撤収船の出港のうわさを聞きつけ、新しい避難民の群れが押し寄せてきた。
佐慈らは、人波を掻き分けて埠頭に近づく。
埠頭には、佐慈が今まで見たことのないような大型船がそびえていた。
乗船タラップには、長い行列ができていた。
その周囲には、脱走兵を探す憲兵や、戦えそうな男を強制徴募しようとするSSがうろついている。
「乗船許可証」を提示し、乗船名簿に記入し、タラップを上った。
船には、もう多くの軍関係者や避難民が乗船しており、キャビンはどこも満員だ。
佐慈らは、上甲板の積荷の隙間に毛布を敷いた。
ダンツィヒの造船所で働いていたという老夫婦と孫2人と隣同士になる。
「この船はヴィルヘルム・グストロフ号で、2万5千トンもある新鋭船だ。」
「7年前、ナチス党のKDF(歓喜力行団)の客船として作られ、若いやつらを地中海やノルウエーなどのクルーズに連れて行ったものさ。」
「戦争になり、この地にある潜水艦乗員訓練学校要員用の宿舎にされ、4年間も係留されたままだったんだ。」
「そして今回、我々を“安全の地”へ運んでくれる女神となったわけだ。」
タラップ付近の騒ぎが、一段と激しくなった。
食事のアナウンスがあり、居住区ごとに並んで、コップ1杯のシチューを受け取る。
ドイツ本土に着くまでの一日分の食事だ。
佐慈は、甲板に山と積まれた救命胴衣を3つ、確保した。
「この寒さでは、海に落ちたら十分とは生きていられないよ。」
「風除けに使える。取っとけよ。」
1月30日正午、出港のアナウンスがあり、期せずして拍手が起こった。
4隻のタグボートがやってきて、2万5千トンを動かし始める。
船体の周りに大きな渦を作り、船はゆっくりと埠頭を離れた。
砲声が風に乗って聞こえる。
しばらくして、船の動きが止まった。
舷側に出て海面を見ると、避難民を満載した小型船やボートがグストロフ号の回りに群がって、船の行く手をさえぎっている。
「私たちを連れてって、子供を助けて!!」必死の叫びだ。
船上からも“乗せてやれ”の声が上がる。
事故が起こることを恐れた船側が折れ、タラップや登攀網を下ろしたり、デリックでボックスを吊り上げたりして、避難民を引き上げた。
満員の船内は、超過密の状態になった。
佐慈たちのスペースにも、西のヘルから逃れてきた一家が入り込み、横になることもできなくなった。
参考図:「輸送船入門」、大内建二、光人社NF文庫、2003
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