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一条きらら 近況

【 近況&身辺雑記 】

男性看護師

2025年05月18日 | 最近のできごと
 先月、青梅へ出かけた。転院した肉親に、会いに行くためである。
 2度の手術後、落ち着いたら転院と言われていたが、病室に空きがなかったらしく、ようやくという感じだった。看護師さんとの話でも、「○○さんは入院が長いから」という言葉が出たことがあるが、救急搬送された病院での生活は4か月。
 転院した日は2人の姪から連絡が来て、ようやく近くに来てくれたとホッとしている様子だった。
 地元の病院に変わって、肉親もどんなに安心したことだろうと想像された。たとえ言葉を交わさなくても、顔を見なくても、慣れない土地の病院より地元の病院のベッドに横たわり、深い安らぎと安堵感に包まれているその気持ちが、その日1日中、私の胸に伝わってきた。
 姪の話では、ひととおり検査した後、主治医から、いつ急変してもおかしくない、急変する可能性があると言われたらしい。
(そんな言葉は主治医の決まり文句でしょ!)
 と、私は強く反発したくなった。どんな病気の入院患者も急変する可能性はあるのだし、主治医は患者の最悪の状況を家族に伝えておかないと、医師の能力不足のせいでこうなったとかヤブ医者と非難されるし、完治したり寿命が延びれば名医ということになる――と、以前、テレビで医療評論家がコメントしていた。
 肉親が2度目の手術で、経鼻経管栄養食を嘔吐しなくなったことが改善された生命力と意識回復に、私はずっと希望を持っている。
 前の病院で、看護師さんが、入浴させるため上体を起こすと、目をパチパチさせると言っていた。それは間違いなく意識が回復しかけているということだと私は信じた。
 その確信は、その日、いっそう強くなった。病室に入って声をかけながら肉親の顔を見た時、以前は閉じたままの目を、半分開けていたのだ。その病気の特徴で〈開眼〉できないことを記事で読んでいたが、半分でも瞼を開けていることが、とてもうれしかった。
 病室にいた担当の男性看護師さんに、そのことを話した。その病院に入院した時から、ずっと開けているということだった。やはり地元の病院にいる安心感に包まれたための改善のような気がした。
 男性看護師さんと会って言葉を交わすのは初めてだった。イメージとしては男性看護師は女性看護師より、必要なさまざまな場面で、男性特有の体力があるため助かるのではないかと想像していた。
 想像どおり長身で中肉の体型で、たくましいというより頼もしいという感じの、30歳前後の男性看護師さんだった。話し方は、やさしく穏やかで知的な雰囲気があり落ち着いた声と口調。どんな場面でも冷静に対処できると想像されるような、感じの良い男性看護師さんである。私の質問に、医師ではないから詳しい説明はできなかったが、それは無理もないこと。
 出かけて来る当日も転院予定日の病院名を知らされた時も、病院のホームページを何度も見たが、面会時間は定められた時刻の2時間内の、15分でという記載が、不満だった。何故、15分の制限があるのか質問すると、「今、インフルエンザが流行っているからです」と男性看護師さんが答えた。
 注意事項のマスクもして、入り口で手指の消毒もしたが、姪がされたという検温はされなかった。
いくら何でも15分は短か過ぎると不満に思いながらも、守らなくてはいけないとも思い直し、男性看護師さんの話を10分聞き、脳に良いと言われている肉親への話しかけを20分余りしていたら、女性スタッフさんが道具を持って来て掃除を始めたので、心残りだったが病室を後にした。今度来る時は15分の面会制限はないはずと思いながら。話すことはいっぱいある。思い出話や、一緒に行きたい所やカラオケとか料理のこと、私の新居に遊びに来ると約束したこと。すぐ完治しなくても後遺症が残ってリハビリが続いても、楽しみはたくさんある。話している途中で、顔を私のほうに少し傾けた肉親の左の目尻から、涙が滴り落ちたのを見て胸が熱くなった。バッグからハンカチを取り出し、そっと拭いてあげた。
(私の話、ちゃんと理解してる)
 この日もそう信じられた。八王子の病院でも、そう信じられたことだった。私の話に、うなずくような声を頻繁に発するからだった。
 青梅市へ出かけたのは4回目。3回は青梅駅の2つ手前の駅で降り、車で迎えに来てくれた。
 青梅駅で降りたのは初めてだった。駅前のタクシー乗り場で待っても待ってもタクシーは来ず、タクシーがよく通る道路を教えて貰おうと交番に入ったら、〈現在、パトロール中〉の札。電話して下さいとメッセージと電話番号の紙と黒い固定電話機。徒歩15分なのでMapのナビを使って歩いて行くことに決め、念のためタクシー乗り場へ再度行ってみたら、ようやく1台のタクシーが来た。
 帰りは歩いて帰って来た。曇り日だったが、私の胸は明るんでいた。
(良かった! 目を開けていた! 私の言葉にうなずく声を出したし、意識回復までもう少しだわ、ううん、たとえ、もっと時間がかかっても、意識が戻って言葉を交わせるだけでもうれしい!)
(長年暮らしている地元の病院に来て安心したからだわ!)
(担当が感じの良い長身のイケメン看護師さんだからかも!)
(こういう地域でずっと、家族と暮らしているのね) 
 都会の雑踏は嫌いと、いつか新宿駅構内を一緒に歩きながら呟いた肉親の言葉を思い出した。青梅は空気も澄んでいて静かで、田舎のように長閑(のどか)な感じがし、その想いが感慨深い日となった。
 

