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瓦山瓦版

869年貞観地震で倒壊の多賀城の復興瓦を焼いた登窯や記録の残る仙台瓦山の回覧用瓦版・古老の行きつ戻りつ

🔴瓦山瓦版No.113🔴2021.2.1版

2025-03-18 00:23:00 | 日記
  1936年・昭和11年2月26日
  2.26事件  85年前である
 健全財政主義者で
軍部の要求する予算を
  常に削った
 大蔵大臣・高橋是清は
決起将校らの凶弾に倒れた
  83歳であった

    是清は1854年
   狩野派の絵師と
 行儀見習奉公の少女との
   間に生まれた

  妻は是清を憐れみ
 その子を
  仙台藩足軽・髙橋家へ
 里子に出し 後実子となる
   仙台藩士である
  幕末 仙台藩は
 足軽の子弟を選んで
横浜のヘボン博士に就かせ
   英語を学ばせた
  是清 11歳 その後14歳で
 アメリカ🇺🇸留学もさせている
  幕府瓦解の報で帰国

   明治17年「共立学校」
 〈現在の開成学園〉を創立

  「大学予備門」
 〈後の東京大学〉の
   受験生の為の英語の
     補習校であった

 正岡子規が大学予備門を
受験すべく 松山中学を中退し
 共立学校に入学
  是清に学んでいる

 また 落語家
   五代目 柳家小さんは
 2.26事件に徴兵され
  同事件を体験している
 「実弾を渡され ことの重大さに
  慄然とした」と述懐している
 たった 85年前の
      出来事である
 

 
 瓦山町内に 白鼻芯 出没
町内に空家もポツポツ増え
 格好の棲みかになっている様子
・猫🐈の小型
・鼻筋に白い白粉を引いた様に 
   線が一本
 身軽にピョンピョン
フェンスの上を渡り歩き 
  運動会宜しく 我物顔
 屋根裏や軒下に棲みつかれると
  糞や菌🦠の被害にあいます
   ご注意下さい
 


 庭に来た 白鼻芯




  岡本太郎氏の父君
 岡本一平氏が描いた
  達磨さん と呼ばれていた
   高橋是清


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