めざせ キリマンジャロ プロジェクト Kilimanjaro Project for children!

私がアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ登山をすることによって寄付を集め、子ども達を演奏会に招待する プロジェクト

キリマンジャロ登頂 報告記1

2018-10-05 | 日記
「誰かの行いが誰かを笑顔にする」をモットーに、私がキリマンジャロへ挑戦することで寄付を募り、
その寄付で子ども達に音楽を楽しんでもらおうと、無料でコンサートに招待するプロジェクトを立ち上げました。

ぜひ、趣旨にご賛同頂けましたら、サポーターになって下さい。
ご登録はこちらから  ⇒  メールフォーム

またはhttps://ws.formzu.net/fgen/S98676428/


また、すでにサポーター登録頂きました方、ありがとうございます。


最初のきっかけは、
「100の夢リストから一番不可能と思われることを選んで、どうやってそれを前人がやったか調べ、検証して努力しろ、さすれば、残りの99の夢も不可能ではない」


この100夢リストから私が選んだ、一番不可能と思われる夢が「キリマンジャロへ登る」だった。

思えば、一番不可能というより、一番叶えたい夢だったような気がする。

しかし、「一番叶えたい夢」だったとしても、還暦を過ぎて、「世界7大陸の中でアフリカ大陸の最高峰へ登りたい」夢は簡単に可能でもなかった。

事前にそれなりの準備も必要だが、登っている最中でさえ、毎日レスキューのヘリコプターが飛んでくるのだし、登頂を諦めて戻っていく若い人もいるのだから、やはり可能性100%ではない。

キリマンジャロは気力と根性だけでは、登れないぞと言われていた。私にとってはやはり「不可能に近い夢」だった。

体力も持久力も人より劣る私が、よく登れたと思う。皆さんの「頑張って!」の応援が後押ししてくれたのだと感謝。

ありがとうございました。

さて、ここから 登頂までの登山記を書き留めました。よろしかったらお読みください。


キリマンジャロ登頂報告記

私、林妙子は2018年9月20日に無事、アフリカ最高峰のキリマンジャロ山(Stella Point5756m)に登頂出来ましたことをご報告いたします。

2018年9月13日  
羽田空港より0時5分のカタール航空にてドーハ経由、
キリマンジャロ空港へ向かう。
ドーハまでは11時間あまり、ドーハからキリマンジャロ空港へは5~6時間だったと思う。

ドーハでキリマンジャロ行きの飛行機に乗り換えたとき、この人たち、みんなキリマンジャロへ登るのかしらと思った。他にキリマンジャロ空港へ行く用事ってあるのかな?
あんまり登るようにも見えないけれど・・・。


キリマンジャロ空港は小さな飛行場で、飛行機からタラップを降りたら、ビルまで歩かされた。外にあるテントでビサの申請用紙に記入し、中の受付で$50支払ってビサをもらう。




入国手続きを終えて、外に出たら、担当の運転手が名前を掲げて待っていてくれた。

空港から1時間、モシの町に着く。私たちはそのままホテルへ入ったので、あまり町の様子は分からないけど、来る途中の様子を見れば、何となく想像はつく。道端をヤギが歩いていた。その横で物を売っていた。

ホテルは立派な西洋風の建物で、プールまでついている。
部屋に通されやっと一息。4階だけど、エレベーターは故障中で動かない。このくらい訓練かぁと思って毎回上り下りする。


ここのホテルは壁で囲まれ、外の世界とは別世界のような気がする。
泊り客も多くは、キリマンジャロへこれから登る人か、登ってきた人だ。


9月14日
朝食でロビーに下りると、これから出発する人たちが大きな荷物(預けるもの)と自分の背負うリュックとホテルに置いておく荷物を運んでいる。


小型バスのような車が来て、それぞれの荷物と人を運んでいく。 
「頑張れよ~!」心の中で応援してみる。いよいよ、明日は我が身だ! ちょっと緊張!

屋上へ上がると、「キリマンジャロが見える!」
朝日を浴びて、輝くキリマンジャロが姿を見せた。雪が沢山あるじゃん!
あのてっぺんまで登るんだぁ! 感動でしばし動けず。




登頂報告記2に続く





奇跡のキリマンジャロ登頂 成功!

2018-09-22 | 日記

私たち5人(イスラエル人、ドイツ人、日本人)の為に、ガイド4人、ポーター20人がついて、7日間一緒に暮らします。皆んな下りるまでチームです。

トップガイドのバラッカは優秀で、その采配はとても上手でした。
私は皆んなに比べて歩みが遅いので、オマリーが私に付いてくれて、ずっと一緒でした。

登頂日、皆んなは夜中の24時に出ますが、「妙子は足が遅いから、1時間早く23時に出ろ」とバラッカに言われました。

ガイドのレオンが案内してくれ、私の後ろにオマリーが荷物を持って付いてくれます。

富士山を登る様に、ヘッドライトの列が続きます。
3時から4時が一番寒いからと言われたけど、とっくにもう寒い!