ダビング・ディスク

2025年05月11日 | 最近のできごと
 最近、テレビを見る時間が長い。ダビング・ディスクの整理をしているからだ。ディスクの断捨離・捨て活を意識しながらである。ダビングしてあるのは、ほとんどが洋画だが、好きな邦画も少しはある。永久保存のつもりでダビングし、何度も繰り返し観ている映画ばかり。
 あと1回観たら捨てる、と決めて残してある数々のダビング・ディスク。転居前に他の物と同じように、何個も捨て、転居後に段ボールから出して選んでは何個か捨て、今回は3回目。ポンポンと捨てられれば簡単だが、
(この映画、どうしようかな、もう観ないで捨てようかな、でも面白いし、やっぱり、もう1回観たら捨てようっと)
 ということになる時が多く、迷いながら選んでいく。
 以前は並べてというより二重三重に詰め込んで収納していた普通サイズのラックを処分したので、床の上に列にして積み重ねた市販DVDやCDやダビング・ディスク。段ボールに詰めたり、出したりした時は、こんなにあったのと驚くほどだった。
 昨年、コンパクトなラックを買いにホームセンターへ行った時、木製で白い塗りで洒落たデザインの商品を見つけたのだが、置き場所のサイズを再度測って来るため、その日は買わなかった。しばらくして行ったら、商品は陳列されていなくて、カタログで取り寄せとのこと。現物をもう一度見てから買いたかったので、また探せばいいわと諦めた。
 それで今だに、床の上に積み重ねたままなのである。
 きっかけは、マンション大規模修繕工事業者の作業員が、網戸の網の張り替えをするため、その取り外しに来ることだった。
 ラックはリビングの壁際のテレビの横に置く予定だが、床に積み重ねてあると〈視覚ストレス〉になるので、隣の部屋に移しておいたのである。時々はその中から取り出したり戻したりしていたから、やや乱雑な積み重ね方。乱雑なのは、それらだけではない。ミニ書斎にしたいその部屋は、リビングと寝室に置くと〈視覚ストレス〉になるからと収納しきれない物を少しずつ持ち込んでしまうので、まるで物置部屋のようになってしまった。リビングと寝室は、ちゃんと整理されて、すっきりしている。
 問題はリビングの隣室。足の踏み場がないと言いたくなるほどの室内。入り口から、23.5インチのデスクトップ・パソコンとプリンターとWiFiルーター・NTTルーターと固定電話機の親機を乗せたデスクの椅子と、ドレッサーのスツールまでだけは、足の踏み場があるという感じ。ドレッサーは昔は寝室に置いたが、風水では鏡が睡眠中の身体の〈気〉を吸い取ってしまい病気になるという記事を読んだため、何となく気になって寝室から移してしまったのだ。
(どうしよう、この部屋の網戸を取り外しに作業員が来る!)
 網戸は窓の外なのだから、バルコニー側から取り外すと思っていた。仮設の現場事務所に電話して聞くと、網戸のロックが内側にあるので、部屋の中から取り外すと言われて以降、小さなパニックに。
 他の部屋は作業員が入っても問題ないが、その部屋の窓際も本棚の前もクロゼットの前も壁際も、物がゴチャゴチャと多く置いてあるので、少しずつ運び出しては、仮置きに寝室とリビングの壁際に移しておき、何とか窓までの足の踏み場ができた。
 1か月後にまた作業員が2人、新しく網を張り替えた網戸の取り付けに来たが、その翌日から、また物置部屋状態に。
 そこで、とにかく物を減らそうと決心し、他の物も少しずつ捨てながら、あと1回観たら捨てると決めて残してあるダビング・ディスクの映画を毎日、何本か観ているのである。
 テレビを見る時間が長くなったのは、それだけではない。レコーダーに録画した映画やドキュメンタリーが、なかなか減らない。テレビ番組で、観たい映画はほとんどないが、ドキュメンタリーの録画が多い。特に、イギリスやフランス制作のドキュメンタリーは見応えがある。1時間か2時間の番組だが、タイトルからして海外ドキュメンタリーは興味をそそられる。
 他に、選んで健康情報や生活情報番組、ドラマは『キャスター』だけ、時々、トーク番組や石破総理が出演する政治番組や料理番組やクラシック音楽番組。それらの録画リスト画面の、録画本数の表示を見ると、初めて90本を越えてしまった。
 100本になったら大変と、少し見て消去したり、日にちが経って興味がなくなったりで消去したりを、毎日、リストの本数と録画容量表示の数字の確認をしては繰り返し、現在は80本前後で、なかなか減らない。あまり録画予約しないようにしているが、番組名登録予約が多いし、1週間分の録画予約のほかに、毎日その日の番組録画予約も数本あるので、どんどん見ないと、どんどん溜まってしまう。
 ただ、大規模修繕工事が日曜と祝日と隔週土曜の休工日は静かだから日中にテレビを見られるが、それ以外の日は騒音で集中して見られないことも。Web掲示板で毎朝、その日の作業内容や騒音の有無の表示を見て外出を決めたりもする。
(とにかく今だけだわ)
 ダビング・ディスクやDVDやCDを、あと1回だけ観たり聴いたりして捨て活し、コンパクトなラックを買って収納すれば、バッチリ整理できる。テレビ番組の録画リストも、家事の合い間に、どんどん見て減らしていく。
 洋画を観ている時、感動する映画はいつも同じシーンで涙があふれ、面白いコメディ映画を観ると、いつも同じシーンでクスクス笑ってしまうことに気づく。
 ある日、観終えた後、私には映画の世界があったと小さな感慨に包まれた。感動する映画、楽しめる映画を観ている時の私の精神状態は、とても安定していることを自覚する。
 大通りの歩道を歩いている時、通りかかった救急車のサイレンの音を聞いても涙はもうあふれなくなった。



昔のエッセイ

2025年04月01日 | 最近のできごと
 数日前、テレビで、出版社『秋田書店』のビルの解体工事現場で火事が起きたというニュースを見た時、
(そう言えば、秋田書店の雑誌にエッセイ書いたわ)
 と思い出した。
(何ていう雑誌だったかしら)
(何年前かしら)
(担当編集者、Sさん、STさん)
(その雑誌の編集長だったわ)
(どんなこと書いたかしら)
(雑誌は捨てたかしら、ううん、捨ててないわ、ううん、捨てちゃったかも)
(捨てる前にスキャンしてデータ保存してあるかも、ううん、してないわ)
 雑誌名も何年前かも書いた内容も忘れてしまったが、担当編集者の名前、しかもフルネームだけは、はっきり記憶している。
 STさんと知り合ったのは、出版パーティー会場だった。お喋りしていた編集者が私を紹介してくれたのだが、誰だったか覚えていない。
 年賀状のやり取りが続いて、ある日、定年退職の通知のハガキが郵送されてきた。
 パーティー会場で初めて会ったばかりで、エッセイの原稿依頼をされた。パーティーに出席すると、そんなことが時々あるけれど、歴史関係の雑誌には縁がないと思ったので、意外だった。その時、私は、
「歴史って私、詳しくないから、書けるかしら」
 初めての原稿注文は、うれしいもの。それに、歴史に関するエッセイなんて書けないとか忙しいからと断れるような売れっ子作家ではない。
 締切はかなり先だし、何とかなるかもと楽観的な気分で引き受けてしまった。私より上の世代のSTさんが、やさしくて温厚な感じでユーモアもあって雰囲気が良かったせいもある。
 ニュースを見た翌日、本棚を探してみた。ガラス扉越しに見えるのは単行本ばかりで、その奥に2重3重に重ねて詰め込んであるのを取り出していくのは時間がかかった。
(下段のほうに詰め込んだはず……)
 と検討をつけて、単行本を数冊ずつ取り出すのを繰り返して探したら、
(あった! 捨ててなかった)
 埋もれていた、なつかしい雑誌が出てきた。 スキャンしてデータ保存するつもりの雑誌のエッセイを切り抜かずにまとめておいた何冊かの雑誌の中にあった。
 書き出しとラストの文章だけチラッと読んでみたら、こんなこと書いたかしらというような、忘れきっていた文章を思い出した。
 奥付を見ると、〈編集人〉の名前は、私の記憶が正確だった。編集後記もSTさんが書いている。
 歴史小説を読む友人に助けてもらって書いたが、後日、郵送された掲載誌を見せたら、1箇所、ここは違うと指摘された。編集者が直してないのだから、いいのよとノーテンキに答えた記憶がある。



