村川大介七段が王座になりました。タイトルホルダーですので、即日、「飛び付け」八段
です。村川大介さんと井山裕太さんは、まだ二人が18才と19才の時、新春9路盤対局で
「名局」を残しています。
白石も黒石も、死活のはっきりしない石(囲碁で言う「目が2つない石」)を、あちこちに
抱えながら、局面は進行していきます、、、。(でも、そうしないと9路盤では勝てな
い、、、、はずです、、、。)
吉村先生の軽井沢の山荘です。

(お手伝いさんの部屋は、図面の左下の「寝室-C」です。)
9路盤の碁盤も、吉村先生の軽井沢の山荘(7m20cmx7m20cm)も、どちらも正方形です。
9路盤の方は、一つも生きている石がない白が、最後は劫材のなくなった黒に中押し勝ち
します。両対局者は隅や辺の自分の石に生きが無いことは百も承知で打ち進めています。
(下辺の白は劫含みです。)囲碁は勝ち負けのゲームですから、生きが無くても最後に勝て
ばよいのです。(趙治勲さんの碁で、死んでいる趙さんの大石が、相手の大石を殺す碁が
ありました。)でも、普通は隅や辺の石の死活が読めないようでは、囲碁は打てません。
建築の設計では、部屋や空間が死んでしまっていては、いけません。
吉村先生の軽井沢の山荘では、お手伝いさんの部屋(2m10cmx1m50cm)が、ぎりぎり成立し
ている事を、吉村先生は読み切っています。私などは、お手伝いさんの部屋を小屋裏階
に、すぐに上げてしまいそうですが、吉村先生は、そんな事はしません。(最初から考え
もしません、、、。)家族の私的な山荘として、その一員であるお手伝いさんの部屋を小
屋裏階に上げたのでは、お手伝いさんの上り下りの負担は増えるし、だいいち、そんな事
をさせては、自分達は気が休まらなくて、何のために軽井沢に来たのか判らなくなってし
まいます。囲碁で言えば、吉村先生は「局面の全体」が見えているのです。(お手伝いさ
んを含めた家族全員の部屋がが二階のフロアーにあることが必須だったのです。しかも
吉村先生は、将来、そのお手伝いさんの部屋が、台所の続きの食堂になった場合に、その
広さがちょうど良いし、落ち着いたスペースになる事まで読み切っています、、、。)

9路盤では山田規三生九段が、4-六の21手目と4-五の着手の解説で、プロ棋士が結果的に
「ダメを詰める」ような手を嫌うし、打たないし、打たされると良くないと解説していま
す。わざわざ自分から「ダメを詰める」(いわゆる「愚形」です。)ような手を打って、
結果的に「一手負け」にでもなったら、碁はほとんどの場合、そこで終わってしまいま
す。(打たせただけでもポイントゲットなんです。)
建築の設計、特にプランで、「わざわざ自分からダメを詰めるような」もしくは「ダメ
を走らされているような」プランニングをしている人っていないでしょうか? 以前、若
い方のプランを見ていたら、二階の階段ホールに対して子供部屋の角を「出っ張らして」
その角にドアを付けているので、良くない理由をいくら説明しても、「建て主さんの希望
が六帖だからこうしているのに何が悪いのですか?」みたいな感じで困ってしまった事が
ありました。(これは設計では「ダメを走らされているような」プランです。小学校で
1+1=2のようなの教育をし過ぎているのでは? 数字が合っていればいいと言うものでもな
いんです、。囲碁で、「プロなら死んでも打ってはいけない石」を打ったら、その瞬間、
弟子は師匠から「破門」されても仕方ありません。)
囲碁の場合、最後の勝敗は中央での折衝で決まる事が多く、そこでの読みと経験の深さで
棋士の実力が問われます。(しかも、御城碁の時代ではないので、終盤で秒読みに追われ
ます、、、。)
吉村先生の軽井沢の山荘は、一階からの階段を上がりきったところが、ちょうどプランの
中央なのですが、ここが非常に上手なんです。(無理なく、自然にとでも言いましょう
か、、、何て言ったらいいんでしょうか、、、)とにかく、囲碁で言う、「愚形」がどこ
にもないんです。無駄もなくて、必要にして十分なんです。(小屋裏階に上がる階段の取
り付け方、その裏側の浴室の斜め天井、余った部分は物入れと収納、RCの煙突、まるで、
一流プロ囲碁棋士の「手順を尽くした」「結果的に、こう納まる場面だったのか、、」と
言う美しい石の形を見ているようなのです、、、。)しかも、その上の小屋裏階をささえ
ている梁による低い天井高による空間(と言っても「たたみ」一帖分ほど、、、)が絶妙の
「奥行き」と「広がり」と「落ち着き」をあたえているのです。「低い天井高」は上下
方向のスケール感も作り出していますし、水平方向でも、4m80cmx4m80cmの、決して寸法
的には絶対的に十分に広いわけではない居間との対比で、やはり絶妙のスケールを作り
出しています。(しかもグリッドとは45°に振れた「ひき」のとれる視線の方向です。)

