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kankoのひとりごと

外出できず、ネットと電話・ラジオで日々が過ぎています

大体わかった『源氏物語』

2025年01月11日 | 古典聞きかじり


『源氏物語』は、日本文学さらには日本文化の中心の中心を占めているとのこと。
「読んでみたい」と思いながら、ずっと読めない(前に進まない)ままだった。

今年度のNHKラジオ「古典講読」は『源氏物語』だったので、ゆるゆる聞くうちに、その輪郭像と、私には読めなかった理由も分かった気がした。

最初につまづいたのは、和歌が分からなかったから。
枕詞は無視するとして、掛詞・縁語での意味の広がりが理解できない。

当時の「物語」では、具体的に表現しない事柄がある
・心のうち(心理描写)は、直接的には書かない。和歌や自然描写で推し量る
・実事(男女の交わり)は書かない
・人の死をあらわに書かない

・「こころのうち」を表現したものでは、のちの『方丈記』『徒然草』などの随筆もあるが、
直接的で詳細な心理描写を書くようになったのは、西洋文学の影響を受けた近代以降のこと。『こころ』『人間失格』など。

・「実事は書かない」については、和歌の交換・行動で理解できるらしい。
光源氏と玉鬘に実事があったかどうかが、後の研究者で議論されたらしいが、架空の人物同士、どうでもいいことじゃないかと、私は思った。

・本文がない巻として有名な『雲隠の巻』
紫式部は、紫の上が死の世界へと旅立った「御法の巻」で、これ以上はないほどの深い悲しみを光源氏に感じさせた。だから光源氏の死の意味を悲しむ人などいない。
そこで光源氏の死の事実は書かれずに雲隠という巻の名前だけが残った、という本居宣長の説に講師は心が惹かれる、とのことだった。

以上「古典講読」を聞いての中間メモでした