〈1991年4月号〉
    


 

コグニサイズ

2025年03月09日 | 最近のできごと
 最近、YouTubeでよく視聴するのが、検索に入れてある〈コグニサイズ〉の動画。
 コグニサイズとは、cognition(認知)とexercise(運動)を組み合わせた言葉で、脳と身体の機能を同時に向上させるトレーニングのことである。
(こんなエクササイズを作った人って、何て素晴らしいのかしら)
 きっと理学療法士か作業療法士ではないかと思って調べてみたら、国立長寿医療研究センターが開発したということだった。国立長寿医療研究センターというのがあるのも初めて知ったが、人間の身体や生命について、いろいろ研究している所に違いない。
 私がコグニサイズという言葉を知ったのは、チャンネル登録してある男性作業療法士の動画を見たのがきっかけである。その男性作業療法士の投稿動画が1千本もある。1つの動画が飽きたら別の動画を見て行うストレッチやエクササイズが、この上なく新鮮で、その中にコグニサイズというタイトルがあったのだ。
 筋肉を鍛えても認知機能が衰えていたら身体を思うように動かせず、健康のためには脳の機能と神経伝達を鍛えることが必要という男性作業療法士の説明には、教えられて納得した。
 コグニサイズの動画はYouTubeにたくさんアップされている。他のコグニサイズの動画を見ると認知症予防という言葉も出てくる。私は認知症には99.99999%ならないと、信じている。0.00001%の確率でなったとしたら運命と思って諦める。絶対、認知症にはならないという根拠は、あまりないが、いくつかある。
 だからコグニサイズが認知症予防と標榜する他の動画より、チャンネル登録した男性作業療法士さんが、健康のためには脳の機能と神経伝達を鍛えることが必要という説明が、最も印象に残る。
 概して、動画のコグニサイズは、いたって簡単なエクササイズが多く、中には、少し難しいのもある。たとえば、1、2、3、4という掛け声と共にステップしながら、右手の動きと違う左手の動きを同時に行って、さらに1、2、3と普通の足踏みの後、4で、左足のつま先タッチをする。リズミカルにステップしながら身体の4か所で異なった動きをする運動は、左右の手の動きがシンプルならともかく、そうでなければ結構難しい。上半身の左右の手の異なった動きと同時に、下半身のステップの、4で、つま先タッチする左足も意識しなければならないからである。
 他の動画と比べて難しくて、最初私は半分くらいしかできなかった。上半身と下半身の動き、左右の異なった手の動き、4ステップごとに左足のつま先をチョンとタッチするのは簡単そうで難しい。2回3回と繰り返すと、少しずつ間違いが減ってくる。面白くもあり、できないと不満にもなるエクササイズである。
 動画投稿者は完ぺきに行(おこな)っているけれど、
(何度も練習したからできるのよね)
 そう呟く。
 チャンネル登録してある男性作業療法士さんのは、簡単だけれどコグニサイズとして良くできていて、完ぺきにできる内容。作業療法士として優秀な人だと、つくづく思う。チャンネル登録してある男性理学療法士さんのストレッチは、やや理論的な内容に対して、男性作業療法士さんのは少しもどかしく感じるくらい初心者向けの内容である。どちらも私は好きで、他の人の動画視聴をした後も、必ず見て何本か行うことにしている。けれど、他の人の動画も練習すれば難しいコグニサイズも完ぺきにできるようになるのだからと思い、時々、行ってみる。
 ところで、最近、救急車のサイレンを耳にすると私の精神と感情が乱れ始める。マンション前の道路ではなく、何十メートルか数百メートルか離れた道路を走るのだが、周囲が静かなため、ひときわ高く大きくサイレンが響くのである。その音を耳にしたとたん、涙がどっとあふれる。肉親が意識障害を起こしたまま救急車で搬送されたシーンが脳裏に浮かび、想像されて、涙が止まらなくなる。毎日ではないが、週に1~2回はある。
(どうしてあんなサイレン鳴らすの? 消防署って進化してない! 他に方法はないの!) 
 ほんの数十秒聞こえるだけでも、私のように心や精神が乱れる人は少なくないと思う。そんな時、耳をふさぐのをやめて、ストレッチやエクササイズを始める。
 他の理由もあるかもしれない。ストレッチやエクササイズに逃避している一面があるのかも――と気づいたりする。


