「あっそうだ、話こんでいるうちについ時間がたった。
大学どの最後にひとつ訊きたいのだが、立正安国論は正しい法に基づ
き正義を立て、国を安泰にするよう国王に説いたものだが、個人の場
合はどうだろう。」
「はい、金光明王経は王の質問に釈迦が答えた経典ですが、元々仏教
は苦悩する民衆を救うために説かれたものです。
国王も個ごの人も人間である事に変わりはありませんから、個人の幸
福もこの原則をはなれてはあり得ないと思います。」
「分かりもおした。わしもそう思っていたのだ。
それでは大学どの、みなも待っているので奥へご案内しよう」
小源太は先に立ち渡り廊下を通って三郎を案内した。母屋の奥の客間
にくると、火鉢が隅においてあって部屋のなかは春の日のように暖か
った。
すでに六人分の箱膳が置いてあって女たちが甲斐甲斐しく料理を運ん
でいた。義昭の妻峰子も女たちにまじって働いていた。
義昭は敷地内にある本家からもう来ていて、末席に座って待ってい
た。小源太と大学三郎が入ってくると父親に会釈し、三郎の前に両手
をついて挨拶した。
「これは先生おひさしうございます。今日はよくおこしくださいまし
た。どうぞごゆるりとお過ごしください」
三郎は義昭を目を細めて見ながら、
「義昭どの、一段とご立派になられましたな、またこの節は毎日の激
務でご苦労さまです」と応えた。
続く