宮古島は沖縄の離島の中でも比較的、水が豊富な島。
地下水が貯まりやすい地質になっている。
戦前は、水田もありお米も作っていた。
沖縄が本土復帰するときに、本土では減反政策がとられようと
していた、沖縄がお米を作れば、年に3回の収穫が出来る。
本土のお米とちがって質はよくないが、試行錯誤しいて、
未来的には良いお米がとれるかっも知れない。
と不安に思った政府は、サトウキビ栽培を推奨した。
お米は作っても、許可がないと売れなかった時代。(専売公社)
そのままお米を作り続けていたなら、どうなっていただろう。
本土に行ったときにまず感じるのは、お米がおいしい。
スタッフの二人は新潟出身。
地元に帰れば、ご飯だけでも食べられるという。
スーパーでも米どころのお米が売られているが、
あまり美味しくない。
水が悪いからと言われているが、やはり質のよくないものが
回ってきているのだろう。
なによりも値段が高い。
やはりよく売れているのは安いお米。
その年に収穫されたお米が新米。
前の年に収穫されたのが古米と呼ばれている。
室町時代にさかのぼると、日本では古米が新米よりも値段が高く、
ないよりも古米が新米より好まれたそうだ。
新米の方が美味しいのに古米が好まれたのは理由がある。
古米の方が新米より水分を含む量が少ない。
この時代の人は、美味しい、美味しくないの判断基準より、
どれだけたくさん食べれるかに基準を置いていたことがわかる。
沖縄でお米を作り続けていたなら、年に3回とれる新米を
買っていたかも知れない。