作業療法士・理学療法士

2025年03月04日 | 最近のできごと
 先日、作業療法士さんの施術の様子を少しだけ見た。肉親が入院中の病院の相部屋である。
 4人部屋だが室内は比較的広く、対角の方向のベッドの横側に女性作業療法士さんが立ち、ベッドの上の高齢女性患者にしきりと話しかけたり起こしかけたりしていた。傍に車椅子が置いてある。
 担当看護師さんに、毎日行っているというリハビリのことを聞いた時、「作業療法士さんがあんなふうに」と手で示して教えてくれたので、その方向を見て作業療法士によるリハビリ中と知った。
 看護師さんの説明によると、私の肉親の患者が自ら手足を動かすというやり方ではなく、作業療法士さんが患者の手足を取って動かすというやり方のリハビリで、1日20~30分ぐらいということだった。
 しばらくして対角の方向のベッドの作業療法士さんと、ベッドからゆっくり移った車椅子に乗った患者さんが病室を出て行って、なかなか戻って来なかった。その病院内にリハビリテーション・ルームはない。離れた場所にある同じ経営者のリハビリテーション病院まで行ったのかもしれないと想像した。 面会時間中に戻らなかったので、その日は肉親のリハビリの様子を見ることはできなかった。看護師さんの話では、その日は入浴した後で身体が疲れていて眠っている様子だった。
 作業療法士さんは初めて見たが、女性理学療法士さんは、母が軽い脳梗塞で入院している時、「リハビリの時間ですよー」と、談話室へ迎えに来て言葉を交わしたり、リハビリ・ルームで母が車椅子から立ち上がり、歩行練習を指導している様子を見たりした。12年余り前のことである。当時、〈母のリハビリ〉というタイトルの記事を、このブログに書いたので読み返してみた。
 理学療法士と作業療法士の職種の違いを、私は知らなかった。同じような仕事のイメージがあったが、調べて初めて知った。
 理学療法士は、立ち上がる、起き上がる、歩くなど、日常生活を送る上での基本動作を担当。作業療法士は、食事や入浴や文字を書く作業などの細やかな日常動作を担当するということである。
 ところで最近の私は1日中在宅の日はストレッチをしている時が最も精神衛生に良いので、その時間が次第に増えてきた。毎日、朝食前にテレビ体操10分と独自のストレッチを15分。昼食前に、朝と違う独自のストレッチを15分は以前と同じだが、入浴と夕食前には1時間以上行っている。その1時間以上は、時間を決めてあるのではなく、夢中で楽しんでいて気がつくと1時間以上過ぎてしまっているのは、YouTubeを見ながら行うからである。
 ストレッチは、同じのばかりでは飽きてしまう。筋肉や関節に不調があれば同じストレッチをするかもしれないが、何も不調はなく予防のつもりであり、身体を動かすことを楽しむためだから、いろいろな動きをしたくなる。それで、気がつくと1時間余り経ってしまい、顔も身体も汗ばんでくるので、週1のエアロビも省略してしまう。
 YouTubeのチャンネル登録をしてあり、最も頻繁に見てストレッチするのが、毎回、冒頭で、
「健康が一番の財産」
 という言葉を、爽やかな笑顔で口にする男性理学療法士が発信しているチャンネルで、数年前から視聴している。
 そのチャンネルだけでは飽きるので、他の理学療法士や作業療法士や整体師などの発信も見て、さまざまなやり方のストレッチを楽しんでいる。趣味はストレッチと言いたいくらいだが、私が最も不調になりやすい精神安定が保たれているような気もする。
 


大規模修繕工事

2025年02月09日 | 最近のできごと
 またしても大規模修繕工事。人生で3度目の経験。マンション居住の宿命。
 と言っても、現在居住のマンションでは初めて経験する工事である。
 入居した時から理事会の報告書で毎回、それについての記載があったから、工事が始まることはわかっていた。
 1回目の大規模修繕工事は築10年目と、内見前の資料を見て知っていた。大半のマンションが築10年から15年で工事するらしく、15年が多いようだ。以前、居住のマンションは、築15年目の時に行われた。2012年の春だった。外壁にドリル使用がある日の騒音は、どの部屋にいても轟音に感じられる凄さだったと、このブログに書いてあるのを見て思い出した。
 その工事が始まって数日後の夜、エントランスで前理事長さんと出会った。私は新宿から帰宅したばかりで、まだ集合ポストから郵便物を取り出していなかった。
 出かける時にエントランスでチラッと眼にしただけのモニター掲示板を見ながら、少しお喋りした。モニター掲示板は工事の施工会社が作成したのである。
「もう工事始まってますよね。あまり騒音出ませんね」
 そう言ったのは、開始日になっても、数日過ぎても工事の騒音がないので、
(きっと大規模修繕工事が進化して、騒音が出ない工事法になったのかも)
 なんてノーテンキに考えたりしていたのだった。
「いや、壁の工事の時なんか、かなりの騒音がしますよ」
「そうなんですか、それもそうですね」
 内心、勘違いが恥ずかしくなった。進化して騒音が出ない工事法なんてあるわけがない。遠い未来なら、あるかもしれない。
 モニター掲示板をここで読むより、自宅でまとめて読もうと思い、スマホで画面をカシャッと撮ったら、
「ここをタップすると詳細が読めますよ」とか、「このQRコードからWeb掲示板が見られますよ、ログインのパスワードは配布のチラシに載ってます」
 などと、前理事長さんが教えてくれた。
「ポスト、まだ見てなくて」
「ああ」
「今回が2回目の大規模修繕工事ですよね」
「そうです。1回目は10年だったけど、また10年は少し早いかなということで、今回は12年目になったんです」
 そのことを私は理事会報告書で読んでいないが、転居前の報告書に記載されていたのだと思った。
「このマンションは修繕費がずいぶん溜まってるから余裕があるんですね」
 内見前に不動産営業担当者とパソコンを見ながら資料の検討を、電話でしていた時、表示された金額の多さに2人とも驚いた。入居後も、理事会の収支報告書で確認したことだった。
「最初から駐車場料金をプールしてたからなんです」
 前理事長さんがうれしそうな笑顔で言った。だからなのねと納得した。毎月の管理・修繕費が高いわけでもないのにと不思議だった。駐車場料金が修繕費にプールされるのは一般的だが、敷地の広さと駐車台数の違いがあるのは当然だった。
 他にも少し雑談した後、集合ポストから郵便物とグリーンのチラシ3枚を取り出し、不要な広告チラシを傍の壁際の屑入れに捨てた。
 階数の違う前理事長さんが私のためにエレベーターのボタンを押してくれて通路を歩いて行った。
 エレベーターに乗り込んで、チラシを見ると、モニター掲示板に表示されていたのと同じようなことが記載されていた。
 たとえば、足場組立工事とか植栽工事のお知らせというタイトル。足場組立工事作業期間は約1か月。作業時間は午前8時半~午後5時半。〈お願い〉として、〈作業中は騒音・振動・ホコリが発生します。予めご了承ください。〉とか、植栽工事のタイトルでは、足場の仮説に伴い、一部植栽を撤去いたします。何卒ご了承ください。作業中は何かとご不便をお掛けいたしますが、ご協力の程、宜しくお願い申し上げます。撤去した植栽は足場解体後に植え替えを実施いたします。等々。
 問い合わせ先に施工会社、現場代理人2人の名前とそれぞれの携帯電話番号も記されているが、〈グリーンのチラシを毎日ポストに入れます。〉と読んだ時、
(毎日、集合ポストからチラシを取り出さなきゃいけないの)
(またはエントランスの壁際に立てかけてあるモニター掲示板を見に行かなくちゃいけないの)
 夏と違って冬の外出は2日置きか3日置きの習慣だから、面倒だわと思った次の瞬間、
(Web掲示板を見ればいいわ、同じことが書いてあるんだから)
 そう気づいた。
 翌日、チラシに記載のWebサイト名とマンションコードとパスワードを入力。
(Webサイトを作るなんて、ずいぶんていねいな施工会社ね)
 専用の特設サイトかと思ってアクセスしてみたら、そうではなかった。
 マンション修繕工事をDX化するという、ビジネス化された掲示板なのだった。
(ふうん、こんなサイトがあるなんて)
 DX化って何? と検索して調べた。デジタルトランスフォーメーションのことで、ITの浸透によって、人々の生活を利便性の高いものに変化させるという意味と知った。
 その日の日付の○月○日の作業範囲・作業予定・工事内容など6項目が表示され、それぞれクリックすると、詳細や図面が表示される。
 エントランスの掲示板モニターを見にいかなくてもすむということなのだ。
 以前のマンションの大規模修繕工事の時は、集合ポストにチラシは同じだが、エントランスの掲示版に、データ入力のプリントが貼られていたのを思い出し、進化というかデジタル化の便利さを感じた。
(外壁の騒音の日は外出しようっと)
(あの凄い騒音には耐えられない)
 修繕工事の概要などが記載された理事会報告書に、工事期間の記載があり、約5か月と知った時は、
(半年近くってことだわ!)
 と、驚きと同時に憂鬱になった。以前のマンションの時は4か月で、とても長く感じられた。それより、さらに1か月も長いことになる。工事の騒音は仕方のないことだが、苦手で嫌い。
(12年前の時と同じように、新国立劇場のビデオ・ブースでオペラを視聴しに行こう)
(当日の公演チケットが買えたら、オペラを観てこようっと)
(でも、公演のない日や、ビデオ・ブースのある情報センターが開室日でなかったら)
(東京オペラシティに行ってみよう)
 新国立劇場も東京オペラシティも、行くのは久しぶりである。建物を眼にしただけでワクワク気分に包まれてしまうことを思い出して楽しくなった。


