。

 

ねぇ、パール。お願いだから、良くなろうっ!

 

…あたし、パールと一緒に募金活動したい

 

ねっ…」

 

キラシャは、しまいに涙声になっていた。

 

「…ワタシ イキタイ。

 

アフカ カエリタイ…。

 

…シンダラ カナシイ。

 

…デモ センソウ オワラナイ…」

 

パールは、苦しそうに顔をゆがめた。

 

「信じようよ。ホラ、あの海のドームで出会ったおじさんが言ってたじゃない。

 

家族が無事だって、信じなくちゃいけないって。

 

パールの家族だって、パールが無事か心配してるよ。

 

パールが、もし死んじゃったら…

 

せっかく助けようと思ったのにって、がっかりすると思うよ。

 

あたしだって、がっかりだもの。チャッピだって…。

 

おばさんだって、がっかりでしょ? 

 

娘さんだっているのに、パールを助けようと思って、ずっとそばにいて看病してるのに…」

 

キラシャも必死だった。

 

「…私はね、パールが退院できて、戦争が終わって、無事にお姉さんのもとに返してあげる。

 

それが、唯一の私の望み。

 

パール、私もお姉さんに会いたいの。お願いだから、私の願いをかなえさせて…」

 

オパールおばさんも、涙を流しながらパールに話しかけた。

 

しばらくして、パールは苦しそうに息をフーっと吹くと、オパールおばさんにこういった。

 

「オバサン デキルカ ワカラナイ…。 

 

ケド ワタシ ガンバッテミル…」

 

「そう、…良かった。一緒にがんばりましょう」

 

「そうだよ。パール応援してるよ。もちろん、あたしもガンバる!」

 

「…ワタシ ヒトリ ジャナイネ。

 

オバサン ト キラシャノ キモチ ワカル。

 

ダカラ イキタイ…」


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 第9章 それぞれの想い ①~③ | トップ | 第7章 与えられた命 ③④ »

コメントを投稿

未来記」カテゴリの最新記事