東京出張の前夜に、アリス=紗良・オットさんのリサイタルがあることをFBで知り、これまでコンサートに行くタイミングが無かったのですが、今回こそ行ける!と、夕方に東京オペラシティへ。
演奏の素晴らしさは彼女の名前で検索すればたくさん出てきますので、ご参考になさって下さい。今日は アリス=紗良・オットさんから影響を受けて宿をつくってしまったという個人的なお話。
4年前。デビューしたての彼女がテレビで語る音楽話に興味を持ち、宿づくりの参考にしました。
彼女は素足でピアノと一体になって居心地を獲得しながら集中力を作り出して演奏するスタイルをとっていました。そして現在では、ピアノそのものの個性も受け入れながら、例え調律の狂いやすいピアノであっても、そのピアノとの接し方からはじまり、最良の音を導き出すという考え方をされているそうです。
彼女とピアノの哲学的な関係が心に響き、宿においても居心地を求める人と空間や家具との接し方を自分なりに考えるきっかけになりました。そしてその報告をいつか本人にしたいと思っておりました。
人気のピアニストですので実際お話できるかどうか?と思っていたのですが、長蛇のサイン会の最後尾で機会を伺い、4年の歳月を経て報告できました。
テレビ番組「情熱大陸」で紹介された内容では、アリスさんはドイツ人と日本人のハーフで、ドイツに住んでいるため日本人らしい外見であるゆえの居心地の悪さ、言葉の悩み、かといって日本に来ても日本人としての実感が持てず、自分の居場所がどこにあるのか考え込んでしまいます。そうして世界で演奏の旅を続けながら、ピアノの中に自分の居場所を見つけてゆくというエピソードがあります。
そのような背景があるからなのでしょうか、彼女とピアノは演奏道具とは思えないような結びつきを感じさせます。凄まじい超絶技巧を見せる一方で、スローテンポでそっと触れるような美しいピアニッシモが魅力で、ひとつひとつの音の粒が「孤独感を癒す水滴」のように感じられます。ショパンのワルツもそうだと思うし、彼女のチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番での音は、華やかというよりも素朴な優しさも感じます。ウクライナの農村風景が大らかに心地よく見えてきます。この曲を聴きながら、家具工房のある八郷の風景を車で走ったものです。
彼女から感じた「居場所」「触れる」という心地よいイメージは、宿づくりの最中ずっと頭から離れず、宿の空間や家具づくりの感性的な部分を忘れない種子になったと思っています。
例えば椅子。
椅子に座るのではなく、触れるという解釈で考えることができました。
椅子も共に年老いてゆき。時を身体に刻み、親しくなります。
また、この土地の光や風の中で、椅子と人が一体になって自然を浴び、互いの感触を意識しています。
椅子が人を包むという感覚がその人を承認し、
居心地を感じさせるためには、どういうデザインが良いのか。
それは、椅子へのフィット感だけでなく、
包んでいる中で子供のように自由に動けることだろう。
あるいは眠れることだろう。
等々。
当時、精一杯考えて、 アリス=紗良・オット的な状況を生み出せるアイデアを考えていましたね。ただ、それではキャッチコピーとして分かりづらいだろうということで、「(彼女に用意した)あたらしいふるさと」という言葉で、宿をオープンしたのです。
御礼の気持ちを伝えることができて、よい夜でした。
今日、常磐線特急の車内で、奄美が梅雨入りしたことを知りました。
少し蒸し暑さのある東京オペラシティ。
彼女はアンコールの一曲目にショパンの「雨だれ」を演奏しました。