それもこれも、ひとつには、二階の中央付近に上がりきる階段のおかげなのですが、私
には、これは、小津安二郎さんの映画を想わさせるのです。映画の中では、父親の笠智衆
さんは、めったに、これから嫁ぐ二階の娘(原節子さん、岩下志麻さん、、、)の部屋には
上がりません。上がる時は、何か、物語の中の「神聖な空間」にポンッと(歌舞伎のスッ
ポンのようにとでも言いますか、、、。)、現れる感じなのです。(と言っても、物語の中
の笠智衆さんは、年も年だから、ゆっくり上がってくるんですけど、、、。)

小津監督とお母さん、何か遊んでいます。(この写真、好きなんです、、、。)
私には、吉村先生の軽井沢の山荘は、「物語の構造」さえ、その内に秘めているように
思えてしまうのです、、、。
(私の応援している高尾紳路さんが、村川八段につづいて中二日おいて新天元になりまし
た。井山さんは、四日の間に二つ失冠です。うーん、、、。)
一般の方のために、吉村先生のyoutubeを、のせておきます。ご覧下さい。
追記 囲碁インストラクターでもあり囲碁番組の司会などもされている稲葉禄子(いなよ
しこ)さんの最近のブログに、こんなのありました。2015年 10月 29日
昨日すっごいことに気がついてしまった。
設計やってる人はみんな囲碁に向いているのではないか。
日建設計囲碁部の会をサロンでやっていただいて、初心者が2人来てくれたので
すが、何を言ってもすんなり伝わる気がするのだ。
スペースを広く囲えば勝ち。
階段を作ってください「シチョウ」
点と点を打って、その後線を引いて囲いをつくる
壁を二重に作ったら、スペースが減りますよねー。
囲碁では効率の悪い形が愚形
効率の良い形が美しい形です。
で、初心者なのに、初めての囲碁で盤上を俯瞰して見られるってすごくないです?
30分後には13路盤で打てるようになっていた。設計と囲碁、似てるんじゃないか?
追記の追記 Googleによる囲碁コンピューター人工知能ソフトAlphaGoと、韓国を代表
する囲碁プロ棋士イ・セドルさんの五番勝負見ましたか?アマチュアでも
ある程度の上級者なら誰でも知っている「石塔絞り」を読めないAlphaGo
が、イ・セドルさんに勝ってしまったのです。特に第3局の白32手目の、
わざと「はざま」をあけたような、「逆下肩つき」のような手は、とてもコン
ピューターの考えるような手には思えず、びっくりしました、、、。
黒がイ・セドルさん 白がAlphaGo