空腹感と食欲

2025年02月05日 | 最近のできごと
 空腹感と食欲の違いを感じるという初めての経験をした。
 今までは、空腹感と食欲は同じと思っていた。
 けれど、その違いを知ったのだ。
 空腹感は、お腹が空くという感覚。
 食欲は、食べたいという欲求。
 食事は1日3食。毎日、決まった時間に朝食・昼食・夕食を食べることが健康に良いと思ってそうしていたが、10年ぐらい前から、お腹が空いたら食べるという習慣になった。
 起床時間が決まっていないので朝食は毎日違う時間だが、時計を見て昼食の時間、夕食の時間というより、空腹になって食べるほうが、私にとっては健康に良いと考えたからだった。
 それで、お腹が空いたと空腹を感じて食べようとするが、最近、食欲をあまり感じないことに気づいた。
 お腹は空いているのに、食べたいという欲求が、湧き起こらないのである。
 ともかくお腹が空いているのだからと食べ始めるが、美味しさが半減している。
 どうしてかしらと、原因を考えてみた。
 精神不安定のせいかもしれない。
 自律神経の乱れのせいかもしれない。
 このまま続いたら、心の病気になるかもしれない。身体は健康でも、メンタルが弱い私は、いつ心の病気になってもおかしくない。
 けれど――。
 今日はあまり空腹感と食欲の違いを感じなかった。
 肉親の医療病院への転院が、なかなか適(かな)わず、2度目の手術。1度目と少し違う方法らしい。 
 今度こそ、目を開けてくれて意識障害も改善して、お喋りできる! その思いが胸に熱く広がり、希望の光に包まれたような日。
 最初はお喋りできるだけでいい。
 私は現代医療を信じている。


精神不安定

2025年01月26日 | 最近のできごと
 情緒不安定と精神不安定の日々を過ごしている。
 それを知った日は、気が動転していることを自覚した。
 固定電話、携帯電話、PCメール、携帯メール、パソコン、スマホ、ショートメッセージ。私の娘と2人の姪とのやり取りを何度もしながら、こんな日が来るなんてと涙があふれ続けた。
 キッチンでは料理の手順を間違え、寝室ではチェストの開ける引き出しを間違え、食事の時にテレビを見ても画面が眼に入らなかった。気が動転する経験は人生で数えるくらいしかないと気づく。
 2日目も私の精神状態は乱れ続け、情緒不安定の波に襲われ続けた。その日も、電話、メール、パソコン、スマホ、ショートメッセージ。
 3日目はもう、限界。居ても立ってもいられなかった。
 正午に自宅を後にした。コンビニに寄り、2つ買い物。駅前商店街の菓子店で買い物した後、予想外のことが起きた。顔なじみの熟年店員女性のアドバイスで、菓子を配送の手続き、郵便局で書留の手続き。姪にショートメッセージで住所の確認。
 八王子へ初めて行った。自宅の最寄り駅から京王八王子駅まで、電車で30分。駅に到着して、タクシーに乗り、行き先の病院名を告げる。
 運転手さんが、やたらと話しかけてくる。
 聞かれて、短く答える時、思わず泣き声になった。情緒不安定と精神不安定を自覚した。自宅で何度も涙があふれたが、人前で泣きそうになるとは思わなかった。
 もう私は沈黙し、察した運転手さんも話しかけて来ず、10分ぐらいで到着。
 救急外来で受付。面会時間は午後2時から4時までと聞いていた。午後2時前だったが受け付けてくれた。
 ナースステーションで声をかけ、病室を確認してから、担当看護師さんの話を希望した。
 やさしくて優秀で思いやりのあるベテラン看護師さんで、ホッとした。
 4人部屋の病室。初めて見る姿に、涙があふれた。 
 意識障害。救急搬送。小脳出血。手術。リハビリ。医療病院への転院の予定。チューブ流動食。前日の嘔吐。胃腸を休めるため、点滴と酸素マスク。看護師さんから、いろいろ説明されたり教えられたりした。
「回復の可能性はありますか」
 私は聞いた。医師から告げられた姪の言葉がかすめたが、聞かずにいられなかった。
「可能性は、あります」
 看護師さんが答えた。やさしいその言葉が、うれしかった。
 私が言葉をかけると、うなずくような声がした。言葉をかけるたび、声は発するが、言葉は出なかった。
「そうやって言葉をかけると、脳にいいんですよ」
 看護師さんが言った。
 看護師さんから、いくつか質問され、答える時、また泣き声になってしまった。私の情緒不安定と精神不安定はおさまらない。
 20分ぐらい話を聞いて、看護師さんにお礼を言った。
 椅子がなかったので、去り際に看護師さんは私が腕にかかえていたコートとバッグをベッドの端に置き、その横に座るように言ってくれた。お礼の言葉は口にしたが、病室のベッドは狭く、腰を下ろす気になれなかった。
 言葉をかけ続け、1時間以上立っていたら足が少し痛くなってきた。5時間も6時間も立ったまま仕事している高齢の店員さんたちだっているのにと、もっと足を鍛えなくちゃと思った。手を両手で包み込むようにしながら、しゃがみ込んだり、立ったりを繰り返した。
 また会いに来ると何度も言って病室を出た。受付で、胸に下げていた面会者プレートを返した時、午後4時近くだった。
 バス停を探して、帰りはバスに乗り、窓外の景色に眼をやりながら、初めて見る横たわった姿が脳裡によみがえった。一言も言葉を交わせなかったと、胸に呟いた瞬間、熱いものが喉元に突き上げ、私は泣き出していた。
 その日から一週間余り、食欲があまりなく、夜はなかなか寝つけない。情緒不安定と精神不安定は、まだ続いている。


