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一条きらら 近況

【 近況&身辺雑記 】

電話のベルが好きな理由

1986年10月01日 | 過去のエッセイ
 毎日、10本ぐらいの電話がかかってくる。
 私は電話大好き人間だから、仕事中であれ食事中であれ、つい長々と電話でお喋りしてしまい、気がつくと1時間も2時間もということが、よくある。
 ほとんど一日中、机に向かって執筆という孤独な作業をしていると、電話は唯一の気晴らしになる楽しいひとときなのである。
 ところが、その10本の中の1、2本は、間違い電話である。
 間違いと言っても、かけ間違いではなく、番号を確認すると、合っている。
 かけてくる相手というのが、皆、セールスであることに気づいた。
 不動産、電気製品、料理器具、百科事典など、実にさまざまである。
 電話番号は合っているのに名前は違っていて、それらのセールスマンたちはすべて、
「Tさんですか?」
 と、同じ名前を言って、こちらを確かめる。
 住所も私の家とは違い、すべて同じ。
 この電話番号をどのように知ったのかと聞くと、セールスマンたちはちょっと慌て、
「先日、ハガキで商品案内の申し込みをいただきました」
 とか、
「アンケートのハガキで」
 とか、
「モニターに選ばせてもらいました」
 などと答える。
 その時、私はピンときた。
 以前、知人との話で、名簿屋という職業があると聞いたことがある。
 電話でセールスする企業に渡すリストの中に、1件ぐらい紛れ込ませてデタラメな名前と住所と電話番号を入れてしまったのではないか。
 その電話番号が、たまたま、私の家の電話番号だった。
 その名簿リストを、それぞれの企業に売りつけたのだと思われる。
 その後、私は、「Tさんですか?」と、セールスマンたちが一様に口にするその名前と住所を聞き出し、電話帳で調べてみた。
 私の家の電話番号と、番号が似ているのかと思ったのである。
 ところが、まるで違う番号だったし、その名前と住所は一致しなかった。
 電話局にも問い合わせてみた。3月に私は引っ越し、その電話が連続してかかり始めたのが5月だったから、この番号が以前はTさんの所有であったかどうか調べてもらったが、その事実はなかった。
 もう2か月間も、その間違い電話が毎日のようにかかってくる。
 中には同じ企業からかかる電話もあるので、
「名簿リストから削除しておいて下さい」
 と言うと、ていねいに謝って切るので、彼らも仕事なのにと、気の毒に思ったりする。
 ところで――。
 これが、もし、故意の嫌がらせの手段であるとしたら――と考える。
 私を恨んでいる人間が、この世にいるのかもしれない。
 不愉快な連日の間違い電話に、私がノイローゼになればいいと願っている誰かの、名簿リストを利用しての企みであったら――。
 確かに連日、間違い電話がかかってくるのは、一方的で暴力的とさえ言える。私のように気の弱い人間ならノイローゼになりかねないことだって、あるのではないだろうか。
 私もいたって気の弱い人間。ところが私は、電話がかかってくることが好きだし、お喋りできる友人知人でなく、単なる用件であっても、あの呼び出し音が好きなのである。
 私の家の電話はプッシュフォン式で、音量を調節できるが、小音に設定しておくと可憐な音色で、目覚まし時計の残酷なベル音より、ずっと耳に快い。
 番号のかけ間違いであれ、原稿の催促であれ、受話器をはずすまでは、あの快いベルを耳にした瞬間、誰かしらと期待し軽い昂奮を覚える緊迫感が好きである。
 たとえ期待外れの電話であっても、そう不愉快にならないのは、電話の本数が多いからそんな時は事務的に応対してすぐ忘れてしまうせいかもしれない。
 と言っても、私の電話の応対の仕方が、いつも機嫌の良い嬉しそうな声とは限らず、
「午前中は、いつも無愛想な声を出すから懲りた」
 などと言われたりする。
 低血圧気味の私は午前に弱い。自分では普通の声を出しているつもりでも、電話の相手には寝起きとか睡眠不足とかが伝わってしまって、私の無愛想な声に怒る人もいる。
 先日も、編集者から電話がかかって、生きているのか死んでいるのかわからない私の声に、呆れられてしまった。やはり午前中だった。
 その後、いったん机に向かってから、どうしても睡魔に勝てなくてベッドに横になったら、たちまち眠り込んでしまった。
 それでも隣室にある電話のベルで目が覚め、
「こんな朝早くから、どうしたんですか」
 と言ったら、
「朝早くって、今、何時だと思ってるんですか? 正午前ですよ」
 と、呆れられ、慌てて時計を見ながら謝った。何と2時間半も眠ってしまったのである。昨夜、寝たのが遅かったせいもある。
 15分とか20分とかの仮眠ができないたちで、午後のお昼寝でも2、3時間ぐっすり眠り込んでしまう。
 そうして時間をソンしたと悔やんでいる。
 特に眠くなる昼下がりなど、間違い電話でも何でもいいから、眠り込んでしまわないように電話がジャンジャンかかればいいと思っている。
 
※『小説クラブ』(掲載年月日不明)
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