いずれ建築の設計も、最初から最後まで コンピュータのー人工知能が
してしまうような時代が来るのでしょうか?
です。村川大介さんと井山裕太さんは、まだ二人が18才と19才の時、新春9路盤対局で
「名局」を残しています。
白石も黒石も、死活のはっきりしない石(囲碁で言う「目が2つない石」)を、あちこちに
抱えながら、局面は進行していきます、、、。(でも、そうしないと9路盤では勝てな
い、、、、はずです、、、。)
吉村先生の軽井沢の山荘です。

(お手伝いさんの部屋は、図面の左下の「寝室-C」です。)
9路盤の碁盤も、吉村先生の軽井沢の山荘(7m20cmx7m20cm)も、どちらも正方形です。
9路盤の方は、一つも生きている石がない白が、最後は劫材のなくなった黒に中押し勝ち
します。両対局者は隅や辺の自分の石に生きが無いことは百も承知で打ち進めています。
(下辺の白は劫含みです。)囲碁は勝ち負けのゲームですから、生きが無くても最後に勝て
ばよいのです。(趙治勲さんの碁で、死んでいる趙さんの大石が、相手の大石を殺す碁が
ありました。)でも、普通は隅や辺の石の死活が読めないようでは、囲碁は打てません。
建築の設計では、部屋や空間が死んでしまっていては、いけません。
吉村先生の軽井沢の山荘では、お手伝いさんの部屋(2m10cmx1m50cm)が、ぎりぎり成立し
ている事を、吉村先生は読み切っています。私などは、お手伝いさんの部屋を小屋裏階
に、すぐに上げてしまいそうですが、吉村先生は、そんな事はしません。(最初から考え
もしません、、、。)家族の私的な山荘として、その一員であるお手伝いさんの部屋を小
屋裏階に上げたのでは、お手伝いさんの上り下りの負担は増えるし、だいいち、そんな事
をさせては、自分達は気が休まらなくて、何のために軽井沢に来たのか判らなくなってし
まいます。囲碁で言えば、吉村先生は「局面の全体」が見えているのです。(お手伝いさ
んを含めた家族全員の部屋がが二階のフロアーにあることが必須だったのです。しかも
吉村先生は、将来、そのお手伝いさんの部屋が、台所の続きの食堂になった場合に、その
広さがちょうど良いし、落ち着いたスペースになる事まで読み切っています、、、。)

9路盤では山田規三生九段が、4-六の21手目と4-五の着手の解説で、プロ棋士が結果的に
「ダメを詰める」ような手を嫌うし、打たないし、打たされると良くないと解説していま
す。わざわざ自分から「ダメを詰める」(いわゆる「愚形」です。)ような手を打って、
結果的に「一手負け」にでもなったら、碁はほとんどの場合、そこで終わってしまいま
す。(打たせただけでもポイントゲットなんです。)
建築の設計、特にプランで、「わざわざ自分からダメを詰めるような」もしくは「ダメ
を走らされているような」プランニングをしている人っていないでしょうか? 以前、若
い方のプランを見ていたら、二階の階段ホールに対して子供部屋の角を「出っ張らして」
その角にドアを付けているので、良くない理由をいくら説明しても、「建て主さんの希望
が六帖だからこうしているのに何が悪いのですか?」みたいな感じで困ってしまった事が
ありました。(これは設計では「ダメを走らされているような」プランです。小学校で
1+1=2のようなの教育をし過ぎているのでは? 数字が合っていればいいと言うものでもな
いんです、。囲碁で、「プロなら死んでも打ってはいけない石」を打ったら、その瞬間、
弟子は師匠から「破門」されても仕方ありません。)
囲碁の場合、最後の勝敗は中央での折衝で決まる事が多く、そこでの読みと経験の深さで
棋士の実力が問われます。(しかも、御城碁の時代ではないので、終盤で秒読みに追われ
ます、、、。)
吉村先生の軽井沢の山荘は、一階からの階段を上がりきったところが、ちょうどプランの
中央なのですが、ここが非常に上手なんです。(無理なく、自然にとでも言いましょう
か、、、何て言ったらいいんでしょうか、、、)とにかく、囲碁で言う、「愚形」がどこ
にもないんです。無駄もなくて、必要にして十分なんです。(小屋裏階に上がる階段の取
り付け方、その裏側の浴室の斜め天井、余った部分は物入れと収納、RCの煙突、まるで、
一流プロ囲碁棋士の「手順を尽くした」「結果的に、こう納まる場面だったのか、、」と
言う美しい石の形を見ているようなのです、、、。)しかも、その上の小屋裏階をささえ
ている梁による低い天井高による空間(と言っても「たたみ」一帖分ほど、、、)が絶妙の
「奥行き」と「広がり」と「落ち着き」をあたえているのです。「低い天井高」は上下
方向のスケール感も作り出していますし、水平方向でも、4m80cmx4m80cmの、決して寸法
的には絶対的に十分に広いわけではない居間との対比で、やはり絶妙のスケールを作り
出しています。(しかもグリッドとは45°に振れた「ひき」のとれる視線の方向です。)