テレビ三昧の予感

2024年12月15日 | 最近のできごと
 シアタースタンドの上に55インチのテレビは置けなくて、50インチのテレビを買い直すことになったが、新宿の家電量販店へ出かけたのは翌々日だった。配送と設置の業者が2時間近くリビングにいたため、疲弊した私の神経と精神を、一日かかって和らげなければならなかった。
(洗濯機の業者のこと、もっと早く言えばよかった)
 ソファにぐったり横になり、スマホのパズルをしながら、そのことが何度も悔やまれた。
 ふと思いついた言葉を口にしたのだが、あの業者がおざなりなチェックをしたのがいけなかったのだ。そのことにようやく気がついて、ようやく帰ってくれて、ようやく私は解放感に包まれた。
(まるで軟禁でもされちゃったみたいな気分だったわ)
(私の性格って、赤の他人から馴れ馴れしくされるのが嫌いなのかも)
(どうして、家電量販店の店員や上司との長電話を、車の中でしなかったのかしら)
 などと、あれこれ考えめぐらせたり思いめぐらせたり。
 友人や肉親にその話をすると、
「言えばよかったのに、用事があるとかって時計見て、どうして言わなかったの?」
「言えなかったのよ、何だか怖くて、私って神経が太くないから」
「居心地良かったんじゃないの?」
「居心地、ですって?! 冗談じゃないわ! コーヒー出したわけでもないしソファに座らせたわけでもないのに」
「業者の気持ちもわからなくはないけど、箱から開けたテレビが置けないんじゃ」
「その日は暇だったんだろう」
 などなど他にもいろいろ言われたが、結局、誰も私の気持ちをわかってくれない、誰も理解してくれない、大変だったわねと、誰も慰めてくれないのである。
(人間は他人を理解することはできないって養老先生の本に書いてあったわ)
(私なんて自分のことだって、よくわからないのに)
 その翌日、私の精神と神経の昂ぶりがおさまったので、午後から家電量販店へ出かけた。
(今日もいるといいナ、あの店員さん、ううん店長さん)
 どこか他の店員と雰囲気が違うと思った。
(そう言えば……)
 何年前だろう、マウスを買いに行った。買って来て、すぐに使わなかったのは、そのころ、ある文書を作成していて、区切りが付いたら新しいマウスに交換しようと決めていた。故障したのではなく、使えるのだが、少し不調が起きていた。動作がスムーズではないことが時々あったのだ。
 ただ、その文書作成中に、買って来たマウスと交換すると、気が散るかもという気がした。ようやく区切りが付いたので、新しいマウスにしたら、全然使えなかった。新品の電池を再度、交換しても駄目だった。取説を読んだら、パソコンと合わないこともあるというようなことが書かれていてショックを受けた。ネット記事で調べても同じようなことが書かれている。
(そんなことってあるのオ)
 そのマウスを持って、家電量販店へ。商品とレシートを見せて店員に話すと、すぐに他の商品と交換してくれると思ったら、店内の隅のほうの一角にテーブルと椅子があり、修理コーナーらしく担当者がいて、そこに案内された。
 商品とレシートを見た若い店員が、
「工場に修理に出しますから」
 と言うので、私は驚き、
「一度も使ってないのに、使ってて故障したわけじゃないのに、商品の交換じゃなく、修理するんですか、これを」
 と聞き返した。
 すると、いかにも真面目そうな、忠実そうな、比較的若いその店員は、ていねいに説明を始めた。
「初期不良の交換は1週間以内なんです。買ってから半月以上経っているので初期不良の交換はできないんです。工場に戻して修理する決まりなんです」
「だって私、区切りがついたら新しいマウスに変えようって決めて、その間、新品のまま置いておいたんですけど、古いマウスがまだ使えたので区切りがつかないうちに変えると気が散りそうだから」
「でも、そういう決まりなんです」
「今日、交換してもらえると思っていたのに……電車に乗って出かけて来たのに……明日から新しいマウス使えると思ってたのに……」
 相手の同情を引くような、今にも泣きそうな口調をちょっぴり演技して言ったが、その店員は困惑顔もせず、
「初期不良の交換は1週間以内じゃないと、できないんです」
 これこそ正しい対応と自信ありげな口調で繰り返した。
 その時、店内をぶらつくような歩き方で近づいて来て途中から2人のやり取りを見ていた店員が、若い店員の肩を小さく押すようにして、椅子から離れさせた。そのしぐさだけで、自分が代わるという言葉は、一言も発しなかった。若い店員は一瞬、不満げな表情を浮かべ、黙って去って行った。
 その時のベテラン店員の無言のしぐさと、若い店員の不満げな表情を、今でも記憶しているのはつくづく感心したからだった。
 テーブルの前にベテラン店員が座ったので、私は救われたような気分に包まれた。
「私、区切りが付いたら新しいマウスに変えようと決めてて、半月以上経っちゃったんです、そしたら、新しいマウスが全然使えなくて、初期不良の交換は1週間以内じゃないとできないって言われて」
 途中から聞いてわかっていると思ったが、勢い込んで言った。すると、ベテラン店員さんが、
「いいですよ、今日、他のと交換します」
 爽やかな声と口調で言った。
「本当? ああ、良かった」
(さすがベテラン店員は違うわね、あの若い店員、融通がきかないんだから)
 内心、そう呟く。
「今日交換したマウスがまたパソコンと合わなくて使えないと嫌だから、ワイヤレスじゃなく、有線のほうにしようかしら」
 迷いながら言うと、店員さんもそのほうがいいと答えたので、有線マウスを買うことにした。
 店員さんが、マウスの陳列棚へ案内してくれて、商品を選んだ。
 私の手は小さいので、サンプルの小さいマウスを10個以上試してみた。店員さんは、そのたびに商品の説明やアドバイスをしてくれた。色の好み、形、握り具合など1つずつ試して、30分以上、時間がかかった。
(あの時のベテラン店員も、店長さんだったのかも……)
 顔ははっきり記憶にないが、話し方と雰囲気が似ている。
(たいてい店員は、私の好みや条件から探して、すすめる商品を買わせようとするけれど、私が気に入る商品を見つけるまで、ずっと一緒に探してくれた)
 テレビの時と同じである。
(今日も会えるかしら)
(店長はいつも店に出ているとは限らないのかも)
 その店の店員は、メーカーの派遣店員と店の店員がたくさんいたが、コロナのころから少ないことに気づいた。以前のように、「メーカーの店員さんは?」と聞いても、今日は来ていないと言われることがあったりした。
 まるで恋心に近いような感情に包まれながらワクワクドキドキ、店に到着したが、買い直しのレジの所で配送の日にちや時間の予約のやり取りの時に、あの店長さんはいなかった。
 配送はその翌々日の午後。当日、配送の正確な時間の確認の電話がかかり、相手が、「この間の○○です」と親しげな口調。
 リビングに新しいテレビが運ばれ、問題なくシアタースタンドの上に置くことができた。
 少しでも話しかけられると、時計へ眼をやり、察した業者は作業を黙々とすませて、終了。
 引き取りの古いテレビと段ボールをかかえた業者の後から、玄関へ。
「今日は早くすみましたね」
 良かったわという気持ちで言うと、
「そうですね」
 と業者。
 短い時間ですんだので、私は機嫌良く、サンダルをはき玄関の外へ。
 業者が、テレビと段ボールをかかえたまま、やりにくそうにポーチの扉を閉めようとするので、
「いいですよう、私が閉めますから、ご苦労様~」
 機嫌良く言って送り出した。
 リビングと廊下の床掃除をして、新しいテレビをつけた。
(あ~ら、きれい、4Kってこんなにきれいなの)
(明日から当分、テレビ三昧(ざんまい)になっちゃうかも)
 音質や画質や、その他の設定を次々していくのも、ワクワク気分である。
 夜は録画の映画を観るつもりだったが、その前に報道番組を見た。
 総裁選で、石破茂総理が誕生した日だった。

