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第3話(1)

密輸(1)

 4月には戦後初の総選挙が行われ、新しい国づくりの骨格になる日本国憲法の草案が発表された。
翌月には極東軍事裁判が始まった。
しかし、兵藤にとっては将来の見通しは“0”だった。

 一度は捨てた命-“一緒に面白いことをやろう”-終戦直前の名瀬港での織田さんの言葉に引き寄せられる。
思い切って、五島列島にいる織田さんに手紙を書く。

 1ヶ月ほどして返事が来た。
“特攻隊で出撃したときの気持ちを持っているんだったら、来い”とのこと。
危なっかしい仕事らしい、との見当はついた。
しかし、横浜でその日暮らしをしていても何も始まらないので、飛び込んでみることにする。

 東京駅から寿司詰め列車に乗る。
途中の田園の緑がまぶしい。
街々では焼け跡も目立つが、終戦直後に比べると、ずいぶんと活気が感じられる。

 長崎まで、乗り継ぎ乗り継ぎで、2日間かかった。
長崎港の岸壁で一夜を過ごす。
対岸に、“戦艦武蔵”を建造した三菱造船所の廃墟が黒々と広がる。
商船の建造が始まっているのだろう、部分的に明かりがともっている。

 長崎から小型船で、五島列島の福江島に向かう。
南国らしい海に、強い日差しが降り注ぐ。
福江島が見えてきた。
複雑で変化に富んだ海岸線が続いている。

 福江港で、真っ黒に日焼けした織田さんが出迎えてくれた。
「よく来たな、ちょうど無線係がいなくて困っていたところだ。」
五島列島は東シナ海で操業する漁船団の基地だ。
数は少なくなったとはいえ、多くの漁船が並んでいる。

 港の端っこに停泊している船に連れて行かれる。
兵藤が救助された、カツオ漁船“日東丸”、50トンだ。
「船長から安く譲ってもらったんだ。今は、俺が船主兼船長だ。」
「船内を案内するよ。」
船内には、漁具や生簀のほかに船倉が広く取られている。

 「このエンジンを見てくれ、すごいだろう。」
「元々あった25馬力2台を、50馬力2台に変えたんだ。」
「海運事務所には、元の50馬力で登録してあるがね。」
といって、織田船長は片目をつぶった。

参考図:「昭和の歴史8」、神田文人、小学館、1994
     
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