北条小源太 六
しばらく行くと松林が途切れて柔らかい砂地になったのか、軽快な音
をたてていた馬の足音が、ザク、ザクッと砂を踏みしめる音に変わっ
た。
「弥太郎、駆けるぞ」
小源太は振り向いて弥太郎に声をかけると馬に鞭をあてた。
砂を跳ね上げて疾走する馬の足音も、打ち寄せる波の音に消されて砂
浜には二頭の馬の足跡だけが星空の下に残った。
主従が東小路にある大学三郎の屋敷についたのは、館を出てから小半
時ぐらい経ったころだった。
馬を弥太郎に渡して小源太が案内をこうと、玄関に現れた三郎の妻女
は、小源太を見て驚いた顔で、
「まあ御前さま、こんな時間になにか急用でもございましたか。
お使いでも下さればこちらからお伺いしましたものを」
と言って玄関の上がりがまちに座ったまま、ふか深と頭を下げた。
小源太は両手で衣服についた砂を払いながら、
「いやご妻女、急なことで夜分驚かせてすまない、大学どのはご在宅
か、」
「はい、先ほど幕府から戻ったところでございます。
すぐ呼んで参りますのでどうぞこちらにお通りください」
妻女に案内された書院で小源太が待っていると、すぐこの家の主、
大学三郎があらわれた。
「これは御前、わざわざご足労下さいまして恐縮です。
実は私のほうから明日にでもお館にお伺いしようと思っていたところ
です」
三郎は丁寧に一礼すると床を背にして座った小源太の前に、ゆっくり
と進んだ。
続く