絵と文は関連がありません。
パース(完成予想図)作成の仕事をしていた時のものです。
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20代半ばに顔面神経麻痺になった。
原因は中耳炎からきたもので、耳の病気としては一般的に知られている疾患で「真珠腫性中耳炎」と言う慢性中耳炎によるものだ。
なぜ慢性中耳炎になったのかが問題。
小学校2~3年の頃、急性中耳炎になり、町で一軒しかなかった耳鼻科の病院に通っていたのだが、なかなか良くならず、子供心に治療を受けながら「こんな治療で良くなるのかな?」と思いながら長く通った。
そんなある日、突然その耳鼻科の先生が町からいなくなった。
噂では、手術をして患者さんが亡くなり夜逃げしたとか…。
定かではないが、ひどい話でとにかく困った。
あの時代は潜りの医者がいたらしい。
この頃は既に拗れていたようだ。親が慌てて、市立病院がある街に住む親戚の家に頼んでくれた。
夏休みに2週間泊りがけでお世話になった。流石に都会の市立病院は違うなぁと思ったものだ。
取り敢えずグチュグチュしていたのが、カラカラになって帰宅出来た。
叔母さんがそれは優しくしてくれた。同年代の従姉妹もいたのでホームシックにもならず、寧ろ楽しい思い出として残っている。
そこの家族には何十年経った今も感謝の気持ちでいっぱいだ。その気持ちを伝える事もなく途絶えた親戚づきあいだが、感謝とお詫びの気持ちを忘れないでいたい。
日焼けした田舎っ子が、都会に行ったものだから近所の子(悪ガキ)に「山ザル」と言われたりもしたが、それも懐かしい思い出かな?(笑)
何せ「陽焼けしたでしょうコンテスト」で2位になった(1月19日ブログ)メラニン色素遺伝子受けまくりの田舎っ子だったからね(笑)
それから数年は、治まっていたが拗れたせいか大人になっても、耳鼻科の病院にはしょっちゅう通っていた。
次回に続く