福沢諭吉が述べたとされる「天は人の上に人を造らず」は、人間の平等を言っているのではない。士族の生活を保護し、その血統を保存すべきという主張だった。このことは、名高い経済評論家の指摘や新聞記者の記事にもある。彼の見かたのは人=武士階級だったのである。
渋沢栄一はどうだろうか。
「渋沢栄一は我が民族からの経済的収奪の先兵役を果たした第一銀行の所有者で、鉄道を敷設して韓国の資本を収奪し、利権侵奪のために第一銀行の紙幣発行を主導しつつ、貨幣に自身の肖像画を描き入れ、我々に恥辱を抱かせた張本人」(ハンギョレ新聞)国が違えば見方も違うということの典型だろうか。
一万円札の二人の共通点は、一人は階級社会に執着し、もう片方は植民地主義を地で行ったということだろう。千円札の野口英世と北里柴三郎と比べると、ちょっと違う面があるように思うのは考え過ぎだろうか。
追記:妻と妾を同居させて暮らしたというので、結婚式のお祝いには渋沢栄一の一万円札は使われないケースが出てきているそうだ。日本人はとかくゲンを担ぐ質(タチ)なので案外と一万円札がタブー視されるのだろう。