     

困惑の配送&設置業者

2024年12月01日 | 最近のできごと
 新しいテレビの配送と設置の日、業者から時間の確認の電話がかかってきた。
 配送の日にちと、3時間の幅の時刻は指定してあるが、他の家を回った後の正確な時間を伝えて来たのだ。
 やがて、その時刻に、エントランスのインターフォン。リビングの壁の小さなモニター画面に、作業服を着た業者の顔と姿が映り、解錠ボタンを押す。
 少ししてから玄関に降り、通路に面したポーチの扉を開けたままにして、そこで待つ。
 エレベーターの到着の合図音がして、通路に出ると、中年に見える長身の業者と挨拶を交わした。
 業者は、まだテレビの段ボール箱を持っていない。エアコンやベッドなど大型の家電製品や家具は、商品を運んで設置する前に、どの部屋のどの場所かを見て確認するのは、どの業者も同じだった。
 廊下からリビングに入り、ここです、同じ所にとテレビを指さした。
「はい、わかりました」
「設置の作業のスペース、大丈夫ですか?」
 業者に必ず聞く言葉だが、いろいろな物の片付けは、いつも手間と時間がかかる。ソファは動かせないが、センターテーブルや、小さなチェストや、テーブル付きマガジンラックや他の物などを窓際に寄せておいたり、写真やその他、見られたくない物を他の部屋へ一時置きしたり。
「大丈夫です」
 業者が答え、テレビの背後のコンセントのコードを、すべてはずし、シアタースタンドの上からテレビをゆっくり下ろして床に置く。
 私は除菌ティッシュとウエスでシアタースタンドの上の埃を拭いた。ふだんからマメに拭いていたが、後ろ側の拭きにくい場所は埃が少し残っていた。
 業者が出て行き、しばらくして、新しいテレビの段ボールを運んで来た。
 その箱は予想以上に大きかったので、
「ずいぶん大きな段ボール」
 と、思わず言ったら、
「55インチは結構大きいですよ。店で見るより」
 段ボールの箱を開けながら、業者はチラッとシアタースタンドへ眼をやって、「乗るかな」と、一人言のように呟いた。乗るとは、乗せる、置くという意味。
 テレビと付属の4K用ケーブルなど、すべて段ボールから取り出した業者が、「乗るかな」とまた呟き、立ったままシアタースタンドを見て困惑したような顔付きになった。
「駄目です。乗りませんね」
「えええええっ!」
「乗りません」
「ギリギリでも」
「ギリギリでも駄目ですね」
 乗せてみましょうか、とでも言うように、業者が新しいテレビをシアタースタンドの上に乗せかけてみせた。
「あら、ほんと!」
 古いテレビは中央に支える部分があった。新しいテレビも同じとばかり思い込んでいたのである。
 けれど、新しいテレビは支える部分が、中央ではなく、テレビの左右の側面の真下に付いているのである。シアタースタンドの幅が、わずかに足りないのだった。
「ここのこと、何て言うんですか?」
 支えの部分を指さして聞く。
「アシです」
 業者が答えた。足か脚ということらしい。
「お店で買う時、中央に脚があると思い込んでたわ。モニター画面ばかり気にして見ていて、その脚は全然、見なかったわ」
「普通、見ませんよね」
 業者が言った。
(だからなのね!)
 購入した時のことを思い出し、納得した。店員が、私が以前購入したシアタースタンドの幅のサイズと、55インチの脚の幅のサイズをパソコンで確認して戻って来た時、私は55インチのテレビの幅のほうが大きいから何センチはみ出るかと真っ先に質問したのはモニター画面のことだった。脚のことなど全く念頭になかったからである。
 その質問に答えた後、あの好感の持てる店員さんは、
「ギリギリ乗るかもしれませんね。もし乗らなかったら、50インチのと交換すればいいですね」
 と言ったのである。
 確かに、シアタースタンドの上に、まるで乗らないわけではなく、あと数センチという感じだった。
 つまり、ギリギリ乗るかもしれないということではなく、ギリギリ乗らないかもしれないということだったのである。
 そう気づいて、内心、クスクス笑ってしまいたくなった。店員さんは、多分乗らないとわかっていたのかもしれないが、私があまりにもそのサイズのテレビを欲しい欲しいとはしゃいでいるので、つい、水を差したくないとでもいうような気分だったように想像された。乗らなければ50インチのテレビと交換すればいいのだと。
 けれど私は、大丈夫よ、ちゃんとシアタースタンドの上に置けるわと100パーセント思い込んでいたため、
「ギリギリ乗るかもしれませんね。もし乗らなかったら、50インチのと交換すればいいですね」
 という店員さんの言葉が、ちょっぴり蛇足のように感じられてしまったことも思い出した。脳天気な私である。
「どうしようかな、段ボール開けちゃったし、どうしようかな」
 業者が困惑したように繰り返している。どうしようという言葉を繰り返す業者が、不思議な気がした。新しいテレビを持ち帰ればいいのだ。後日、店で買い直しの精算をして、配送日を決め、50インチのテレビを設置してもらえばいいだけなのだと思ったが、あえて言わなかった。
 店で買い直しの精算は経験がある。その家電量販店に入っている〈○○工房〉という店でカーテンを購入した時、帰りの電車の中で気が変わって、翌日、店舗に電話し、レースのミラー・カーテンはあの商品を買うが、厚地のリバーシブル・カーテンのほうはやめて選び直すと伝えた。オーダーカーテンなので、商品はまだ配送されていないし、作製もまだの時だった。翌日、店舗へ行き、再度、カタログから写真とサンプル布を見て選び直した後、買い直しの精算をした。
 どうしようかと迷う言葉を繰り返していた業者が、思いがけない説明を始めた。
