霧島荘2号店

三十路男 霧島の生活、ネット上での出来事をつらつらと書き綴る

不定期更新ブログ「霧島荘2号店」

星の唄 第十三話「エピローグ」

2006年09月25日 23時24分46秒 | 小説風味
 
 結城聖夜は、星を見るのが好きだった。
 祖父と一緒に毎晩見るのが小さな頃からの習慣だった。祖父が亡くなってからも、その習慣は変わることなく続いている。来る日も来る日も、季節が何度巡ろうとも、聖夜はずっと夜空を眺めていた。どんな状況であろうと、それを欠かしたことがなかった。
 そして今年、いや正確には去年だ。去年の十二月三十一日から今年の一月一日に日付が変わるその数分前に、聖夜は遂に見ることができた。夜空で歌う星たちを。一生忘れることはない思い出だった。
 あれから、あの日から数日が経過している。今日は冬休み最後の日の、午後八時を五分ほど過ぎたところだ。明日から新学期が始まる。何の変哲もない、世界から見ればちっぽけな始まりである。結局のところ、何も変わっていないのではないか、と聖夜は思う。あの日の夜の出来事は、まるで夢のように過ぎ去っていった。世界から見れば、本当にちっぽけなことだったのかもしれない。
 そして、聖夜は今日も天体観測に出掛けるのである。コートを羽織り、手袋を装備する。靴を履いて冬の空の元へ出発する。いつも通りに家の前の道を歩き、すぐ近くにある公園の敷地内へと足を踏み入れる。手が冷たいので手袋をしたままコートのポケットに突っ込み、息を吐くと楽しいくらいに白い吐息が出た。煙草なんて吸ったことはないくせに、何だか煙草みたいだとまた思う聖夜である。公園は広く、入り口の門を超えて左右のフェンスに沿って遊具が並べられており、ブランコとか滑り台はもちろんのこと、くるくる回る遊具やタイヤをぶんぶん振り回して遊ぶ遊具もある。
 入り口から真っ直ぐ歩けばそこには少し高い鉄の柵があり、展望台みたいになっているその向こうはどこまでも続く森林が広がっている。街灯も最低限の灯りしか発しておらず、この公園は本当に天体観測に打って付けの場所だった。鉄の柵に背中を預け、聖夜は夜空を眺める。
 雲が少しだけ浮ぶ、しかし天体観測にはあまり支障がない夜空だった。何をするでもなく、聖夜はそのまま星を眺め続ける。静寂に包まれたこの公園は、本当に清々しい。視線を公園の遊具へと送る。闇に沈んだそれは、まるで大きな生き物のような影を纏っていた。しばらくそうしていたのだが、なぜだがすっきりとしない感覚があった。今日は少し早いけど、潮時かもしれない、と聖夜は思う。寒くなって来たし、そろそろ帰ろう。そして柵から背中を離し、数歩公園の敷地を歩んだ所で気付いた。公園の前の道に、人影を見付けた。歩くのを止め、しばしその人影を見守る。
 歩道の街灯の少しの灯りだけで微かに照らされたその人影では性別を判断できないが、大人ではない。どちらかというと子どもみたいな人影だ。その人影は辺りをきょろきょろと見まわしながら、珍しそうに公園へと足を踏み入れる。そのまま遊具を見つめたりしながらトコトコと歩き、公園の中の少し小さ目の街灯の下で足を止めた。
 その時、街灯の灯りでその人影がはっきりと見えた。夜目の効いた聖夜の目は、まるで昼間のようにその光景を認識できた。
 女の子だった。少し離れているのでよくわからないが、髪が肩よりもずっと長くて、白いコートを着て、両手をポケットに突っ込み、見覚えのあるマフラーを首に巻きながら遊具を眺めている。歳は聖夜と同じくらいに思えた。背が小さいようなので年下かもしれないが、長い髪が年上のようにも見える。白状するとよくわからない。だからその中間を取って同い年くらいとする。――が、それは考える必要はないのかもしれない。彼女の年は、十五歳。聖夜と同い年。
 こっちから声を掛けよう、と聖夜は思う。そう、約束したから。
 しかし、聖夜が声を掛けるより少し早くに、その女の子は聖夜に気付いた。
 驚いたように身を強張らせ、一瞬逃げようとしたけどすぐに思い止まり、おずおずとこっちに近づいて来た。あの時とまったく同じだな、と聖夜は思う。あの頃の自分は、確かあまり良い思いはしていなかったはずだ。だけど、今は違う。この出会いに、感謝したいくらいだ。あの時、この女の子がここに来てくれたように。今は、それだけに感謝をしたい。
 すぐそこまで来た女の子に、聖夜は言う。
「こんばんわ」
 女の子は恥ずかしそうに急いでペコリと頭を下げた。長い髪がサラサラと下に流れるのが少し綺麗だった。
 上目づかいに聖夜を見つめ、遠慮気味に、「こんばんわ……」と返した。
 聖夜は微笑む。ここからは、あの時とは全く別の物語りが始まる。今度こそ、最後まで幸せにしてみせる。それが、約束だから。
 もう、迷わない。
「初めまして、浅摩雪乃さん」
 一瞬、驚いたように雪乃は聖夜を見つめた。しかしそのあとすぐに恥ずかしそうに俯き、そのまま何かを言おうと口を動かし、ついに、雪乃は顔を上げた。
 聖夜と目が合う。気まずさは、感じなかった。
 雪乃は、嬉しそうに微笑んで、こう言った。
「初めまして、結城聖夜くん」
 それは、聖夜の知っていた浅摩雪乃と似ているようで、少しだけ違う微笑みだった。
 そして、聖夜も少しだけ違う微笑みを浮かべている。
 罪滅ぼしなんてものじゃない。心から願っている。雪乃に、幸せになって欲しい。自分にできることがあるのなら、全部してあげよう。
 出来なかったこと、言ってやれなかったこと。代わりじゃない、もう一人の、浅摩雪乃に対して。


