昨年夏『博士の愛した数式』で初対面を果たして以来、ボクは小川洋子フアンの一人と自負するようになりました。この一年間4冊の作品を講読。順次この読書日記にUP出来ればいいな~。と思います。
(著者:小川洋子1962年岡山市生まれ。早稲田大学文学部卒業)
小川洋子さんは、岡山市の後楽園近くの街中生まれです。この近くにはあの明治時代の偏屈文豪、内田百の生家もあります。ボクの時々の散歩コースでもあります。91年「妊娠カレンダー」で若くして芥川賞受賞。以来主婦業を営みながらの文筆活動を続ける現代を代表する女流作家の一人でしょう。
今回は新しく本年7月に文庫化された作品『猫を抱いて象と泳ぐ』を読みました。
(文春文庫、2011年7月発行)
まず、この奇妙な題名に興味を抱きます。でも、これは少し読み進めれ納得することができますのでご安心を。 それではこの物語をご紹介しましょう。(以下の写真はこの物語のシーンを構成しているチェスの駒と盤です)
主人公の少年をはじめ、この物語に登場する主要人物は、それぞれ世間の片隅でひっそりと生きていて、「そこ」からどこへも移動しない人達です。先ず、少年にチェスを教える男「マスター」は廃車になったバスに一人で愛猫のポーンと暮らしています。次に、大きくなりすぎてデパートの屋上から降りれなくなった象のインディラは宙吊りにされたまま、何時までも少年の想像のなかに居続けます。そして、毎晩彼の空想の世界に現れる亡霊の「ミイラ」は、狭い壁の隙間から出られなくなり、そのまま壁に食い込んでしまったと噂される少女です。それぞれ皆、決してその場から動かないで、じっとしているしかないという設定が奇抜に思え物語に引き込まれます。
(ポーン・・・決して後退しない、小さな勇者)
自分から望んだわけでもないのに、ふと気がついたらそうなってしまっていた。でも誰もじたばたしません。そうか、自分に与えられた場所はここか、と無言で納得して、そこに身を収めたんだと、主人公の少年は賢く考えているようです。
(ルーク・・・縦横に突進する戦車)
マスターに教えられてチェスに没頭するようになった少年は、初めてマスターとのゲームに勝つ時、不思議な感覚を覚えます。
・・・・・「デパートの屋上で、海を泳いでいた。水面は頭上はるかに遠く、海底はあまりに深く、水はしんと冷たいのに少しも怖くない・・・そのうえ一人ぼっちじゃない。インディラとミイラも一緒だ。インディラは鼻をぶらぶらさせ、耳を羽ばたかせながら、少年の周りを泳いでいる。もちろん鉄の輪は外され、四本の脚はは屋上のコンクリートを飛び立って自由自在に動いている。泳いでいるというより、まるで歓喜の舞いを踊っているかのようだ。そしてミイラは・・・インディラが巻き起こす海流に乗って漂っている・・・可愛らしい微笑みがくっきり浮かんで見える」。
幽閉された海な中での開放。甘美な夢の浮遊感。そこから、新しい指し手が生まれ出てくる! 魅惑的な小川ワールドを想わせるシーンです。
(ナイト・・・敵味方をくの字に飛び越えてゆくペガサス)
やがてマスターは肥満がもとで死に、「大きくなること」が少年の恐怖となりました。大きくなりすぎたためにインディラもミイラもマスターも死んでいったのです。大きくなる、それは悲劇なのだ、と少年は深く胸に刻み込み、11歳の身体のまま、それ以上成長しないと決めたのです。
このようにして、主人公の少年を見事に作り上げた作者に感嘆です。しかし、物語はここまでは前段。物語の本体はこれから始まります。
(ビショップ・・・斜め移動の孤独な賢者。祖先に象を戴く)
主人公は、「からくり人形」の中に入ってチェスを指すようになります。小さな体を更に小さく縮めて人形の奥に潜み、駒の音を頼りにゲームをすすめます。自ら閉じ込められた空間に籠り、そこで「自分」などというちっぽけなものから解放され、「勝ちたいという気持ちさえも超越して、チェスの宇宙を自由に旅」する情景が素晴しいです。
(クイーン・・・縦、横、斜め。どこへでも。最強の自由の象徴)
小川さんの描く世界は静かで優しい。登場人物たちの間で、「ありがとう」「ごめんね」「大丈夫」という言葉が繰り返される。主人公はひたすら身を縮めて隠れ続け、人形の外にいても「人々の視線のはずれにできる小さな空洞に、自分の身体を埋没させ」、満足している。