それもこれも、ひとつには、二階の中央付近に上がりきる階段のおかげなのですが、私
には、これは、小津安二郎さんの映画を想わさせるのです。映画の中では、父親の笠智衆
さんは、めったに、これから嫁ぐ二階の娘(原節子さん、岩下志麻さん、、、)の部屋には
上がりません。上がる時は、何か、物語の中の「神聖な空間」にポンッと(歌舞伎のスッ
ポンのようにとでも言いますか、、、。)、現れる感じなのです。(と言っても、物語の中
の笠智衆さんは、年も年だから、ゆっくり上がってくるんですけど、、、。)

小津監督とお母さん、何か遊んでいます。(この写真、好きなんです、、、。)
私には、吉村先生の軽井沢の山荘は、「物語の構造」さえ、その内に秘めているように
思えてしまうのです、、、。
(私の応援している高尾紳路さんが、村川八段につづいて中二日おいて新天元になりまし
た。井山さんは、四日の間に二つ失冠です。うーん、、、。)
一般の方のために、吉村先生のyoutubeを、のせておきます。ご覧下さい。
追記 囲碁インストラクターでもあり囲碁番組の司会などもされている稲葉禄子(いなよ
しこ)さんの最近のブログに、こんなのありました。2015年 10月 29日
昨日すっごいことに気がついてしまった。
設計やってる人はみんな囲碁に向いているのではないか。
日建設計囲碁部の会をサロンでやっていただいて、初心者が2人来てくれたので
すが、何を言ってもすんなり伝わる気がするのだ。
スペースを広く囲えば勝ち。
階段を作ってください「シチョウ」
点と点を打って、その後線を引いて囲いをつくる
壁を二重に作ったら、スペースが減りますよねー。
囲碁では効率の悪い形が愚形
効率の良い形が美しい形です。
で、初心者なのに、初めての囲碁で盤上を俯瞰して見られるってすごくないです?
30分後には13路盤で打てるようになっていた。設計と囲碁、似てるんじゃないか?
追記の追記 Googleによる囲碁コンピューター人工知能ソフトAlphaGoと、韓国を代表
する囲碁プロ棋士イ・セドルさんの五番勝負見ましたか?アマチュアでも
ある程度の上級者なら誰でも知っている「石塔絞り」を読めないAlphaGo
が、イ・セドルさんに勝ってしまったのです。特に第3局の白32手目の、
わざと「はざま」をあけたような、「逆下肩つき」のような手は、とてもコン
ピューターの考えるような手には思えず、びっくりしました、、、。
黒がイ・セドルさん 白がAlphaGo

いずれ建築の設計も、最初から最後まで コンピュータのー人工知能が
してしまうような時代が来るのでしょうか?