爾(そ)の時に仏、上行等の菩薩大衆に告げたまわく、
諸仏の神力は是くの如く無量無辺不可思議なり、
若し我是の神力を以って無量無辺百千万億阿僧祇劫に於いて嘱累の為の故に此の経の功徳を説かんに、猶尽くす事能わず。
要を以て之を言わば、
如来の一切の所有の法、
如来の一切の自在の神力、
如来の一切の秘要の蔵、
如来の一切の甚深の事、
皆此の経に於いて宣示顕説す。
是の故に汝等、如来の滅後に於いて、応に一心に受持・読・誦・解説・書写し説の如く修行すべし。
所在の国土に、若しは受持・読・誦・解説・書写し説の如く修行する有らん。
若しは経巻所住の処、若しは園中に於いても、若しは林中に於いても、若しは樹下に於いても、若しは僧房に於いても、若しは白衣の舎にても、若しは殿堂に在っても、若しは山谷曠野にても、
是の中に皆応に塔を起てて供養すべし。
所以は何(いか)ん、当に知るべし、是の処は即ち是れ道場なり、諸仏此(ここ)に於いて阿耨多羅三藐三菩提を得、諸仏此に於いて法輪を転じ、諸仏此に於いて般涅槃(はつねはん)したもう。
諸仏の神力は是くの如く無量無辺不可思議なり、
若し我是の神力を以って無量無辺百千万億阿僧祇劫に於いて嘱累の為の故に此の経の功徳を説かんに、猶尽くす事能わず。
要を以て之を言わば、
如来の一切の所有の法、
如来の一切の自在の神力、
如来の一切の秘要の蔵、
如来の一切の甚深の事、
皆此の経に於いて宣示顕説す。
是の故に汝等、如来の滅後に於いて、応に一心に受持・読・誦・解説・書写し説の如く修行すべし。
所在の国土に、若しは受持・読・誦・解説・書写し説の如く修行する有らん。
若しは経巻所住の処、若しは園中に於いても、若しは林中に於いても、若しは樹下に於いても、若しは僧房に於いても、若しは白衣の舎にても、若しは殿堂に在っても、若しは山谷曠野にても、
是の中に皆応に塔を起てて供養すべし。
所以は何(いか)ん、当に知るべし、是の処は即ち是れ道場なり、諸仏此(ここ)に於いて阿耨多羅三藐三菩提を得、諸仏此に於いて法輪を転じ、諸仏此に於いて般涅槃(はつねはん)したもう。