震災復興事業と雇用対策の結合を! 全ての失業者に仕事を!

在日米軍「思いやり」予算に反対し、全ての労働者が安心して働き、生活できる「あらたな社会のしくみ」創りを目指して闘います

失業・野宿のない社会はあらゆる差別や抑圧、侵略、戦争のない社会を目指す道と同じ

2010年12月27日 | 釜日労活動報告
第41回釜ヶ崎越冬闘争

 一昨年秋のリーマンショック以来、世界金融恐慌の波に飲み込まれた日本経済界の主要企業は、バブル経済崩壊後の不況とは異なり、90年代に準備した「新たな景気の安全弁」=非正規雇用の派遣労働者の雇い止め、首きりという雇用調整で切り抜け、自分たちは利益を上げ、株主配当をし、内部留保をため込んでいます。

 こうした時代背景の中で、釜ヶ崎労働者をめぐる社会情勢は激変しました。

 90年代に「景気の安全弁」としての地位をすでに奪われた建設業界の仕事量は「公共事業の削減」の掛け声の下縮小する一方で、釜ヶ崎の55歳以上の労働者は、反失業闘争の中で闘いとった、「特別清掃事業」「シェルター」「炊き出し」の3点セットに頼らざるを得ず、40歳~55歳の労働者の就労率も低いまま10年ほどを経過してきました。

そこに追い討ちをかけるように世界金融恐慌が襲い、翌09年4月にはセンター現金求人が1000名を割り込み、55歳未満の労働者まで絶対的失業者となってしまったのです。

一昨年末、我々は大量の労働者が釜ヶ崎に流入してくるのではと懸念しました。

 しかし、我々の予想を裏切って、世界金融恐慌のあおりを受け、大手輸出産業から大量に解雇された派遣労働者が、直ちに釜ヶ崎に流れ込むことはありませんでした。彼らは、釜ヶ崎の日雇いと違い、家族関係、知人・友人関係が、まだ壊れていなかったからなのではと思います。

 そして何よりもこれまで、釜ヶ崎固有の問題とされがちだった失業・野宿の問題が、社会的に大きく広がり、政府が対策をとり始めたことが釜ヶ崎にも大きな影響を与えました。社会全体にかけられた失業対策(セーフティネット)が釜ヶ崎にも差別なく同様にかかったということです。

一つには、旧来の生活保護制度の恣意的運用、社会保障費削減を唯一の目的とする締め付け-水際作戦から、09年3月「厚労省通達」による国レベルの緩和。

二つ目には、国の緊急雇用対策などによるとくそうの月4回から月5~6回への増加。

このことにより、昨年多くの失業・野宿のなかまが生活保護を受け、畳の上へあがることができました。

 結果、シェルター利用者・炊き出し利用者の減少となり、昨年の年末・年始の地区内野宿者の前年比30%減、南港臨時宿泊所の利用者数の半減となって表れています。こうした流れは今年も続いています。

 国が動いたことによって野宿問題が動いたということです。


 まさに、失業・野宿の問題は「国の施策として行わなければ解決の道はない」ということです。

私たちは今年も、様々な事情を抱えこの間の行政施策にのれずに野宿をせざるを得ない人たち、年末年始に増える新規流入者を支援するため、行政窓口休業中に越冬闘争をやります。 




第41回釜ヶ崎越冬闘争スローガン


安心して働き・生活できる釜ヶ崎を創ろう‼


☆.越冬闘争を闘うぞ!仲間から餓死、凍死者を出さないぞ!

☆.仕事をよこせ! 野宿をさせるな!

☆.市・府は越年対策の抜本的見直しをしろ!

☆.緊急雇用対策の継続と特掃週3回を実現しろ!

☆.社会的、公的事業で年齢制限のない仕事をだせ!

☆.稼動年齢の生保受給者に仕事と職業訓練を充実させろ!

☆.高齢生保受給者への生きがい事業を創れ!

☆.国の責任で失業・野宿を解決しろ!


☆.排外主義の台頭を許すな、大阪府知事の朝鮮学校差別を許すな!

☆.派遣法改正を早急に実現せよ!

☆.1919億円の米軍「思いやり予算」より仕事をよこせ!

☆.菅政権は沖縄民衆の声を無視するな!

☆.沖縄普天間基地を撤去、辺野古新基地建設やめろ!

☆.安保条約を破棄しろ! 米軍はイラク、アフガンから出て行け!

☆.九条改憲策動を許さないぞ!


☆.正規-非正規を貫く労働者の団結を勝ち取るぞ!

☆.全世界の労働者・抑圧された民衆と連帯して闘うぞ!