風が凄い!何mの強風かわからないけど、スペシャルだと言ってましたが、とにかく、右側から吹くので、右側が寒くて。
ホカロンを右腕に入れても効きめ無し。
時には風でよろけて。

なんで今日はこんなにウィンディなんだ!

何も遮るものが無い頂上への道。風が吹けば、もろ当たる。

空気はだんだん薄くなる(当たり前)ので、呼吸を意識して吸わないと足が出ない。

列が渋滞で足が止まった瞬間に、睡魔か酸素不足かでフウっと意識が飛んでよろけた。

早く太陽よ、出てくれ!と祈りながら。


やっと日の出を見れたのは、8合目か9合目。
でも全然暖かくならない!
待ちに待った日の出なのに!

もう体力の限界かと思った時、私を追い越して先に頂上に着いた4人が戻ってきた。

「あと20分、ママ、頑張れ」と皆んなに励まされたが、すぐ目の前に頂上が見えるのに、苦しくて、死ぬほど苦しくて。(涙)

「この一歩を出し続ければ、いつかは目的に達する」

そう自分を励ましながらでしたが、その一歩が出ない。「もうここまで来たので十分」何度も諦めかけた時、ガイドのレオンが手を繋いでくれました。

頂上に着いたのは朝の7時。8時間ほとんど休まず(寒くて休んでなんかいられない)歩き通し。
一歩一歩が物凄くゆっくりで。

今まで経験した事のない、めちゃくちゃ、寒くて(バラッカはマイナス17度だと言ってた)、息苦しくて、風で体力奪われた、苦しい苦しい登りでした。

頂上に着いた時、何故か泣けて、泣けて。



今、こうして記録を書いていても、思い出して涙かウルウル。

やって良かった!

あのアフリカの夜明け。
広大な風景。
アフリカ人との交流。

全てが、すべてが、一生の宝物です。

応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

日本に帰ったら、子ども達の為にコンサートを企画します。

皆さまのサポートをお待ち致します。

キリマンジャロが見えた!

2018-09-14 | 日記
あの頂きに立つかと思ったら、ウルウルしてきた。

頑張ろう!

出発日前日

2018-09-14 | 日記
出発日前日に私達のガイドをしてくれる人がホテルにやって来ました。

「今から、装備点検をするから、ベッドに全部広げて」

「先ずは寝袋ね」彼は袋に仕舞ってあるのを開けて、触って、「はい、ok」

そうして全てをチェックして、これは大きいバックに、これは自分で担ぐバックにと指示を出します。

足りない物は貸してくれます。

相棒の吉田さんは、「頂上ではこれでは寒くてダメ」とダメだしされて、スキーウェア一式をレンタルしました。リサさんは寝袋をレンタル。

私は心配性でかなり持って来たから(なんせ、吉田さんの1.5倍は荷物あるからね)、ダメだし出ずに完了。

なんか、いよいよだなぁと実感が湧いて来ました!

食べています‼️

2018-09-13 | 日記
8月初めの大菩薩嶺で膝に違和感を感じたものの、10日後に木曽駒ケ岳に登って無理をしたみたい。

翌日から完璧、痛みで階段が片足づつしか上り下り出来なくなった。

これはヤバイとお医者へ駆け込んでレントゲン撮影するが、骨に異常なし。
先生曰く、トレーニングのやり過ぎでしょうと。炎症を起こしているから、暫くはトレーニングを控えるようにと。キリマンジャロも行けなくなりますよ! トホホ

それからは湿布と薬、歩くのも控えめ、階段もエスカレーターに。

10日もしたら、炎症も治り痛みも無くなったので富士山へ。

膝のために体重を落とそうと、炭水化物の摂取を減らしていた。

そんな富士山は大変だった。

炭水化物ダイエットは痩せるけど筋肉も落とす。その上にエネルギー不足になる。

富士山ツアーのガイドのボス(キリマンジャロも数回、先日マッターホルンを登ったばかりの有名な登山家)から、
小屋で「とにかく炭水化物を食べろ、食欲が無かったらお菜は食べなくてもよいから、ご飯をお湯かけてでも流し込め」と言われた。

ヒェ〜、私、真逆をしていたじやない!

と、言うことで今回は食べてます‼️

普段食べない機内食も完食‼️

周りの外人を見ても、さすがよく食べるわ〜。体力違うわけだ〜!

頑張ろうっと!