 ここから、もう一度だけ、雪乃と歩んで行こうと聖夜は思う。











 ここに、一つの携帯電話がある。
 折り畳み式のそれを広げ、カーソルを移動させてメールボックスを開こう。
 グループ分けされた受信トレイ。一番上が『友達』、二番目が『家族』、そして三番目にこうグループ分けされてある。
 『聖夜くん』
 カーソルをそこに合わせてメールの一覧を表示。少し前まで、そこには数え切れないほどのメールがあったはずだ。だが、今そこに受信されているメールは一件しかなかった。未読ではない。つまりは、もうすでに持ち主によって一度は読まれていることになる。
 そのメールを、ディスプレイに表示する。


 送信者:
  聖夜くん

 件名:
  Re:もう一人のわたしへ

 内容:
 >えっと……。これをあなたが読んでいるってことは、もう忘れてしまっているのでしょう。わたしが、大好きだった人のことを。
 これからわたしの言うことは、強制なんかじゃありません。これを読んで、あなたがどう思い、どう行動するのか。それを決めるのはわたしではありません。あなたです。
 一つずつ話すと長くなって、このメールだけじゃ書ききれなくなってしまうので、少しだけ短く書きます。
 わたしたち、浅摩の一族に降り掛かっている呪いのことは忘れていないはずです。生きるために必要な代償のことも。忘れているのは、その代償に払った記憶。今のわたしが、一番大切な人の記憶です。このメールのことも、あなたは覚えていません。だって、これはその大切な人のことだから。この記憶も、忘れちゃってるはずです。
 わたしはもう、その人と一緒にいることはできないけど、あなたならできます。もし、このメールを読んで少しでも興味を持ってくれたのなら、たった一度だけでもいいです。その人に会ってください。
 最初は少しだけ怖いかもしれません。ポーカーフェイスに戻って、ううん、ポーカーフェイスであんまり表情を変えなくて無愛想に思えるかもしれないけど、本当はよく笑う人です。すごく優しくて、わたしの、あなたのために一生懸命になってくれる人です。きっと、あなたのことも受け入れてくれるはずです。すぐに、笑ってくれるはずです。
 その人は、わたしの大切な人でした。でも、それがそのままあなたの大切な人になるのかと言えば、それは違います。決めるのは、あなたです。無理にとは言いません。だけど、もう一人のわたし、もう一人のあなたからの最後のお願いです。一度だけでいい。その人に会ってはくれませんか?
 わたしからの、最後のお願いです。わたしは、幸せでした。ずっと笑っていられた。すごく、すごく楽しかった。あなたにも、そんな気持ちを感じてほしい。わたしは少しの間だったけど、あなたにはずっと感じていてほしいんです。
 ……こんな言い方をしたら、強制だよって思うかもしれないですね。でも、会ってみてもマイナスには絶対になりません。少なからず、あなたにプラスになるはずです。だから……だから、たった一度だけ。会ってみてください。
 その人は、毎晩、八時過ぎに公園にいるはずです。あ、そうだ。わたしの部屋に、少し男の子っぽいマフラーがあるはずです。それを身に付けて行ってください。ちょっとした、絆なんです。
 ……そろそろ、メールの行数が足りなくなってきました。最後に、これだけは言いたいです。
 わたしは、本当に幸せでした。だから、あなたにも幸せになってほしい。
 最後の最後に、一番大事なことを。
 わたしの大切な、大好きだった人の名前をここに書いておきます。
 その人の名前は、聖夜くん。結城聖夜くんです。

 あなたが、幸せになってくれますように。

                       もう一人のあなたより


 これを読んで、この携帯電話の持ち主はどう思って、どう行動したのだろうか。
 しかし、それはたった一人だけが、この携帯の持ち主だけが知ることです。
 でも、一つだけ言えることがあります。
 『彼女』は、幸せだったのでしょう。

 あなたにはいますか?
 側にいるだけで幸せになる、そんな人が。
 いるのなら、大切にしてあげてください。
 いないのなら、いつか、必ず見付かるはずです。
 きっと、現れるはずです。そんな人があなたの前に。
 そしていつのか日、その人と一緒に見てみたいと思いませんか?
 満天の夜空で歌う星を。
 そう、これはそんな星空を見た、二人……いえ、三人の物語りです。

最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (霧島)
2006-09-25 23:29:16
FIN



( ´Д`)y──┛~

終わりです



この作品はネット上で知り合った小説仲間とネタ交換している時に原案が出来ました

そやつと共同で作ったともいえますね(*´ω`)



その他にもネタ提供なの諸々の方に感謝



返信する

コメントを投稿