「一度、開けた段ボールに、このテレビを入れて車で運ぶと、小さな傷が付くことがあって、そうすると、うちの会社が弁償しなくちゃならないんですよ」
「車で運ぶと小さな傷が付く?」
「付きます、車は揺れるから」
「経験あるんですか?」
「あります。そしたら工場へ返す時、うちの会社が弁償しなくちゃならないんです」
「そうなんですか。知らなかったわ」
「困ったな、どうしようかな」
「50インチのなら、乗りますよね」
「乗ります」
「最初は50インチのほうを買うつもりだったんですけど、55インチのを見たら買いたくなって、販売の店員さんがシアタースタンドの幅をパソコンで調べて、ギリギリ乗るかもしれないけど、もし乗らなかったら、50インチのテレビと交換すればいいですねって言ったんです」
 その私の言葉に、業者はええっと驚き、顔色を変えた。
「何だ、それじゃメッセージに一言書いてくれたら良かったんだ! 何も書いてない! Yなんか細か~くメッセージに書いてくれますよ、だからBは駄目なんだ!」
 もう激怒と言っていいくらいの怒りようである。怒っているのは店に対してで、私にではないが、まるで私に怒っているように感じられるほど、その業者が急に怖くなった。
「Bでは買わないほうがいいですよ、BよりYのほうがいいですよ。レシート、ありますか?」
 私はレシートを持って来て、業者に渡した。
 業者はポケットからスマホを取り出し、レシートを見ながら新宿の家電量販店Bへ電話した。
 それから延々と、業者は憤慨と攻撃的な口調で、レシートに記載のレジ担当者や、販売の店員や、自分の会社の上司と、何度も電話のやり取りを続けた。箱から開けちゃったという言葉を繰り返しながらだった。
 私の精神状態は、もう息苦しさを覚えそうなほど疲弊して、何でもいいから早く、新しいテレビを持って業者に部屋から出て行って欲しかった。
 時計を見ると、1時間以上、経っている。
 友人でもなく肉親でもなく知人でもなく、赤の他人の業者が、私の部屋に長時間いることに耐えられないのだった。
 リビングの床に置かれた新しいテレビと古いテレビと大きな段ボールを眼にすると、つくづく嫌気がさし、その業者への不信と嫌悪に近い感情に襲われた。一体、いつまでそれらを、置いたままにしておくつもりなのかと。
(窓を開けておいて良かった)
 ふと、そう思ったのは、呼吸困難という言葉が浮かぶほど、自分の精神状態が不安になったからだった。
 延々と、呆れるほど長時間、電話のやり取りを繰り返していた業者が電話を切って、またBに電話をかけて話し始めた。
 それは比較的短かったが、電話を切ると、「店長……」と吐き捨てるように軽蔑したように言い、すぐに、「責任者」と、同じ吐き捨てるような口調で呟いた。
 その時、固定電話がかかって来た。隣の部屋へ行き、電話に出ると、販売を担当した店員からで明るく爽やかな声と口調だった。私の名前を確認する言葉を耳にした瞬間、私の心は温かなさざ波に包まれた。
「テレビ、ちゃんと交換しますから。精算する必要があるので、都合の良い日にまた店に来て下さい。大丈夫ですから、ちゃんと交換しますからね」
 その言葉を聞いたとたん、安堵の波が押し寄せてきた。今、業者といて困っていることを見透かしているようにも感じられた。それは本当に深くもあり温かくもある安堵の波で包み込まれたような感覚だった。
 電話を終えてリビングに戻ると、
「Bからですか?」
 業者が聞いた。
「はい。交換するって」
「ちょっと車の所に行って来ますから」
 と業者が言い、「すみません、またエントランスお願いします」
「はい」
 業者が出て行くと、窓辺へ行き、深呼吸した。その時、販売を担当した店員は、業者が吐き捨てるように言った店長だったと気がついた。
 10分くらい経って、またインターフォン。
 戻って来た業者は、新しいテレビを段ボールに入れて持ち運んで帰るかと思ったら、立ったまま、まだB店への非難を口にし始めたので、サイコパスという言葉が浮かんだほどだった。
「それで話はつきました?」
 私は聞いた。
「今、上司とBで話し合ってる」
 業者が答えた。
「半年前、洗濯機を買った時、今まで8キロだったのを10キロに買い換えたのだけど、その時店員さんから洗濯パンのサイズ、奥行きが今より5センチのスペースの余裕がないと置けないと言われて、見積もりを提案されたけど、多分置けると思って購入したら、帰宅して見てみると少しは空いてるけど5センチあるかどうか、後ろだから測れなくて、置けなかったらどうしようって配送の前日は寝付けなかった、置けて良かったわって業者さんに言ったら、設置前に必ずチェックしますから、段ボールの箱開けちゃうと工場に返品できないんですよ、だから段ボール開ける前に、必ずチェックしますって言ってたわ」
 そう言うと、業者は、「ああ」と急に元気のない声で呟き、ようやく自分の過失に気がついたように、新しいテレビを段ボールに詰め始めた。
 それから古いテレビを元どおりにシアタースタンドの上に置き、電源コードを接続した後、ようやく新しいテレビの段ボールをかかえてリビングを出ると、廊下を歩きながら、
「また、ぼくが来ますよ」
 と言ったが、私は無言だった。
 玄関では、「ご苦労様」と言ったけれど。
(ああ、疲れた~)
 リビングに戻って、時計を見ると精神衛生に悪いから、時刻を知るのはやめた。多分、1時間半か2時間近く経っていた。
 その夜、思い返してみて、私は自分の神経が細く、精神が虚弱なのだと、あらためて思い、息苦しさのあまり呼吸困難にならなくて良かったと、つくづく思った。   〔続く〕