(キング・・・決して追い詰められてはならない長老。全方向1マスずつ。思慮深く。)
チェスを指すとき、心地よく彼は人形に収まる。白黒の駒が整然と盤上に並び、その一帯は、静けさをたたえている。さぁこれからチェスを始めよう、という喜びに包まれている清々しい光景が彼のチェス生活の日々として描写されています。このように清潔にリセットされた毎朝を迎えられたらどんなにいいだろうという思いが読み手の心をよぎります。
そして、思いがけない終章は息をのむ光景と共に、なんだかもの悲しい思いがこみ上げ、それじゃあまりにも・・・で終わったのです。
この物語を読んで、自由だ解放だと世間は騒がしいけど、本当の自由というものは「仕方ない事情」の中にあるのではないだろうか。また「仕方ない事情」の中での自由を求めるのが人間本来の姿かもしれないな~、と改めて自由の意義を考えさせられました。
(白黒8×8のチェス盤)
※チェスを全く知らなくっても結構たのしめます。ボクも子供の頃、兄から教わり当時少し手にした覚えがある程度で、駒の名前は聞き覚えがあっても、進み方は既に忘却のかなたでした。ちなみに作者の小川洋子さんは対談の中で自分はチェスは出来ません、とおっしゃってました。作家の創造力、想像力の強さに驚きです。
◎本日のおまけ。
『たこ焼ランチ』日記、予告編。
あの、「たこ八」のたこ焼きランチ行ってきました。まだ写真が揃ってないので、もう一度行って写真撮影が必要です。
パピーさんと同じく この作品が小川さんとの初対面ですが わたくしはそれっきり
チェスをもし知っていれば 旅先で買い込み 蒐集していたかもです
これまで何度も欲しいと思いつつ止まれたのは チェスを知らなかったからかな
『博士の愛した数式』が素晴しかった
でしょう。すっかりフアンになって
しましました。
この本はチェスが舞台だとは知らずに
買いました。でも優雅なチェスが持つ独特
の雰囲気が底流に流れた素敵な物語です。
チェスと言えば、ロシアが本場でしょうか。
駒が素敵な形してるから装飾として買って
来られればよかったのに・・・。
コメントありがとう。
パピーさんの紹介のされ方も非常に、僕的には入ってきやすい…ですぃヽ(^o^)丿
ちなみにこの本を読むのなら…
チェスのこと知っておいた方がいいでしょうかぁ?(゜o゜)
ルールとか…
ボクはこの作品は純文学だと思いました。
ただ、作品全体に漂う優しさ、はなんともいえない快感を覚えます。読んでいて心が和みます。よろしかったら読んでみて下さい。
チェスの知識は全く不要ですよ。舞台がチェスの世界になっていますが、対戦そのものは全く触れられていません。盤上に漂う譜面をこまやかな美しい表現で語っている場面は処々に見られますが・・・
コメントありがとう。
内面の世界はちと苦手でして。
少し涼しくなったので、また、をぼちぼちと読みはじめましたが、SFかファンタジーです。
サスペンスは悲劇が多すぎて苦手です。
単純なので、わかりやすい本がすきです。
バズさん、すごい
そうですね、もう少し涼しくなったら
「読書の秋」ですよ。
好きな本を沢山読んで、痛みを少しでも
忘れることができたら最高ですよね。
また、面白い本も紹介しますね。
コメントありがとう。
「小川洋子さんってどこかで聞いたことあるなぁ…」と思って自分のブログ内を検索したら、ありました!
以前読んだ本の感想が
http://blog.livedoor.jp/zuzuworld/archives/50399937.html
「アンジェリーナ」もお勧めです。
読書家のzuzuさんですから、小川さんの
作品ならきっと読んでおられるでしょうね。
「大人のためのおとぎ話」って表現、なんだか
小川さんの作品に共通する一つの流れのよう
ですね。
コメントありがとう。
映画は見てはいなくてもちょっとだけ
記憶有りましたが。。小川洋子さんの本、読んでみたくなりました。
(東海林さだおさんもまだ読んでいません)読書の秋、絶対、読んでみようと思いました。
東海林さだお氏の本はオールシーズン、時期・
場所を選びません。ただ面白いだけ!
小川洋子さんの『博士の愛した数式』
もし未読でしたら、これだけは絶対に
お勧めですね。
北国の素敵な短い秋、静かで優しい
小川ワールドを愉しんで下さい。
コメントありがとう。