チュンサンは春川第一高校に通い始めて、すぐに図書館の中にある資料室に行った。そして、1966年度の卒業アルバムを手に取った。アルバムの中には、母親の溢れんばかりに幸せそうな笑顔があった。母さんにもこんな時代があったのだと、チュンサンは不思議に思った。チュンサンはいつも張り詰めたようなミヒの顔しか見ていない。
そして破られたような写真をもとに、あの男性を探した。キムジヌ、やはり同じクラスにいた。写真と同じように、温和な微笑みを浮かべて写っていた。
チュンサンは春川にいる間、4回ジヌを訪ねている。
一回目はアルバムを見たその足で、ジヌの大学を訪ねていた。ジヌは数学の講義中だった。ホワイトボードには膨大な数式が書かれている。チュンサンはあれが父親なのだと感慨深い想いで見つめていた。知的で優しそう、穏やかそうな笑顔は、まるで自分と似ていない気がした。むしろ、あのキムサンヒョクにそっくりだ。チュンサンは、実際に弟に会ったら、心が温かくなるのかと思っていたが、実際に感じたのは「嫉妬」という感情だけだった。あいつは同じ父親から生まれながら、自分にないものを全て持っている。温かな家庭、常にいる母親、家、お金、友達、そして父親、、、。全て当たり前だと思っているのが許せない。その中のひとつだけでもこの手で奪ってみたい、あいつを痛めつけて泣かせてやりたい、とチュンサンは感じていた。
「誰かこの数式の続きを解ける者は手を挙げなさい」
ジヌは学生に問い続けた。しかし、誰も手を挙げない。チュンサンは優越感を感じてじっとすみに座っていた。
すると、春川第一高校の制服を着た聴講生にジヌが気がついて、チュンサンに問題を解くように言った。チュンサンは独自の数式でスラスラと数式を書いてあっという間に解いてしまった。
ジヌは驚きいっぱいの目で、チュンサンの得意そうな顔を見ていた。
「この数式は誰が考えたんだい?」
「誰が作ったか重要でしょうか?僕なりのやり方で解いたんです。」
高校生が傲慢な口調でサラッと言ったのを見て、周りの大学生たちがどよめいた。それが2人の出会いだった。そのあと、ジヌに呼ばれて、研究室に行こうとしたチュンサンだったが、偶然訪ねてきたサンヒョクを見て、物陰に隠れた。膨らんでいた喜びや自尊心がぺちゃんこになるのを感じた。
そのあと、2人の後をそっとつけて、自宅で家族3人で楽しそうに夕食を食べて笑い会う姿を見つめていた。キムサンヒョクは、チュンサンが欲しくて欲しくてたまらないものを、何の苦労もなく持っているのだった。憎い、憎くてたまらない、と感じた。そして、自分はどんなに頑張っても影の国の住人なのだ、誰も気がついてくれない、と強烈な孤独感に襲われた。
2回目に会いに行ったのは、ユジンに「会いたいのに理由はいらない」、と言われて勇気を出してた時だった。でも身体の中の勇気をかき集めて会いに行ったのに、ジヌはチュンサンとひとしきり高度な数学の会話を交わしたあとは、一人息子のサンヒョクの話ばかりをした。ああ、サンヒョクは父親に愛されているんだ、チュンサンは寂しさでいっぱいだった。ここにもう一人の息子がいるんですよ、と心は叫んで泣いていたが、口に出すことは出来なかった。
3回目に会った時には、ジヌは天才的なチュンサンの数学の才能に魅せられて、待ち侘びていた様子だった。チュンサンはこの前ずいぶんと傷ついたけれど、またジヌに会いに来て良かったと思った。2人は時間が経つのも忘れて夢中になって議論をかわした。チュンサンは息子だとは名乗れなかったけれど、嬉しくて仕方なかった。
しかし、ユジンとのデートを疑ったサンヒョクが後をつけて覗き見していたとは知らなかった。サンヒョクは理由は分からないけれど父親に勝手に会っていることや、ユジンに対しての嫉妬で、次の日にチュンサンを問い詰めたのだった。そして、それがチュンサンとユジンの誤解につながった。
最後にジヌを訪ねたのは、ユジンの家で自分が持っている写真の母親の反対側にもう一人のは男性、つまりユジンの父親とミヒが腕を組んでいるのを見た直後だった。
チュンサンが慌てて研究室に駆け込んで来た時、ジヌは驚いた。顔が真っ青で普通ではなかった。しかし、ジヌはサンヒョクと一緒で、育ちが良く世間知らずなところがあったため、チュンサンの質問に素直に答えてしまった。
チュンサンの母親、カンミヒとユジンの父親は婚約していたが破局したこと、その直後にユジンの母親と付き合い始めて結婚したこと、自分はミヒに片想いしていただけであることを。
チュンサンは青い顔をますます青ざめさせて、肩を落として出て行ってしまった。それがチュンサンを見た最後だった。
まさか、チュンサンがミヒとユジンの父親の子だと思いこみ、ユジンと異父兄妹と考えて絶望したとは知らずに。
10年後に息子のみならず、自分の人生まで狂わす出来事になるとは想像もしていなかった。
あのとき、もっと自分が思慮深い人間だったら、チュンサンが何度も訪ねてきた理由を察していたら、ジヌはのちに深く後悔することになった。