1.苦難の道
私はエルンスト・ハルス。
1943年、ドイツ南東部のブレスラウ近郊に生まれた。
父親はハルスが生まれるとすぐ出征し、ウクライナで戦死してしまった。
母親と姉、祖父母と5人での苦しい生活が始まる。
1945年、ソ連軍が迫ってきた。
一家は、親せきの農家に疎開する。
祖父は国民突撃隊にとられ、行方不明になる。
戦争の轟音が押し寄せ、通り過ぎて行った。
5月、戦争が終わった。
しかし、ハルスの一家にとり、これは苦難の始まりだった。
村の広場に住民が集められる。
ソ連軍の兵士とポーランド人の官警がやってきた。
「ここはポーランド領になった。」
「お前たち、ドイツ系住民は即刻、新しい国境線の向こうに退去せよ!」
一人の老人が恐る恐る手を上げる。
「わしらは先祖代々、この地で生活してきました。」
「新しい政府には協力しますので、追放はご勘弁を。」
「これは、お前たちが起こした戦争の結果だ。」
「48時間以内に、荷物をまとめて立ち去れ!」
「抵抗するものには、命の補償はしない!」
ハルス一家は荷車に必要最小限の荷物を積み、多数の追放民と一緒に、200キロ先のナイセ川を目指す。
ハルスは荷車の端のつかまり、必死に歩いた。
途中、ソ連兵やポーランド人の武装集団に襲われる。
「時計、時計!」
貴重品や金品を奪われる。
男は暴行され、若い女性は連れ去られた。
追放されたドイツ系住民は1500万人に及ぶ。
そのうち約300万人は途中で命を落とすか、行方不明になった。
参考図:「図説 ドイツの歴史」、石田勇治編集、河出書房新社、2007